第六話
七月三日、日曜日。
日本列島上空に居座る梅雨前線の影響で、まるであたしの心の様に雲が低く垂れこめる今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。本日のあたしのコーディネートは……って、もういいよね。需要無いだろうし。え? 聞きたい? じゃあ、あっさりと。ハウンドトゥース・チェックのワンピースだよ。
さて、今日をこんなにもどんよりした気分で迎えてしまった原因は三日前に遡る。
その日、学校から帰宅したおれは、いつも通り郵便受けをチェックした。すると何やらA4サイズの大きな封筒が入っているのに気が付いた。取り出して宛名を見ると、「芳野方 吉田ゆうり様」と書いてある。へー、ゆうりの苗字は吉田だったのか、おれも初めて知ったよ。なんて、注目すべきはそこじゃない。差出人は山の家。イヤな予感に焦りながら封を開けると、出てきた紙には「夏休みテニス教室参加決定通知書」と書いてある。
「はあぁぁあ? 何で? 申込みもしていないのに!」
そして、前にしおんと会った日の行動を思い出してみる。
六月五日、家に帰ると当然のごとくお姉ちゃんが待ち構えていた。そして、その日の出来事をすっかり喋った後に、「しおんちゃん、こんなの持ってきたんだよ? もちろん行かないけどねー」(注:ゆうりモード)とお姉ちゃんに封筒を渡した覚えがある。そして、その後その封筒がどうなったかの記憶はない。
「……やられた!」
その後、帰宅したお姉ちゃんをつかまえて問いただすと、
「ああ、お姉ちゃんが代筆して投函しといた」
と悪びれもせずに言い放った。保護者の同意欄もあったのに、そこまで代筆したのか? って、それ、代筆じゃなくて有印私文書偽造だよ! 犯罪だよ! おまわりさん、このヒトですっ!! などとおれが抗議すると、
「でも、せっかく誘ったのに親友から断られたら、お姉ちゃんなら泣いちゃうなー」
などと、わざとらしい泣き顔を作ってみせる。そして、その日の夕食時には、件のパンフレットを両親に見せて、
「悠太がこれに中村君と参加したいんだってー。アタシが送迎するから行かせてあげてもいいよねー」
とすっかり外堀を埋めてきやがった。勝手に名前を使われた中村もかわいそうだ。そして、まんまと参加費をせしめたお姉ちゃんは満足げにおれを見たのだった。
で今日。あたしは決心がつかないまま、その「夏休みテニス教室参加決定通知書」を持って、待ち合わせ場所のクレア公園でしおんを待っていた。
「ゆうりちゃん、お待たせ!」
気が付くと、目の前に紙袋を持ったしおんが立っていた。全然気が付かなかったよ。あたしは小さく手を振って言った。
「あ、うん。そんなに待ってないよ」
「どうしたの? 暗い顔して」
そんなに暗い顔してたかな?
「あ、これ……」
ブリティッシュグリーンのスモールトートから封筒を取り出して、しおんに手渡した。しおんは中の書類を取り出して目を通すと、 顔がほころんだ。
「よかったぁ! 行けることになったんだね!」
「そう。会場までの送り迎えはお姉ちゃんがやってくれるって」
「へぇ、ゆうりちゃん、お姉さんがいるんだぁ」
「うん……」
諸悪の根源みたいなのがな、とは言わなかった。
「それで、何で暗い顔してたの?」
「え? 別にそんな顔してないよ」
「してたよ! 何か悩みがあるなら話して?」
何か今日のしおんは積極的だな。あたしの憂鬱の原因は明らかだったけど、本当のことを言うわけにはいかないので、ちょっと気にしていることを言ってみた。
「さっきチビって言われたんだけど、そんなに小さいかなぁ?」
「あー……」
しおんは微妙な顔をして、自分が手にしている紙袋を見た。
「どうしたの?」
「あ、あのね? 久しぶりにテニスウェア出してみたら、やっぱり小さくて……、その……、ゆうりちゃんならたぶん着れるから、貰ってくれたら嬉しいなって……」
「へ?」
「あ、ゆうりちゃんが小さいからとかそういうんじゃなくて……、何かごめんなさい!」
謝られちゃった。
「いや、いいよ? 別にそんなに悩んでないから」
実際、そんなに気にしてないんだけどね。気にしてどうなるものでもないし。
「ほんと、ごめんなさい。じゃあ、これ貰ってもらえるかな? そんなに着てないから綺麗だよ?」
「うん、ありがとう。こっちこそごめんね。変な気を使わせちゃって」
紙袋を受け取ると、しおんは 表情を緩めた。
そして場所をハンバーガーショップに移すと、当日の集合場所を打ち合わせたりお喋りしたりしたのだった。