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オトメと木星  作者: 等野過去
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プロローグ

「ねえ、ゆうちー。どうして曇りの日に海は灰色にならないのかな?」

 突拍子もない不可解な質問を投げかけられ、せわしなく動かしていた体がにわかに固まった。先ほどより仕事など放ったらかしにし、半開きの手と口でどこか遠くに焦点を合わせて上の空でいたのに、次にはこんな疑問を繰り出してくるのだから実にたちが悪い。自分の仕事をしないくらいであればこの際大目に見よう、だからわざわざ反応をうかがうような質問を投げかけるのを止めてくれ、切実に。

 目を横へ向ければ、黄褐色のざんばら髪が無秩序に跳ねる隙間から、黒目がちなまん丸い目が、屈託無く上目遣いに向けられていた。頬はほんのり紅潮しており、口元は嬉しさを我慢できずといった様子でむずむずと控え目な弧を描いていた。

 軍手を脱いで油にまみれた手を備え付けの汚い雑巾で拭きながら、この機にと一息つく。

「……それで、どうして曇りの日に海が灰色だなんて不清潔な色に染まる必要があるんですか」

「だってよ、だって。空が青いのって海の色が反射しているからでしょ? だったら曇りの日は灰色になっていないとおかしいじゃない」

「空が灰色なのは雲の色でしょうし、そもそも空が青いのは海の色が反射しているからじゃないですよ。もしそうだったら、夕方に海は真っ赤に燃え上がることになっちゃうじゃないですか」

「うん、うん。それもまたいいよね、一面に敷き詰められたルビーみたいに、まばゆいばかりに綺麗に違いないんだから。ゆうちーも案外ステキなこと言うじゃない、見直しちゃった。すっごくいっぱいの夢が詰まっていると私も思うんだもん」

「……つかぬことですが、夕陽が赤いのはどうしてか、なんて授業で習った記憶はありませんか?」

「リンゴに恋をしたからってやつでしょ。恥ずかしがり屋の太陽は海から少しだけ顔を出しているんじゃなかったかな、すごくすごくロマンチックな話よね」

「……なんですかそれ」

 つくづく会話にならない。興味を持つのは個人の自由だが、その興味をどうぞ自分で調べて追究していただきたい。分厚い辞書なり参考書でも携えて部屋の傍らで調べていてくれればどれだけ静かで素晴らしい仕事環境だろうか。

 ところが目の前の女ときたなら、次にはロマンと想像ですべてをカバーしにかかるからこちらとてまいる。

 そうだ、この時すでに相手は空、ひいては宇宙というものに幾許(いくばく)かの思いを馳せていたのだろう。この時点で僕は早急に引き止めるべきであったのだ。宇宙といえば世界中の希代(きたい)の専門家たちが何世紀にもわたり研究を重ねても未だ九割以上が謎と言われているもので、僕たちのような門外漢(もんがいかん)には到底計り知れないものであると、何時間を費やしてでも諭させるべきであったのだ。

 もとよりこの女には科学とロマンを取り違えるきらいがあった。ましてや現代の科学をもってしてもその大半が謎のままという響きはこの上ないロマンを感じさせるものであったのだろう。されとて現代科学でも解明できぬものを、何ら専門知識を持たぬ畑違いの人間風情が寄り集まったところでどうしようというのだ。

 この時はまだ、恒例の妄想癖が表面化しただけで特別なこともないいつもの様子であり、後々の大事件につながろうとは露ほどにも考えはしなかった。

 そうだ、すべてはあの一言から始まったのだ。

「太陽を作るに決まってるじゃない、ゆうちーって本当人の話聞かないんだから」

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