第三話
週明けの月曜日、登校すると中村が先に教室にいた。
「おはよー」
おれが声をかけると、中村は「おはよ」と眠たげに答える。
「連休の谷間に登校とか、かったりいよなぁ」
「ああ、ゴールデンウィークってくらいだから、一週間全部休みにしてくれればいいのにな」
ふと見ると、古谷も先に登校していた。ついじっと見てしまい、古谷と目が合った。
「う、やべ」
慌てて目をそらして中村の方を見る。
「ん? どした?」
「いや、なんでもない。」
そう言い残しておれは中村の席の前にある自席についた。
この日の授業は上の空だった。まぁ、普段から真面目に授業を聞いている方じゃないけどね。そもそも何でゴールデンウィーク中なのに授業は平常運転なんだよ。
そしてこの日は何度も古谷と目を合わせてしまった。朝イチで目を合わせてしまったあと、音楽室への移動の時、みなみタイム(二時間目と三時間目の間だ)、そして給食の時間。
何度も目を合わせて、「学校では古谷を意識しない。無視しよう」と決めたのが五時間目。そんな決心もさっさと忘れて、またも目を合わせてしまったのが帰りの会の後。中村と一緒に帰ろうとしたときだ。古谷の席は一番後ろ、つまり古谷を見るには振り返るような格好になってしまい、どうしても目が合いやすくなるのだ。
ガタッ、と古谷は席を立つと、おれたちの前に立ちはだかった。
「何見てんのよ! 気持ち悪い!」
と古谷が吐き捨てるように言う。
「……見てねーし」
おれはそう呟くのが精いっぱいだったが、中村は、
「はぁ? 何言いがかりつけてんだよ。自意識過剰なんだよテメー!」
と凄んだ。古谷は一瞬怯んだようだったが、
「あんたに言ってんじゃないわよ。そこのチビに言ってんのよ!」
と言い返してきた。おれは、それには答えず、
「中村、行こうぜ」
と言ってそのまま教室を出た。
さすがに古谷も更に追いかけてきて文句を言うようなことはなかった。中村はあわててついてきたが、
「なんなんだよアイツ、悠太もチビ呼ばわりされてくやしくないのかよ」
と不満げだ。
「まぁ、事実だしな」
とおれは答えた。
「なんか今日のお前、おかしくね?」
「別におかしくねえよ。いつまでも古谷なんか相手にしていられるほどガキじゃねーってコトだよ」
「お、言うねー。一番ガキっぽい悠太が」
「はぁ?何だよ、お前まで喧嘩売ってんのかよ」
「いや、悠太がチビ呼ばわりされても怒らなくなったのが感慨深い」
「お前に言われるとムカつく」
おれは中村を小突いた。
そして、家に帰ってからも古谷の事が頭から離れなかった。
いつもおれや中村に見せている敵意むき出しの態度の古谷。そして「ゆうり」の前で見せた、借りて来た猫のような古谷。なんかどちらも本当の古谷じゃないような気がしてくる。
そして今日一日古谷を観察していて、いや、観察していたわけではないけど何となく見ていて分かったことがある。
友達がいないみたいなのだ。
別にいじめられているとか無視されているわけじゃない。確かに古谷は女子相手なら挨拶程度はしたりされたりしている。でも、それだけなのだ。休み時間に誰かと雑談するようなこともなく、一人で読書をしている。そして、本人がそれを気にしているかどうかも分からない。悶々としてきてしまったので、おれはそれ以上古谷の事を考えるのをやめた。
その日の夕食の時だ。
「悠太ぁ、こどもの日のデート、何着て行きたい?お姉ちゃん、腕によりをかけてコーディネートしちゃうよ?」
とお姉ちゃんはまたもニヨニヨしながら言ってきた。
そう、あの事件の日、おれはお母さんとお姉ちゃんにその日の出来事を洗いざらい吐かされた。で、こどもの日に古谷と再び「ゆうり」として会うことになったこともゲロったのだ。
お母さんもお母さんで、
「悠太もそんな歳になったのねぇ」
などとほっこりしている。おれは無視していたが、お姉ちゃんがしつこく、
「ねえねえ、何着て行きたい?」
と聞いてくるから、
「何でもいいよ! そもそもアイツはおれのこと男だと思ってないんだからデートじゃないよ!」
と答えて「ごちそうさま」を宣言し、さっさと自室に戻った。