第八話
午後一時、あたしたちはテニスコートに集合した。このあと五時までが練習時間だ。参加者は四十六人だそうで、見回した感じでは女子の方が多い。
まず最初に集合写真を撮り、ストレッチをしてから、レベル別にコース分けをすることにった。
「ここからは別々になっちゃうのね」
しおんが残念そうに言う。
「レベルが違うもん。しょうがないよ」
コースは上級・中級・初級と、まったく初めての人の初心者コースに分かれるのだけれど、あたしは当然初心者コースだ。しおんは初級コースに行くみたい。
テニスコートは横並びに四面あって、一番人数の多い中級コースが二面使うようだ。そして残りの一面ずつを初級コースと上級コースが使っている。では初心者コースはどうするのかというと、体育館脇に壁打ちコートが二面あって、そこで練習をするようだった。壁打ちコートというのはスカッシュのコートの様に、本来テニスコートのネットがある部分が壁になっている練習用の半面コートだ。
で、初心者コースに集まったのは、あたしを含めて六人だった。男子が二人と女子が三人、あと、あたし。あたしが男子枠だか女子枠だかはわからない、ていうかわかりたくない。
初心者コースの担当は高橋コーチだ。見た感じ大学生くらいだろうか。面倒見の良さようなお兄さんタイプだ。そしてコーチに促されてそれぞれ自己紹介をする。最初に自己紹介をしたのは、さわやかなイケメンタイプで、学校ではクラス委員長とか児童会長とかやってそうなタイプの男子だった。
「新井です。よろしく!」
自己紹介はシンプルなものだったけど、驚いたのはそのあと握手を求めてきたことだ。自分でもそういう態度が似合うと思っているのだろうけど、男子ってのは自分よりイケてるタイプを本能的に嫌うんだよ。わかってないな。だからあたしは素っ気なく「よろしく」と言って握手を返した。
新井が女子全員と握手をすると、もう一方の男子が自己紹介した。
「小野です。よろしくお願いします」
こちらは児童会で言えば書記とか会計とかにいそうな秀才タイプだ。そしてもちろん握手を求めるようなことはしなかった。
そして女子の自己紹介に移る。
「平山でーす。よろしくお願いしまーす」
平山さんはちょっとぽっちゃりしていて運動好きには見えないけど、ニコニコしていて感じのよさそうな子だ。
「小森です。よろしくお願いします」
自己紹介で深々と頭を下げた小森さんは真面目そうな子だ。声が小さいのは緊張のせいだろうか?
「島田でーす。よろしくー」
島田さんはアンニュイな雰囲気の子で、ちょっと友達を選びそうな感じだ。
「吉田です。よろしくお願いしまーす」
最後にあたしが自己紹介をしておしまい。名前だけなら名札見ればわかるのにね。
「では各自、ラケットを持ってきてくださーい。重さとかグリップの太さとか違うから好きなの選んでねー」
高橋コーチが言うと、あたしたちはラケットスタンドに入っているラケットから好きなものを選ぶ。この教室に参加している子はほとんどがマイラケット持参だったけど、さすがに初心者コースでラケット持参の子はいなかった。
「じゃ、ラケットを選んだら、包丁を持つように握ってみてください」
まずはラケットの握り方からか。そりゃそうだよな。でも包丁なんて家庭科の時間くらいしか握ったことないよ。かえってわかりにくくない? その後は手足の動かし方から素振り、ラケットの上でボールをリフティングとか地味な練習が続いた。あー、錦織までの道は遠いなー。
約一時間練習して休憩になった。さすがに真夏の炎天下で一時間も運動していれば汗だくだ。あたしたち女子(ああもう女子枠でいいよ)が水筒の飲み物を飲んでいると新井と小野が近づいてきた。
「君たち、どこの小学校?」
新井にしてみれば会話のきっかけ程度の質問だったかもしれないけど、あたしにとってはイヤな質問だ。
「あたし、ちょっとお手洗い行ってくるね!」
あたしがとっさに女子グループから抜け出そうとしたら、島田さんが「私も」と言ってついて来た。すると、平山さんと小森さんも、「新井君、ごめんね」とか言いながらついてきた。取り残されてしまった新井と小野。新井、すまん。そんなつもりじゃなかったんだ。
「島田さんて連れションとか行かないタイプかと思った。ちょっと意外」
「えー、だってあいつら、ウザそうじゃん」
なんか島田さんとは友達になれそうな気がした。
その後、高橋コーチが球出しをしてフォアハンド、バックハンドの練習をした。それなりに打てるようになってくると、中級コースをコート一面に集約して、一面を初心者コースで使う事になった。
隣の中級コースを見ると、初級コースに行ったはずのしおんがいた。こちらを見て手を振っている。あたしも手を振り返す。
「吉田さんと同室のコ?」
島田さんが聞いてきた。
「うん。島田さんのパートナーは?」
「あっち」
と言って上級コースを指さした。
練習中や休み時間のお喋りで、新井と小野がペアで参加、平山さんと小森さんもペアで参加、あたしと島田さんは経験者に誘われて参加ということがわかった。そして、何となくあたしと島田さんがペアという感じになってしまった。島田さんはサッパリした性格で、あまり余計なお喋りをしないあたりが、あたし的には心地よかった。
さて、そろそろ今日の練習も終盤だ。初心者コースはボレーの練習をして、最後にサーブの練習をすることになった。サーブと言ってもアンダーサーブだ。そして終了時刻間際に新井がオーバーヘッドサーブもやってみたいと言い出したので、みんなでやってみることになった。結果、みんなで空振りをした。
高橋コーチがみんなを集め講評をして、今日の練習が終わった。そして、タイムテーブル上はこのあと六時までが今回最大の難所、入浴タイムだ。たぶんしおんは一緒に行きたがるだろう。だけど、ここだけはなんとしても、しおんから逃げなくてはならない。
「ああ、そうそう。夕食までコートは自由に使えるから、もっと練習したい人は使っててもいいぞ」
高橋コーチが思い出したように言った。それだ!
「吉田さん、もう少し練習していかない?」
と新井が声をかけてきた。ナイスタイミングだ、新井!
「やる!」
あたしが即答すると、女子三人が一斉に驚いたような顔をした。
「え? なに?」
「いや、吉田さん、新井君すごい邪険にしてるから、嫌ってると思ってた」
島田さんが代表して答える。
「え? そうだった?」
あたしが新井を見ると、新井はちょっと困ったような顔をして、
「うん、嫌われてるかも知れないと思った」
と素直に言った。
中級コースの練習も終わったようだ。
「ちょっと待っててね!」
あたしは新井にそう言うと、中級コースの人たちと宿泊棟の方に向かっていたしおんのところまで走った。
「しおんちゃん!」
「あ、ゆうりちゃん、終わった?」
「うん。終わったけど、あたしもうちょっと練習していくから、先にお風呂入ってて!」
「え、ゆうりちゃん元気だね。私はもう手が限界」
「ごめんねー。じゃ、また後で!」
そう言うとあたしはしおんに手を振ってテニスコートに戻った。一緒にやるとか言われなくてよかった。
その後三十分程度、新井とあたしは山なりの球を打ちあっているだけの、ラリーのようなものをやった。小野がネット近くで前衛のようなことをしていたけど、なにしろ球が山なりなので、ほとんどボレーはできなかった。そして最後に新井がさわやかに「おつかれさま!」と言って握手を求めてきた。こいつほんと、握手好きだな。