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第七話

八月六日、土曜日。


 今日のあたしはレイピンクのTシャツにネイビーのショートパンツ、そしてウィッグの上にサンバイザーというシンプルな装いだ。運動するのにオシャレしてもしょうがないからね。ちなみに着ているものはどちらもお姉ちゃんのお古だ。今回特筆すべきは、いや、すべきかどうかは知らないけど、下着まですべてガールズのものということ。いままではボクサーパンツだったのに、何か超えてはいけない一線を越えてしまったような気分。あ、下着はお古じゃないよ? 安物だけど。こんな事になったのは、宿泊するのに男物なんて見られたらまずいから持って行くな、とお姉ちゃんに釘を刺されたせいだ。


 さて、県立山の家の最寄り駅である小山町駅までは、地元の初雁駅から私鉄で40分くらいの距離だ。山の家のバスが小山町駅まで迎えに来てくれるけど、そこまでは父兄同伴でなくてはいけないので、今日はお姉ちゃんが付いてきている。


 そのお姉ちゃんは、髪にエクステ(つけ毛)を付けてツインテールにし、カラコンで眼がブラウンになっている。一応、変装のつもりらしい。


 午前九時三十分、あたしたちは初雁駅に集合すると、お姉ちゃんとしおんが自己紹介をした。自称・人付き合いが苦手なしおんはお姉ちゃんに会うのにやたら緊張していたが、意外と簡単に打ち解けてしまった。すぐに小山町駅行きの電車に乗り込むと、ロングシートの車両のすみっこにある三人掛けの椅子に、あたしを真ん中にして右におねえちゃん、左にしおんが座った。お姉ちゃんが余計な事を言わないか心配なので、あたしが真ん中に座っているわけだ。


 電車が初雁駅を出発してから約十分、隣町に入って最初の駅が近づいてくる。すると、今まで楽しげだったしおんの表情がだんだん曇っていく。そして駅に到着すると、しおんはすっかり黙ってしまった。


「しおんちゃん、どうかしたの?」


 あたしは体調でも悪くなったのかと思って聞いてみた。


「あ、わたし、変な顔してた?」


「ううん、なんか黙っちゃったから」


「ちょっと、思い出しちゃって。わたし、去年までこの近くに住んでたの」


 しおんは作り笑いを浮かべながら言うと、また黙ってしまった。


 あ、これ聞いちゃいけないやつだった。


 しおんとあたしの間にはちょっとした暗黙の了解みたいなものがある。しおんはあたしのプライベートを聞かないし、あたしはしおんの転校前のことは聞かなかった。あたしはプライベートなことを聞かれてもごまかすしか無かったから、しおんはそれを聞いちゃいけないことだと思ったらしい。そして、しおんは転校前のことを聞いても、「両親が離婚しちゃったから母と引っ越してきたの」と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。あたしはそれを、たぶん転校前に何か言いたくないことがあったのかなと思った。だからそれ以来、しおんの過去のことは聞いていなかった。


「ねぇねぇしおんちゃん、そのラケット、見せてくれない?」


 突然お姉ちゃんが話題を変えてきた。何か気まずい雰囲気を感じたんだろう。お姉ちゃんは空気を読むことについては天才的で、お姉ちゃんが場の雰囲気を壊すところを見たことがない。問題はその天才的な能力が発揮されるのはあたし以外の人に対してであって、あたしに対する態度はご存知のとおり嫌がらせと紙一重だ。


「しばらく使ってなかったから、ガットがダメになってるかも」


 しおんがそう言いながらラケットケースからラケットを取り出すと、お姉ちゃんに渡した。お姉ちゃんはガットをふにふに押して、


「あーちょっとテンション低いかもねー」


 なんて言っている。テニスやったこともないのにわかるんかいな。


 そして電車が駅を出発すると、しおんの雰囲気も和らいだ。




 やがて電車は終点・小山町駅に到着した。駅を出るとすでに山の家のバスが到着していて、そこでお姉ちゃんと別れた。


「じゃあまた明日! しおんちゃん、ゆうりのこと、よろしくね?」


「はい、遠くまで送っていただいてありがとうございました」


「いーのいーの、ちょっとした罪滅ぼしだから!」


 罪滅ぼしのつもりだったのか。全然滅んでないけどね。


 そして、あたしとしおんがバスに乗り込むのを見届けると、お姉ちゃんはバイバイをして駅の方に戻って行った。


「やさしいお姉さんだね。うらやましいなぁ」


 窓側に座ったしおんが言った。


「えー、外面がいいだけだと思うよ」


「ゆうりちゃん、わかってないなぁ」


 しおんてば、完全に騙されてるよ。そもそも誰のせいでこんなことに……いや、それは考えないようにしよう。顔に出ちゃったら大変だ。ここまできたら素直に楽しんじゃうことにしよう。


 バスは二十分ほど走って山の家についた。


 山の家は意外と瀟洒な建物だった。お姉ちゃん情報によると、何年か前に破たんしたゴルフ場と併設のホテルを、県が安く買い取って山の家に改装したらしい。たしかに案内図を見ると山の家の前にあるグラウンドやテニスコートはゴルフコースの跡地に作ったように見える。しかし広大なゴルフコース跡地は一部がオリエンテーリングや散策のコースになっているほかは、ほとんど利用していないようだった。


 建物はロビー棟・宿泊棟・体育館の三つに分かれていて、まず宿泊棟一階にある会議室で受付、その後同じ場所で十一時半から開校式となる。


「ゆうりちゃん、同じ部屋で良かったね」


 受付を済ませて、部屋割りを見たしおんがホッとしたように言う。


「ペアで参加なんだから別の部屋にしないでしょ」


「そう思ったけど、もしかしたらって」


 いや、あたしとしてはシングルルームがよかったな、とは言えなかった。


 開校式で施設長挨拶とかコーチ紹介とか注意事項とかやっていたが、軽く聞き流す。しおんが真面目に聞いているから問題ないだろう。開校式が終わってもまだチェックインが出来ないので、荷物はロッカーに預けることになる。その後、食堂で各自昼食を取った後、一時から練習開始だ。


 宿泊棟からロビー棟に移動すると、もともとゴルフ場だっただけあって、ロビー隣に広いロッカールームがあった。あたしは女子ロッカールームに入ると一番出入り口に近いロッカーにドラムバッグを放り込んでカギをかけると、そそくさとロッカールームを出た。


「ゆうりちゃん、何を急いでるの?」


「え、あの、お腹すいちゃって。食堂ってどこだっけ?」


 適当にごまかす。ロッカールームで着替えてる子もいるのにのんびりしているわけにはいかなかったのだ。


「もう、聞いてなかったの? ここの二階だよ」


「そか。早く行こ」


 ロビーから階段を上がると食堂があった。結構広くて豪華な造りなのにセルフサービスで、しかもメニューはカレーライス一択だった。



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