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オトメと木星  作者: 等野過去
3/13

「悠斗くんって、休みの日は何してるの?」

「うーん……別段何するってこともないけど、仕事のないときは大体家でだらだらしているかな。朝寝坊も貴重だなんて、よく昼過ぎまで寝てたりするよ。あ、でも先週は久しぶりに本とか読んだかな」

「悠斗くんって本とか読むんだ、意外って言うと怒られちゃうかな? 私はあまり読まないんだけど……何の本なの?」

「僕も普段は全く読まないよ。ただ、ちょうど見たいドラマが学校の授業とかぶったからさ、憂さ晴らしに原作を読んでやろうかなんて思って。『ころもがえ』っていうドラマだけど、聞いたことないかな?」

「知ってる知ってる、最近すごく話題だよね! 私も見たかったけど同じく時間が……あ、もし本を読み終わったら貸してくれないかな?」

「いいよ、休みに一気に読破(どくは)したから明日持ってくるよ」

「ありがとう」

 愛梨さんに物を貸すだなんて、戻ってきた時からその本が未来永劫の家宝となること間違いないだろう。さらには共通の話題が出来上がって日々の学校生活にもハクがつくというもの、いいこと尽くめだ。読書ないし趣味は持つべきだとは確かに思う。これから休日には読書に興じようかなどと真剣に考えてしまう。

「そういう愛梨さんは、休みは何してるの?」

「えっと、私は特に趣味とかないけど……強いて言うなら編み物とか好きかな? 手袋くらいなら編んだことあるし、よかったら本のお礼にプレゼントするよ、すっごくださいヤツでよかったらだけど」

「おお、それはぜひお願いしたいよ、これでこの冬は無事乗り越えられそうだよ」

 仮に作ってもらえでもしたなら先祖代々受け継がれていくこと間違いないだろう。編み物だなんて女らしくてとても可愛らしい、しかも作ってくれるだなんて、手造りだなんて、贔屓(ひいき)目で見るまでもなくカップルそのものではないか。会話にロマンだのプロミネンスだの語るどこぞの女とは違う、正に理想的な女性だ。

 大学に通うためにも学費を貯めねばと、昼は工場勤め、夜は夜間学校に通いと二足のわらじの道を選んだわけだが、当初は激しく幻滅した。夜間学校は中卒で仕事に着いた人たちが起死回生を狙って今一度勉学に励む一面がひどく強く、あまりに野心あふれる人たちが多かったのだ。下らないながらにも楽しく充実した普通の学生生活を考えていた僕とは対照的に、一般的な授業を淡々とこなしていく人ばかり、なんともちぐはぐな環境で一人取り残されたとも感じたが、すぐにも同年代のこれほど素晴らしい女性と出会い、常に話をするという『告白はしていないけどカップル』的なポジションを手にすることができたのだから分からない。

 今はまさに人生を謳歌(おうか)しきっている、胸を張って楽しいと言える、こと夜間学校に限っては特に。

「でも、やっぱりお昼に働いていると朝寝坊できる日は貴重よね。悠斗くんはお昼は工場に勤めているのよね」

「うん。愛梨さんは保育所で臨時の事務員だっけ」

「といっても時給で動くフリーターだけどね。どう、工場での仕事はやっぱり大変?」

「まあぼちぼちかな、大変は大変だけどどこでもそうだろうし、別に辞めたいとも思わないから悪くないのかもしれない。ただ、上司が仕事をしなくて……それで僕の仕事が増えることがままあるから堪らないかな」

「あ、それって大変そう。そういえば学校が始まる前に宿題の見直しの約束をしても、遅れて来るとき多いもんね。私はなんだかんだ言っても規定時間以上は働かされないから、悠斗くんに比べたならよっぽど恵まれているかも」

「愛梨さんは器量がいいからじゃないかな。また良かったら休みの日にでも愚痴(ぐち)に付き合って欲しいよ」

「うん、いつでもいいよ、喜んで付き合うから」

 天使に微笑みかけられればその日の疲れなどあっという間に抜けきってしまう。毎夜お陰さまで気持ち良く睡眠に入れるのだ、これほど恵まれていることもない。

 その分寝起きは随分と気持ちが重いのだが、それについて理由はみなまで言う必要はないだろう。


「ねぇゆうちー、仕事が終わってから学校まで時間あるよね。それじゃ仕事上がり、ちょっと話とかどおかな?」

 神様がいるのであれば、感謝と怒りの念を一つずつ捧げたい。仕事終わりに女性に誘われるという、幾夜と就寝前に年頃の女の子のように夜空へ祈り続けた夢を叶えてくれたことを、まず感謝したい。そしてその相手にこの佐竹(さたけ)女音を選ばれたこと、この怒りを僕は生涯をもって忘れず、きっとこのような遺言を子孫に残す事であろう、神とは無情なものだ、無神論者でいろと。

「せっかくですが申し訳ないです、今日は母親が僕の大好物のハンバーグを用意してくれているんですよ。学校が始まる前にしっかりと腹に蓄えたいので、寄り道なく迅速に帰らせていただきます」

 自慢ではないが、僕の母親のハンバーグの美味しさといったら世界に匹敵する事間違いない。あのナポレオンでさえ敗北を認めざるを得ないだろう。デミグラスソースが満遍(まんべん)なくかかったハンバーグを想像し、この秋に祖父母が収穫したばかりの新米を頂くのだ。この上ない至福、やっぱり家庭って大事だ。

 もっとも今日の食事がハンバーグという保証がどこにもないことは承知の上だが、ただ断る理由付けが欲しかっただけだ。ついでにちょっと母親自慢の手料理を出してみたくなったのだ。

「あら、女性のお誘いを断るなんて、ゆうちーも随分と偉くなったもんじゃないの。いいじゃない、ハンバーグなんていつでも食べられるけど、私との話は今日しかできないかもしれないよ? 私が今日の仕事帰りに小石でつまづいたところにたまたまバイクが来て、ブレーキをかけたものの当たり所が悪くて死んじゃって、花に囲まれた私の棺の横で後悔の涙にくれるゆうちーなんて見たくないんだから」

「同様に僕が事故に()ってハンバーグが食べられなくなる可能性があるわけじゃないですか、そうである以上、僕は先輩との話よりもハンバーグを取らせてもらいますから」

 こうも断言されてはさすがに女が(すた)るのか、女音は頬を大きく膨らませ、怒りに顔を赤く染め上げていた。女音の怒りはもっともだ、女っ気のない草食男児代表格の僕が女性に誘われながらも、何一つと焦りや嬉しさを見せずに、あろうことかハンバーグを優先すると豪語(ごうご)してのけるのだから、それはもう女性としてこの上ない侮辱(ぶじよく)を受けたことだろう。

 いや、それより何よりまず大前提として、仕事をしてもらいたい。仕事をせずに仕事終わりのことばかり話されても、こちらとてまっとうに話をする気になれやしない。

 S社という誰でも知っているような大手会社の下請け工場ではあるが、仕事内容は誰もができそうな単純作業という、至極ありふれたものである。違うのはただ一つ、この女音の存在だ。彼女はいつも跳ね毛ばかりの頭に無理やり作業帽を被ると、明らかにサイズの合わぬぶかぶかの作業着の裾を半分以上折り返し、まるで世のしがらみを何一つと知らないような笑顔で無邪気に振舞っていた。はじめは女性と一緒に作業ができるなんてと神様を尊んだものだ。突然妹ができた感覚とはこんなものなのだろう、これまで女っ気が皆無だった僕だ、嬉しくないわけがない。当初は無垢(むく)な性格が愛らしく、脂ぎって淀んだ空気のために色落ちしたに違いない黄色染みた跳ね毛や天真爛漫(てんしんらんまん)とした満面の喜色だって彼女のチャームポイントだなんて捉えながら、面白い子だという認識の下、楽しく相手をしていたものだ。しかし三日もすれば、神様に(もてあそ)ばれているにすぎないと気付いてしまった。ああなるほど、これは子守りか、仕事量は倍近くなり、日々業務時間の延長が続いた。女音は残業時間も含め初対面から終始気違いじみた空想をあらん限りにまき散らしており、僕も初めこそ相手にしていたものの次第にその無意味さと馬鹿さ加減に気付き、今ではにべもなく相槌(あいづち)を返すだけとなっていた。

「ゆうちーって、どうして私にそういったひどい反応しかしてくれないのかな? ……あ、もしかして、これって、その、……子供が好きな人にするそのなんて言うか、あの……」

 危ない、一瞬にしてボルテージが振り切りかけたが、紙一重理性が待ったをかけた。そもそも安心しろ女音、世界中の女性に罵詈雑言(ばりぞうごん)をぶつけられようと、僕は断じてお前にだけは(なび)かないだろうから。普通であればちょっと女の子っぽい仕草されればギャップが可愛いなどと心が揺れるものだろうが、こと目の前の女性に限っては小馬鹿にされたような釈然(しやくぜん)としないもどかしい感情が先行するのはどうしてだろうか。

「んもー、ねえ、ゆうちーったらホント小学生みたいなんだからね、困るんだもん。もっと素直にならなくちゃ……私は分かっているから気にしないけどね、それじゃ友達できないよ?」

「あー、うん、分かった、分かりましたよ。だったら定時の十六時までに仕事を終わらせたら喜んで付き合いますよ。それ以降はハンバーグを優先させてもらいますから」

「本当? やた、じゃあテキパキと仕事片付けようね、私も頑張るからゆうちーもしっかりと、手を抜いたりしちゃメ、なんだからね?」

 ご心配なく、僕は今この場で話しながらも一時たりとも手を止めていませんとも、あなたと違って。女音は頑張るぞだなんて、気合い入れて自分に言い聞かせている。いつまで両手にガッツポーズ作っている気だ、幾度も復唱しなくていい、早く手を動かすんだ。


 条件を設けたかいあってか、今日は僕の仕事も些か少なく済み――それでもなお女音の仕事分までかなりフォローを入れたが――すべての業務完了となったのは十六時を少し過ぎたくらいだった。約束からすれば定刻が過ぎた時点でこれ以後付き合う義理はなかったが、いつもに比べれば幾分早い終わりだ、女音だっていつもに比べれば仕事を頑張っていたし、一時間くらいなら付き合ってやるかと紳士的な素振りを見せたなら、女音は飛び上がって喜んだ。

 仕事をあがり、二人して工場に隣接する喫茶店……を超えて駅前の喫茶店へ行く。

「工場の隣の方が安上がりなのに……」

「誰にも聞かれたくない話なの、ゆうちー、分かってくれて?」

 この時すでに話の見当はついていた。男女が二人だけで、かつ他人に聞かれたくない話とくれば、一択問題だ。女音の(ほお)(わず)かに赤らんでおり、想像は確信に変わった。

 ここだけの話、女音の気持ちには薄々感づいていた。僕は口悪くけんもほろろな反応しかしないが、それでも彼女の相手はするし、仕事だってこうやってカバーしてあげている。元来の人見の良さがつい女音にも出てしまい、なんだかんだと言いながらしっかり面倒を見てしまうのだから、多少なり好意の目で見てもらわなくては割が合わないことではある。もっとも人生三度目のモテ期が来ているのだから、女音の想いの丈も何ら不思議なことではないのかもしれないが。

 意識した途端、女音の横顔が急に女らしく見えてくるから不思議だ。どこか抜けたように大きく開きっぱなしの口からチラリ覗ける可愛らしい八重歯に、胸が大きく警鐘(けいしよう)を打つ。恥ずかしくも男とは至極単純にできているらしい、ついぞ異性の誘惑に勝るものはないということか。

 しかし内心困っているのも事実だった。僕は正直この馬鹿と生涯を共にするのはまっぴらごめんだ。人生を棒に振るにはまだ早いだろう、百歳にもなって独身だったら考えようもあろうが、まだ十八歳にもならぬ年端で人生を諦めてしまうのもいかがなものか。元来女縁はない方だが、今となっては愛梨さんという歴史上のどの美姫(びき)にも劣らぬ素晴らしい候補者がいる手前、妥協するにしても早計の感は否めない。

 人生について真面目に考えていると、すぐに目的の喫茶店に到着してしまった。木造の建物で、オレンジ色の電球が醸し出すレトロな雰囲気は、値段の割に抜群の趣を形成している。中に入ると周囲はカップルばかりだ。木製の椅子に腰をかけるとすぐに飲み物を注文し、互いに無言となる。

「……」

 ああ、こんな時に女性にかける適切な言葉が思いつかない。いや、どうして僕は女音を女性などと意識しているのだ、どんな風の吹きまわしだ。

 ほら、声をかけるぞ、いけ。

「……それで、話って?」

 ちょっとキザっぽく聞いたが、女音は俯き加減のまま首を振った。

「飲み物が、届いてから」

 ああ、なんだどうしてそんなウブな反応をしてみせるんだ。女音のいつもの舌足らずなしゃべりは、この場ではまるで緊張しきっているように錯覚させられ、小動物的な存在感に心がときめいてしまう。

 ふと女音もこうして黙っていれば可愛いのになと思い、慌てて頭を振るってその考えを打ち消した。突然何を思っているのだ、一体僕はどうしてしまったのだ。

 飲み物が届くと平静を保ちながら、再び同じ質問をした。

「飲み物きたし、改めて話って何か教えてもらえますか?」

「……うん、その、真面目に聞いてね。笑ったりしちゃ嫌なんだからね」

 僕が頷くと、女音は意を決して口を開いた。

「あのね、あれから考えたんだけど、やっぱり専門的な部分は専門家に任せるべきだと思うのよ」

「……は?」

「なにその顔、ドッペルゲンガーでも見つけたの?」

 その時の僕の顔つきをどのように想像できようか、おそらくドッペルゲンガーに対面してもここまでの不可解(ふかかい)極まりない表情はしなかっただろうおかしな顔が想像できた。女音はそんな僕の顔を見て、大きな声で失笑した。

「すみません、もうちょっとかみ砕いて説明してくれませんか」

「だからね、太陽を作る話だけど、専門家に任せるのが一番だと思うわけよ」

 誰か、シャベルカーをレンタルして穴を掘ってくれ、人が一人丸々入れそうなくらいのものを頼む。ああなるほど、頬が赤いのは女音の常だ、上気(じようき)しているのはこんな馬鹿な計画を夢見ているからだ。工場横の喫茶店では駄目というのも、きっと女音はこんな壮大な計画を他人に知られたら……などといらぬ心配を抱えての判断だったのだろうが、僕としてもこの離れた喫茶店で助かった、工場の人にこんな頓珍漢な会話を聞かれては、社会的地位が抹殺されかねない。

 というか今さっき何と言った、太陽を作るなどと言わなかったか。どう間違えば仕事後のこのタイミングに、そんな奇妙な台詞が飛び出すのだろうか。相変わらずわけがわからないのは、女音が複雑と単純が一足跳びに絡まった脳構造をしているからとしか思えなかった。

「何で太陽を作る必要があるんですか?」

「んふふー、それはやっぱり、昼間の色鮮やかな世界への憧れかなあ。夜は色が失われて、それにはそれ特有の美しさがあることは否定しないけれど、それでもとてもとても寂しい気持ちが先んじちゃうんだから。やっぱり昼間の美しさに敵うことってないじゃない」

「あのですね、太陽ってそもそもどんなものか――」

 突っ込もうとしたところでようやく、以前にこれと同じやり取りがあったことを思い出した。確か仕事の合間にいつもながら女音が「太陽ってどうして一つなんだろう」とか、そんな下らぬ疑問をぶつけてきたのだ。完全に思い出した、そしてこの馬鹿はその話を諦めていなかったのだ。

「だってね、私たちには太陽の熱や太陽の大きさを作ることなんてできないから、やっぱり専門家の人に頼まないといけないんじゃないかな? 大学の教授サマとかその辺りになると思うの」

「大学の教授へ会いに行く前に、大学病院へ行ってその頭を見てもらうことを何よりも勧めますよ。これは誰のためでもなく、女音先輩のために言っているんですよ」

「ありがと、私のことを心配してくれるのは嬉しいけれど遠く及ばないんだから。今は太陽を作ることに頭がとらわれちゃってて、ちょっとのぼせちゃってるだけなの」

「本当にごめんなさい女音先輩、僕はいつも心の中でだけ先輩を馬鹿と呼称していましたけれど、今日この瞬間より普段から馬鹿と呼ぶことにします。先輩にはそれがもっとも相応しい、メオトなんて柄じゃないです」

「……ね。ゆうちーってさ、なんで私の首筋をよく見てるの?」

「ごめんなさい女音先輩」

 これは効いた、よもや僕が鎖骨に対する熱烈なフェティシズムを持っていると社内に知れ渡ったなら、一体どんな扱いを受けるのか、どんな目で見られるか分かったものではない。心は銅鑼(どら)を鳴らされでもしたような激しく過大な衝撃とともに動揺し、反射的に潔く頭を下げた。まさか女音にこの事実がばれているとは、予想外の目聡さを相手に、白旗が上がるのは実に容易かった。

「んふふー、よろしい。それじゃ話を戻すんだから、いいわよね」

「やはり待ってください、おかしいですから常識で考えてみてくださいよ、第一太陽だなんて巨大極まりないものをどうやって作るんですか!」

「だからそれを専門家に聞こうって提案しているんじゃないの。もう、ゆうちーって本当に人の話聞かないんだから」

 僕が悪いのかそうなのか、疑問はこの際置いておくとしよう。

「女音先輩は本気で太陽を作る気なんですか?」

 この疑問は今さらだったかも知れない、彼女はほんのり赤く染まった頬を緩め、自信満々といった目を向けてこう放った。

「当たり前じゃない」

 その勝ち誇った表情を止めてくれ、どうしてこういつも突拍子もないおかしな事ばかりするのだ、もっと普通の思考をして欲しい。誰か良い医者を紹介してくれ、馬鹿に効く特効薬を開発してくれ、死んでも治らないなんて嘘だと僕に一縷(いちる)でも希望を見せてくれ。

「ゆうちーみたいに現実的なことを考えるのはとっても大切でよいことだと思う、それくらい私だって分かっているけど、だけどそれって人生とてもつまらなくないかな? もっとロマンを追い求めて、冒険の一つでも経験した方がよっぽど濃密で満足できる生活が待っていると思うの。だって私は今こんなに嬉しくて楽しいんだから、ゆうちーと少しでもこの楽しさを分かち合いたいもん、二人で二倍楽しみたいんだもん!」

「止めてくれ、僕はそんな冒険的なことは何もしなくてもいい、平凡に生きて平凡に暮らし、母親のおいしいハンバーグが食べられればそれ以上は何も求めない。仮に夢を持つとして、もっと現実的な夢を持つべきなんだ、毎日ハンバーグを食べられるとかそんなでいい、どうしてそんな非現実的な、小学生の想像力でも及ばないような、幼稚園児でも不可能だと理解できそうな夢を抱いて生活しなくてはいけないんですか、そんなのまっぴらごめんです!」

「叶える事の出来る夢のどこが魅力的なのかは、私には理解できそうにないんだから。だってだって、ゆうちーのお母様が作られるハンバーグはこうして想像できるわ、デミグラスソースがたくさんかかっては肉汁が黄色く光を反射して、じゅうじゅうと音を立てながらシャキッとみずみずしくて新鮮なキャベツが隣に添えられるの、フォークをあてると少しへこみながら優しく突き刺さって、丸い赤ん坊のような油がぴょこんと顔を出して挨拶するの……ええ、それはもう十二分に美味しそうよ、思わずお腹が鳴ってしまいそうなくらいにね。でも、太陽がもう一つある世界なんて想像できないでしょ、ハンバーグは想像できるけれど。こうして太陽が二つある世界を無限に想像することのどれだけ楽しいことでしょうね、ほらほら、さっきの空腹感なんてあっという間に忘れてしまうじゃない!」

 結局考えの共有は叶わない、とどのつまり、この馬鹿に何を言っても無駄なのだ。女音と一緒に夢を語り合う自身の姿など、僕の凡庸(ぼんよう)な想像力ではとても思い描けそうになかった。

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