表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第五話

 六月五日、日曜日。

 

 まだ梅雨入りもしていないとはいえ、季節は夏だ。暑い。


 本日のコーディネートは、ペールパープルで胸元に大きなカトレアの刺繍が入ったフレアスリーブのTシャツに、ペールオリーブに白くヤシの葉のステンシルが入ったショートパンツ、パールホワイトの編み上げサンダルにいつものウィッグとダテメガネ。あたしがいつもダテメガネをしてるのは、素顔じゃさすがに恥ずかしいというか、バレそうというか、まあ変装のつもりでしてるだけ。メイクしてるわけじゃないしね。とはいえ、女装して外出することに抵抗感が無くなってきていることに、「あたし」じゃなくて「おれ」の方の自分が危機感を感じてるよ。


 で、何が暑いのかというと、ウィッグと、Tシャツの中に着ているハーフトップのせいだ。あたしはハーフトップはいらないと言ったんだけど、お姉ちゃんが「透けたらまずい」と主張して譲らないので着るはめになった。そんなお姉ちゃんの本日最大の悩みはハーフトップにパッドを入れるか入れないかだった。もちろんあたしが全力で拒否して入れないことになった。それにしても、夏って女装に向かない季節だな。女の子は大変だ。


 閑話休題、約束の時間より十分ほど早く待ち合わせ場所のクレア公園についたあたしは、公園内を見回してみた。クレアロードの中ほどにあるクレア公園は、丁字路の角にある広場かイベントスペースのような場所だ。遊具などがあるわけではなく、一目で見渡せる。まだしおんが来ていないことを確認し、ベンチに座ろうかと思ったところで、あたしが入ってきた入口とは別の入り口から、しおんがこちらに走ってくるのが見えた。


 正面に突き出した両手を振りながら、


「ごめーん、待ったー?」


 と駆け寄ってくるしおん。


「ううん、今来たとこだよー」


 とあたしも両手を振り返す。


「ひさしぶりー」


 あたしもしおんも両手を前に出していたから、そのまま両手が半ばハイタッチのようになり、その手をお互いに握ったまましおんはぴょんぴょんしている。あたしもつられてぴょんぴょんしながら、


「ひさしぶりー」


 と言い返したけど、近すぎるしおんの顔にちょっとドキドキしてしまった。


 それにしても意外だったのは、その全身で喜びを表すようなしおんの態度だ。学校でのしおんは「喜怒哀楽」のうち「怒」以外の感情をあまり表現しなかったからだ。いや、無表情ってほどじゃないけどね?


 ひとしきり再会の喜びを表現したあと、


「今日はどこ行く?」


 としおんが聞いてきた。


「ん~、どっか涼しいトコ行きたい~」


 あたしがリクエストを伝えると、


「じゃあ、行きたい所あるから付き合ってもらえるかな?」


 としおんは両手を組んで、お願いをするような仕草で言った。


「もちろんおっけーだよ!」


 あたしが同意すると、二人で手をつないでクレア公園を出る。そのままクレアロードを南に向かって歩くこと約二分、駅前のビルに入っているバスタードーナツ、通称バスドの前に出た。


「今、ドーナツ半額セール中なんだよね」


 とうれしそうな顔をするしおん。


「そうなんだ。じゃ、突撃ー!」


 と言いながら入店する。しおんが、


「突撃って何?」


 と笑いながら聞いてくるので、


「あはは。気合いだよ気合い! こういう店に友達と入るの初めてだから、ちょっと緊張しちゃって。」


 とあたしも右手を口に当てて笑いながら言うと、


「わたしも初めて。ここに友達と入っておしゃべりするの夢だったの。」


 としおんがうっとりした表情で言った。




 昼食はとったばかりだけど、甘いものを見れば食べたくなるのは男の性だ。いや、女の性か? まぁどっちでもいいや。あたしは本日半額のオールドファッションとコーラ、しおんはやはりオールドファッションとオレンジジュースを買って席に座る。


「わあ、おいしそう」


 としおんが目を輝かせて言う。


「そだね。じゃ、いただきまーす」


 あたしが早速ドーナツを手に取ると、しおんも、


「いただきます」


 と言ってオレンジジュースを手に取った。あ、こういうときって「乾杯!」とかするもの? しないよね?


 あたしはそのままドーナツを全部平らげて、ふと正面のしおんを見ると、しおんの手元のオレンジジュースは一口飲んだだけ。ドーナツはまだ手を付けていない。視線を上げると、しおんと目が合った。


「ゆうりちゃん、お腹すいてたの?」


 と笑いながら聞いてくるしおん。


「いや、そういうわけじゃないんだけど……、あ、でも、もう一個買ってくるね」


 そう言ってあたしは席を立った。やべー、女の子は一気食いなんてしないよな。次はペース配分に気を付けよう。


 あたしが半額セールに感謝しながらおかわりのドーナツを持って席に戻ると、しおんは何やら封筒を手に持っていた。


「おまたせー。何持ってるの?」


 と聞くと、しおんはそれには答えず、


「ゆうりちゃん、夏休みって何か予定ある?」


 と聞いてきた。


「んー、これと言ってないかな?」


 と答えると、しおんは封筒からパンフレットを取り出した。


「もし良かったら、これに一緒に行きたいなあと思って」


 パンフレットを見ると、『県立山の家主催・夏休みテニス教室』と、書いてある。


「しおんちゃん、テニスやってるの?」


 と聞いてみると、


「前に、少しね」


 とちょっと遠い目をして答える。


「あたし、やったことないよ?」


「大丈夫よ。初心者歓迎って書いてあるし」


 と言いながらパンフレットを手渡してきた。




 パンフレットに書いてあることを要約してみるとこんな感じ。


 会場:県立山の家

 対象:県内在住の小学六年生(定員二十五組五十名)

 日時:八月六日(土)午前十一時集合~八月七日(日)午後二時解散

 参加費:ペアで五千円(つまり一人二千五百円)

 申込み:六月二十日までに申込書を郵送

 その他:同性の二人一組でお申し込みください。




「これ、宿泊だよね?」


 一番気になった部分を聞いてみる。


「うん、そうだけど、ダメかな?」


 ダメに決まってる。断ろう。と、思っていると、


「もし行けそうだったら、わたしの申込書とゆうりちゃんの申込書を同封して投函してほしいの」


 としおんが記入済みの申込書を差し出してきた。ソッコー拒否もちょっと気の毒だと思ったから、


「じゃあ、帰ったらお母さんに相談してみるよ」


 と書類一式を受け取った。もちろん相談なんてしないけどね。次回会ったときにお断りすればいいだろう。


 その後は無理難題を言われることもなく、ガールズトークに終始したのであった。




ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。

今後は隔日で更新を予定してますので、気長にお待ちいただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ