15.ベッドの中の憂鬱
「ノアったら、心配するわけでもなく、『またですか』って言ったのよ。開口一番に」
「ノアさんらしいですね」
私の文句を、リサが笑って流す。
リアンと踊った後に盛大に足をくじいた私は、捻挫だから2、3日安静にしているように、とお医者様に言われてしまった。
痛みは直後よりはだいぶましになったものの、足首に体重をかけるとまだ痛い。腫れもまだある。マリアと母には「最近パーティに出ていなかったからこういうこともあるわよ」と慰められ、アルノーと父には「身体がなまっているな」と指摘され、ノアには「6歳の誕生パーティを思い出しますね」と茶化された。もう散々である。せめてもの救いは、リサだけは本気で心配してくれていることと、リアンがダンスをとても喜んでいたことだ。
「キャサリン様、便箋を持ってきました」
「ありがとう」
ロディのところにも行けないし、作業場にも行けない。学園時代なら、こんなふうに寝ていても、勉強しかすることはなかったのだが。こうしてベッドの中で暇を持て余し、卒業してから、自分自身が以前よりは多様な活動に取り組んでいたことを実感した。リサに頼んで、手紙を書く道具を持ってきてもらう。ミアとセシリーに、それぞれ手紙を書いた。
ミアには、事情を正直に書き綴り、そういう訳で暫く家から出られないけれど、足が治ったらお茶会をしようと誘いの手紙を。セシリーには、セシリーの実家であるミルブローズ伯爵領へ行く時期として、何時頃なら都合が良さそうかと尋ねる内容を。
どちらもいつか送ろうと思いつつ、日々の忙しさに取り紛れて書き損ねていたから、漸く送れて良かった。
便箋に薔薇の香りの香水をひと吹き。封筒に入れ、封をした。それを見計らってか、リサが「これも持ってきました」とハーバリウムを出してくる。ハンナが作った黄色い花が綺麗なものと、アンナが作った青が美しいもの。このふたつは、試作品とよく似ているからすぐにわかった。
「お見舞いと、お礼だそうです」
「このふたつは、ハンナ達が作ってくれたのね。……それで、これは、誰から?」
リサが持ってきたハーバリウムは、3つある。ひとつは、見たことのない、ピンクと赤の可憐な小瓶だ。
「ハンナ達の弟の、ニックが作ったそうです。キャサリン様のおかげで薬が買えて、それを飲んだらすっかり調子が良くなった、と。元気が出てきたので、ライネルさんに許可を得て、ニックも作業に加わっているそうですよ」
「まあ、元気になったのね! 私も会いたいわ」
「さすがに、キャサリン様の寝室に連れてくるわけにはいきませんから」
喜ばしい知らせに、胸が踊る。渡したお金がきちんと薬に変わり、ハンナ達の弟ーーニックが元気になったのなら、何よりだ。ニックが作ったというハーバリウムは、ハンナ達に負けず劣らず、センスの良さを感じる。将来有望だ。
「リサは会ったの?」
「はい、会いました」
「どんな子だった?」
「ハンナとアンナによく似て、可愛らしい顔つきの、男の子でしたよ。リアン様と同じくらいの年だという話でしたが、体はニックの方が小さいようでした」
「そうなのね、可愛いのね」
いいなあ。元気になったのなら会いたいのに、いつもなら作業場に居るからニックにも会えただろうに。私の質問責めにリサが苦笑していると、ドアがノックされる。
「入ってもいいかい?」
この声は父だ。私はリサの手を借りてベッドに体を起こし、「どうぞ」と言った。父と、その後ろからアルノーが入ってくる。私のベッドサイドに置かれたハーバリウムを見て、父が「やはりいいな」と呟いた。
「お父様と相談して、そのハーバリウムとやらは、領地の生産品として売り出すことにしたよ」
「そうなんですね!」
嬉しくて立ち上がりかけると、重みのかかった足首に痛みが走り、座った。アルノーは頷き、「こういったものは世の中にはないから、皆欲しがるだろうね」と続ける。
「作るのは当面、この屋敷で、有志の使用人を募って、と考えているんだね?」
「ええ。せっかく働いてくれているのだから、お金が入用の時に、追加で働いたぶんが足しになればと思うの」
「そうなんだね。キャシーが考案したものだし、ずいぶん楽しいようだから、販売に関してもキャシーに任せるよ。お父様と相談しながら売ってみるといい。それに、売り出すにしても、貴族の多い王都の方が良いだろうから」
「ありがとう、お兄様!」
自分で考えたものを、皆で作って、自分の采配で売ることができる。学園時代、決められた範囲の内容をひたすらに頭に詰め込んでいた頃と比べると、自由な発想で自分で活動できることは、充実感がある。これからできることを想像すると、わくわくした。
「じゃあ僕は、もう帰るから。またね、お大事に」
「うん、またね、お兄様。お気をつけて」
アルノーが去り、それを見送る父も去る。部屋に残ったリサの顔を見ると、彼女の表情は輝いていた。私も同じ顔をしているはずだ。
「私達が作ったものを、売れるのですね、キャサリン様!」
「ほんとね! こんなにすぐ、話が進むと思わなかったわ。ちゃんと売れれば、ハンナ達にも長い期間お願いできて、そのぶんお給金も払えるものね。よく考えなくっちゃ」
リサも私と同様、幼い頃からこの屋敷で暮らしていた。侍女の仕事も家事はルーティンだし、ハーバリウムという新しい品物を作ることを楽しんでいてくれたのだろう。
早く作業場に行って皆と作業をしたいけれど、この足で行っても、心配と迷惑をかけるだけだ。「またですか」と笑ったノアの顔が浮かんで、焦れったさが増す。ノアは最近、ちょっと意地が悪い。からかわれて気を悪くする私の反応を、楽しんでいるみたいだ。
とりあえず、今は足を治すこと。そう決め込んで、私は寝台に足を投げ出した。