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第十一話

 朝、目を覚ますと知らない天井があった。なんてアニメとかあるけど、ほんとにそんな感じだった。ああ、山の家に来てるんだっけ、と思い出したあたしは、あわてて頭に手を当てた。よかった、ウィッグはズレてない。遮光カーテンのおかげで室内は暗いけど、もう夜は明けてるみたいだ。サイドテーブルの時計を見ると、まだ6時前だった。


 しおんはまだ眠っている。あたしはベッドを抜け出すと、しおんが起きる前に着替えることにした。あたしが手にしたのは、先月しおんにもらったテニスウェアだ。あの日、テニスウェアを持って家に帰ると、待ち構えていたお姉ちゃんに早速試着させられた。ぴったりだった。ぴったりだったけど、しおんが着ていたウェアだと思うと何か妙に気恥しい。だからあたしはこれを持って来ないつもりだった。でも、お姉ちゃんが「せっかくもらったんだから、着て見せるべき」と言い張るから持ってきたんだ。


 着替えてもまだ結構時間があるので、そのままトイレと歯磨きを済ませた。そしてちょっと外の様子を見てみようと思ってカーテンを少し開けると、部屋の中に夏の強烈な朝日が差し込んだ。ああ、この部屋って東向きだったのか。奥から「うーん」としおんの声が聞こえた。あわててカーテンを閉めるが、しおんがムクッと起き上がった。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「ん、おはよう。今、何時?」


「六時十分くらい」


「そろそろ起床時間ね、カーテン開けてもらえる?」


 カーテンを開けると、室内がぱっと明るくなり、しおんは目を眇めた。


「あ、そのウェア……」


 あたしの格好を見ると、しおんが言った。


「うん、どうかな?」


「すごく似合ってるよ」


 としおんは笑った。そしてしおんがおもむろに着替えを始めたので、あたしはバスルームに避難した。




 午前七時、あたしとしおんは食堂に向かった。食堂は結構混んでいた。みんな時間通りに来るもんだな。朝食はビュッフェスタイルだった。食堂の真ん中に設置されたアイランドに、パン・シリアル・炊飯器・味噌汁が置かれていて、パンの横には個別包装のジャムとバター、シリアルの横に牛乳、炊飯器の横に茶碗と納豆と味付海苔が置いてある。アイランドの反対側にはソーセージ・スクランブルエッグ・ハッシュドポテト・サラダと半分に切ったバナナが置いてあり、さらにオレンジジュースとアップルジュース、そしてアスリートは好きらしいけどあたしは嫌いなグレープフルーツジュースがある。


 あたしがシリアルをボウルに入れて牛乳をじゃばじゃば注いでいると、


「おはよー」


「おはようごさいます」


 と声を掛けられた。平山さんと小森さんだ。


「おはよう」


「今日の吉田さん、上級者みたいだね!」


 平山さんがあたしのウェアを見て言う。


「あはは、格好だけね。ごはん、一緒に食べよか」


 あたしは二人を誘ってみた。


「うん、あとで行くから、四人掛けのテーブル、確保してもらえるかな」


「りょうかーい」


「よろしくー」


 平山さんはそう言うと小森さんとトレイを取りに行った。


 あたしが空いていた四人掛けのテーブルにトレイを置くと、すぐにしおんもトレイを持ってきた。あたしはシリアル+おかず一式+アップルジュース、しおんはごはんと味付海苔と味噌汁+ちょっとずつおかず一式だった。少し遅れて小森さんがパンにジャム+スクランブルエッグ+サラダ+オレンジジュース、最後に平山さんがあるもの全部持ってきましたみたいな感じのトレイを持ってきた。




 みんなで朝食を取ってから部屋に戻る途中、平山さんが窓の外を見ながらうんざりしたように言う。


「今日も暑くなりそうだねー」


 たしかに雲一つない、いい天気だ。


「ダイエットするんでしょう? ちょうどいいじゃないの」


 小森さんが言うと、平山さんは恥じらうように「シーッ」と右人差し指を立てた。ダイエットするつもりでも、あの量食べてたのか。


「平山さんはダイエットなんてしなくても、そのままでいいと思うけどなあ」


 あたしは素直な感想を言ったっつもりだったのに、


「ああっ、吉田さんに言われるとつらい!」


 と言われた。なんで?




 八時を回って部屋を引き払い、チェックアウトする。荷物は昨日同様、女子ロッカールーム一番手前のロッカーに突っ込んだ。


 外に出ると、まだ朝だというのに真夏の日差しが容赦なく照りつけ、湿度を感じる生温い風が吹いている。しおんとテニスコートに行ってみると、早くも練習している子が結構いた。あたしとしおんも邪魔にならないところでストロークの練習を始めた。


”テニスウェアを装備した!”

”テニスのレベルが上がった!”


 なんてことはもちろんなく、今日も山なりのボールだ。しおんはちゃんとあたしがフォアハンドで打てるところに打ち返してくれる。やっぱ上手いんだな。十分ほどで参加者がほぼ集まってきたので集合場所に移動する。


「ゆうりちゃん、始めたばかりにしては上手だね。空振りもしないし」


「しおんちゃんが打ちやすいところに返してくれるからだよ。バックとかムリだもん」


 お喋りをしながら集合場所に到着すると、初心者コースの面子はすでに集まっていた。しおんと別れたあたしは、初心者コースのみんなに「おはよー」と手を振った。




 八時半になって、コーチから簡単な挨拶と今日の予定についての確認があった。このあと十一時半まで練習。そのあと十二時までフリータイム、このとき大浴場も使えるとのこと。つまり事実上はシャワータイムかな。十二時から一時までバーベキュー大会で、一時に閉校式をして解散となる。


 初心者コースは今日も高橋コーチが担当する。まずストレッチをしてから昨日の練習のおさらい。あたしは島田さんとペアになる。あたしのウェアを見た島田さんに「今日は気合入ってるね」と言われた。そんなんじゃないってば。




 初心者コースは休憩をはさんで二時間の練習。最後は昨日やらなかったスマッシュの練習もした。最初は空振りばっかりだった。インパクトまでボールをよく見るように言われて、そのとおりにしたら当たるようになってきた。


 残りの一時間は、初級コースと合同でダブルスのゲーム形式の練習をした。中級コースと上級コースも、一緒にゲームっぽいことをしてるみたいだ。ゲーム形式になると四人しかコートに入れないから、結構待ち時間が長くなる。その時間、中上級者には壁打ちコートで練習してる人もいる。待ち時間まで練習するとか、どんだけテニス好きなんだろう。


「いやぁ、やっと教室も終わりだねー」


 ペアを組んでいる島田さんがやれやれといった雰囲気で言う。


「ん? テニスつまんなかったの?」


 島田さんは淡々と練習をこなすので、楽しいのかつまらないのか、いまいち分かりづらい。


「テニスがどうより、この暑さで溶けそう」


「あー、そうだねー。春とか秋とかがよかったねー」


「春は花粉症だからパスー。秋がいいかなー」


「ああ、花粉症の人は春に山の方はつらそうだねー」


 たしかに周囲の山は杉林に見える。秋に来ても綺麗な紅葉は見れそうもない。


 そして今日の練習も終わりの時間になり、高橋コーチから挨拶があった。


「みんな二日間お疲れ様!テニスの腕が結構上達したのが自分でも分かると思う。これを機に今後もぜひテニスを続けてほしい。それからこの後のフリータイムはお風呂に行ってもテニスコートを使っても自由だが、十二時にはバーベキュー大会会場に集合してほしい。以上、解散!」


 みんなそろって「ありがとうございました!」を言った後、あたしは今日も新井と小野を捕まえて、居残り練習をすることにしたのだった。



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