Part5 ごんぶとエルフvs魔王軍
醜くても心は綺麗(´・ω・`)
衣服や体にこびりついた血糊を、どうやって落とそうかと考えながら、
ハーゼルはひたすら街道を東に進んでいた。
どこかで水浴びをしたかったのだが、それなりに朝は寒かったし、
洞窟の近くの水場からは離れてしまったため、あきらめて街道を歩いていた。
最初こそ臭気にあてられて吐きそうになっていたものの、
しばらくすると鼻がマヒしたのか、匂いを感じなくなっていた。
「うぁぁ~お風呂はいりたいよ~、髪の毛も肌もべたべたして気持ち悪いな、
エルフの国に付いたら、この剣を売って、とりあえず宿にでも泊まろうかな」
等と考えていた時、ふと目の前に"茶色い何か"が飛びかかってきた
「うぉっ!虫か!?蛾か!?」
飛ぶ虫全般が苦手なハーゼルは慌てて剣を振るって虫を叩き落そうとする。
ピギャァ!!
ブチュン!
と、剣の腹が命中したのか、飛んできた"茶色い何か"は、
あっけなく地面の染みになって消えた。
「あっぶねぇ~めっちゃデカい"蛾"だよ、ありえねー、
この世界の虫って、デカすぎない?俺、いろんな意味で死んじゃいそう、
俺、虫とか超苦手なんだけど…この先大丈夫かなぁ…」
◇◇◇◇◇
街道を進むハーゼルの位置から、魔王城方面に馬で街道を20分程進み、
さらに森の中へ数十メートル入った場所に魔王軍先遣隊の天幕があった。
少し開けた場所に張られた天幕の下に、小さなテーブルと椅子を並べ、
先遣隊隊長"エリーゼ"は、山盛りのカラフルなスコーンを食べながら、ティータイムを楽しんでいた。
薄紫のボブカットヘアーに金色の瞳、カッチリとした紺色の軍服に身を包む彼女の所作は優雅そのものだ……
しかし、軍服に収まった彼女の足ははち切れんばかりであり、ウエスト周りではボタンが悲鳴を上げている。
胸か脂肪か判断に困るわがままボディーは、上から下まで見ると、縛られたボンレスハムに似ていた。
身長も170㎝程あるため、ふくよかさと相まってよくオークの亜種と見間違えられるのだ……
敵戦力を探るための先遣隊としては、あまりにも無防備な状態にもかかわらず、
この場の誰もが不満の声を上げないのは、彼女が先遣隊隊長を任されるだけの魔力戦闘能力を持ち、
数々の戦果を挙げているからに他ならない。
「へっへっ、流石我らのエリーゼ様だ、戦場に咲いた一輪のバラっ」
「エリーゼ様素敵っ! 」
「この間、ハイオークからプロポーズされてるの見た! 」
「あんた達、煽てたって何にも出しやしないわよ……まっ…帰還した一杯おごるわ……」
「「「イィヤッタァァァ」」」
魔族の価値観としては『力こそすべて』であるため、見た目よりも腕力や魔力が重要視されていた。
見た目がボンレスハムやオークでも、力ある女性は魔族にとってとても魅力的に見えるらしい。
エリーゼが36個目のスコーンをつまみあ上げた時、天幕に偵察兵が飛び込んできた。
「緊急につき失礼いたします隊長殿! 取り急ぎご報告したい事が御座います」
「何よもう、たかがエルフにそんなに慌てることないじゃない」
「そっ、それが……戦闘用ガーゴイルが……破壊されました……」
「「「……はぁっ?」」」
魔王軍が導入している戦闘用ガーゴイルは、ドワーフの国が開発した戦闘兵器であり、
ミスリルの骨格を持ったホムンクルスだった。
ガーゴイル自体の戦闘力はそれほど高くないものの、ゴーレムに引けを取らない硬さと、
早馬ですら追い付けない飛行速度を持っているため、簡単に潰される様なものではい。
「敵戦力はエルフ1体のはずよね?」
「はっ! 見た目はオーガに近いのですが、全体的な特徴からはエルフと思われます!」
「……戦闘用ゴーレムを投入投入するわっ、戦闘開始と同時に魔力銃をもって左右の森に待機……
敵戦力の把握と可能であれば遠距離からの攻撃を行いなさい! それと魔王国将軍に伝令を送るのを忘れないで!
さぁ、動きなさいっ! この拠点は現時刻をもって放棄するわっ」
「隊長! …てっ、撤退なさるのですか……」
「まさかっ! 私も前線に出るわっ、ただし、状況によっては撤退も視野に入れておきなさい。
……もし、先日王都の外壁を破壊したのが奴だったとしたら…この私の力でも…っ」
「はっ! 了解いたしました……」
(見たこともない"赤いエルフ"……嫌な予感がするわっ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
太陽が真上に差し掛かる頃、街道沿いの切り株に腰をおろして、
ハーゼルはカロ〇ーメイトを頬張っていた。
「うん、プレーンも旨い! 狩りスキルをもらったけど、
この分だと当分使いどころが無いかもな」
最初こそ、モンスターがそこら中にいると思って警戒していたものの、
街道沿いを歩いているためか、まったくと言っていいほど遭遇していなかった為、
今日も食事はカロ〇ーメイトと水だけだった。
慣れ親しんだ食べ物だけに、ハーゼルに不満はなかった。
生前よりはるかに太く、大きくなってしまった自分のてだが、
持ち前の器用さで箱を器用に開けて、二箱目のカロ〇ーメイト取り出そうとした所で、
街道の奥が微かに光ったのを目にした……
キュィィィィイイイイン!
強烈な熱線がハーゼルを直撃して、手に持っていたカロ〇ーメイトの箱が燃え上がり、
まだ食べていないカロ〇ーメイトが袋ごとドロドロに溶け落ち、
切り株の上に置いていたペットボトルの水が水蒸気爆発を起こした。
「うがぁぁぁ!! 目がぁっ!目がぁぁあああああっ!! うおぉおおおおおお!!!」
ハーゼルは両目を抑えてム〇カ大佐のように唸り声を上げながら、地面を転がった……
突然の閃光は、ゴーレムから放たれた遠距離攻撃の魔力砲だった。
全高5m、幅2m、重さ10tのストーンゴーレムの両肩には、
直径20㎝、長さ2mの魔力砲が2門装備されており、これもまたドワーフが作り上げた魔道兵器だ。
魔王国では魔石が潤沢に採掘されており、魔道兵器の動力として惜しみなく使うことができた。
他種族からの侵略を幾度となく掻い潜り、いまだに魔王国が健在なのは、
魔道兵器と魔石によるところが大きい。
「初弾命中! 目標地点で爆発を確認! 敵は倒れた模様!」
「やったか!?」
「ゴーレムの魔石交換急げ! 次弾装填準備っ!」
魔力砲は威力が強いものの、特大の魔石1個につき、一度しか砲撃が行えなかった。
誰もが一撃のもとに敵を撃ち滅ぼし、焼け跡から惨たらしい遺体が出てくるものと思っていた…
魔力砲の直撃を受けた後、しばらく地面でのたうち回っていたハーゼルは、
ようやく視界が回復してきたので、首を回して攻撃してきた対象を睨みつけた…
「お・ま・え・かっ!」
突然攻撃された事に、ハーゼルは激しい怒りを覚えた。
もともとの性格からして、滅多なことでは怒りを顕わにしたことはないし、
命を奪われるような暴力も受けたことがなかったのだが、
今異世界に来て、命を奪われそうになったことに奮起した。
「この野郎……やってくれやがったな……服がボロボロでドロドロになっちゃっただろ! この服しかもってないのにっ!」
ハーゼルの着ていたエルフの服は、初期装備として与えられたそれなりに丈夫な物だったが、
強烈な魔力砲を浴びてすでにボロボロになっており、いろんな意味でギリギリの状態だった。
ハーゼルはアイテムボックスから剣を取り出すと、ゴーレムめがけて走り出した。
一方、敵を仕留めたつもりでいる魔王軍はパニックに陥っていた。
「たっ、隊長! 敵が動き出しましたっ!」
「うっそぉ!どうして動けるのよっ!魔力砲は直撃したはずでしょ?」
「はいっ!攻撃は確実に直撃しております……ですが……対象は無傷、ピンピンしております!
ゴーレムの魔力砲で無傷であるならば、我々の魔力銃でも効果的なダメージは期待できないものと推測いたします…」
「……仕方ないわね、撤退よっ! 魔力切れのゴーレムは放棄して構わないわっ、
私が殿を務めるから、あなた達は後方の部隊に合流しなさいっ!」
「エリーゼ様っ! 何を仰られるのですかっ! 危険です、撤退を進言致しますっ」
「私は隊長よっ! 部隊を預かっているからには、兵士を安全に返す責務があるわっ、
それに……貴方には家で待っている娘が居るわよね、隣のキャロル伍長は春を迎えたら親衛隊のアランと結婚するのよね?」
「「「隊長!(エリーゼ様!)」」」
エリーゼは見た目に似合わず、部隊全員の顔や名前、家族構成や交友関係まで細やかに覚えており、
隊員の家族が病気だと聞けばすぐに任務を解いて帰したり、誕生日には部隊部隊を上げて祝ったりと、
気遣い、心配りが行き届いているため、部下や上層部からの信頼はとても厚い。
ちなみに、今でこそ肉厚なわがままボディーだが、これは種族の特性半分と、本人の不摂生が祟ったものである。
その昔、"純粋な美"を競う『魔王国ビューティーコンテスト』で、優勝したこともあったりする。
いまだに一部の魔族からは『痩せたら今でもナンバーワンのエリーゼ様』と呼ばれているのは、本人の知るところではない。
「さぁっ! 早く行きなさい! 敵が目の前まで迫っているわよ!」
「……うぅっ、エリーゼ様っ、申し訳ございませんっ!」
そう言い残すと、隊員たちはゴーレムとエリーゼをその場に残して撤退していった……
これはエリーゼを囮として残していったのではなく、エリーゼならば敵を倒せると、確信していたからに他ならない。
「……さて、どんな化け物なのかしら? あの子たちが逃げる時間くらい、私が稼いであげるっ!」
敵がどれほどの力を秘めているのか分からなかった為、エリーゼは遠距離からの魔力砲攻撃を選択した。
その判断は間違ってはいなかっただろう。大切な仲間を無事に逃がすことができたのだから……
敵の距離はおよそ150m、エリーゼは肩に担いだ魔力銃を構えて、撃鉄を起こし、
ありったけの魔石を詰め込んで、さらに自身の魔力を限界まで注ぎ込み、ゴーレムの影から敵を見据えた。
呼吸を整えて狙いを定める……敵との距離が徐々に狭まる…
残り50mを切ったとき、静かに引き金を絞る…
ドパァン!!
発射と同時に砲身は溶け落ち、反動でひっくり返ってしまう。
それでも彼女には手ごたえがあった。
目の前の敵の胸部に着弾する寸前までは見えていたからだ。
(砲撃より範囲は狭いけど、その分貫通力は高いはずよっ……
この距離で食らって生きているはずがないわっ!)
エリーゼは恐る恐るゴーレムの影から敵を覗き見た……
「なっ……なんでよぉ~… どうして"無傷"でいられるのよぉ~」
眼前に迫るのは衣服がズタボロで、頭から血を被ったように赤いエルフだった。
手には父親の物と思われる大剣を握りしめ、怒りの形相でこちらに向かってくる。
慌ててエリーゼも腰に差している剣を抜き、ゴーレムの後ろに回り込んで剣を構えた。
ズパァン!!
ズル…
ズルズル…
ドゴォォォン!
ゴーレムは胴体部分から、滑るように斜めに崩れ落ちた……さらには、エリーゼの剣も、
胴の中ほどから綺麗に切り飛ばされており、戦う術を失ってしまう。
彼女は、魔力の特性から魔術砲撃を得意としていたが、彼女の銃はすでに溶け落ちており、
父から教わった剣術も、折れた剣ではまともに振るうことが叶わなくなった。
眼前に迫るエルフは、極限まで目を見開いてこちらを見つめている……
崩れたゴーレムの胴体越しに、初めて敵をまじまじと見ることができた彼女は、
初めて自分が対峙していた敵の正体を知ることとなる。
(オーガの亜種? いえ、これはエルフだわっ、真っ赤なのは返り血ねっ、
なんてたくましい…違うっ! おぞましい化け物なのかしらっ!
きっと沢山同胞を殺してきたに違いないわ! こんなのが王都まで行ったら大惨事よっ、
私はきっとここで死ぬんだわっ、でも、一矢報いるだけでもっ……)
エリーゼは震える手で剣を握りしめ、気合を入れるために雄たけびを上げて飛びかかっていく。
しかし、エルフを捉えたと思った刹那、折れた剣は空しくも柄を残して刀身が砕け散りった。
「あっ…あぁっ…っ…」
(嫌だっ、死にたくない……まだ恋もしたことないのにっ…)
エリーゼは腰が抜けて地面にペタリと座り込んでしまう。
エルフに手首をつかまれると、手に残っていた剣の柄もポトリと地面におちる。
両目を見開いたエルフの顔がゆっくりと近づいてくる……もう、ダメだ……殺される…
「お前、モンスターかっ?」
(ぇっ?このエルフ何を言っているのよ?どう見てもナイスバディーな魔族の女でしょっ?)
「……これ、食えるのかなぁ?」
(なっ、このエルフ、食人もするのっ!?、嫌っ、食べられるのなんて絶対にいやだっ!)
「嫌…… 嫌だっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーっ」
百戦錬磨の部隊長と言えど、緊張が限界に達し、ついに叫び声をあげて気を失ってしまった。
俺は目の前で叫び声をあげて失禁までして、涙でグチョグチョになりながら気絶したボンレスハムのような生き物を見て、
このまま放置したらよいのか、この生き物の部族までお返ししに行くか、捌いてアイテムボックスに入れたらよいのか、
途方に暮れてしまっていた……
俺を攻撃してきたと思われる人影に近づくにつれ、どうやらそれは大きなロボットのようなものだと言うことが分かった。
さらに、その周囲には人影のようなものが見えて何やら相談をしているようだった。
「おっ、なんかロボットだけ残して逃げてったみたい、ロボットのそばにモンスター?だけ残して……」
ハーゼルは人を殺めてしまう事に対する忌避感はいまだに消えないものの、
モンスターや、無機物に対しては遠慮なく攻撃は出来るだろう。
ある意味ヌレヌレの女隊長……でもボンレスハム(´・ω・`)