第二章 烽火(4)
「あんたが相原優未か。セシルの代わりに迎えに来た」
そう言った男は、成人男性の平均よりガタイがあり、髪型をソフトモヒカンにしているのが特徴になっている。
「とりあえずおとなしく息絶えてもらおうかな!!」
そう言って男は懐からナイフを取り出し、優未に向ける。
それを見た優未は彼に殺されると察知したのか、彼を背にして走り出す。
優未はセシルから逃げたとき同様、がむしゃらに逃げる。周囲は通行人がおらず、助けを呼べないといったお世辞にもよいとは言えない状況だ。
(このまま逃げても後で捕まるのがオチになりそう……。何か策を考えないと)
優未が後ろを振り返ると、魔術師はセシル同様、そのまま捕まえるのが面白く感じないのか、加減をして優未を追っている。
優未がその光景を見ると、セシルから逃げている状況と同じだと実感する。このままではまずいと思った優未であったが、彼女はふと真希が残したセリフを思い出す。
「これは優未を守ってくれる灯火ってやつかな。この灯火が私の代わりだ」
(確かその時に真希ちゃんが、自分の身体から出てきた火の粉を私の中に入れたけど、あれはもしかして……)
優未は周囲を見渡す。すると20メートル先に月極駐車場が見える。優未はその駐車場目指して走り出す。
「おいおいそんなとこに入って。諦めついたってことかぁ!!」
男は嘲笑しながら優未が入った駐車場に入る。
(今から私がすることは広い場所でないと、周りに被害が出る……)
優未は駐車場に入った後、比較的車が止まっていない15メートル先の突き当りの方へ進み、そこで男の方へ向けて待ち伏せる。
「おいおい、血迷ったのかよぉ!? それとも死ぬ覚悟ができたのかぁ!?」
優未は自分の右手の手のひらを嘲笑しながら駐車場に入ってきた男に向ける。
(やった、作戦成功!!)
優未の目線は男の方へ集中させる。
「これで心置きなく真希ちゃんの魔法が使える!!」
優未は、自分の右手の手のひらから炎を放出する。
しかし、その炎はまるでオイルの切れかけたライターのように、小さいものが一瞬付いては消えてしまった。
「おいおいおいそれって俺たちの真似事のつもりかぁ!? そんなんじゃ俺は倒せねぇよ!!」
優未の炎を見た瞬間、男の嘲笑はさらに大きくなる。
「そんな……。こんなんじゃダメだよ……」
優未は想像を下回る炎を見て呆然している。
「じゃあこの俺が手本ってやつを見せてやるよ!!」
そう言って男は持っていたナイフを優未ではなく、後ろに止まっていたにあった白のミニバンに向かって縦に空を切る。すると、縦の三日月状のかまいたちができ、それは白のミニバンめがけて突き進む。
かまいたちはミニバンを真っ二つに切断される。
「次はあんたがあの車みたいになるんだよ!!」
男は横にナイフで空を切り、横のかまいたちを作って射出する。優未はそれをとっさに転がり込むように避ける。避けたことによって、かまいたちは優未に当たらず、優未の後ろにあったフェンスに穴を開ける。
優未は転がった状態からすぐに立ち上がって逃げ始めたが、切断されたミニバンあたりで転んでしまった。
「まったく、どうしようもないドジだな。こんな奴は殺されて当然だな」
男は呆れた調子で頭を抱えている。
「とりあえずこれでサヨナラだな!!」
そう言って男はナイフを優未に向けた。
「待って……」
ミニバンを背にして座り込んだ優未は、命乞いをするように呟いた。
「おいおい命乞いかよ。死ぬ寸前まで情けないな」
「私のお願いを聞いてほしいの」
「まさか見逃してくれっていうのか? それはできない相談だな」
「そんなんじゃなくて……」
「じゃあなんなんだよ」
「殺すなら魔法で殺さないで……」
「はぁ!?」
男はさらに呆れる。
「魔法で殺されるとなんか殺される実感がないというか……。とりあえず殺すなら直接ナイフで刺してほしい……」
男はため息をつく。
「分かったよ。お望み通り殺される実感というやつを味合わせてやるよ!!」
男はナイフを改めて構え、優未に向かって突き進む。
(やった、上手くいった!!)
優未は自分が座っている地面に視線を下す。そこには切断されたことによって漏れ出したガソリンが流れている。優未が転んだのはこの流れだしたガソリンによって足を滑らせたのが要因だったが、転んだ瞬間に彼女は得策を思いついていた。
(勝利の一手とは言えないけど、今はこれしかない……)
優未は右手の手のひらを地面に流れているガソリンに近づける。そして男が、優未をナイフで刺す寸前まで近づいたと同時に、彼女は再び炎を発する。
炎は相変わらず頼りないものであった。
しかし、ガソリンを引火させるには十分だった。
ガソリンに引火した炎は大きく燃え上がり、優未と男二人を包み込んだ。
優未は再び真希の家にある客室のベッドの上で目を覚ました。優未は、自分が男と共に火だるまになって以降の記憶がないことから、また気を失って武雄にここへ運びこまれたと推測した。
優未は自分の膝あたりから痛みを感じた。
(そういえば転んだ時に擦りむいたんだっけ。あれ、でも……)
優未は着ていた服を脱ぎだし、上下下着姿になった。優未は自分の肌をくまなく眺めると、彼女の身体でなくてはならないものがないことに気づく。
(なんで私は火だるまになったのにどこも火傷してないの……)
自分の身体に異変を感じていると、部屋のドアノブが回る音を聞いた。優未は武雄が入ってくると思ったのか、自分の下着姿となった身体を布団に包んで隠した。しかし、ドアから入ってきたのは武雄ではなかった。
「まったく、あのオッサンの言いなりになって引きこもっていたらよろしかったですのに」
入ってきたのは白いフリルの付いたワンピースを着た、金髪ツインテールの少女だった。
「あなたは誰?」
「わたくしの名前はそうね、ここでは氷室アリスと名乗っておりますわ。わたくしもこういうものでしてよ」
そう言ってアリスは、自分の右手の手のひらを上に向け、そこから吹雪の球体を出現させた。球体はバレーボールくらいの大きさになるまで大きくなった後、二つに分裂する。分裂した吹雪の一つは弧状の形に変化し、その後にまるでクリスタルで出来たような水色の弓に姿を変え、もう一つの吹雪は、棒状に伸びた後に矢の姿に変化する。矢も水色で、クリスタルで出来たような仕上がりになっている。
それを見た優未は、アリスは弓矢を扱う魔術師だということに気づく。
「あなたもおじさんの仲間なの?」
「そういうことでしてよ。あと、あなたに言いたいことがありますの」
「何でしょうか?」
アリスは大きく息を吸ってからこう言った。
「わたくし、あなたのことが大嫌いでしてよ」
林戸です。
ここで二章完結になります。
三章はAMTの活動開始になります。あと、優未とアリスはこの後どうなるかもしっかり書く予定です。
ここまでご愛読された方は心から感謝しています。