第三章 雷鳴(2)
「まったく、手間をかけさせないでくださいまし?」
アリスは戦闘服を着た40代の男二人を見て機嫌を悪くしてした。アンブランクを倒さなくてはいけない状況で邪魔者と呼べる人物が現れたからだ。
「どうやら抵抗するつもりみたいだな!」
「あなたが抵抗するからでしてよ」
戦闘服の二人のうちの角刈り頭している方が威嚇をするが、アリスは怯む様子はない。それを見た角刈りは発砲を始める。
しかし、発砲する様子を見たアリスはとっさに角刈りに向けて手のひらを突き出し、水色の魔方陣を出現させ、銃弾を弾く。
(あの人たち、いつもの警官とは違う雰囲気を感じますわ……。あの銃弾も電気のような衝撃が少しありましたし……)
アリスは次に上の方に気配を感じる。気配を感じる方を見ると、そこには窓でスナイパーらしき人物が待ち構えている。
アリスはワンピースのポケットから水色のカードを何枚か取り出し、それらを上方にばらまく。
すると、ばらまかれた数枚のカードから、ドライアイスのような蒸気を吐き出す。
「くそ! これだと対象者が見えない!」
戦闘服の丸坊主の方が口を放った通り、目の前の蒸気に戦闘服二人がうっとおしそうにする。どうやらアリスは彼らやスナイパーの視界を遮る行動に出たようだった。
その隙にアリスはこの場から逃げ出した。
「……ということがあって余裕のない状況になってましてよ……」
アリスは武雄に昨日あった状況を説明した。
「アンブランクが増えた上にアンブランクを狩る組織ができたわけなんだね。少し骨が折れるね……」
「まったく、あの組織は私まで狙うんですのよ。何考えてらしてるの……」
「それは仕方ないんじゃないかな? 向こうにとってはあのアンブランク達も私達も同じ人種なのだから……」
優未は二人の話を同じ部屋で聞いていた。アリスに「今起こってる現実を知っておくことね」とのことで呼び出されたからだ。
「あの時私が飛び出していたら……」
「そうね、確実に殺されていましてよ」
優未の言葉にアリスは答える。
「あなたはアンブランクに殺される対象の上、僅かながらアンブランクの力を得ている。アンブランクに殺されるのもそうだけど、もしかしたらあの組織に殺されるかもしれないってことでしてよ!!」
「まぁ、落ち着いて」
武雄はそう言って、アリスをなだめる。
「確かにアリスの言う通りだ。優未ちゃんは双方に狙われる可能性がある」
けど、と武雄は話を続ける。
「このまま引きこもっても埒があかないんじゃないかな……」
「じゃあ、このバカはどうすりゃいいわけでして?」
「一回彼女に魔法を教えたらどうかな?」
「まさか?こんなバカに魔法が扱えるとでも?」
「でも扱えないと決まったわけじゃないでしょ?」
「あの……、私が魔法を使うの……?」
アリスと武雄のやり取りに優未は困惑する。
「ここもいつでも安全とは限らない。もしものための備えもあっても損はないと思うよ」
「それは一理ありますわ。けど……」
「別に戦いに参加するわけじゃない。あくまで自衛のためさ。優未を守りたいという真希の想いは不意にできないでしょ?」
アリスは真希の想いというワードを聞き、考え込む。しばらく考え込んだ後このように発した。
「いいでしょう。確かに想いを試す価値はありますわね」
「5人ほど出撃したが全滅か……。しかも一人も殺せずに……」
アンブランクの一人であるクリスは、昨日の結果に対して嘆いていた。
彼はこの世界の住民、『ブランク』を間引きする部隊、『クリーナー』の指揮を行っていた人物である。
「元指揮官のセシルは自分から突っ走ってあの紅眼にやられるし、踏んだり蹴ったりだな……。胃に穴が開きそうだ」
愚痴を垂れ流していると彼のスマートフォンから電話の着信が来ていた。
「はい、クリスですけども」
『クリス、調子はどうだ』
電話の相手は、クリーナーのトップとされる人物だった。名前は伏せられており、メンバーには『マスター』と呼ばせている。
「どうもなにも、最悪ですよ。ブランクの分際でうちのメンバーが潰されてますからね」
『クリス、何故私はブランク全員を殺さないと思う?』
「分からないですよ。生産性あろうがなかろうがブランクに変わりないでしょ」
クリスは思っていることをそのまま口にした。
『確かにブランクはアンブランクと違って魔法が使えないな』
「そうですよ。だから『空白』と呼んでるじゃないですか我々は」
『けどブランクにはブランクの利点がある。この世界の景色を見て何とも思わないのか』
「それは……」
クリスはこの世界の景色を頭に浮かべた。
数十キロ走ることが出来る車。
百メートルを超えるビル。
豊富な情報を得られる端末。
この世界にはアンブランクの世界にはないものがたくさんあると彼は思い返した。
『ブランクにはアンブランクにはない技術であふれている。それを不意にするのは愚策だ』
しかし、とマスターは続けた。
『この世界にはその技術力に貢献できないものがいる。ブランクは皆優秀とは限らない』
「だからそういうやつらを殺すと」
『そうだ。そして、ブランクとアンブランクが手を組んだ、よりよい世界が完成される』
「ただ移住できればいいわけじゃないってことか」
壊滅状態に陥っているアンブランクの世界にいる住民の保身だけではなく、その先を見据えているマスターにクリスは心を打たれた。
『だが、その技術力によってブランクによる反抗が起きてしまっているのも事実。もう少し彼らについて調べる必要があるな。それと同時に反抗するアンブランクもな』
「しばらく出撃は控えるべきではありますか?」
『左様。それでは失礼する』
マスターは電話を切った。
「おい、盗み聞きとか趣味悪いぞ」
そう言って、スマートフォンをしまったクリスは左の方を向いた。
男では珍しい長い髪
整ったタキシード姿
漂う高貴なオーラ
クリスの瞳にはそのような男が映っていた。