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<R15> 15歳未満の方は移動してください。

ビーヴァーダムは今日も混んでいる。

作者:佐藤
よろしくお願いします。
ビーヴァーダムは今日も混んでいる。
0.8Gの通路内は四つ目の眼球を磨いてる電子熱線作業員(レーザーマン)やら毛むくじゃらの極低温野外機器操作員(セロ・アブソル―ター)やら、その他どんな作業に従事しているのか見当もつかない有象無象と、彼らの気を引こうとする商娘(ニャン)たちでごった返していた。
どいつもこいつも固定数値化感情値(メーター)が正に振り切れたように笑いあい、バカでかい声で喋りあっている。

三重気密扉(ブッファム)を抜けたすぐそばでは機械の足をたくさん生やした男と四つの乳房を持つ商娘の間が乳繰り合っている。男を押しのけて通り抜け、ビーヴァーダムの混雑へ足を踏み入れた。

すぐに待ち受けていた蓑虫商娘(ザックトレーニャン)に、短い腹脚で服をつかまれる。商娘はキーキーと甲高い声で呼びかけてくるが、構わず振り払う。俺の目当てはあの商娘だけ。この商娘ではない。なんといってもここに来るのは三か月ぶりなのだ。

広い通路のそこかしこで痴態が繰り広げられている。4mはある商娘の股の下では伸長性骨格(フィラッファ)持ちの男が人目を憚らず性器に首を突っ込み、少女風の改造を施した雄性獣商娘(ドンノラーニャン)とグロテスクな陰茎をこれ見よがしに見せつける雄性商娘(メイニャン)が二人一緒に買ってもらおうと飛び跳ねながら絡み合っている。太陽系の退廃をすべて集めて極限まで煮詰めた後の滓のような光景だが、この光景のどこかに彼女はいる。

ビーヴァーダムでお目当ての商娘を見つけるのは容易でない。店に所属している商娘でさえ、長くても数週間、短ければ数十分で所属する店を移ってしまう。路上に溢れかえる店に所属しない商娘(ノラニャン)たちの居場所を特定するのは不可能だ。ビーヴァーダムは見かけよりもずっと広い。

膨れ切った絶対真空作業員(テトロイダー)の脇をすり抜け、扁平虫商娘(プラナリーニャン)をまたぐと彼女のいた店にたどり着いた。気密扉の前に吊り下げられている紐を引くと、扉の正中線上に取り付けられた鳥頭の飾りどもが一斉にしゃべり始めた。
木星圏共通語(サターナ)から人工知能言語(コンプラマスⅣ)まで雑多な言語を同時にしゃべっているようだ。そのうち唐突に鳥頭どもは口を閉じ、扉が中に開いた。受付には異様に膨れ上がった胸・尻とくびれた腰を持つ精巧機械人形(デザイナード・ドール)が立っていた。人形の手足は三か月前と同じく4本だけだ。
彼女の名前を人形に告げると、わざとらしく合成繊維の髪をかきあげ、胸を揺らしながら手帳をめくり始めた。自動検索を使えば一瞬で結果が出るはずなのに、わざわざそんなことをするのはこちらを誘っているのだ。そう理解はしていても、俺の目線は人形の胸元から離すことができなくなりつつある。超音波か化学物質か、俺の器官に作用するものがこの狭い受付には溢れているのだ。
ようやく人形が顔を上げ、残念そうに彼女が一か月前に店を辞めたことを告げた。俺はそれを聞くとすぐに店を出た。長くとどまれば彼女のことを忘れ、あの機械人形の胸を揉み、股を開いて顔をうずめたいという欲望が抑えられなくなるだろう。

彼女を探さなければ。明日には準惑星(エリス)へ発たなければならない。今度はいつ戻ってこれるかもわからないのだ。残された時間は多くない。

彼女の特徴を手当たり次第に訪ねて回ることにした。彼女はビーヴァーダムの中では珍しい体を持っている。見かけたことがある者なら覚えているはずだ。
大部分の男には無視され商娘は客でないとわかるとすぐに離れて行った。わずかな男には下卑た言葉を投げかけられるか、哀れまれるかだった。
唯一役に立つ返答は顎の代わりに口吻を取り付けた男からもたらされた。
───その子はとっくに体を換えちまってるんじゃないか?
もしそうなら俺に彼女を探すすべはない。
口吻男と別れ、一人で雑踏の中にたたずむと、急に疲労感が全身に漂い始めた。ほんの数十時間前に海王星での仕事を終え、すぐに簡易急行(シャトル)に積み込まれてまっすぐビーヴァーダムを目指してきたのだ。
それだけではない。地球圏外(アウターアース)での辛く孤独な労働も、先の見えないまま利息を払い続けるだけの人生も、すべて彼女に会えば癒されると信じていた。
彼女は俺の生きがいだった。

俺が立ち尽くしている間にも、ビーヴァーダムの人波は決して途切れない。地球圏外で働くものはすべてここで足止めされる。頭上を仰ぐと今にも崩れ落ちそうな骨組みが見えた。火星の廃墟を根城にした売春窟。決して地球に戻ることのない男たちの安らぎの場。
今はちょうど地球が火星の空に昇っている時間だ。汚染された地球。健康な卵子を持つ女があまりにも少なくなりすぎた地球。清浄な空気も水も、使用可能な資源も枯渇した地球。
5年ごとの選別試験に受からねば居続けることすらできない故郷。
15の時に離れてから一度も戻ったことがない故郷。
固定数値化感情値(メーター)が大きく負に揺れ動くのを感じる。俺は端末から感情数値変動源(シグナル)を操作して固定数値化感情値(メーター)を正に戻した。落ち込みかけていた気分が高揚し始めるのを感じる。一時的な効果しかないが、その間に彼女を探し出せれば感情数値変動源(シグナル)をいじる必要はなくなる。

数時間後、ようやく手持無沙汰にしていた触手腕商娘(シュラミアニャン)から彼女のことを聞き出せた。
───その商娘ならトラッシュで見かけたよ。運が良ければまだいるんじゃないかな。
トラッシュとはビーヴァーダムの最も奥に位置する広場だ。店を持たない商娘たちのたまり場になっている。
───にしてもお客さんあんな娘が好きなの?
俺は絡みつく触手を振りほどいてトラッシュへ向かった。お前だって体を改造しているのは同じだろうと怒鳴りつけたくなる気持ちを抑えて。
宙外作業員や機器操作員たちの多くは宇宙空間に耐えるために体を改造している。そうした者たちの多くはもはや普通の人間の体に性的興味を持たなくなる。ビーヴァーダムが商娘たちで溢れかえっている理由がそれだ。彼女たちの多くは誕生前からここへ送られることが決定している。先天的な卵巣異常症。決して子供を産むことのできない体。あるいは宇宙空間での作業よりも、この廃墟で男たちの慰みものになることを選んだ男たち。どちらにせよ、俺たち捨てられた男と同じく、彼女/彼らも地球から見捨てられたのだ。

トラッシュへ近づくにつれ、客の男たちにも、商娘たちにも変化が見られた。全身からケーブルを生やしたムカデのような体を持つ客が粘体状の商娘の上を這いまわり、重量型衛星採掘要員(ヘビーモス)の簡易頭部が海綿型商娘の入水腔とバイパスしながら愛をささやきあっている。
入り口近くと違い、ここでは皆がひそひそとしゃべる。その声や体の触れ合う音が建物に反響してある種の音楽を奏でていた。

トラッシュの中心には水の止まった噴水がある。彼女はそこにいた。
俺が声をかけると、うれしそうに反応が返ってくる。
───あなた、また来てくれたの?
───もちろんさ、君のことを忘れないって言っただろう?
彼女は優しく微笑んだように見えた。
───体調は大丈夫かい?少し元気がないようだけど。
彼女の体表はすこしくすんでいるように見えた。三か月前には見られなかった黒子があちこちにできている。
───こっちに移ってからちょっと、ね。水が合わないみたい。
彼女がつかっている噴水のたまり水に検査肢を突っ込むと、微生物の値が基準値を大きく超えていた。
───この水はよくない。他のところへ移った方がいいよ。
───そうしたいんだけど、私、人気が無くて。
トラッシュは客のつかない商娘の行き着く先でもある。商娘はいずれみんなここで死ぬ運命であるともいわれる。
───君の魅力をわかってない奴らが多すぎるのさ。みんな君と話せばイチコロなのに。
そう言って彼女のぶよぶよした体を撫でてやる。
彼女の大きな瞳が俺をじっと見つめた。
───ありがとう。
───事実を言ったまでだよ。
───今日はサービスしてあげるわ。
彼女が口吻を持ち上げた。
───お手柔らかに頼むよ。
俺は彼女の口吻に感覚肢を差し込む。

波のような快感がうねりながらやってきた。
彼女の愛撫は火花のような電気信号となって感覚肢を通り抜け、超硬質磁化セラミックのうろこに覆われた俺の脳の中で花開く。
宇宙空間の孤独も、地球から捨てられた辛さも、もはや気にならない。
この世界には俺と彼女しかいない。
圧倒的な恍惚感。
この瞬間のためだけに俺は生きている。確かにそう感じられるものがそこにはあった。

長いような短いような時間が過ぎ去った。
我に返ると、彼女が口吻を器用に使って俺の感覚肢を拭き清めていた。
───ありがとう。最高だったよ。
そう伝えると彼女は体を少し震わせた。笑ったのかもしれない。
───また、来てね。
───もちろん。
最後に彼女の体を撫でてやる。商娘となる際に、骨も四肢も失い、肉袋となったその体を。

俺はまた彼女に会いに来るだろう。きっとその時もビーヴァーダムは混んでいる。
だが、俺がここを訪れるのは、ただ彼女一人のためなのだ。
読んでくれてありがとうございました。

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