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21.リアンに足りないもの

 どうしてベイルは、アレクシアでなくて、エリーゼと婚約することになったのか。

 いや、理由はわかっている。ブランドン侯爵が王の病によく効く薬を献上して、病が治ったから、王は侯爵に感謝している。その功に酬いるため、ベイルとエリーゼを婚約させることで、両家の仲を深いものとした。自分の権力を高めようとするブランドン侯爵の思惑と、命を救われた王の気持ちが、噛み合ったのだろう。

 私がずっと納得いっていないのは、ヒロインであるはずのアレクシアが、ヒーローであるはずのベイルと、どうして結ばれないのかということ。あのあと記憶を辿ってみたが、確かにゲームのエンディングは、ふたりが並んで卒業するところで終わる。その先は描かれていない。そうは言っても、「ふたりは幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」で終わるのが、物語の定石であるはずだ。

 何を間違ったのか、ベイルの新しい婚約者は無関係のエリーゼで、しかも王家との婚姻で完全に図に乗っている。あんなの、王家に嫁ぐものとしてふさわしいとは思えない。何も知らないで失礼な振る舞いをしていただけのアレクシアの方が、これからの教育の余地がある点で、まだましだった。


「こねすぎですよ、キャサリン様」

「あっ。……ちょっと、考えごとをしていたわ」


 ハンナに言われ、生地をこねる手を止める。ロディは相変わらず、私にスコーンしか作らせてくれない。今日は、爽やかな柑橘類の皮を刻んだものを混ぜている。


「お嬢様がもう少し上達したら、別のものを作りましょう」


 そう言われ続けて、ずっとスコーンを作っている。私はこういうことに向いていないらしく、いつもこねすぎだと注意されるのに、なかなか治らない。

 ニックの調子が良くなってから、アンナとハンナは毎日出勤できるようになった。心なしか表情も明るい。


「後はよろしくね」


 焼くところからはロディ達に任せ、作業場へ移動する。

 ニックは、ハンナ達と一緒に出勤し、作業場で作業をしながら終わるのを待っている。年齢を考えたら、そろそろどこかへ奉公に出てもよいのだが、病み上がりだからもう少し様子を見るとのこと。


「こんにちは、キャサリン様!」


 線が細くて体の小さかったニックは、少し頬がふっくらして、年相応に見えるようになってきた。礼儀正しく、素直で、とても可愛い。

 ニックの前には、色とりどりのハーバリウムが並んでいる。傍らには、花の本が置かれている。


「こんにちは。それ、ニックが読んでいるの?」

「はい。花言葉や花の季節も考えて、入れるようにしているんです」


 以前ハンナ達にニックへの誕生日プレゼントを何にしたか聞いたとき、本を一緒に写してあげたという話をしていた。ニックは本を読むのが苦ではないタイプのようで、こうしていろいろな本を読みながら、商品を作っている。ハンナやアンナが作ったものも可愛いが、ニックが作ったものは、さらに質の良さがある。私が買うなら、ニックが作ったものを買うだろう。思わぬ戦力が手に入った。


「今日、家でお茶会を開くの。そのときに机にハーバリウムを飾りたいんだけど、いくつか持って行ってもいい?」

「もちろんです」

「いよいよ、お披露目されるんですね」

「そう。もう、たくさんできたものね」


 ノアが決めた洗濯のりの配合で、使用人の皆が作ったハーバリウムが壁にたくさん並んでいる。保存がきくと言ってもやはり少しずつ劣化していくから、売るなら売ってしまわないといけない。今のところ材料は要らない瓶とドライフラワーで、買ったものは洗濯のりだけ。だから、金銭的には痛くないけど、せっかく作ったものを捨てるのは忍びない。


「どれにしようかしら……」


 並べられたハーバリウムを眺め、女性達の目を引きそうなものを選ぶ。


「おねえさま、何してるの?」

「今度、お茶会で飾るハーバリウムを選んでいるのよ。ほら、これはニックが作ったの」

「ふーん……」


 作業の時間帯はお昼休憩のときだから、リアンもしばしば、こうして顔を出しに来る。

 夏らしい紫の花が入った小瓶を見せるも、リアンの反応は薄い。相変わらずリアンは、ニックに冷たいのだ。


「じゃ、ぼく、行くね!」

「そう、いってらっしゃい」


 リアンはそそくさと部屋を出て行く。ニックの話題になると、いつもこうだ。嫌うほどお互いを知っているわけでもないのに、不思議である。


「リアンって、どうしてニックにああなのかしらね。ニックは、リアンに対しても感じ良いのに」

「ニックは、近所の子どもとよく遊んでいますから」


 アンナが言う。意味がよくわからなくて、私が首を傾げると、ニックは「僕も、最初はあんなふうに人見知りをしていました」と付け足す。


「リアンって、人見知りなの?」

「リアン様がどうかはわかりませんが……初めて近所の子どもと遊んだときは、誰でもどう接したらいいのかわからなくって、うまく話ができないんです。ね、ニック」


 頷くニック。私はそこで、リアンにとって、ニックは初めて会う同年代の子どもなのだ、と気づいた。

 私は小さい頃からリサと一緒に育ったから、少し年は離れているが、同じくらいの年齢の子どもは近くにいた。その点リアンは、本当に大人ばかりに囲まれているのである。


「町の子って、近所の子どもと遊んだりするのね」

「大人は皆働いていますから。年長の子どもが年少の子どもの面倒を見て、皆育っていくんです」

「一緒に居る時間しかないから、すぐに仲良くなるんですよ」

「なるほどねえ……」


 リアンに足りないのは、歳の近い友達なのかもしれない。それが、私に異様にべったりしたり、ニックに素っ気なかったりする不自然さに繋がっている気がした。

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