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第十四話

 九月三日、土曜日。


 夏休みも終わったというのにまだまだ暑い。こんな日はエアコンの効いた部屋でゲームに限る。朝食を終えたおれは、そう思ってリビングのエアコンを付けようとした。が、リモコンのボタンを押そうとした瞬間、お姉ちゃんに呼び止められた。


「悠太、ちょっと渡すものがあるから来てくれる?」


「えー、なにー」


 お姉ちゃんは答えずに二階へ上がってしまったので、おれも仕方なく二階のお姉ちゃんの部屋に行く。


「明日、しおんちゃんに会うんだよね?」


「うん」


「これ、渡しておいてくれる?」


 と言って渡されたのは一枚の写真だった。写っているのはおれとしおん。こないだのテニス教室の帰りに電車内で撮ったらしい。しおんは笑ってピースしているけど、おれはしおんにもたれかかって寝ている。幸い、ヨダレを垂らしたりはしていないようだ。


「なにこれ、おれ寝てんじゃん」


「あんたじゃなくてゆうりでしょ」


「どっちでも同じだろ」


「ぜんぜんちがう」


 何言ってんだ? お姉ちゃんの中ではおれとゆうりは別人って設定になったのかな?


「まあいいや。でも、この写真はナシだな」


「ナシじゃないよ。しおんちゃん、楽しみにしてるんだからちゃんと渡してよ」


「てか、こんな写真撮ってるヒマがあったなら起こしてくれればよかったのに」


 お姉ちゃんはフフンと笑って、


「そういえばしおんちゃんって明後日誕生日だよね? 何かプレゼント渡すの?」


 よく知ってるな、と思ってからテニス教室の申込書に生年月日が書いてあったのを思い出した。ちなみに教室の掲示板には、今月誕生日を迎える人の名前と生年月日が書いてある紙が貼ってある。あれ、何の意味があるんだろう。誕生日を告知しておいてスルーされたら悲しいと思うんだけど。


 まあ、それはさておき、誕生日プレゼント。


「花束でも買って行けばいい?」


 と言ったらお姉ちゃんがジト目になった。なんでだ?


「花束?」


「誕生日プレゼントの定番じゃないの?」


 別に問題無いよね? それとも菊の花束でも想像してるんだろうか?


「あんただったら、しおんちゃんから花束貰ってうれしい?」


「いや、あいつからプレゼント貰うこと自体、ありえない」


 お姉ちゃんが小さくため息をつく。


「ちょっとこれに着替えて」


 いきなり花柄のワンピースを渡された。


「なんで?」


「いいから!」


 何か知らないけど不機嫌になった。ここは逆らわない方がよさそうだ。いまさらワンピース着るのに抵抗ないし。それもどうかと思うけど。


 もそもそ着替えると、ウィッグとダテメガネも渡された。あっと言う間にゆうりに変身だ。何か決めポーズでもした方がいいんだろうか?


「で、ゆうり。しおんちゃんの誕生日プレゼント、何がいいと思う?」


 だからさっき花束って言ったじゃん、とは思ったものの、自分だったらどうだろう。しおんに貰うものなら何でもうれしいかもしれないけど、花束よりはもっと残るものの方がうれしいかな。


 お姉ちゃんは手芸が好きだ。と言うよりは、趣味がコスプレだから必然的に手芸が得意になったのかも知れない。もしかしたら、お姉ちゃんは自分で作れと言いたいのかな?


 お姉ちゃんの机の上にはあたしとしおんの写真。この写真をしおんは楽しみにしているらしい。じゃあ、作るとしたらあれかな。


「写真立てでも作ろうかな」


 ビンゴだったみたいだ。怒気すら含んでいたお姉ちゃんの顔に、喜色があふれた。


「ゆうりー。あんた、もう悠太に戻らなくていいよ」


 なんかヒドいこと言われた気がした。




 さて、勢いで写真立てを”作る”と言ったものの、どうしたものかと思っていたら、なぜかお姉ちゃんがやる気になっていた。


「じゃあゆうり、完成図を書いてみてよ」


 と、色鉛筆と紙を渡された。完成図ねえ。あたしは器用じゃないから現実的には市販の写真立てをデコるのが精一杯だろう。そういえばお姉ちゃんがフェルトの切れ端をいっぱい持っていた気がする。だったらフレームをフェルトで飾りつければいっか。あたしは色鉛筆を手に取った。


 書きあがった完成図は、写真立ての下のフレーム部分に紫苑の花、左右にテニスボールとラケット、上部に雲とお日様といったものだった。


「うん、いいんじゃない?」


 完成図を見たお姉ちゃんがうなずいた。


「お姉ちゃん、フェルト余ってたよね?」


「はあ? プレゼントを余りもので作んないでよ。百円ショップで売ってるんだから」


 そんなの完成したらわかんないじゃん。


「ケチ」


「ケチはあんたでしょ。じゃ、早速材料買いに行くよ」


「え? お姉ちゃんも行くの?」


「もちろん」


 なんだろう。手芸スキーのスイッチが入っちゃったんだろうか。あたしはウイッグを取ろうと頭に手を伸ばした。


「ストップ!」


 お姉ちゃんに止められた。


「なに?」


「悠太に戻らなくていいって言ったじゃん」


「は? この格好で買い物行くの?」


「いつも行ってるじゃない」


「いやいや、しおんに会うわけでもないのに女装で出かける意味がわかんないよ」


 ほんとなんなんだろう。新手のいやがらせだろうか?


「女装とか言わない。ゆうりのときのあんたは女の子。いい?」


 いいかと言われても、いいとは思えない。いくらなんでもお姉ちゃんと出かけて知り合いに見られたら危険すぎる。


「知り合いに見られたらヤバいって」


「ゆうりの正体は絶対バレないから大丈夫。それに、この前も二人で歩いたじゃない」


 なぜか自信満々に言うお姉ちゃん。言われてみればそうだった。確かにテニス教室の行き帰りにはお姉ちゃんと二人で歩いてた。でも、あの時はしおんに会うって事情もあったし、お姉ちゃんも微妙に変装してた。


「あれはしおんに会うから……」


「ああ、もういいからさっさと準備してこい!」


 ヤバい。またもお姉ちゃんの逆鱗に触れてしまった。ここは素直に言うことを聞くしか無さそうだ。って、あたしも流され過ぎだよね。でも、まあいいか。もし正体がバレたら道連れにしてやる。




 駅前のビルにある百円ショップは十時開店だ。その時間を見計らってお姉ちゃんと家を出た。手をつないで歩いているお姉ちゃんは、さっきまでと打って変わって上機嫌だ。前々からヘンな人だとは思っていたけど、今日は特にヘンだ。何が切っ掛けで機嫌がコロコロ変わっているのかさっぱりわからない。


 あたしは家を出るまで、しおんに会うわけでもないのにゆうりの格好で外出とかありえない、と思っていたけど、いざ外出してしまうと全然平気だった。単に隣にいるのがしおんじゃなくてお姉ちゃん、というだけのことだ。それに、あまり認めたくないんだけど、最近は女の子の格好で出歩くのも悪くないと思っていた。女の子ってちやほやされるし。まあ、可愛いなんて言われてもうれしくないんだけどね。


 お姉ちゃんに引かれるままに百円ショップに到着。そのまま手芸コーナーへ……とはならず、いきなり入口の文具コーナーで引っかかる。なにこれかわいい。シャーペンとか消しゴムとか。ちょっと欲しい。あと、かわいいシール。そういえば低学年のころに、女の子がよくシール交換してたのを思い出した。


 奥に進むとヘアアクセがいっぱい。かわいいヘアピンやヘアゴムから、とても百円とは思えないカチューシャやバレッタ。やばい、百円ショップって楽しいかもしれない、なんて思っていたらニヨニヨしているお姉ちゃんと目が合って、我に返った。


「ゆうり、欲しいなら買ってあげるよ?」


「いや、いらない」


 そうだ、フェルトと写真立てを買いに来たのだった。さっさと目的のブツを買うことにしよう。そうしないと余計なものを買いそうだ。


 なんて思いながらも結局、フェルト数セットと写真立て、包装紙とさらに文房具なんかも買ってしまい、支払いは四ケタになってしまった。まあ、いいや。これはきっといい買い物だ。


 百円ショップを出るとドラッグストアがある。一応、季節は秋になったとはいえまだまだ目立つ位置に置かれているのは、日焼け止めや制汗剤だ。あたしはふと自分の腕を見た。うーん、結構焼けてるな。


「なに、あんた日焼けを気にしてるの?」


 そう言うお姉ちゃんはそんなに日焼けしていない。


「お姉ちゃん、日焼け止め使ってるの?」


「当たり前でしょ」


 うちの洗面所には、お姉ちゃんのなんだかよくわからないコスメ類がたくさんある。浴室のシャンプーやコンディショナー、ボディソープに至るまでお姉ちゃんのは専用で、お母さんにも使わせない。


「あたし、焼けすぎ?」


「ん? 小学生はそんなもんでしょ。まあ、来年あたりから使ってみる?」


「それ、悠太が使うってコト?」


「悠太が使わないと、ゆうりも真っ黒になっちゃうじゃない」


 いや、来年までゆうりを続けるつもりはないんだけどな。


 隣のケースに陳列されているのはシャンプー、コンディショナーとヘアケア商品。その中でもあたしの目を引いたのはヘアコロンだった。このまえ平山さんが使ってたヘアコロン、いい匂いだったなあ。なんて思って、つい手に取ってしまった。


「欲しいなら買ってあげるよ?」


 またお姉ちゃんに言われちゃった。そんなに物欲しそうに見てたかな?


「いや、いらない」


 自分でもどうかしてると思いながらケースに戻そうとすると、お姉ちゃんがあたしの手からヘアコロンを奪い取って、レジに持って行ってしまった。会計を済ませたお姉ちゃんが戻ってくると、「プレゼント」と言ってヘアコロンの入ったレジ袋を渡された。


「ありがとう。一緒に使おうね」


 お姉ちゃんからプレゼントとか怖いから、一応共用にしておくことにした。


「ゆうり、ちょっと早いけどランチしていこうよ。おごるからさ」


 何か、お姉ちゃんがすごく上機嫌だ。今朝の機嫌の悪さは一体何だったんだろうと思うくらいに。そして連れて行かれた先が驚きだった。駅ビルの上にあるレストラン街。ここはちょっと高いお店ばっかりだ。家族でも滅多に来ない。ここならやっぱトンカツ屋かな、焼肉屋もいいな、と思っていたら、お姉ちゃんはイタリアンレストランのお店の前で立ち止まった。


「ここにしよう」


 お姉ちゃんが言うのでショーケースを見ると、パスタやピザが並んでいる。お値段はよく行く安いイタリアンのチェーン店の倍くらいだ。


「ほんとにおごりでいいの?」


「もちろん」


 そう言うと、お姉ちゃんは店内に入って行った。



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