22.お茶会のねらい
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
数日後。私はお茶会に参加する客を、席へと案内していた。今日は母が主催するお茶会で、居間で来客をもてなす。母は会場で既に到着した客に対応しており、私は入口付近でお出迎えしている。
お茶会の主催が決まったのは、あの王様の快気祝いパーティの直後。ブランドン侯爵家と王家の繋がりが強まり、一方で婚約破棄された我がオルコット家と王家の繋がりは弱まった、と周囲には見られる。そのことを不満に思うのは、我が家ではなく、周囲の貴族達である。公爵家や自分を蔑ろにし、今まで然程力のなかった侯爵家を贔屓にするとは、と。
実際、我がオルコット公爵家が蔑ろにされた印象があるのは事実だ。とは言え、我が家の地位がそれによって下がった、という事実はない。むしろ王家に迷惑をかけられた、ということで、以前よりも丁重に扱われているかもしれない。
何より、国内の和を乱すつもりは、お父様にはない。オルコット公爵家は、かつての戦争での勝利に大きく貢献した。その分、戦禍の悲惨さも先祖から言い伝えられている。当主は代々、国内外の平和のために動いているのだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。お席へご案内します」
「ありがとう、キャサリン」
だからこそ、今日の主賓は王妃様である。開始時刻を暫く過ぎて到着した王妃は、艶々とした黒髪が美しい。彼女をお茶会にお呼びすることで、王家と我が家の変わらぬ繋がりをアピールすることが狙いだ。上座に案内し、私も自席に座る。
「本日は、お茶会にお越し頂いて、ありがとうございます。陛下もお元気になられ、喜ばしいことですが、その側にいらした王妃様も、心を砕かれたことと思います。陛下の快癒と王妃様の労いのため、皆で楽しいひとときを過ごしましょう。新しい試みとして、皆様のテーブルに、娘のキャサリンが作った製品が置かれております。ご興味のある方は、キャサリンにお聞きください。それでは、ごゆるりと」
テーブルには、座る人に合わせて選んだハーバリウムをあしらってある。陽の当たる座席では、瓶がきらきらと輝き、これはこれで美しい。母の言葉につられ、皆興味深そうに眺めてくれている。
「これ、どのようになっているの?」
「ドライフラワーを、液体に浸しています。長持ちしますし、新しいインテリアにいかがかと思いまして」
「どこかで手に入れることができるのかしら」
「近々、アダムス商会を通して販売する予定です」
早速、流行に敏い女性達が口々に話しかけてくる。実際、ゆらゆらと揺れる花は可憐で、窓辺やテーブルに並べたくなる趣がある。
薔薇がお好きだと聞いて、誕生花がカスミソウなので、とそれぞれの相手に合わせた花だと紹介すると、ますます興味を引くことができたらしかった。可愛いものを見ると瞳をきらきら輝かせるのは、年代を問わない女性の特徴である。
「これ、この間の快気祝いで、陛下にお渡ししたものでしょう」
王太子の婚約者として招待したミアに言われ、私は頷く。
「覚えていたのね」
「ええ、珍しいものが置いてあるから、気になっていたの。キャサリンが差し上げたものだとは、思わなかったけれど」
ミアも、流行に敏い女性のひとりだ。社交界の中心にいるには、流行を追うのではなく、流行りそうなものを察知し、流行を作っていく側にいる必要がある。今日ここに招待された女性達は、皆社交界の中心として、流行を作っている人達だ。
だからこそ、ここでの宣伝には、大きな価値がある。
「そういえば、学園に入ったばかりの頃のこと、覚えている?」
「1年生の頃のこと? うーん……」
「ほら、来なくなった子、いたじゃない?」
「……ああ! いたわね」
昔のことなんてあまり覚えてはいないが、そういえば1年生の頃、入学して少し経ったら、登校しなくなった生徒がいた。出席確認で名前を呼ばれるとき、その子はいつもいなかった。
「弟が、最近学校に行っていないのよねえ……」
「そうなの?」
ミアは溜息をついて頷く。
「うまく友達ができなかったみたいで、楽しくないんですって。学校に行かせようとすると、泣いて嫌がるのよ」
「あら……」
「休んでいい、って言うと、家では勉強するのよね。どうしたら友達って、できるのかしら」
友達といえば、私にとっては、ミアとセシリーである。悩んでいる様子のミアに合わせて、当時のことを思い返してみた。
「ミアとセシリーとは、いつの間にか一緒にいた気がするわ」
「そうなのよ。だから私もうまく、弟に声をかけられないの」
境遇の似ている私達は、なんとなく集まり、いつも一緒にいるようになった。もし、リアンに友達の作り方を相談されたら、どう答えればいいんだろう? 「気づけば一緒にいる仲間ができる」なんて、困っている人にかけられる言葉じゃない。
ミアは「両親もいろいろ話をしているし、時間が解決するとは思うけど」と話を切り上げる。
リアンがニックに素っ気ないのは、慣れていないから人見知りをしているのではないかと、ハンナ達は言っていた。ミアの弟が友人作りに苦労することと、リアンが同年代のニックを相手にするときに妙な態度を取るのは、根は同じだと思う。もしかしたら来年、リアンが「友達ができないから学校を休む」と言うかもしれない。私は、ミアの話を、人ごとだと思えなかった。