蝶々が二匹
読んで頂きありがとうございます!
イリーナはタイガの言葉が事実か確かめたくて、数少ない友人の中で隣国に詳しいエレナを訪ねた。
「黒い薔薇?あーロイ様の事ね、知っているわよ?」
エレナの屋敷のテラスで二人でお茶を飲みながらさりげなく聞くとあっさりと教えてくれた。
「有名な人なの?」
「ロイ様はシャヤーク家の長男で近衛騎士団の副団長をしていてよ、確か私より4つ上の歳だったかしら?今この国を訪問している第三王子と一緒に来ているらしいわね、どうかなさったの?」
流石、国の貿易を任されているアレフ家の長女エレナはイリーナより3つ若いのに隣国の事にも詳しかった。
「ええ、お友達になったのですが相手の事をあまりに知らな過ぎて…」
「そう、相手が悪かったわねイリーナ様。彼は美しい女性であれば自分のモノにして捨てるという事を繰り返している噂を何度も耳にしたわ。貴方に声をかけたのも納得出来るし、まぁあまり深入りしなければ良いのではなくって?」
エレナはとてもサバサバした性格で思ったことを素直に話してくれる数少ない女性だった。
彼女の言っている事は信用できるし、意見もとてもわかりやすい。
心のどこか片隅でタイガの言葉が嘘ならいいのにと小さな希望を持っていたイリーナに、その言葉が清々しいぐらい希望を打ち砕く。
「そうね、わたくしも同じような噂が流れている仲間同士ですものね。それなりに楽しませてもらうわ」
少し悲しげに笑うイリーナにエレナは肩を竦めて少し呆れたように小さなため息をはく。
「イリーナ様、貴方には楽しめる経験も度胸もないでしょ?」
「うぐっ」
アマリア同様にエレナもイリーナのダメ人間さを知っている一人なので、カッコつかなかった。
イリーナは額をテーブルにゴンとつけて大きくため息を吐いた。
このまま、いいように遊ばれるのは悔しい。
あの口づけでドキドキしてしまった自分が許せない。
なんとか仕返ししたい…
うーっと考え込んでいるとエレナはクスリと笑い優雅に紅茶を一口にいれ飲み込むと
「ひとついい事を教えてあげるわ」
「え?なになに?」
イリーナは頭を上げて視線をエレナに向ける。
「アマリア様はシャヤーク家の方とお知り合いみたいよ」
「…なるほどね」
勘のいいイリーナはうすうす感づいていた。
先日のアマリアの発言と婚約者でイリーナの執事の態度。
ロイと出会ったタイミング。
私の好きな本の話で盛り上がる事もアマリアの入れ智恵。
フッ親友よ…この勝負受けて立とうではないか。
イリーナは勝手に闘志を燃やしだし、その様子をエレナは面白がった。
屋敷に戻り、イリーナは早速手紙を書いた。
あて先はもちろんロイにである。
情熱的に誘い文句をつらつらと書き、最後に逢いたいと…
エレナの情報では第三皇太子はあと10日ほどで帰国するらしい。
それまでに仕返しをしないと気が済まない。
イリーナの考えている仕返し、それはロイに自分を本気で惚れさせフル事。
アマリアに残念でしたぁー!私はこんな人好きになりませんよぉーって言ってやりたい!!
目を細めニヤリと笑うイリーナはクロスに手紙を速達で届けるようお願いした。
すると、次の日の昼
屋敷にやって来たのはロイではなく何故かタイガ一人だった。
イリーナはなんでタイガが来たのかわからずキョトンっとしていると目を逸らせ不機嫌な顔をしたタイガが
「また来いと言っただろう」
たしかに「またどうぞ、いらして下さいね」と数日前に言ったが…
とりあえず応接室に案内して侍女にお茶の準備をさせた。
席に付くとタイガが胸ポケットから一通の手紙を取り出しイリーナに差し出した。
それは昨日自分が書いた手紙だとすぐに気が付く。
「どういうことだ?私は忠告したはずだが」
タイガはどこか怒った表情でやはり視線は外している。
殿方に送った恋文を盗み見られてしまったらしいが、心がこもっていない恋文なのでさほど悔しくもないので怒るに怒れない。
「中身を見たのですね?それはマナー違反では?」
とりあえず一般常識だけは教えておこうと思ったイリーナだったがタイガのグッと口を閉じバツの悪そうな表情をするのがまた可愛く思えた。
「あ、あいつの事が本気で好きなのか」
少し小さな声で聞いてきた質問にイリーナは目を見開きキョトンっとしてしまった。
ロイの事が本気で好き?ふ、そんな訳ない。
今の私は復讐心に燃えているのだ。
好きになってなるものか!
そう心の中で叫んでいたが、目の前にいるタイガはロイの知り合い。
なんと答えるのがいいのか少し考え
「ここだけの話にしてもらえますか?」
「…なんだ」
「実は全く好きではないのですよ」
「はぁ?!」
さっきまで視線を逸らし俯き気味だったタイガは驚きイリーナを凝視した。
イリーナはニコリっと微笑み右手の人差し指を立て自分の唇に当ててシーっとタイガを黙らせる。
「これは大人の遊びですの」
イリーナは妖艶に微笑みタイガを見つめる。
タイガは頬を染め目が泳ぎ動揺を隠せない。
イリーナとしてはロイを落とす為に仲間が欲しかった。
出来るだけ彼の近くにいる存在、タイガは子供っぽいが適任だと思ったのだ。
タイガと向かい合って座っていたイリーナだったがすっと立ち上がりタイガの隣に座り直すとタイガは赤面したまま固まり動かくなった。
そっとタイガの右手を取り自分の胸の前で両手でタイガの手を包む。
「実はお願いがあります、女性の心を弄ぶ彼にぎゃふんっと言わせたいのです。どうかお力を貸して下さい」
目をウルウルさせながら自分なりに一番困った顔をしてタイガの顔を覗き込むイリーナはかなりの女優だ。
そんな彼女に魅了され変な汗をかきながら見つめるタイガはゆっくりと頷いた。
こうしてイリーナはタイガを仲間につける事に成功した。
タイガの手をそっと離すとタイガはイリーナとの距離をとって
「な、なにをすればいい?」
少し怯えているようにも見えるタイガにイリーナは微笑み
「ありがとうございます。心強いですわ、そうですね…その手紙ロイ様はお読みになったのかしら?」
「いや、私の所で止めてある…」
どうしてタイガの所で手紙が止まるのかしら?
イリーナはちょっと疑問に思ったが後で考える事にした。
「それではその手紙をロイ様にお渡し下さい」
「しかし…」
「大丈夫ですよ、わたくしとロイ様の間に何もありませんから。あと、ロイ様が参加される予定の夜会を教えて頂きたいのですが…大体でいいのでわかりますか?」
ロイの知り合いの弟君に調べてほしいというのは酷な事だろうか
「夜会ならわかる、明日と3日後と5日後とー」
すらすらと教えてくれるタイガにイリーナは少し驚き、ロイが参加する夜会の多さにも驚いた。
地位や立場の問題上参加できない夜会も沢山ある。
招待されてない夜会には勿論乱入できない。
イリーナはどの夜会だと自分も招待してもらえるか考えているとタイガが意外な事を口にした。
「どれでも好きな夜会に来るといい、私もロイの行動には目に余るものがあると思っていたのでいい機会だ!少しは痛い目をみるがいいさ!」
イリーナの作戦を聞いたタイガはさっきまでの戸惑いは消え、俄然やる気を出してくれた。
イリーナはタイガが只の知り合いの弟君ではない気がしたが本人が隠しているので深く詮索しなかった。
タイガに手紙を渡してもらったその日の夜
予想通りロイがイリーナを訪ねて屋敷にやってきた。
この日は両親とも舞踏会に招待されており帰りが遅い事も確認済み。
クロスにはただの客人が来ると夕食後唐突に伝えると表情が無表情になっていた。
「今宵はお招き頂き光栄です」
真っ赤な薔薇の花束をスっとイリーナに差し出すロイに頬を染めニコリと微笑み薔薇の花束を受け取る。
二人を包む暖かい雰囲気とは裏腹にイリーナの内心は戦闘開始のゴングが鳴っていた。
イリーナはロイを自室に案内して侍女にお茶だけ準備をさせて下がらせた。
夜に殿方を招き入れるという事はどういうことかロイだって理解している。
ゆっくりと二人で椅子に座り甘い空気が包みだす。
イリーナは多少の犠牲は覚悟をしているがそれ以上は絶対に回避したい。
今日ここでの目的はただひとつ、ロイを虜にする事。
イリーナはロイの手をそっと握って瞳をジッと見つめていると、ロイの顔が近づく…
唇が重なる前にそっと手でロイの唇を押さえた。
「少しお話をしませんこと?」
お互い見つめ合い微笑むと唇を押さえた手をロイが掴みクスリと笑う。
「いいでしょう。でも、あまり焦らされると後が大変ですよ?」
「まぁ」
イリーナは頬を染め喜び微笑んでいるように見えて、心の中では「絶対回避します!!」っと叫んでいた。
とりあえず本の話を持ち掛けてみる。
今までの有名な本ではなくよりマニアックな書物の話をして、たとえアマリアからイリーナの好きな本を聞いていたとしても、本当の本好きでなければ解らないようなコアな話でロイにボロが出るか試したかったのだ。
「ゲルは文芸からまさかあの分野に移行するとは意外だと思いませんこと?」
「え、ああそうですね」
「ロイ様の国であの分野でも有名な方がいますよね?名前はー」
「・・・・・」
少し無言になったロイにやはり本の件はアマリアの入れ智恵だったかと思ったイリーナだったが
ロイはイリーナを暖かい瞳で見つめ頬に手を添えた。
「イリーナ嬢…ガサリャキュアの本は刺激が強すぎるから余りのめり込まないで頂きたいな」
「・・・・・そうね」
あの分野とは少しSMかかった小説の事だった。
まさか作者も言い当てるなんて…本当の本好きかSM好きのどちらかである。
イリーナは少し悔しく目を細め視線を逸らすとくぃっとロイの方に顔を戻され軽く口づけをされてしまった。
悔しさが顔を出ないように頑張って微笑むイリーナ
「他には何かありますか?」
「ええ、ロイ様のお仕事についてお聞きしたいわ」
「私はガルシア国近衛騎士団副隊長の職務についております。第三皇太子様の護衛でこの国に参り、私は幸運にも美しい蝶を見つける事が出来ました」
「まぁ、ガルシア国にも見目麗しい蝶が沢山いるとお聞きしておりますわ」
ロイはゆっくり首を横り振りイリーナの頬に添えられた手の親指をそっと動かイリーナの頬を撫でる。
「私の目の前にいる蝶はどの蝶よりも気高く美しい…」
情熱的なロイの瞳はどんどんイリーナに近づきまた、唇を奪われそうになったのでイリーナは後ろに下がる。
少し俯き頬を赤く染め小さく震えた体をモジモジさせて視線を上げる。
その潤んだ大きく茶黒深い色の瞳で上目遣いをし首を少し傾けた。
イリーナは今まで培った女子力動作をフルに発動させロイを落としにかかる。
「ロイさま…わたくし恥ずかしいのです」
30歳にもなる淑女がこんな事言ってる方が恥ずかしいのだが、だいぶ前に読んだ本で羞恥心は男心をくすぐると書いてあった
「他の方ならこんな気持ちにならないのですが…」
他の人物を出すことによって嫉妬心をあおり、貴方だけ特別感も出せると何かの本で読んだ。
「こんな私でよろしいのでしょうか?」
謙虚さで相手の出方をみるのもいい方法だと何かに書いてあった。
そう、全部本に載っていたのだ。
これでロイが落ちなければイリーナに打つ手はなかった。
暫くロイをジッと見つめているとロイの瞳は少し大きくなり妖艶な笑みを浮かべグイッとイリーナに近づき両腕でイリーナ囲ってきた。
「本当に可愛らしい…あなたが欲しい」
ロイはペロっ唇を少し麗しイリーナに覆い被さるように押し倒す。
それと同時に部屋の隅にあった花瓶が床に落ち割れる音が響いた。
ガシャーン
その大きな音に驚きロイは体を起こし、ドアから執事のクロスが入ってくる。
「お嬢様?!」
焦って辺りを見回すクロスは花瓶が落ちているよりもイリーナが椅子に倒れている方が気になった。
イリーナはゆっくりと起き上がり大丈夫っと手をあげる。
「突然花瓶が落ちたの、大丈夫よ。ロイ様ごめんなさい…」
「いや、少し驚いただけだ」
イリーナの横で座っていたロイはイリーナの頬に口づけをすると立ち上がった。
「今日はこれにておいとまさせて頂きます。イリーナ嬢また次の機会に」
「まぁ、残念ですわ…」
イリーナはスッと立ち上がりがっかりした表情をしたが心の中ではガッツポーズを決めていた。
イリーナは前もって小細工をしていたのだ。
花瓶に細い糸をくくりつけ、毛が長い絨毯に埋め込みカウチの所までひっぱていた。
ロイが襲ってくるタイミングに合わせて糸を引くと花瓶が落ちる仕組み。
こうする事によってクロスが入ってくるだろうし、イリーナの乙女は守られる。
ちなみにロイがベットに連れて行き襲ってきた時様にシャンデリアが落ちる仕組みも作っていたがそちらは使わなくて済んでホッとしている。
大体そういう雰囲気の時に邪魔者が入ってきたらやる気をなくすと本で書いてあった…
イリーナは名残惜しそうにロイを見送るが勿論これも演技
これでロイを落とせただろうか・・・・次の作戦で結果がわかる。
イリーナは静かにメラメラと闘志を燃やしていた。
誤字脱字だらけ…だったかもです。
ちょっと慌ててアップしたので…後日じっくり見直します!
最後まで読んで頂きありがとうございます(´・ω・`)V