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12.攻略対象は危険な香り

「こちらが、ご依頼の蝶ネクタイです。いかがでしょうか」

「やっぱり、素晴らしい生地ね。縫製もいいわ、相変わらず職人の腕が良いのね」

「お褒めに与り、光栄です」


 ライネルに匹敵する完璧な礼をするセドリック。彼を見ていると、貴族相手の商売というのは厳しいものなのだとわかる。

 リアンの誕生日は、明日に迫っていた。準備は着々と進んでおり、今日蝶ネクタイが揃ったことで、ほぼ完成に近づいた。

 今日、セドリックは母にリアンの靴を届け、その後私のところへ蝶ネクタイを持ってきたのである。

 さて、出来上がった蝶ネクタイというのが、文句のつけようのないものだった。これを身につけたリアンは、凛々しく、ちょっと大人びて見え、その姿がきっと可愛らしいだろう。


「蝶ネクタイは、直接つけて差し上げるのですか?」

「そのつもりよ」

「付け方は、ご存知ですか」

「お父様が付けているのを、見たことがあるけれど……なんだか、難しそうね」


 小さい頃は、父がネクタイを巻くところを見るのが好きだった。巻きながら蝶の形を作るところが手品みたいで、子供心をくすぐる面白さだった。自分でも簡単にできるだろうと思っていたけれど、いざ目の前にして見ると、難易度の高さを感じる。


「そういうこともあろうかと、練習用のものをお持ちしましたよ」


 セドリックはそう言い、鞄から別のネクタイを取り出す。さらに、何やら棒のようなものも出してきた。


「このようにして、巻くのです。お嬢様も、練習してみませんか」


 しゅる、とその棒にネクタイを巻き付け、蝶の形にする。この棒は、首に見立てたものらしい。

 セドリックに促され、見よう見まねで形を作ってみる。何度か試みたが、途中で解けてしまう。


「もう1回、見せてもらえる?」

「構いませんよ」


 セドリックは滑らかに蝶を形作る。私はやっぱりできない。セドリックが凄いだけで、蝶ネクタイを巻くのは、すごく難しいことなのではなかろうか。


「ねえ、リサはできる?」

「今後ろから拝見しただけなので、難しいかと思います」

「やってみますか?」


 セドリックがリサを促す。すると彼女は、あっさり蝶の形を作ってしまった。多少左右の大きさにばらつきがあるものの、許容範囲内である。

 それを見て私が再度試みる。できない。微妙な沈黙が部屋に流れた。


「では、私が自分の首に巻いてみますから、それをご覧になりながら練習されるのはいかがでしょう」

「助かるわ」


 ここまで来て、プレゼントを変えることはできない。やはり私が蝶ネクタイを結んで一緒に踊るというちょっとロマンチックな演出が、誕生日には必要だと思う。忙しいセドリックに申し訳ないと思いつつも、私は練習の相手になってもらった。

 セドリックは練習用のネクタイをもう1本取り出し、首に巻いていく。それを「ストップ!」とか「ちょっと待って!」と頻繁に止めながら真似すると、今回は解けず、なんとなく蝶の形になった。


「できたわ! ちょっと、形がおかしいけど」

「いくつかコツがあるのです。再度、ご自身で巻いてみてください」


 結んだものを解き、また結ぶ。


「そこでもう少しきつく、結べますか」


 セドリックの助言に従いネクタイを引っ張ると、解けてしまった。持つところが違ったらしい。構造が複雑で、よくわからない。

 仕方なくもう一度結んでいる途中、セドリックが急に距離を詰めてきた。甘い香りが鼻腔いっぱいに広がり、一瞬、視界がピンク色に変わる。


「ーーここを引っ張るのです。……お嬢様?」

「えっ? あ、ごめんなさい。どうするのかしら」

「ここです」


 セドリックが巻いている途中のネクタイを摘み、その位置を示す。相変わらず距離が近いが、今度は意識を保って確認することができた。示された場所を引くと、ネクタイがちゃんと締まる。

 なによ、この匂い。

 セドリックの胸元から、尋常でない芳香が漂っている。香水かお香かわからないけれど、今までに経験したことのない香り。


「お上手ですよ」


 距離が近いから、例の美声も近い。匂いと声のダブルパンチで、なんだかくらくらしそうだ。


「当日は、リアン様に直接お付けになるのですよね? 僭越ながら、私で宜しければ、練習台になりますが」

「そう?」


 セドリックに言われるがまま、ネクタイを取り、彼に近づく。ネクタイを巻くためには、まず首の後ろに手を回さなければならない。

 背伸びをして、腕を上げようとした私の背に、「私が練習台になります」というリサの声が刺さった。動作を止め、見上げると至近距離にセドリックの顔がある。その吸い込まれるような瞳に、またくらっと来るけれど、何とか離れた。

 離れると芳香が遠のき、頭に上った熱が少し醒める。冷静に考えて、公爵令嬢である私が、大商会の後継者とはいえ平民の異性に、こんな近づき方をしてはいけなかった。判断が鈍った原因は、あの匂いにある気がする。


「リサと練習するから、今の練習用の蝶ネクタイを、ひとつ頂戴」

「畏まりました」


 セドリックは涼しい顔をして、練習用のネクタイを机上に置く。


「それにしても、今日のセドリックは、面白い香水を付けているわね。どこのもの?」

「先日お話した、異国のものです。お嬢様ならお気に召すかと思って、入室する前に付けたのですが、いかがですか」

「……良い匂いだけど、私には香りが強すぎたわ。頭が痛くなりそうだから、もう、付けてこないで頂戴」


 あのまま近くで嗅ぎ続けていたら、セドリックの言うがまま、ネクタイを巻くためにほとんど抱きつくような姿になっていただろう。

 セドリックは新しい香水を披露したかっただけで、他意はなかったのかもしれないが、ずいぶん危うい香りであった。

 セドリックを見送る。私はどっと疲れを感じて、溜息をついた。


「今日の彼は、危険な香りがしましたね」

「ええ、危険だったわ。さっき、声をかけてくれてありがとう」


 リサの言葉に同意する。リサのお陰で、自らセドリックに近づく失態を免れることができた。

 私は、リサを相手に、蝶ネクタイを結ぶ練習を徹底的にした。その甲斐あって、夜には手際よく、形の良い蝶を作ることができるようになった。

 リアンの誕生日は、いよいよ明日である。

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