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14.リアンの誕生日

「リアンが無事に5歳を迎えたことを祝って、乾杯!」

「乾杯!」


 ワインのグラスを掲げ、リアンの誕生日を皆で祝う。学園卒業まではお酒は飲めないので、リアンはもちろんぶどうジュースだ。

 食堂は、アルノーとマリアが加わり、いつもよりも席が増えて賑やかになった。リアンの誕生日祝いだから、テーブルクロスはいつもと色が違い、机上には大振りの花が飾られ、華やかな雰囲気がある。


「ぼくの好きなものばっかりだ!」


 リアンは大喜びで、運ばれてくる料理を口に運んでいる。家族の好みをよく理解している、ロディの腕が感じられる夕食である。

 それぞれが料理に舌鼓をうちながら、リアンの1年の抱負を聞いたり、勉強について聞いたり、互いに世間話をしたりする。人数の多い食事は、話が尽きることない。笑顔で言葉を交わす、楽しい時間が続いた。

 食後に、いよいよケーキが運ばれてくる。


「このイチゴは、私が載せたのよ!」

「キャシーはイチゴを載せただけなのかな?」

「ええ、他はロディがやったわ」


 ショートケーキは、改めて見ると、真っ白なクリームに赤いイチゴのコントラストが映え、芸術品のようだ。特にいちごは大粒でつやつやしており、食べる前からその美味しさがわかる。このデザートに少しでも自分の手が加わっているかと思うと、誇らしささえある。


「おいしい!」


 リアンが唇の端に生クリームをつけ、喜びの声をあげた。


「こんな時間があったんだね、キャシーは最近、忙しそうにしていたのに」

「リアンの誕生日だから、時間を作ったの」


 感心したような父に、そう返す。


「忙しいって、何をしていたんだい?」


 アルノーに聞かれた私は、リサに合図をして、例の試作品を持ってきてもらった。ハンナ達が作ったハーバリウムをテーブルの上に置くと、皆の視線が集中する。あのちょっと混み合った作業場でも、なかなか良い仕上がりに見えたけれど、改めて見ると、かなり良い仕上がりだ。ハンナ達の作品は花がバランスよく点在していて存在感がある。調和も取れていて、見栄えが良い。


「これを作っていたの。領地の生産品のひとつに入れて、売り出せないかしら」

「へえ、……僕はこういうの、見たことがないよ」

「お花の新しい飾り方に、どうかと思って」

「……ちょっと、借りてもいい? お父様とも、ゆっくり相談するから」


 アルノーにそれらの瓶を渡す。あくまでも今日の主役はリアン、これ以上この話を続ける気はなかった。相談した結果売るに値するとアルノーと父が判断するのならば、先のことはそれから動けば良い。


「僕からのプレゼントはこれだよ、リアン。来年はいよいよ学園入学だから、この参考書を使って、ノアに勉強を教えてもらいなさい」

「はーい……」


 リアンの目の前にどさ、と参考書の山が置かれる。返事は、心なしか元気がない。「よりによって誕生日に参考書なんて」と目が語っている。わかるよ、その気持ち。私も5歳の誕生日に、大量の参考書を貰って、うんざりしたものだ。ただ内容はすこぶる良くて、入学に向けての予習に役立つ。


「私は、新しく靴を仕立ててもらったの。履いてみて、リアン」

「……ありがとう! かっこいい!」


 黒いぴかぴかに磨かれた革靴が、リアンの足を収める。セドリックの紹介する靴屋は腕がいいから、履き心地も最高のものに仕上がっただろう。

 途端に笑顔を浮かべたリアンに、兄夫婦からは品の良い万年筆が贈られる。名前の刻印入りだ。これもリアンは喜んで受け取った。


「リアン、こっち向いて」


 私は椅子に座るリアンに近付く。身を屈めて顔を寄せると、嬉しさに頬が上気しているのがわかる。皆の祝う気持ちをここまで素直に受け取って、ここまで喜ぶことができるのって、いいなあ。歳を取るにつれ、いつの間にか、贈り物を貰っても、その価値や背景にある気持ちが気になってしまうようになった。私の失った純粋さがそこにある気がして、羨ましくなる。

 蝶ネクタイはリアンにぴったりで、可愛らしくその首に巻きついた。


「ぼく、にあうかな?」

「似合うわよ、リアン」


 新しい靴に、新しいネクタイ。御満悦な様子のリアンを皆で微笑ましく眺めていると、ノアが徐に、ワルツのメロディーを奏で始める。

 私はリアンの手を取り、リズムに合わせてゆったりとステップを踏む。足を踏み出し、ターン。リアンの足取りはたまに覚束ないけれど、ワルツの基本をしっかりなぞっていて、ノアの教育が行き渡っていることがわかる。

 暖色の光の中で、家族に囲まれ、滑らかな調べに合わせて、姉と弟が踊る。それは、あまりにも穏やかで、誰から見ても幸福な時間であっただろう。

 ただーー私は曲が進むにつれて、困惑していた。リアンは5歳で、私と比べたら、身長差がある。それは当たり前のことで、正式な場でのダンスでもないのだから、多少見苦しくても問題はない。

 問題があるのは、私の方だった。リアン相手だと、普段踊る相手よりも目線が遥かに低くて、身体も少し屈むことになる。いつも使わない筋肉が使われ、背中がつらくなってきた。ここで変な動きをして、リアンを転ばせるわけにはいかないと思うと、ますます身体が硬くなる。腰が強張ってきた。太腿がしんどい。絶対に、転べないのに!


 ……音楽と共にダンスも終わる。リアンと手が離れ、無事に踊り終えたことにほっとした私。自席に戻ろうとしたところ、足首に激痛が走った。


「……っ!」


 声にならない叫びがほとばしる。何もないところで躓き、左足首をおかしな方向に捻った。ダンスの疲労が相まって、うまくバランスが取れず、曲がった足の上からしっかり体重をかけてしまった。痛みと衝撃で、床にへたり込む。


「また、ですか?」


 真っ先に駆け寄ってきたのは、ノアである。心配してくれるのかと思ったら、いつもの軽口だ。むっとしたものの、そのことで、混乱が和らいだ。


「どうしたの、キャシー!」

「足、挫いちゃった……」


 心配の声をあげるマリア。私は、情けない声で応じた。

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