第三章 雷鳴(1)
「わたくし、あなたのことが大嫌いでしてよ」
アリスの唐突な言葉に優未は唖然した。
「わたくし、バカな人は別に嫌いじゃありませんの。あいつらみたいに殺してやりたいとは思いませんし。でもわたくしは、何もできないくせに勝手に突っ走るバカは嫌いでしてよ」
「ごめんなさい……」
優未は思わず謝った。
「謝るくらいならやらないでほしいものですわ!! あなたを拾うのに手間がかかりましたわ!!」
「ごめんなさい……」
「また謝った!! まったく、なんでこの子が真希の魔法を使うなんて……。反吐が出ますわ」
「あの、やっぱりこの力は……」
「そうですわ。魔術師、まあ私たちは『アンブランク』と呼称してますが、瀕死になったアンブランクは魔力の持たない人に魔力を受け渡せるようになってますの」
「そういう仕組みだったのですか……」
「あなたが火傷一つしてないのも真希の魔力を受け取ったからですの。彼女の魔法は、魔力の持たない、もしくは自分の魔力による炎では、ダメージを受けない加護もありますのよ」
「あなたの場合、同じように他人の魔力によるもの以外の氷が効かなくなるってことなの?」
「バカにしては珍しく頭回りましたわね。そうでしてよ」
アリスは自分の弓矢に氷のオーラをまとわせながら答えた。
「でも勘違いして欲しくありませんの。確かにあなたは真希の魔力を持っていらしてますけど、それはあなたが使いこなせるかはまた別問題ですわ。どんなに高性能なパソコンでも、使い方が分からなければガラクタ同然になるのと同じですわ」
「でもなんで真希ちゃんは……」
「おそらく彼女なりに、あなたが自衛できるように与えたのだと思いますわ。決してあなたに戦って欲しいとはこれっぽっちも考えていないと思いますわ」
「でも私は全く戦えないわけじゃない!!」
優未は珍しく大声で怒鳴った。なぜなら自分が役立たず呼ばわりされることに嫌気を刺したからだ。
しかしアリスは、それに対してため息をついていた。
「あなた、あの時なんで勝てたか分かりますの?」
「それは……」
「まさかあなた、頭脳戦で勝てただなんて思ってないでしょうねぇ? 教えてあげますわ。答えは『敵があなたよりバカだったから』でしてよ」
アリスにはっきり言われた優未は言葉を返せない。
「おそらくあの男は、ガソリンに火を付けると引火するという、ここの世界の知識を知らなかったのでしょうね。でも今後はそんなマグレはありえませんのよ」
アリスはそう言うと、弓矢を吹雪に変え、手のひらに吸い込むようにしまった。しまった後、部屋の外に出ようとした。
「何処へ行くの?」
「何処でもいいでしょ! あと、部屋にカギはかけないでおくから、出たかったら勝手に出て頂戴」
そう言ってアリスは部屋を後にした。
「いよいよだな……」
『AMT』と書かれた戦闘服を着た浅木は、繁華街に止まっている機動装甲車の中で呟いた。機動装甲車というのは、急襲任務のために他の車と比べて機動力と防弾能力が高くなった車のことだ。元々はSATが所持していたものであったが、AMTの活動開始ということで二川警察署に数台送られ、車に記されたロゴもAMTに書き直されている。
浅木が乗っている車には、賢太郎含む数人のAMTのメンバーが乗せられており、彼らが乗っているもの以外の車も出動している。
「まさか魔術師が複数人で来るとはな……。初っ端からハードになりそうだっぜ……」
魔術師の確認は、最近魔術師騒動があったために、繁華街の路地裏に設置された監視カメラによるものだった。今まで魔術師は一人ずつ活動していたことを考えれば、異例の事態だ。
「やはり『紅眼の魔術師』がいなくなったのが要因か……」
このことについて賢太郎は考察した。
「あー、確かに最近確認されてないなー。それでみんな動きやすくなったんだろうねー」
「お喋りの時間はもう終わりだ」
そう言ったのは神野だった。
「そろそろ準備しようか。スナイパー班の配置が丁度終わったとのことだ」
「りょーかい。賢太郎、死ぬんじゃねーぞ」
「問題ない」
賢太郎含む車内のメンバーは車から飛び出した。
賢太郎たちは、魔術師を発見したと言われている繁華街の路地裏に向かった。向かった後、メンバーの中から二人組を作り、それぞれ散らばって捜索を始める。
「この銃、本当に通用するのか……?」
賢太郎とペアになった浅木は不安そうに呟く。
「通用しなくてもやらなくてはいないのは同じだ」
「やっぱ言うと思った……」
「おいおい、ここで警察さんに会えるとはな……」
そう言って二人の目の前に現れたのはナイフを持った青パーカー着用の男だった。
「『マルM』を確認。撃退に移ります」
賢太が通信機でメンバーへ報告する。そこで出てきた『マルM』という言葉は、あらかじめAMTが定めた魔術師の略称だ。
「ほんじゃあいきますかぁ!」
浅木が一声出して銃を放つ。青パーカーは効かないと思い込んで無防備になっていたため、そのまま彼の胸に銃弾が突き刺さる。そして、そのまま青パーカーが倒れこんだ。
「あっ、効いたんだ。なんかあっけなさ過ぎて、倒した実感湧かないなー」
青パーカーを仕留めた浅木は呆れたように呟く。
「人を殺しといてその言い草はどうかと思うが」
「殺したって分かるんだけど、なんかいろいろ非現実的すぎてな……」
「待て、どうやら別の奴がそこにいる」
廃墟の中に別の魔術師を見つけた賢太郎と浅木はそこに入り込む。
中の白ポロシャツの魔術師は愉快そうに佇んでいる。
「その銃、なんか知らないけど俺たちに効くっぽいね」
「喋ってる暇はないんだよこっちは!」
浅木は悠長に喋る白ポロシャツ目がけて銃弾を放つ。すると白ポロシャツは、浅木に向かって手のひらを突き出し、そこから円状の緑色した魔法陣を作った。銃弾は魔法陣に当たり、跳ね返された。
「でも塞げないわけではないってとこか」
「言ってくれるじゃないか」
「待て、撃つな!」
浅木がまた発砲しようとしたが、賢太郎が制止する。
「なんだよいいとこだったのに……」
「この武器の仕掛けが知られた以上、一旦退くべきだ」
「まあ、それも一理あるか」
賢太郎たちは廃墟の二階に逃げ込んだ。二階のフロアは飲食店の面影があり、二人はカウンターの内側に隠れた。
「ここで待ち伏せて撃退するってわけね」
浅木がそう言うと賢太郎は頷く。
「いつまでここに待ち伏せている。悪あがきはよせ」
カウンターの外には、二人を追いかけた白ポロシャツが挑発しながら暇そうに待機している。
「あいつも魔法っぽいの使うだろうなー。銃撃っても塞がれるし、たまったもんじゃないぜ……」
浅木の愚痴を聞いた賢太郎は、白ポロシャツの様子を気にしつつ口を開く。
「浅木いいか? 今から言うことに従ってくれ」
「ああ分かった」
「何グズグズしている。さっさと死ねばいいものを」
白ポロシャツの魔術師、ピーターは退屈そうにしている。彼は今日路地裏に来た魔術師の中では優れた魔力を持っていたが、隠れている二人に迎撃される懸念を考え、攻めるにも攻められない状態にいる。
(この勝負は先に飛び出したものをいかに迎撃できるかがカギになる。突っ込んでいい問題ではない)
そう考えたピーターはある思考が出てくる。
(いや待てよ。別にこいつら殺さなくてもメリットはあまりないのではないのか? さっさとこの場から離れて任務を遂行した方がいいのでは……)
彼は二人の迎撃を諦め、その場を離れようとする。すると、二人のうち、フランクそうな男が飛び出し、赤い物体を投げ出す。その物体の正体は、カウンターの内側に転がっていたと思われるビールケースだ。
「なら、そのケースごとつぶしてやるよ!」
そう言ってピーターがナイフに魔力を発しようとした途端、彼の頭部の右側に銃弾が突き刺さった。
ピーターは撃たれた角度から、二人組の堅物な方が発砲したものだと実感した。
「流石だなお前。作戦通り視線をそらして不意打ち出来たってわけか」
浅木が嬉しそうにそう言った。
「油断するな。まだ任務は終わったわけじゃない」
そう言って賢太郎は、彼の発砲によって倒れた男を眺めた。
(確かに実感が湧かないな……。だが、人を殺すのは気分がいいものじゃない)
「確か、あそこにあいつらがいらしてますのね?」
アリスも繁華街の路地裏で、市民を殺そうとしているアンブランクの撃退を遂行しようとしている。彼女は、少し不機嫌になっている。
「バカに関わることになった上に魔術師が複数出現ですって!? わたくしのこと、あの子より甘く見られたものですわね?」
そう嘆くと、多数の銃声が彼女の耳に届く。
「しっかし、警察が多すぎですわ。普通の武器じゃ効かないから逃げればいいですのに……」
アリスがさらに嘆くと、目の前に戦闘服を着た40代ほどの男二人が飛び出す。
「マルMを確認。これより撃退する!」
「マルM? ああ、アンブランクのことでして?」
アリスはアンブランクではあるが、この世界の市民を殺す側の人間ではない。むしろここの市民の味方である。
しかし、彼らは退く様子はない。
「どうやらわたくしも例外じゃないわけってことですの?」