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18.ベイル、婚約する

 私と両親を乗せた馬車は王城へ向かって進んで行く。我が家の馬車は乗り心地が良くて、煉瓦造りの道を進んでも、全然揺れない。


「ベイル様も、参加されるのよ。本当に、無理してない?」

「無理じゃないよ。私は大丈夫だから」

「キャシーが自分で決めたんだ。もう大丈夫なんだよ」


 心配そうに眉尻を下げる母。髪を綺麗にアップにし、花飾りをつけ、色味の落ち着いたドレスを着ている母はとても美しい。その隣で私をフォローする父は、上質な燕尾服を着ている。陛下主催のパーティへ参加するふたりは、国内で有数の貴族としてふさわしい、豪華で品のある装いをしている。

 私もそれに遜色のない、布をたっぷりと使った、贅沢なドレスを選んでもらった。ピンクと白の、可愛らしい色合いだ。鏡で見たとき、相変わらずの似合いっぷりに、「さすがメインキャラ」と自画自賛したのは、皆には内緒。

 ベイルが来るということだが、気に病んでいないのは、本当だ。むしろ、この間マリアと母から聞いた噂話のこともあり、ハッピーエンドの後の彼がどうなっているのか見てみたい。たしかに婚約破棄された間柄で、多少の気まずさはあるけれど、向こうから話しかけてくることもなかろう。


「着いたよ。行こう」


 馬車が止まる。

 王城は相変わらず、立派な姿だった。両端に塔があり、中央の建物の屋根は、大きなドーム状になっている。厚い石造りの壁の色合いに、歴史の重みを感じる。壮大なシンメトリーで、見上げていると、粛々とした気持ちになる。

 天井に刻まれた彫刻が美しい王城の大広間は、多数の貴族で賑わっている。何しろ、陛下の快気祝い。招待状を受け取って、顔を出さない貴族の方が少ないだろう。私は辺りを見回し、アルノー達の姿を探した。今日は国王にお祝いの言葉を述べるため、アルノー達も、領地から直接来ているはずだった。


「あら、キャサリン様。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう。……あら、あなたは、ブランドン侯爵の」


 横から声をかけられ、そちらを向いてスカートを両手で詰む正式な礼をする。相手を見ると、どこかで見た顔だった。それは、学園の同級生だったはず。思い出して、私は愕然とした。こういう正式な場で、自分から話しかけてくるって、どういうこと?

 相手は、ブランドン侯爵令嬢である。赤い髪が鮮やかな、私の同級生。たしか名前は、エリーゼと言っただろうか。今日は髪の色味を落としたようなシックな赤のドレスの上に、きらきらとした金色の布を被せた、派手な衣装を身に付けている。

 私が困惑したのは、衣装の煌びやかさもそうだが、エリーゼの方から話しかけて来たからである。一応私は公爵家の娘であり、彼女は侯爵の娘。身分の低い者からこんなふうに話しかけるのは、あまり褒められたことではない。ヒロインのアレクシアはそういう作法を知らないから、誰彼構わず話しかけて顰蹙を買っていたけれど、エリーゼは侯爵家。そうした作法を知らないはずがない。


「ご無沙汰しておりました。今日は陛下の快気祝いです。どうぞごゆっくり」


 礼儀正しく頭を下げて、エリーゼは他の客の元へ向かった。まるで主催者のような物言いである。おかしな話だ。

 どういうことだろう、と疑問に思いつつ、私は私で、両親と共に次々とやってくる貴族達の挨拶に取り込まれてしまった。


 パーティ開始を告げる鐘が鳴り、大広間の最奥に国王の姿が現れると、会場は静かになった。


「お集まりいただき、ありがとう。本日は、私の快気祝いである。会を始める前に、皆に伝えることがある。ブランドン侯爵の機転により、私は病から脱することができた。その貢献を認め、ここに、彼を称えたい」


 ざわ、と空気が動く。陛下の前には、ブランドン侯爵が跪いている。こんな公の場で、陛下が個人の名を挙げるなんて、余程のことだ。何があったのだろう。


「陛下の病を治す薬を見つけたのが、侯爵なのよ」


 母が私に耳打ちする。なるほど。ミアが言っていた、「よく効く薬」を紹介したのか。陛下を命の危機から救った、というわけである。


「また、我が息子、ベイルと、侯爵の娘であるエリーゼ・ブランドンの婚約を認める運びとなった。温かい目でふたりを見守ってくれ」


 先程の発表よりもさらに大きく、空気が動く。複数の視線が私の方を向いた。そりゃ、見るだろう。よりによってベイルの婚約発表の場に、元婚約者である私がいるなんて。つい数ヶ月前に、婚約破棄したばかりなのに、もう次の相手がいるわけ? 切り替えが早すぎる。

 国王の元に、赤いドレスのエリーゼが、誇らしげな笑みを浮かべて並び、淑女の礼をする。なるほど。王家に嫁ぐから、さっき不躾に、私に話しかけたのね。

 一方のベイルは、同様に正式の礼をするも、なんだか表情が優れない。あの顔は、アレクシアと居たいのに私と踊らなければならなかったときの顔にそっくりだ。私にはわかる。彼の心は、まだアレクシアにあるのだろう。こんな風に他の女の子と婚約して、一体アレクシアはどうなっているの?

 ゲームのヒロインは、ハッピーエンドを迎えるものではないのか。意中の相手を射止めたまでは良くても、婚約はできず、相手はあっという間に他の相手と婚約。それって、あんまりだわ。

 他人事ながら心の中で嘆いていると、私の背に優しく手が添えられた。


「キャシー……」


 母が、私の表情を覗き込んでくる。努めて明るい笑顔を浮かべ、私は「大丈夫」と囁いた。別に、ベイルが他の人と婚約したからショックを受けているわけじゃない。ヒロインの、アレクシアの不遇さに同情しただけだ。


「皆の者、今宵は大いに楽しんでくれ。私も久しぶりの会だ。皆との時間を楽しみにしている」


 王の締めの言葉で、大広間いっぱいに話し声が広がった。ブランドン侯爵が、陛下との結びつきを強めた。しかも娘がベイル様と婚約した。オルコット公爵家よりブランドン侯爵家だというのか、何があったのか。どうなっているのか。ざわめきの中に、そうした噂話が飛び交っている。その合間に、ちらちらと私へ向けられる視線。

 私はその視線を意図的に無視し、顔を上げる。

 ここで引いたら、負けだ。

 だからこそ、胸を張って、両親と共に国王のもとへ挨拶に向かった。

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[良い点]  登場人物がみんな優しくてほっとします。文体がすっきりしていてとても読みやすいです。家族、商売、社交、恋愛?がどれかに偏らず上手く絡み合って先が気になる作りです。 [気になる点]  主人公…
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