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1.キャサリンはファザコン?

「数々の非道な行いに従いーー俺、ベイル・マーロウは、キャサリン・オルコット嬢との婚約を破棄することを、ここに宣言する!」


 学園の卒業記念パーティの会場で、ベイルの口から、はっきりとした婚約破棄が告げられる。その隣には、薄桃色のドレスを身にまとい、小動物のようにベイルに寄り添うアレクシアの姿。胸には、花を封じた可愛らしいネックレス。正式な記念式典であるこの場には招待客、学生の家族なども集っており、好奇の視線が寄せられる。

 対するキャサリンは、ドレスこそ豪華で、ヘアも美しく仕上がっているけれど、ひとり。咄嗟に何を言い返すこともできず、表情を固くして佇んでいる。

 衝撃が脳内を渦巻く。それは、予期せぬ婚約破棄が原因ーーではない。


 ーーこれ、ゲームの断罪イベントじゃない!


 どこかから湧いて出てきた、「ゲームの知識」が原因であった。


 私は、この場面を、ゲームで見たことがあった。学園のイケメンを攻略する乙女ゲーム、「聖ルナメリア学園」の中で、王子ベイルの婚約者であるキャサリンが、主人公アレクシアへの嫌がらせを理由に、卒業パーティで婚約破棄を宣言されるのだ。

 果たしてそれを、いつプレイしたのかーー詳細な記憶は全く思い浮かんで来ないものの、今までの経緯は、ゲームの記憶と同じであった。

 キャサリンという婚約者がありながら、さらには王子という立場を弁えず、特例入学の平民であるアレクシアと親しくしていたベイル。身分の差があるにも関わらず、気づけばふたりで出かける仲にまで進展していた。キャサリンの前であろうとどこであろうと、人目も気にせずイチャイチャべたべたするふたり。

 間違いなく、アレクシアは、ベイルとのハッピーエンドに突き進んでいる。


 この先の展開は、御察しの通り。「平民風情が図々しい」という言いがかりをつけて主人公に散々嫌がらせをしたキャサリンは、衆目監視の下で婚約破棄を宣言され、何も言い返せずに涙を流す。その名誉は地に落ち、キャサリンは二度と主人公達の前に現れない。悪役令嬢は断罪されれば用済みなのか、彼女のその後は特に描かれない。主人公は攻略対象との、甘やかなエンディングに向けて突き進むだけだ。

 キャサリンである自分はそれに巻き込まれたのだと、私は理解した。


 でも、おかしくない?


 ゲームの知識を得て、自分を客観的に眺めた私は、酷く納得がいかなかった。

 確かにアレクシアとベイルの関係にやきもきしていたけれど、直接的に手を出すことはしていない。ただ、誰かが行った嫌がらせの責任が、いつの間にか全て自分のものになっていただけだ。

 それに、今までのキャサリンは上流階級としてのプライドがあるからこそ、平民のアレクシアがどうしようと、ベイルとの関係には影響がないと考えていた。まさかこんな事態に陥るとは想像もしていなかったから、もし何の知識もなくこの場に立ったら、まさにショックで涙しか出なかったかもしれないけれど……。

 自分に非があるならまだしも、何もないのに、こんな風に責められるのは我慢ならない。泣き寝入りせず、自分の無実は主張したい。

 私は、涙は一滴も流さず、怒りに任せて唇を開き、きっぱりと言い切った。


「先ほど挙げられた数々の非道、私は一切関与しておりません」


 ベイルの端正な眉が寄せられ、眉間に深い皺が刻まれる。アレクシアの肩を抱き寄せ、きつい口調で吐き捨てる。


「アレクシアの心の傷を、嘘だと言うのか?!」

「いいえ。アレクシア様が心無い者に責められていたのは事実かもしれませんが、私は全く関与していない、と申しているのです」

「しかし、嫌がらせはお前がやったと聞いたぞ!」

「いつの間にかそういう噂になって、困っていましたの。宜しければ何方から伺ったのか、教えてくださる?」

「それは……」


 ベイルの視線がさっと周囲へ向く。こちらに注目していた生徒達は、視線を他所へ散らした。


「皆が言っていたんだ!」

「それではーー」

「皆とは誰か、具体的に名前を挙げられないのなら、それは証拠にはならないものですよ」


 言い返そうとした私の肩に手が置かれ、重厚な声で代わりに反論が加えられる。振り向くと、そこには厳しい表情をした父がいた。


「非道な行いというものが根も葉もないものだとしても、このように皆の前で言い渡されたものですから、婚約破棄はお受けいたします。宜しいですか、陛下」


 見れば、ベイル達の後方には、パーティを観覧に来ていた国王までもが居る。王がゆっくり頷くと、父は私の手を優しく取った。


「さあ、帰ろう。無実なのだから、何も気にしなくていいんだよ」


 そのままエスコートされ、ホールの出口へ向かっていく。会場には全校生徒が集まっているため、混雑していたものの、通る先はモーゼのように道が開いて行く。これだけの人がいるのだから、今日のことは社交界に一斉に広まったと考えて間違いないだろう。

 ホールを抜けて、馬車に乗り込む。隣に座った父の顔を見上げると、先程の厳しい顔つきとは打って変わった、柔和な表情を浮かべている。


 ほっとする。いつもの笑顔だ。父は、ひとり娘のキャサリンをとても可愛がってーー溺愛と言っても過言ではないーーくれ、いつでもにこにこと、話を聞いてくれる。


「私は、どうなるの?」


 一矢報いたい一心で無実を主張はしたものの、ゲームの通りの展開ならば、この後キャサリンはゲームの外へ退場、おそらく悲惨な末路、である。自分の行く末に不安を感じて質問すると、父は首を傾げた。


「どうなるも何も、どうにもならないよ。本当に特待生に対して嫌がらせをしていたのなら、話は別だけどーーそうでないのはわかったから、心配はいらない」

「信じてくれて、ありがとう」

「当たり前じゃないか。キャシーの言うことに、嘘があるはずないからね」


 ゲームでは、キャサリンは何も言わず、ただ涙を流すだけ。あまりのショックに何も言えず、その後も貴族のプライドが邪魔して、言い返すことはできなかったはずだ。自分のことだから、きっとそうだろうとわかる。

 ゲームの知識を得たからこそ、怒りに身を任せ、無実の主張をすることができた。そんな些細なことが、私の運命を変えたようだ。

 ほっ、と安堵の溜息をつく。馬車はがたがたと揺れ、自宅へ向かって行った。


「おかえりなさい、早かったのね」

「ただいま」


 帰宅すると、母が迎えてくれる。その隣には、幼い弟、次男のリアンがいる。卒業パーティーには本来両親が参加するのだが、リアンはまだ社交界デビューには早いので、母は自宅で留守番していたのだ。

 父は帰宅の挨拶をし、駆け寄ってきたリアンを抱き上げる。金髪のゆるいウェーブがかった髪と、白い肌の色合いが美しい、可憐な印象の母。紳士的で、年上の渋さを兼ね備えた、父。餅のように柔らかい頬をした、可愛い弟。絵に描いたような素敵な家族。

 嬉しいことに、私もその一員なわけだ。自分で言うのも何だが、自分自身も含めて、仲が良く、理想的な家族である。娘は王子と婚約し、一家の今後も安泰ーーまあ、それはさっき破棄されたわけだけど。


「パーティはどうだった?」

「ベイル様との婚約は、解消になったよ」


 父の言葉に、母は、「まあ」と桃色の唇を丸くした。


「最近、平民の子に懸想していると噂でしたけど、本当に……?」

「ああ。僕もパーティ会場でのふたりの様子を見ていたけれど、あれは酷いものだったよ。キャシーを差し置いて、最初から最後までふたりで過ごしていた。婚約破棄も、向こうから言ってきたんだ」


 父の言葉に、母が息を呑んで驚く。


「あの国王陛下が、そんなことを?」

「いや、ベイル様自身がね。キャシーが、その平民に嫌がらせをした、と言っていたよ」

「まさか……」

「もちろん、キャシーはそんなことはしていない。そうだよね、キャシー」

「うん」

「大変だったわね、キャシー」


 ここでぎゅう、ときつく母に抱き締められる。豊満な胸に埋もれながら、私は両親があまりにも平然としていることに困惑していた。あんなにベイルとの婚約を喜んでいたのに、破棄されたという話題なのに、談笑しているのはどうして?


「お父様もお母様も、婚約破棄されたのに、どうして悲しまないの?」

「どうしても何も……」


 両親は、顔を見合わせる。


「向こうから頼んできた話だからね。僕達は、どちらでも構わなかったんだよ」

「キャシーがベイル様に好意を持っていたようだったから、私達は、応援していたけど。貴女があまり落ち込んでいなくて、安心したわ」


 曰く、公爵家である我が家とベイルとの繋がりを欲したのは、陛下の方らしい。我が家は遥か昔、王国を設立するための戦争で大いなる武勲を上げたことにより、公爵家の位を戴いた由緒ある家系だそうだ。

 王子のベイルと、私を娶せることで、公爵家と王族の繋がりを強めておきたかったらしい。


 両親は、キャサリンのために婚約を受けたのだと言った。たしかにキャサリンは、ベイルに好意を持っていた。婚約者だからというのもあるけれど、振る舞いがスマートで素敵だし、見た目も良く、相対したときの物腰も柔らかく優しい。その優しさに、初対面の瞬間から、私はベイルに惚れ込んでいた。

 アレクシアが現れてから、少しずつ、釦を掛け違えてしまったのだ。結局ベイルは、私の言葉よりも、アレクシアの言葉を信じた。


「キャシーには、これから素敵な出会いがあるはずだわ」

「そうだな。気が早いだろうが、キャシーは結婚するなら、どんな相手がいい?」


 リアンによじ登られながら、父がそう聞いてくる。ベイルと違い、私の言葉を信じてくれた父。


「どんな時でも、私を信じてくれる人がいいわ。お父様みたいに」


 キャサリン・オルコット。学園を卒業する、齢16にもなって、まさかのファザコン宣言であった。

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