第一章 灯火(1)
初めまして林戸です。
初めて小説を投稿することになりました。
投稿したものには異世界要素はありますが、主な舞台は現実世界です。
主人公は男主人公と女主人公の二人です。
よろしくお願いします。
繁華街はネオンの光に包まれている。そして多くの人が行き交っている。飲み会が終わり、二次会はどうするかを話し合うサラリーマン達や、カラオケで朝までバカ騒ぎしようと目論む学生達。この世界の人々にとってはありふれたものに過ぎないが「青年」にとっては初めて目にする光景だった。
この世界で流行りの髪型をした青年は誰もが知っている大衆向けファッションブランド風の服を身にまとい、繁華街の風景に溶け込むように閑歩していた。そこで彼と同じくらいの年代の男が近づいてきた。
「なぁ兄ちゃん、ちょっとこの店で遊んでいかない? かわいい子とイイコト出来るよ~」
その男は彼の真後ろにある店を親指で入店を促すジェスチャーをし、声をかけてきた。どうやらその店の客引きのようだ。その店は居酒屋でもカラオケでもなく、女の子と触れ合うことができる18歳未満お断りの店だった。繁華街にはこういう店もあるということは青年が事前に知っていたことだ。
「その店、楽しそうではあるな」
「でしょでしょ~。ほら、お兄ちゃんもイイコトされていかない?」
楽しそうと言われた途端、客引きのテンションがさらに高くなり、その店に入れようと強めの勧誘をした。
「ねえ、お兄ちゃんはどんな子が好き? お姉さん系? それともロリ系だったりする? この店はどっちも揃ってるからほら入った入っ…」
客引きが店に入れようとしたが、彼の笑顔が一瞬にして消えた。
なぜなら客引きの腹にはナイフが刺さっていたからだ。
「楽しそうな遊びを教えてくれてありがとう。でも私はもっと楽しい遊びを知ってるものでね」
客引きの顔色がますます青くなり、うつ伏せで倒れ、血だまりを作った。
「まず一人殺した。他に殺さなければならない奴は確か……」
周りからすれば物騒な台詞を青年が歌を口ずさむように垂れ流した。
その時、青年の目の前に警察官が数人、あらかじめ用意されてたかのように青年の経路を塞ぐように現れた。
「抵抗するな!抵抗すれば命は保証しないぞ!」
警察官は荒い声を出しながら青年に銃を構えた。
「殺して5分も経ってないのにすぐに『警察』とやらが来たか。」
このフットワークの軽さは恐らく青年のような存在が同じように殺しをし、それを快く思わなかった警察が厳重な警戒を行うように対策したからだと青年は推測した。
「やれやれ。殺しにくい世の中になったものだな……」
「だったらすぐにそのナイフを捨てて降伏するんだな」
青年がナイフを捨てる仕草をした。この動作を見て警察官は安堵したが、その感情は束の間で終わった。
「……なんてね!」
青年はナイフで真横に空を斬るように振りかざした。すると、青年の前に三日月状のかまいたちが現れ、警察官たちに襲いかかり、胴体を切断した。
「貴様やはり魔術師か! なら発砲する!」
逃れた一人の警察官が銃を発砲した。しかし、放たれた銃弾はまるで青年を突き刺すことはなく、青年の間近で押しつぶされた。まるで青年の前に見えない壁が塞いでいたかのように。銃弾は壁に衝突した自動車のようにぺしゃんこに潰れた。
「くそっ! 銃が効かないなんて! 俺はどうすれば!!」
「やれやれ、私に立ち向かわなければ少し長生き出来たかもしれないのに。そろそろお別れといこうか」
青年がまたかまいたちを作るためにナイフを振りかざそうとした。
その時、青年と警察官の間を仕切るように炎が燃え盛った。青年はその現象に驚き、思わずかまいたちを作るのを中断し、警察官は腰を抜かして尻餅をついた。炎が収まると一人の黒コートの少女が姿を現した。
漆黒の長髪。
深紅の瞳。
瞳と同じ色をした剣。
目を引くような美しい少女であった。その少女に青年は問う。
「貴様!一体何者だ!」
「何故私の名を知ろうとする?私の目の前で消えゆく運命だというのに」
彼女は剣を振りかざし、業火を放った。
ビジネスマンとして模範的なショートヘアの警察官、藤元賢太郎は二川警察署の廊下を歩いていた。先日、近くの繁華街で起きた魔術師による殺人事件の現場から戻ってきたところだった。このような魔術師が人を殺すという事件が起きるのはこれが初めてではなく、2ヶ月前から続いていたものだ。
「最近物騒になりましたね先輩」
そう言ってガタイがいい長身の彼に近づいた小柄なミディアムヘアーは高梨遥香である。彼女は賢太郎の後輩にあたる。性格は寡黙な賢太郎とは真逆で活発的である。
「ああそうだな。今回は被疑者が捕まったがまた記憶を失っていたようだ」
「なんか変ですよねー。だいたい殺した魔術師? って人は逃げられるか捕まるかの二択だけど捕まえた人は必ずって言っていいほど記憶失ってるんですよねー。なんか自分の名前も思い出せないみたいで。あっ、そもそも人が魔法みたいなの使える自体変でしたか」
「……」
「あっ、そうそう! これは手がかりになるかは分からないですけれど!」
「どうした?」
「ネットの掲示板の噂なんですけど、魔術師は殺す人なら誰でもいいわけではないらしいんですよ! 知能の低い人をターゲットにしてるらしいですよ!」
それを聞いて賢太郎は1週間前に起きた事件を思い出した。繁華街の事件同様魔術師による殺人事件だ。狙われたのは進学塾の数人の生徒だった。
彼はその塾の関係者に職務質問をしたことがあったが、殺された生徒は成績がよくない人だったという話を耳にした。
繁華街で殺された被害者も高校に行っておらず、客引きという仕事に就いたといった人であり、お世辞にも知能の高い人ではない。
「言われてみればその噂は噂ではないかも…」
「噂にすぎないだろ」
そう言って間を挟んだ中肉中背の白髪が混じった中年男性は西村孝法だ。警部であり、賢太郎の直属の上司である。
「まったく、ネットの書き込みに左右されるなんて警察としてどうかと思わんかね」
「確かにそうかもしれません。しかし、先週進学塾で起きた時は成績の良くない生徒が」
賢太郎は思わず反論した。
「だったら何故成績が最下位の生徒が見逃されたんだ?」
「それはたまたま助かったのでは?」
遥香も反論した。
「そいつによれば彼は魔術師に殺されると思ったら見逃されたと言っていたぞ」
それを聞いた途端、反論できなかった。所詮はネットの噂であり、信憑性はないからだ。
「知能が低い人が殺されてるように見えるのは知能が低い奴がただ殺されやすいからだろう? だから『たまたま』知能低い人ばっか殺されたんじゃないのか?」
西村に対して反論がしたかった賢太郎であったが、返す言葉はやはり見つからなかった。
「あっ、そうそう。君は異動になった。どうやら対魔術師班が結成されて君がその一員に君を加えたいとのことだ」
唐突な異動の報告に賢太郎は驚いた。
「私がそのような班にですか?」
「異動は1ヶ月後だ。せいぜい死なないようにな」
西村は嫌味な口調でそう言って去っていった。
「なんですか! あの人はいっつも嫌み言って!!」
「あんまりそう怒るな」
去った後にすごい剣幕になった遥香を賢太郎がなだめた。
「しかし魔術師対策班ですか。あの魔術師を直接相手にすることになるみたいですけど大丈夫ですか?」
「課せられた任務はこなすまでだ」
魔術師はこの町の人を脅かす存在であった。彼らによる殺人は今のところ二川市周辺でしか起きていないが、犯行の範囲をさらに広げる可能性もあると賢太郎は推察している。これは魔術師の犯行を食い止められるチャンスであると彼は思った。
「しかし、魔術師の考えていることがどうも分からない…。犯行目的は何なのか…」
「あっ、分からないといえば最近よく見る『紅眼の魔術師』ってのもよく分かんないですよねー。なんか人殺しの魔術師をから市民を守ってるんですけど同じ魔術師を敵に回すことになるしさらに分かんないです」
『紅眼の魔術師』というのは魔術師がらみの事件でよく見る黒い長髪で黒いコートの女魔術師のことだ。ルビーのような紅い瞳をしていることからそのような名称で呼ばれている。瞳と同じ紅い剣を持っているのも特徴の一つだ。
魔術師がらみの事件で犯人の記憶が失われている事態が相次いでいるのは彼女によるものだという噂も賢太郎は耳にしたことがあった。
「今のところ我々を守ってるようには見えるが魔術師である以上油断は出来ないな。彼女の立場があまりにも不明瞭だ」
二川中学のグラウンドでは生徒達が体育の授業でバレーボールの試合をしているところだ。試合に参加をしている生徒もいれば審判をしている生徒もいる。
散髪をしばらくしていないのかボサボサになってしまった髪型の中学二年生の相原優未は今試合に出ている。この中学の体育は2クラスで男女に分けて参加することになっているが、バレーボールの試合は女子の場合その中から5、6人のチームをAチームからFチームまで6チーム作る形になっている。優未はその中のCチームの一員だ。
優未にボールが飛んできた。彼女はそのボールをレシーブしてチームメンバーに託そうとしていた。しかし、彼女がレシーブしたボールは当たる場所が悪かったのか、チームメンバーではなくコートの外に軌道を変えてしまった。ボールはそのままコートの外でバウンドして相手のチームにポイントが入った。
その後も優未は何回もミスを繰り返し、試合は相手チームの勝ちという形でゲームセットとなった。
体育を終えて着替えに教室戻ろうとするとチームメンバーだったポニーテールの女子生徒に声をかけられた。
「まったく、ここでも役立たずなのねアンタって」
「ちょっとやめなよ夕貴。先生に怒られたらどうするのよ」
同じくチームメンバーだったツインテールの生徒にそう言われると夕貴と言われた女子生徒は優未から去った。しかし夕貴に口を挟んだチームメンバーは彼女を守るためにこう言ったこと訳ではないことはその後の優未に聞こえないように|(といっても優未には聞こえていたが)小声で交わされた会話で知った。
「全く、わざわざあんな子に関わらなくてもいいのに。さらにストレス溜めるだけよ」
「だってあいつ腹立つし」
「あの子、スポーツできないのもそうだけど勉強もできないじゃない?勉強できないってことは何の意味するか分かる?」
「まさか…」
「そのまさかよ。あの子は私たちが何もしなくてもこの世にいなくなるんだから」
それを耳にして落ち込んだ優未にベリーショートの女子生徒が声をかけてきた。
「気にすんなって。誰にも不得意なことあるもんだろ?」
彼女の名前は菅田真希。優未の唯一の友達である。真希は今年優未が中学二年生を迎えると同時にこの学校に入ってきた転校生である。引っ込み思案の優未とは真逆でサバサバとした性格の彼女ではあるが、転校した日に一人ぼっちだった優未に声をかけ、こうして優未を友達として接している。
「でも私、不得意なことばっかりで…」
「もしかしてこの間のこと忘れたの?」
「ごめん、そうだったね真希ちゃん……」
「アタシも協力するって言っただろ?」
優未がネガティブな発言をするとこのように真希が励ましの言葉を送っている。
「ねえ真希ちゃん。私って魔術師に襲われると思う?」
真希は唐突に『魔術師』という言葉に驚いたが、馬鹿にしようとせずに真剣に言葉を返した。
「もし魔術師に襲われることになってもアタシが優未を守るよ」
しかし優未は暗い表情のままだった。
「気持ちは嬉しいけどそれって真希ちゃんを巻き込むってことだよね? 魔術師って危ないし真希ちゃんに何かあったら…」
「確かに魔術師は危ないよね。でも優未が危険になってるところほっとけないからさ」
「だから真希ちゃんは」
「私は死なない」
「えっ?」
「優未を守ってアタシも生きる。だってそうしないと優未を守ることにならないだろ?」
真希が真剣な表情で自分を守ると言われて、優未は固まって言葉が出なくなった。
「あっ、でも魔術師にできることと言っても一緒に優未を連れて逃げてどこかに匿うことくらいだけど。あはは…」
真希は張りつめていた空気を変えるように笑った。
「あっ、そろそろ着替えに戻らないと」
「そうだね真希ちゃん」
二人は急ぎ足で着替えるために教室に向かった。
(私、真希ちゃんに守られてばっかりなのかな……)
教室に向かう途中、優未は心の中でそう呟いた。
「……そうですか。グレッグが記憶を失いましたか」
路地裏で高貴な雰囲気を漂ったタキシードを着た長髪の紳士は電話をしていた。グレッグとは繁華街で客引きを殺した魔術師の名だ。
紳士はそのグレッグと同じ魔術師だった。彼と彼の同胞はグレッグのように立て続けに記憶を失った魔術師が続出していることに頭を痛めていた。
「君はグレッグ達のようになるな、ですか。私にその心配はご無用ですよ」
電話の相手である魔術師は決して油断するなと紳士に釘を刺し、電話を切った。
紳士も電話を切ると、彼のスマートフォンにメールの着信の通知が来ていた。
「新しい間引く対象者のリストですか。私の担当はと……」
担当のリストには相原優未の名前があった。