後悔の海
この小説は、「悲しいキッカケ」のAnotherなので、是非「悲しいキッカケ」もお読みいただけたらなと思います!
俺は気づくとよく、髪を触っていた。どうしてかは自分にはよく分からなかったけど、他の人とは違う、地毛の茶髪が少し気になっていたからかもしれない。
さて、俺には彼女がいた。可愛くて、少し恥ずかしがり屋の俺の自慢の彼女。小学校からよく話していて、付き合ったのは中学の冬頃。友達からの恋人、というのは少し気恥ずかしくて、友達の頃と同じように振舞っていたけれど、やはり恋人らしいことをすればよかった、と今では後悔している。
彼女は多分、俺の大事なことを曖昧にするところが嫌だったのかもしれない。友達にもはっきり言ってほしい、と怒られたことがある。別れた時もそうだ。俺は、嫌われるのが怖くて、ごまかした。そういうところが、ダメだったんだと思う。別れた時の、最後の彼女の顔が、今でも頭に残っている。冷たくて、でも悲しみを含んだ、胸が痛くなるような顔。思わず一度引き止めたけど、二度目は体が動かなかった。
俺はそんな過去の事を引きずりながら、大学生になった。特に行きたい、という大学はなかったが、友達が強く勧めてくるので、入ってみることにしたのだ。サークル、というものに興味はなかったが、これも友達の勧めで天文サークルに入ることになった。多分、その友達は星が好きで俺を誘ったんだろう。あまりにも意外だったが、そんな顔をしたら真顔で「アホか」と言われた。何故だろう。
大学に入ってしばらくした頃、俺たち天文サークルと地学サークルの共同制作をすることになり、ある教室で顔合わせをした。……そこには、かつての彼女が。高校時代の面影を残しながらも、大人っぽくなった彼女が、地学サークルの中にいた。俺は驚きやら何やらで混乱して固まってしまっていたが、彼女は俺を見ても特に驚くこともなく、フイと視線を逸らしてしまった。俺がこの大学だと知っていたのだろうか?それともどこかで会ったのだろうか?
そんな事をぐるぐる考えていると、もう皆席に着いていた。俺も慌てて席に着く。頭の半分以上を彼女で埋めつくしながら、共同制作について聞いていく。
学会で発表するのは、どんどん決まっていき、担当決めに入っていた。聞いていた、といってもほとんど上の空だったので、俺の担当は勝手に決められていた。
「え、俺調べる係なの?」
担当が書かれた紙を見て、そう言う。すると友達が、
「お前、ほとんど話に入ってこなかったからだろ〜?自業自得だ」
と言ってきた。別に調べ物は好きだし、逆に嬉しい方だ。しかし、そういうことじゃなくて、
「…よろしく」
俺にそう言った彼女は、先ほどのように目をそらさず、そう言ってきた。
「あー、うん、よろしく……」
俺もぎこちなくそう言い、沈黙が訪れた。
「…あー、そんじゃあ、俺も担当あるから……、コンピュータ室で作業しろって言ってたぞ。印刷代が浮くからだってさ!じゃあな」
最後の部分を小声で告げ、ギクシャクしながら、友達は去って行った。……それはまるで、彼女に別れを告げられたあの日のようで、少し悲しくなって、胸が痛んだ。
「……あ、とりあえず移動、しよっか」
俺は無意識に髪を触り、笑ってそう言った。
「…うん」
彼女は俺を見て、そう言いながら顔を逸らした。
俺と彼女は、コンピュータ室に行き、早速作業に取りかかっていた。特に話すこともなく、俺と彼女の間には、沈黙が流れる。
何か喋らないといけないのか、ソワソワし始める頃に、沈黙が破られた。
「ねぇ、」
彼女が突如口を開いたので、俺はびっくりして、
「うぇい!?」
と、意味不明の言葉を発してしまった。
また訪れる沈黙。次にこの沈黙を破ったのは俺だった。
羞恥心を心の中に隠しながら、俺はそう言う。彼女は、「あ、ああ、ええと」とあたふたしていた。……ごめん。
「…この大学にいたんだね、驚いたよ」
彼女は控えめに言う。目はパソコンを向いていた。
「あー…うん。特に大学進学とか興味なかったんだけど、友達に誘われて…ね」
俺はなんだかいたたまれなくなった。大学に興味がないくせに大学に入って……これは失礼だなわと考えて苦笑した。
「へぇ…、ああ頭良かったもんね」
思い出したようにそう言う彼女。少し笑いを含ませている。楽しげに話す彼女を見て、心底ホッとした。二度と話せないと思っていた彼女と、今自分は話せている。そう思うと、胸がじんわりとあたたかくなった。
「じゃあ天文サークルも友達に言われて?」
そう問われ、カタカタとキーボードを叩きながら答える。
「ああ、うん。星が好きなのは知らなかったなぁ……というか、2つ候補があったみたいで。ブツブツ言ってたなぁ。確か……」
俺はその時の姿を思い出す。2つのサークルのチラシを見ながら、ブツブツと何か言っていた。
「……あからさますぎず、より自然に再開させるとかな…んと…か……」
ここで俺は気づいてしまった。キーボードを叩いていた手を止める。
元々、その友達は親の仕事を継ぐ予定だった。なので大学に入る必要もなく、サークルを然り。
俺は、ただ単に他にやりたいことでもできたのか、ぐらいにしか考えていなかったが、そうじゃない。そうじゃないのだ。
彼は昔から気配りのよくできる人だった。責任感が強く、罪悪感も強い。…だから、彼は後悔していたのだ。
俺と彼女の別れるキッカケを作ってしまったことを。
バッと口元を抑え、友達の考えを全て悟る。
「……え?ど、どうしたの?」
彼女は慌てた様子で俺に聞く。
「…なんでも、ないよ」
ありがとう、とここにはいない、友達に心の中で呟く。
せめて彼女とは恋人、とはならなくても友人として接していきたい。
恥ずかしさからとっさに言った『昔の友達』に、今はなりたいと切に思う。
彼女と出会った季節から、寒さがすきさる前に。