第十話
あたしは結局、夕食に提供された特盛牛丼を完食した。時間はかかったけどね。しおんは驚いていたけど、平山さんは「当然でしょ」といった雰囲気だった。平山さんみたいに豪快に食べられればもっと早く食べられたけど、何故だろう、アレはあたしがやっちゃいけない気がする。そして食堂で無料のお茶を飲みながらまったりしていると、ビンゴ大会の時間が近づいてきた。
あたしたちは湯呑を片付けると四人で食堂を出て、ビンゴ大会会場の会議室に向かった。会議室にはすでにたくさんの人が集まっていて、コーチたちがビンゴ大会の準備をしていた。
やがて七時を回るとコーチが前に集まって、一言ずつ今日の反省と明日も頑張りましょうみたいな挨拶をした。次に明日の予定のおさらい。明日もタイムテーブル通り、六時三十分起床・七時から八時までの間に食堂で各自朝食・そしてチェックアウトをしてから八時三十分にテニスコート集合。チェックアウトしたら今日と同様に荷物はロッカールームに預けてくださいとのこと。
「ではおまちかねのビンゴ大会を始めまーす」
とコーチ代表が開会を宣言すると、各自一枚ビンゴカードが配られた。前のテーブルに並べられた商品は県のゆるキャラグッズだ。一等のぬいぐるみは結構デカい。あれが当たっても電車で持って帰るのはちょっと大変だな。
「あたし、ビンゴとかダメなんだよねー。真ん中しか穴開かない」
「いやいや、真ん中だけってどんだけ運悪いの」
あたしのボケに平山さんがツッコんでくれた。しおんも見習ってほしい。
「真ん中だけしか開かないのは、それはそれですごいです」
あれ? 小森さん、本気にしちゃった?
「わたしも、ビンゴとか運がない方かなぁ」
としおんが言う。あたしは別にビンゴ運とかいらないかな。あんな人形もらっても困るし。どうせなら、もっといいところで運を使いたい。
で、結果。小森さんが四番目にビンゴして、ゆるキャラの小さいぬいぐるみをもらった。平山さんは十番目でハンドタオル、あたしとしおんは残念賞で缶バッジをもらった。それでもしおんは「おそろいだね」と嬉しそうだった。
「以上でビンゴ大会は終了です。このあと九時の消灯時間までフリータイムです。玄関は八時半に施錠するので注意してください」
コーチがアナウンスして解散となる。あたしたちが部屋に戻ろうとすると、また新井と小野が近づいてきた。
「やあ君たち、これから星を見に行かないかい? そちらの君も」
あ、よりによってしおんを誘った。
「行くわけないでしょ!」
当然、しおんに即拒絶された。そのまま、あたしとしおんは会議室を出て行く。平山さんと小森さんも新井に「また今度ね」とか言って、ついてきた。「今度」があるとは思えないけど。そしてまた新井と小野が取り残された。
「古谷さん、容赦ないねー」
階段を上りながら平山さんが言うが、その顔は明らかに面白がっている。
「ごめんなさい、つい……」
しおんが顔を赤くして答える。
「いいんじゃない? あのタイプははっきり言わないと伝わらないし」
平山さんがフォローする。そして三階の三〇三号室前に着くと
「あたしたちはこの部屋だから」
と言って平山さんたちと別れた。平山さんたちはもっと奥の部屋のようだ。しおんが鍵を開けると、入口にあたしのドラムバッグが置きっぱなしになっていた。さっきはバッグを置いたらすぐ食堂に行っちゃったからね。
荷物を持って部屋の中に入ると、普通のツインルームだった。「山の家」というイメージから勝手に和室を想像してたけど違った。たぶん買収前のホテルの内装そのままなのだろう。とりあえずダブルベッドじゃなくてよかった。部屋にはちゃんとバスタブやシャワーもあった。これなら無理して大浴場に行かなくてもよかったかもしれない。今更だけど。
「ゆうりちゃん、どっちのベッド使う?」
「え? どっちでもいいよ?」
「じゃあわたし、壁側使ってもいいかな?」
「いいよ。じゃ、あたしが窓側ね」
「わたし、部屋の隅の方が落ち着くみたい」
しおんが照れくさそうに言った。
「あー、なんかわかるー。ベッドの両脇に空間があると、ちょっと落ち着かないよねー」
なんてことを話していると、ドアをこんこんノックされた。
「はーい」
あたしが返事してドアを開けると、平山さんと小森さんがいた。
「UNO、やらない?」
平山さんはUNOのほかに、お菓子もいっぱい持っていた。
消灯時間までまだ一時間以上ある、と思っていたら意外と早く消灯時間が近づいてきた。いっぱいあったはずのお菓子も残り少ない。
「そろそろ時間だから、お開きにしよっか」
「そだねー。あー楽しかったー。これでもう思い残すことなく行けるよー」
平山さん、どこに行く気だ? あ、引っ越すんだったっけか。
「まだ明日もあるんだよ?」
小森さんが平山さんに言う。
「えー、半日テニスやるだけでしょー。めんどくさーい」
軽口をたたきながら後片付けをする。一通り片付くとしおんが言った。
「平山さん、小森さん、今日はありがとう。すごく楽しかった」
「あ、楽しんでもらえた? 古谷さんてあんまり喋らないから、もしかしたら迷惑だったかと思ったよ」
「そ、そんなことないよ」
しおんは手をぶんぶん振って否定する。
「それならよかった。じゃ、古谷さん、吉田さん、また明日ね!」
「おやすみなさい」
平山さんと小森さんはそう言うと、手を振りながら部屋を出て行った。
「じゃ、あたし歯磨いてくる」
「わたしも」
あ、一緒に磨くんだ。女子って何事も一緒にやるのが好きだよね。
そして、そろそろ消灯時刻だ。しおんは真面目だから、ほんとに消灯時刻に電気消すつもりだろうな。ま、起きててもすることないけど。ゲーム機も持ってきてないし。ってか消灯九時って早くない? コーチ陣はこのあとお酒を飲んだりするんだろうか。
仕方ないのであたしはベッドにもぐりこむ。しおんは夏休みの宿題の日記を書いている。宿泊先まで宿題を持ってくるあたりが、やっぱり真面目だと思う。あたしは後でまとめて書くようだけど、今日の事は何て書こう? 事実を書くわけにはいかないしなー、なんて考えていたらしおんが隣のベッドにもぐりこんできた。
「おまたせ。電気消していい?」
「うん」
電気を消してもナイトライトがあるので真っ暗にはならない。しおんの方を見ると、しおんもこっちを向いていた。
「ちょっと遠いね。どうせならダブルベッドがよかったなあ」
「え! あたし寝相悪いからムリだよ!」
とっさに拒否しちゃった。
「ゆうりちゃん、この教室に付き合ってくれてありがとう」
「いいよ、お礼なんて。あたしも楽しみにしてたし」
「本当? なんか先月暗い顔してたから、迷惑だったかもって思って」
「そんなことないってば」
ちょっと図星だった。
「普通に考えれば、知り合ったばかりの人とお泊りとか、無いよね。でも、わたしはゆうりちゃんと行きたいって思っちゃったの」
「そう思ってくれたなら、うれしいな」
なんて答えながらも、罪悪感を感じてしまうあたし。
「ゆうりちゃん、わたしはゆうりちゃんに迷惑かけないから、ずっと友達でいてね?」
何を言ってるんだろう? あたしがずっと「ゆうり」でいられないことを薄々感づいてるのかな?
「別に迷惑はかけてもいいんだよ? いいんだけど……」
「ずっと友達ではいられない?」
「そんなことないよ! ないけど……」
何ていえばいいんだ? ずっと友達だよなんて言うのは簡単だけど、それは逃げのような気がする。
「まあ、将来の事なんてわからないよね」
しおんがちょっと悲しそうに言う。
「……しおんちゃん」
「なぁに?」
「しおんちゃん、あたしが何か隠してると思ってるでしょ」
「うん、思ってる」
まあ、そうだろうなぁ。
「そのうちちゃんと話すから。そして、そのときあたしを嫌いにならなかったら、ずっと友達でいよう」
しおんはクスッと笑って、
「わたしがゆうりちゃんに嫌われることがあっても、わたしがゆうりちゃんを嫌うなんてことなんてないよ」
「逆だよ! あたしがしおんちゃんを嫌うなんてこと、ないよ!」
「ゆうりちゃん、わたし、きっとゆうりちゃんが思ってるより、ずっとイヤな子だよ?」
「さっきの男子に対してみたいに?」
「ああ、びっくりしたでしょ? あたしね、兄とね、その……ちょっとあって、なんか男の人って生理的にダメになっちゃたみたい」
「そうなんだ……」
「それが原因でママとパパは離婚したんだけどね」
「そう……」
しおんが今まで触れてこなかった過去の話に、あたしもちょっと緊張する。
「パパと言っても本当のパパじゃなくてね、私のママはシングルマザーだったから、その結婚相手。パパは再婚で、兄はパパの連れ子だったから、やっぱり本当の兄じゃないの」
「ふうん、複雑だね?」
「もう離婚しちゃったから、パパでも兄でもないんだけどね。他に呼び方がわからないから、今でもパパとか兄とか言ってるの」
すでに兄ではないのなら元兄かな。
「その元兄と何があったの?」
「それは内緒」
しおんは笑ったけど、ちょっと無理をしているような感じだった。
「そか」
「そろそろ寝ましょう。明日も早いしね。おやすみなさい」
「おやすみ」
しばらくするとしおんの寝息が聞こえてきた。疲れてたのかな。
あたしは眠れずに考えていた。いつまでもこんなこと続けていられないのは分かっていたのに。なんで話すなんて言っちゃったんだろう。どう考えてもダメだろ。やっぱ早めにフェードアウトするのがいいのかな? でも、ある日突然あたしが待ち合わせに現れなくなったら、しおんはどれだけ悲しむだろう。もう、どうしたらいいのか分かんないよ。




