第四話
こどもの日の午前中のおれは、何故かやる気になっているお姉ちゃんの着せ替え人形状態だった。お姉ちゃんはお店の物は自分の物だと考えているようだ。そしておれは、お姉ちゃんのオモチャにされている間、いろいろとゆうりの設定を考えていた。
古谷に対して何か同情心のようなものが芽生えていたおれは、とりあえず正体をバラすのはやめようと思った。その上で、『また会いたい』と言われても困るので、住んでいるのは遠くの町で、今は偶々おばあちゃんちに来てるだけだからもう会えない、ということにする。このあたりの地理に詳しいのは、まぁ昔からよくおばあちゃんちに来てたからということで。態度や言葉遣いはお姉ちゃんを真似ることにした。お姉ちゃんも口は悪いけどね。うっかり『おれ』とか言わないように考え事もゆうりモードの方がいいかな? そうしないと、好きな漫画はワン〇ースとか言いそうだ。
「よし、できた。どうかな?」
お姉ちゃんが満足げに言った。鏡を見ると、限りなく黒に近いグレーでロングスリーブのミニワンピース。胸元にはハート形に花の刺繡が施されている。ボトムはライトグレーのレギンスに黒いレザーのライダーブーツ。ウィッグはふんわりとサイドポニーテールにされていてダスティピンクのリボンで止められている。そして毎回かけているダテメガネ。途中、どこのパーティーに行くのかと思うようなドレスを着せられていてどうなることかと思ったが、意外とまともな出来上がりだった。
「うん、いいんじゃないかな。どう? あたし、かわいい?」
と言いながらお姉ちゃんに向かってポーズを取ってみる。
「なに? あたしって」
お姉ちゃんに怪訝な顔で言われた。
「あ、やっぱおかしい?」
と聞くと、
「いや、惚れた!」
お姉ちゃんはそう言って、やっぱり抱き着いてきた。
そして午後、待ち合わせの時間より五分ほど早く図書館に行くと、先に着いていたしおんが児童書コーナーで立ち読みしているのが見えた。
「しおんちゃん、おまたせ」
あたしが手を振りながら近寄って声をかける。
「ううん、わたしもさっき着いたところです」
しおんは読んでいた本を書架に戻しながら言った。某少年文庫の有名冒険活劇だった。
「むつかしそうなの読むんだね。あたし、アニメのならDVDで見たことあるけど」
あたしはそう言いながら本棚を見た。タイトルだけなら知ってる本がいっぱいあった。
「本で読むとアニメより奥深いところもあって面白いですよ? ゆうりちゃんも、もう少し大きくなったら読めると思いますよ」
しおんが下級生に言い聞かせるように言うので、
「は? あたし、何年生だと思ってるの?」
と聞くと、
「あ、ごめんなさい。五年生でした? てっきり四年生くらいかと――」
「六年生だよっ!」
あ、大声出ちゃった。司書の人が睨んでる。ごめんなさい。
それからしばらくの間、しおんはひたすら謝っていた。
「……いいよ、もう。それじゃ、今まで年下だと思ってた相手にずっと丁寧語使ってたの?」
すっかり恐縮しているしおんに聞いてみる。
「やっぱり初対面で、しかも恩人の方にタメ口では失礼かと……」
「もう初対面じゃないでしょ? それに恩人とか思うのやめて」
「そうですか?」
「そうです。だから今後は丁寧語禁止で」
「……わかりました」
「わかりましたじゃなくて!」
「あ、うん、わかった」
としおんは面映ゆげに答えた。
それから図書館で市内の地理や名所について予習した後、散歩がてらに名所を回ることにした。初雁市の市街地はざっくり言うと新市街と旧市街に分かれていて、しおんは旧市街に来たことがないようだった。旧市街の古い街並みや城跡、そして神社仏閣は、あたしにとっては見慣れたものばかりだったけど、しおんはいちいち「すごいねー!」「かっこいいねー!」と感嘆していた。
そして一通り見て回った後、最後に見学したお寺の一角にある売店で缶ジュースを買い、売店に隣接している四阿のベンチで一休みすることにした。
「しおんちゃんはさぁ、学校の友達とこういうトコ来なかったの?」
あたしは気になったことを聞いてみた。
「わたし、友達って言えるような人がいなくて……」
しおんはちょっと表情を曇らせて答える。
「なんで? いじめに合ってるとか?」
と聞くと、しおんは左手をブンブン振りながら、
「そうじゃないんだけど、わたしって口下手だし、人との距離感もうまくつかめなくて……」
あー、それであの丁寧語対応になったりするのかな?
「うーん、でも学校でまさか丁寧語で喋ってるわけじゃないでしょ?」
「まさか! でも、もしかしたら近いかな? きっとわたしの方が壁を作っちゃってて、友達が出来ないんだと思う。」
「壁って何? どんな壁?」
あたしにはよくわからなかったから聞いてみた。
「何ていうのかな。本音で語れないって言う感じかな?」
言った本人もよく分かってない感じだけど、しおんのあの男子に対する態度も本音じゃないのかと内心ツッコむ。
「そうは見えないけどな~」
あたしが腕を組みながら言うと、
「あはは、ゆうりちゃんに対してはそうでもないかもね。ほかにも言えないことが多いというか、秘密が多いというか……」
あー、それはあたしが正体を言えないのと一緒かな? でもあたしの場合、秘密をバラしたら友情が深まるどころか一瞬にして崩壊すると思う。
「ん~、別に秘密を人にバラす必要はないんじゃない? 誰でも秘密くらいあると思うし」
「ゆうりちゃんも秘密があるの?」
しおんが顔を覗き込むように聞いてきたので、
「そ、それはあるよ!」
と上ずった声で答えてしまった。
「ふうん。ゆうりちゃんはそういうの無いタイプかと思った」
としおんは笑った。あたしは、悠太ならたしかに無いかもな、と思ったけど、
「それって、あたしは単純そうってこと?」
そうストレートに聞いてみると、
「うん」
としおんは笑って答えた!
「ひどーい! なにそれー!」
あたしは両手をグーにして抗議するが、確かに反論が思い浮かばなかった。
「あはは、冗談よ。でもゆうりちゃん、友達多いでしょう?」
と聞いてきたので、脳内で友達の顔を思い浮かべて見る。そんなに多くはないかな?
「ん~、普通だと思うよ? たぶん」
「じゃあ、親友だと思う人はいる?」
中村の顔が思い浮かんだので、
「一人いるよ」
と答えた。
「どんな人?」
興味津々な様子でしおんが聞いてきたが、中村のことを説明するわけにもいかなかったから、
「え? しおんちゃんのことだよ?」
と軽く返した。
またまたぁ~、とかツッコミ待ちのつもりだったけど、反応がない。ふとしおんを見ると、両手を口にあてて固まっていた。
あ、冗談だよ、と言おうとした瞬間、しおんの両目から涙があふれだした。
「わ! どうしたの!?」
あたしがあわてていると、
「ごめんなさい。わたし、親友とか言われたこと無かったからうれしくて……」
さすがに冗談だよとは言えなくなったあたしは、しおんの手を握ってあげることしかできなかった。大丈夫だよ、しおん、いつかきっと親友はできるよ……。
そして日も傾きかけたころ、今回もしおんを家まで送り届けることになった。その帰り道の途中、しおんが予想通りの質問をしてきた。
「……ところでゆうりちゃんは何処に住んでるの?」
ふふん、想定通り! とか思いながら、
「あ、家はこの辺りじゃないんだ。近所におばあちゃんちがあって、休みの日だけ来てるんだ」
と答える。しおんは寂しげな顔をして、
「そうなんだぁ。じゃあ、電話番号、教えてもらえないかな?」
と手帳を取り出しながら言った。
「え! あたし、ケータイなんて持ってないよ!?」
あたしがあわてて答えると、
「わたしだって持ってないわよ。家の電話番号。ダメ?」
としおんが食い下がってくる。家の電話番号を教えたら、実は近所なのがバレる。ていうか、自宅、つまり悠太の家の電話番号なんて教えられるはずがない。突然しおんの親友に昇格してしまったあたしは、もう二度と会えないし電話もできないと言うのがいたたまれず、つい、
「電話番号忘れちゃったから、また会おうよ。日曜はこっちに来るから、毎月第一日曜日に会うとか、どうかな?」
とかなり苦しい提案をしてみた。
「うーん、しょうがないかなぁ」
としおんが折れた。
「じゃあ、毎月第一日曜日の午後一時にクレア公園集合で、どう?」
手帳をめくったしおんは、
「六月の第一日曜日は五日、ちょうど一か月後だね。長いなぁ」
とため息をついた。
それからしおんと別れて帰宅したあたしを、こちらも予想通りお姉ちゃんが待ち構えていた。そして今日あったことも洗いざらい吐かされた。