第二章 烽火(2)
「西村さん、魔術師がらみの事件で分かったことがあります」
そう言って切り出したのは賢太郎だった。賢太郎は、彼が異動になる前日のこの日まで魔術師による事件の目的を解き明かそうと模索していた。そして、模索した結果を異動になる前に報告しておきたいと心に決めていた。
「塾の襲撃や廃工場の襲撃で知能が低いと考えられる人物であるものの、見逃されたという事態がありました。調べたところ、その二人にはある共通点がありました」
「そうだな、それがどうしたんだ?」
西村は興味がなさそうに話を聞いていた。
「それは運動神経です」
「運動神経?」
「はい。廃工場で見逃されていた人物は、彼が所属する中学のサッカー部員のエースストライカーでした。塾での人物は柔道部に所属しており、現在は全国大会に向けて、練習を励んでいるといったところです。そのため彼の担任教師も、警察との接触を快く思っていませんでした」
「つまり運動神経がいいから頭悪くても見逃されたってわけか? それはなんのためにだ?」
「これは私の想像になるのですが、襲った人たちは能力の低い人物を間引き、生産性の高い世界に作り変えようとしたのではないでしょうか?」
「なるほど、あいつらは知能の高い人物は優れた知能でよいものを生産し、運動神経の良いものは肉体労働で支える世界を作る。それを望んでいたと仮説したわけか?」
西村は賢太郎の仮説に理解を示した。
「しかしそれは愚策だな」
西村は仮説に理解はしていたが納得はしていなかった。
「たしかに知能や運動神経が良い人ばかりの世界なら、生産性の高い世界と言えるだろうな。しかし、殺しでもして人を減らせば一人ごとの仕事量が増え、破綻するというのがオチだろ」
「もしそれと同等に人が増えたらどうしますか?」
そう口をはさんだのは賢太郎ではなかった。
口をはさんだのは、西村より若く、賢太郎より年を取った紺スーツの男だった。
特徴は、黒縁の眼鏡をかけていて、髪が肩までかかっているといったものだった。体格は成人男性の平均より細身であった。
「藤元賢太郎さんでしたか? あなたは彼らがなぜ魔術のようなものが使えるのかご存知ですか?」
「その件については分かりませんでした」
聴かれた賢太郎は突如現れた人物に戸惑いながらそう答えた。
「それは知らなくても無理はありませんね。なにせ異世界の人物なのですから」
「異世界?」
賢太郎は『異世界』という、フィクションの世界でしか聞くことのなかった言葉に戸惑った。
「私、いや正確には私の部下が記憶の失っていない魔術師を拘束して尋問したことがありましてね。そこでそのようなことを言っていました」
「てことはあれか? その異世界人がここに住みたいためにあんな殺ししたっていうのか?」
そう切り出したのは西村だった。それに対して眼鏡の男は縦に頷いた。
「賢太郎さんの仮説通り、この世界を生産性の高い世界を作るために、ああいったことをしているとその魔術師が言っていました。どうやら異世界が何者かの手によって壊滅状態になったらしく、やむ負えなくここに移住することになったらしいです」
人が急激に増えるとキャパオーバーもしますからね、と眼鏡の男は続けて話した。
「確かに人が増えると食料が回らなくなり、貧困になる危険性がある。だからあの人たちは」
賢太郎は彼らの目的がより明確になったことを実感したが、それでも魔術師たちが殺しを行ってもいいとは到底思えなかった。
「しかしよく調べましたね藤元さん。素晴らしいです」
「いえ、それほどでも」
「そんなことありませんよ。魔術師に接触せずにここまで調べられるなんて」
「おいちょっと待てよ」
間に入ったのは西村だった。
「異世界人って言うけどさー、本当にその捕虜魔術師さんのことを信じるのかよ。どう考えても妄言くさいだろ」
「その可能性も否定できなかったので、魔術師がよく現れるという場所でビデオカメラをこっそり設置しました。その映像がこちらです」
そう言って眼鏡の男は、自身が持っていた鞄からパソコンを取り出し、そのパソコンで映像を見せた。
そこには、路地裏の壁がブラックホールのような穴が空き、そこから人が現れる場面が流されていた。
穴の向こう側には西洋の城内のような空間が映っており、この世界のものとは到底思えなかった。
「これは異世界から人が入ってくる場面と考えてもよい映像です。これを見ても信じられませんか?」
「確かにそうだろうな……。我々をおちょくるために合成映像を持ってきたとは思えないし……」
映像を見た西村は納得したが、賢太郎はある疑問を抱えた。
「映像を見て真実であると理解しました。しかし、なぜあなたがこのようなことをしたのですか?」
「そうでしたね、申し遅れてしまいました。私は明日あなたが配属することになる対魔術師班、通称『AMT』の班長を務めることになりました神野侯と申します」
「あなたが対魔術師班の? だから魔術師のことを調べていたのですか?」
神野は縦に頷いた。
「あなたを採用したのは私ですがやはりあなたを選んで正解だったようですね。そんなあなたに班に入るにあたってたいせつなことを一つ教えます」
「それは何でしょうか?」
「彼らを人間と思わない方がいい」
優未は武雄の話を聞いていた。
武雄や真希の世界は何者かによって壊滅状態になったこと。そのせいで魔術師たちはこの世界に移住することを決めたこと。その移住をするためにどうしてもこの世界の人間を一部殺さなくてはならないという考えになったことを武雄は話した。
「何者かによって壊滅させられたって、その何者かは分かってないのですか?」
優未は武雄の話に対して質問した。
「うん、分かってないね今のところは。僕の世界では過去に魔王と呼ばれた者によって世界を支配されかけていたけどその魔王も倒されたからねー」
「そうなんですか……」
優未は武雄の話のスケールが想像以上に大きすぎて頭の中がこんがらがっていた。しかし、それによって自分たちの命が狙われているという事実だけは理解できた。
「あっ、勘違いして欲しくないんだけど、彼らの思想には反対してるよ。壊滅したからって復興が全くできないわけではないし。もちろん真希もそうだよ」
「つまり、その考えに反対してる人もいるってことですか?」
「そうだね。割合としては賛成側より少ないけれど」
そう言って武雄は上着のポケットの中から紺色のカードを取り出した。そのカードは真希やセシルが使っていたものと似ており、魔法陣が描かれていた。
武雄はそのカードをクローゼットの扉に向けた。するとカードは真希やセシルのカードと同様に、向けられた対象に吸い込まれて消えた。
「優未ちゃん、一回真希に会ってみないか?」
そう言った武雄は、優未に手を差し伸べた。
優未は縦に頷き、武雄の手をつかんだ。
「結界の中に入るからね。手を離さないでね」
そう言って武雄はクローゼットを開けた。
クローゼットの中は、黒く染まって、ブラックホールのようになっていた。優未はこのクローゼットが武雄の言った結界へと続くゲートだと気づいた。
武雄と優未はクローゼットの中に入った。
クローゼットの中に入ると、視界が真っ暗になり、何も見えなくなっていた。優未は武雄の手を放すとその真っ暗な空間に取り残されそうに思えて少し恐怖を覚えた。
しかし、それは一瞬で終わり、再び視界が明確になっていた。
武雄の言っていた結界は一見ペンションの部屋のように全面木目が見える空間になっていた。
後ろには扉があり、優未はその扉からこの結界に入ったのだと気づいた。
そして結界には窓がなく、ベッドだけが置いてあり、ベッドの周りにはカーテンのように緑色の膜が張られていた。
ベッドには真希が眠っていた。
「あの緑色の膜は真希の身体を維持するための回復結界なんだ。おじさんは攻撃系の魔法は苦手だけど結界系は得意でね」
武雄は緑の膜について説明した。
「あの結界の中には入れない構造になってるけど結界の外までなら近づけるよ」
武雄にそう言われると、優未は真希が眠っているベッドに近づいた。
真希の顔を見ると、深く眠ったような表情になっており、起きる様子が全く見受けられなかった。
「真希ちゃん……。生きてくれてよかったよ」
優未は真希にそう呟くと、優未の目から涙がこぼれだした。
「でもこれからどうして生きていけばいいの……? 私、何も分からないよ……」