蝶々が一匹
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その美しい姿に誰もが頬を染め、ため息が漏れる。
とある国の城で開催された夜会、今日も蝶は誰よりも美しく優雅に殿方たちとの会話を楽しんでいた。
黒く艶のある長い髪に透明感がある白い肌はまるで絹のようにしっとりとして、唇は魅惑を漂わせるチェリーのように甘く、大きく潤んだ瞳の奥に感じられる神秘的な魅力。
『夜揚羽蝶』
彼女はそう呼ばれていた。
「あぁ、イリーナ……今宵もあなたは美しすぎる…どうぞ、わたくしめを御所望下さい」
若く品のある貴族の殿方が隣に座りイリーナの手を取り熱い眼差しで迫っている。
イリーナは艶のある唇の甲を上げ微笑むとゆっくり首を横に振り
「とても魅力的なお誘いですが、もう少し熟してから頂きたいわ……ダメかしら?」
上目遣いで首を傾げる彼女に若い貴族は思わず生唾を飲んで頷いた。
イリーナは伯爵家の娘で容姿が美しい事からたびたび夜会の招待状が届く。
全部に参加していては疲れるので時々顔を出すとこのように殿方の誘いが後を絶たない。
毎晩男をとっかえひっかえして手玉にとっているという噂があるから仕方がないのだが、本人もこの状況を楽しんでいる様に見えた。
帰りの馬車に向かう時には、毎回違う殿方がエスコートしている。
「また違う殿方よ、なんでふしだらな女なのかしら」
妬みや恨みなど様々な感情がある周りの淑女達からの嫌味が聞こえてくるがイリーナは全く動じない。
エスコートしてくれた殿方にお礼を言うと次いつ逢えるか聞かれたので適当に断った。
馬車の座席に座ると後からシルバーの髪が印象的なめがねをかけたイケメン執事がお辞儀をして乗り込みイリーナの向かい側の席に座る。
「出してくれ」
イケメン執事の声で馬車が動き出すとイリーナはさっきまで美しく伸びていた背筋を丸め、きりっとしていた表情は間の抜けた顔になった。
「はぁぁぁぁぁぁーーーーつーかーれーたー」
ぐでーんと馬車の座席に寝転び項垂れる彼女を見下ろすイケメン執事は顔を引き攣らせた。
「お嬢様・・・・そのギャップなんとかなりませんか?さっきまでの麗しい淑女は何処に行ったのですか?」
「はぁ?誰それ?美味しいの??私はスライムよ!もうブヨブヨになって地面に溶けてやるぅぅ」
座席にへばりついてやる気のない彼女こそ本当のイリーナの姿。
男を手玉にとる?とんでもない。
年齢30歳、いまだ男性経験なし行き遅れもいいところだ。
何処でどう間違えたのだろう?
母の躾で女性は表が美しければ何とかなる!!っと自分を美しく見せる仕草を幼い頃から習い、一流の美容コーディネーターを侍女に付けて磨きに磨かれた体だったが、中身が残念だった。
めんどくさがり屋で侍女が言わなければ何日も同じ服を着て、屋敷で本ばかり読んでいる。
対人恐怖症って訳でもないが他人に興味も湧かない。
次から次に舞い込んでくる結婚の打診もお見合いの時に全て本人がやんわり断り、親が少しでも異性に興味を持ってもらえればと5年前に雇ったイケメン執事でもダメだった。
「まさか、お嬢様このまま結婚しないおつもりですか?」
めがねをくいっと上げ見下ろすイケメン執事の言葉に座面に転がっていたイリーナはピクリと反応し顔を上げた。
「……お、王子様が「来る訳ないでしょう」
毎回毎回おなじみのボケをするイリーナの言葉を遮りイケメン執事の鋭いツッコミが入った。
「く、クロスだって結婚してないじゃない」
イケメン執事もといクロスは眉を少しあげ、ふっと勝ち誇った顔をすると
「私はお嬢様より若い上に許嫁がいます、将来安泰です」
「たった1つしか変わらないし、許嫁は私の親友でしょ!私が紹介したんだからありがたく思ってよね!!」
はいはいっと含み笑いをするクロスから視線を外し、うーっと敗北を感じながらイリーナはまた項垂れた。
コルセットきつ過ぎです侍女よ……。
イリーナの行動パターンは基本毎日決まっていた。
朝、侍女のアンに叩き起こされ小奇麗にされた後朝食、読書、昼食、読書、夜食、読書……。読書の所にたまに所用が入る程度だ。
夜会にいかなければ出会いもないので親と侍女たちに半無理やり着飾られ屋敷から叩き出される。
殿方を喜ばせる言葉は全部読書で身につけたのだが、あしらい方も同時に身についていた。
親を安心させるために結婚しなければと思うのだが、どうもこの人がいい!って人に巡り合わない。
妥協に妥協して結婚してもいいのだが、巷での自分の噂と現実のギャップを受け入れてくれる心の大きな人を探さなくてはいけない。
ああ、めんどくさいっとイリーナは思って今に至る。
「イリーナ嬢は昨晩トロル家の次男坊とお楽しみになったらしいわよ?」
ある日イリーナの元に親友アマリヤが遊びに来た。
アマリヤはブロンズのストレートな長い髪をかき上げ優雅に紅茶を飲んでいる。
傍には婚約者のクロスが控えてアマリヤを愛おしそうに見つめていた。
クロスよ、私の執事ではないのか、おい!?
っとイリーナは心の中で執事を責めたがふたりが仲がいいのは好ましいので許してやろうと思った。
「トロル家の次男坊ってあの若い貴族の子かなーそうかーお楽しみだったのかー」
間の抜けた返事をして遠くを見つめるイリーナにアマリヤはぷっと噴き出した。
「私の目の前にいる夜揚羽蝶様はお楽しみ出来なかったみたいね」
「居もしない相手とどうやってお楽しみするか教えて頂きたいぐらいだよぉ」
そういうと、クロスが入れてくれた紅茶を口にするイリーナだったがアマリヤはニヤリとして
「あら、いつでも事細かくクロスと教えて差し上げますわよ?」
ブホッっと口から紅茶をふき出し、見事に向かい側に座っているアマリヤに吹きかけた。
「げほげほげほ!!!な、なに言ってんのアマリヤ!」
クロスはせき込むご主人様をほったらかしにして慌ててハンカチを取り出し顔を引き攣らせているアマリアの顔を拭いた。
「冗談ですわよ。まさか紅茶吹きかけられるとは思ってなかったけど、あなた本当に結婚する気あるの?」
一通り紅茶を拭き終わりクロスが着替えに行こうと促しているのをアマリヤは遮りイリーナに問う。
イリーナは口を尖らせ少し視線を落とし
「あるわよー王子様が迎えに来てくれるんだったら」
いつもおきまりのボケに何故か今回はアマリヤとクロスはツッコミを入れてこない。アマリヤは口角を上げ、物凄く悪い事を考えているような顔でイリーナを見つめ
「わかったわ。王子様…ね」
「…アマリヤ、しかしそれは…」
少し困惑したようにクロスは何か言おうとしたが、アマリヤの表情をみて何かを諦めた。
イリーナはふたりのやり取り不思議に思いながら首を傾げるとアマリヤは今日はもう帰ると帰っていった。
もうかれこれ20年ぐらいの付き合いである。
親友アマリヤがあれぐらいで怒るとは思えないが、さっきの悪人面が気になるイリーナだった。
数日後、またしても半強制的に夜会に連れ出された。
髪は結い上げられ、首筋から色気が漂う妖艶な淑女が視線を集めている。
淡く紫色のドレスが儚さを演出して30歳になっても殿方から声を掛けてもらえるイリーナはとても魅力的な女性だった。
はたから見ればだが…… 中身は「コルセットくるしーめんどくさいー早く帰りたい―」っと念仏のように繰り返している。
この日の夜会は少し雰囲気が違うことにイリーナは気が付いた。よく目にする貴族の方々に混ざって、異国の服装をした方々がちらほら居たからだ。
確か国王の又従妹の子が主催だったような……
主賓に挨拶も済ませて、いつもはバルコニーに近い椅子に腰を下ろす。すると数名の殿方がお互いをけん制し合い、順番にイリーナに近づくのが大体パターンだった。
しかし、この日だけはイリーナが座る椅子の近くに異国の衣装を身に着けた背の高い一人の男性が立っている。
イリーナは先客がいたので他の席を探そうと辺りを見回すと男性から声を掛けられた。
「お嬢様、どうぞこちらへ。あなたをお待ちしておりました」
ニコリと微笑む男性にイリーナはうさん臭さを感じながらもエスコートされ椅子に腰をかけた。
「あの、わたくし何処かでお会いしたかしら?」
「これは失礼しました。わたくし、ガルジア国より殿下の護衛として参りましたロイと申します」
そういうと、ロイの視線は遠くにいるいかにも皇族様っという男性に目をやった。
なるほど、あの方の護衛でお隣のガルシア国からきた人がなぜ私に?
イリーナがロイに視線を戻すとまたニコリと微笑みさりげなくイリーナの手をとり自分の口元に寄せた。
「宜しければ貴方のお名前をお伺いしたいのですが」
「ええ、わたくしパルキア伯爵家のイリーナと申します。隣国の方とお近づきになれて光栄ですわ」
愛想笑いというにはお釣りが出るぐらいの妖艶な笑みで微笑むイリーナにロイは目を少し見開き掴んでいたイリーナの手を少し強く握りしめ口づけを落とした。
い、いたい……
ロイと他愛のない話をはじめお互い様子を伺っていた。
目鼻立ちがはっきりした顔立ちにしっかりした話し方
髪は少し緑かかった紺色なのも珍しかった。
ただ単に私の噂を耳にしてちょっかい出してきたのだろうとイリーナは思っていたが話をしていくうちに本の話になり、予想外に盛り上がってしまった。
「私もその本読みました、次回の展開がとても気になって…やはりあの男が犯人でしょうか?」
「わたくしの予想では侍女あたりが怪しいと思っていますわ、作者の今までの傾向だとそんなわかりやすい犯人にはしないと思いますの」
話題の作品を思い浮かべて顎に手を添え真剣に考え込むイリーナを暖かい目で見つめていたロイに全く気が付かなかった。
珍しくイリーナの隣の男が変わらないので、次を待っている殿方がやきもきしているのも気が付かずイリーナは本の話に夢中になってしまっていた。
「ロイ様、ぜひアルポポの作品を読んでください!絶対おススメです!」
最近みつけた面白かった本を薦めているとロイはフッと情熱的な瞳にかわった。
「我が国ではまだ発売されていないようなので、ぜひイリーナ嬢にお借りしたい。お伺いしてもいいかな?」
「ええ、いいですわ!ぜひ読んで……」
し、しまったーーーーーー!!イリーナはどさくさに紛れて家に招いてしまった事に気が付き変な汗が出てきた
「えーっと」
ギギギっとロイから少し視線を外し、今言った事をどうやって取り消そうと模索しているとロイはフッと笑い
「……明日、昼に伺います」
あ、明日昼!?よかった……
夜会での伺いますはとても危ういモノだと教わっていた。
これから一晩熱い夜を過ごしましょうっという意味らしい。
この日は結局最後までロイとお喋りをして馬車までエスコートしてもらった。
「では、明日また会いましょう」
イリーナの手の甲に唇づけをしてロイは微笑むとイリーナも微笑み返し馬車に乗った。
いつものように後からクロスが馬車に乗り込んできたが浮かない表情を浮べてイリーナから目を逸らす。
「何か言いたそうね」
「……」
クロスが主人のイリーナの問に答えない理由は恐らくアマリアから口止めされている事だろうとすぐに察しがつく。
「まあ、いいわ」
イリーナはアマリアとクロフを信用しているので自分にとって悪い事ではないのだろうと考えるのを止めて目を閉じ居眠りする事にした。
次の日、約束通りロイがイリーナの屋敷にやってきた
出迎えるとロイ一人ではなく、もう一人イリーナと同じ位の身長で身成もしっかりした若者が一緒だった。
明らかに自分より年下であろう彼はイリーナから目を逸らしそっぽを向いている。
「知り合いの弟君が付いて来てしまって、申し訳ないのですがご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「わたくしは構いませんわ。さぁ、どうぞ中に」
皇族の護衛をしているロイにはロイの事情があるのだろうとイリーナは快く承諾して笑顔で招き入れた。
侍女たちにお茶準備をしてもらっている間にイリーナは若者の名前を聞くことにした。
ずっと視線を逸らしたままの若者の視界にワザと入るようにイリーナは下から覗き込み
「わたくしはイリーナと申します、お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
ニコリと微笑むイリーナの顔を見て少し頬を紅くしてまた別の方向に視線を逸らした。
「ほら、女性から名前を名乗らせるなんて失礼ですよ」
ロイが若者に言うと少しの顔を歪め小さな声で返事をした。
「タイガだ」
「タイガくん?」
「君付けはヤメろ、タイガでいい」
ずっと視線を逸らしどんどん顔を赤くしていくタイガがとても可愛くて思わず頭を撫で撫でしたくなったがグッと堪えた。
「よろしくね、タイガ」
撫で撫では堪えたがそっぽを向いているタイガの頬を人差し指指でプニっと突くとタイガは驚きイリーナの手を払い一歩後に下った。
もう耳まで真っ赤になって可愛い奴だ。
「イリーナ嬢、あまりからかわないでやって下さいね」
少し困った顔をしてロイはイリーナに近づき肩に手をかけた。
あまりに自然な動作で引き寄せられ
「私も構ってもらいたいな」
タイガに聞こえない位の小さな声で耳元で囁いた。
「…そうでしたわね、書庫から本を持って来ますのでしばらくお待ちになって下さい」
平静を装い逃げようとしたイリーナだったがロイも書庫が見たいと言って付いて来てしまった。
書庫は直射日光を遮る為分厚いカーテンで窓を覆って薄暗くなっている。
イリーナの趣味で集めた本はもう数えられないくらいあり、20畳の部屋に所狭しと棚に並んでいた。
その全ての本の場所を把握していたイリーナは迷う事なくオススメの本を手に取りのお茶が準備されている部屋戻ろうとしたが、悪い予感は的中した。
出入り口を背に立つロイの視線は見てみたいと言っていた本たちでは無くイリーナを真っ直ぐ見つめている。
「……ロイ様、早く戻らないとタイガが心配しますよ」
オススメ本を胸に抱いて戻ろうと促してみたものの、逆にロイはイリーナに近づき書庫の奥に追いやる。
「イリーナ嬢、こうして二人っきりで話がしたかった」
どんどん近づくロイにジリジリと後退るイリーナ
夜会での殿方たちのあしらい方はわかるが、二人っきりの時の扱いは全くわからないのでかなり焦って引き攣った笑顔になった。
「ろ、ロイ様」
「そんな恥じらっている貴方もまた美しい、食べてしまいたくなる」
イリーナの背中に本棚が当たるとロイの右手が伸びてイリーナの左頬を優しく撫でる。
この流れはマズイ、マズイぞ!!
イリーナの頭の中ではごく自然な流れでロイに落とされそうな自分を何とかしようとしていた。
このまま流れに乗ればいいじゃないか、いやいや、ロイとは昨日知り合ったばかりで何も知らないではないか。
イリーナの頭の中で葛藤をロイは知る由もなくイリーナに接近し、そして、ゆっくり顔を近づけイリーナの唇を奪った。
「っ!!」
浅く何度も啄むようなキスをし、少しの顔を離しロイの情熱的な瞳にイリーナは吸い込まれ身動きがとれなくなっていた。
「どうか、私のものになって下さい」
甘く囁きイリーナの返事を待たずにロイは先ほどの口づけとは違い、深く官能的なキスを少し強引にしてきた。
もうイリーナはどうしたらいいのか解らず、ただその熱に耐えるだけで精一杯になり本を持ったいた手が震え涙目になっていた。
「ん…っ…」
潤んだ唇を離し上気したイリーナの頬をなぞりロイは微笑む。
「そんなに私を滾らせないで下さい、貴女は悪い人だ、我慢出来なくなる」
「っ、何」
「でも、残念ですが今日はここまでにしておきます。タイガが待っていますから、続きはまた夜に…」
イリーナは赤くなっていた顔を更に真っ赤にした。
もう湯でダコだ。
フワフワした足どりでタイガの所に戻るとロイは何もなかった様に本の話をはじめイリーナもそれに合わせて相槌をうった。
しばらくしてロイ達は帰ることになり、イリーナはお見送りをするため一緒に玄関の門まで出た。
すると、ロイが借りて帰るはずの本を忘れて来た事に気づきひとりで部屋に取りに戻り、タイガとふたりきりになった。
「またどうぞ、いらして下さいね」
イリーナが微笑むとタイガは少し暗い表情を浮べ視線を逸らした。
「……わたしの国でロイが何と言われているか知ってるか?」
少し小さな声で無愛想に話しかけてきたタイガにイリーナは首を傾げた。
「いいえ?昨日お会いしたばかりなので……」
「お茶を馳走になった礼に教えてやる。落とせない女はいない、孤高の黒薔薇と言われている。アイツは誰も本気で愛せない男だ」
そっぽを向いていたのでタイガの表情はわからなかったがイリーナはその言葉が胸に刺さり固まった。
つい、先ほどの口づけは?遊び?
ロイが相手なら流されてもいいかもと少しは思ってしまった自分が許せない。タイガの言葉をまともに信じる訳ではなかったが、ロイを疑うには十分だった。
本を持って帰って来たロイは別れ際にイリーナの手を優しくとり、手の甲にそっと口づけを落とす。
「では、また。私の可愛い蝶々さん」
ロイの微笑みに暖かく柔らかい瞳の奥に何か違和感を感じつつ、イリーナは微笑み返した。
実は一年前に書き出して途中で止めていた小説です。他の小説につまずいた時に気晴らしで書き出した物で年末年始の休みに読み返して完結してみました。なんだか何処かで読んだことがある設定かもしれないけど、オリジナルですので許して下さい(´・ω・`)
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!