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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

擬音語(オノマトペ)

ぞわり

作者: amago.T/

「た~まさ~んっ!」


 朝、たまたま通学途中で出会った同じ部活の彼女は、元気に僕を呼んだ。

 僕は同じ部活の子には“たまさん”と呼ばれている。

 彼女は歩いている僕の隣に並び、自転車から降りた。


「おはよー。今日も可愛いね」

「おはよ。はーちゃんほどかわいくないよー」


 彼女ははーちゃん。


「でも朝から会えるなんて今日はいい日だね~」


 僕は数少ない親しい人に朝から会えて上機嫌。


「……そんなたまさんが好きだよ~。

 I love you !」


 彼女もちょっとハイテンションだ。


「……I hate you too.」

「そんな……。」

「冗談だって。

 我愛你(ウォアイニー)

「やった」


 駐輪場に自転車をとめて、階段を上って別れる。


「また昼ねー」


 僕と彼女は、いつも一緒に美術室で昼食をとっている。

 友達の少ない僕に彼女があわせてくれている感じだ。


「うん、お昼ね」


 * * *


「たまさーんっ」


 午前中の授業が終わって昼休み、美術室へ向かおうと弁当バッグを手に教室を出ると、コンビニの袋を手に提げたはーちゃんと鉢合わせした。

 いつもは美術室集合なんだけど。

 ついでに抱きつかれた。

 授業が終わってすぐのこの時間、購買に昼食を買いに行く人とか移動教室から自分の教室に戻る人とかが少なからずいて。


 人の目があって恥ずかしいんだけど。


「どしたん?」


 抱きつき返してから離れると、手首をつかまれた。


「先生に、みんなに伝えてって頼まれたんだけど……」

「部活ん時でいいんじゃ?」

「早い方がいいかと思って……」


「それもそだね。部長さんとこは?」

「一緒行こ」


 つかんでいる手を引かれた。


 * * *


「仲良いね~……」


 同学年の部長の教室に寄ったら、彼女は呆れたような目で僕らを見てきた。


「なんで手なんか繋いじゃってんの?」


「ん~?」


 そう言われ、はーちゃんとなんとなく繋いでいた手をほどく。


「やっ」


 でも、すぐに捕まり、腕を組むような状態になった。


「んー……。」


「まいっか。」


 彼女は「いつものことだし。」と呟き、呆れ顔をやめた。


「うん、気にしないで」


「あのですね、明日の部活は無しだそうです。」


 はーちゃんが急な話題転換を図った。


「やっぱり部活ん時でよかったんじゃ」


 僕の呟きに、はーちゃんは俯いた。

 部長さんは僕とはーちゃんを見て笑った。


「それだけ?」


 僕が尋ねてはーちゃんが頷くと、食事中らしかった部長さんは仲のいいグループに戻っていった。


「じゃーね」


 その背中に小さく手を振る。


 * * *


「──いつまで繋いでるの?」


 腕を組んだまま僕らの憩いの場である美術室に向かいがてら、尋ねる。


「……嫌?」


 不安げに尋ね返してくるはーちゃん。身長の関係で見下ろされるが、まるで見上げられているかのような錯覚をした。


「別段嫌じゃないけど」


「じゃぁ気が済むまでっ」


 彼女は笑って、一旦腕をほどくと僕の手に指を絡めた。


「……恋人つなぎ?」


 * * *


 他の部屋より広い美術室。

 黙っていれば、他の部屋とは隔絶された空間のようにも感じる。

 静かで、物理的にも感覚的にも遠くに様々な音が聞こえる。


 ひとたび音を立てると、他の部屋よりもよく響く。

 反響したはーちゃんの微かな歌声は、心地よく僕の耳に届いた。

 それを聴き逃さないよう、僕は物音を立てずに思考する。


……なぜ彼女は、僕の手を離してくれないんだろう。


 はーちゃんが突然歌い出すことはよくあるため、1年間のつきあいでもう慣れた。

 カップルとしてのつきあいではない。

 そもそも同性なのだから。

 友人(・・)としての(・・・・)つきあいだ。

 食事を終えていつの間にか彼女の声が聞こえているのも、もう日常の一つである。


……う~ん。


 予鈴が鳴る。

 彼女は名残惜しそうに、食事を終えたとたんから捕らえていた僕の手を離した。

 そのまま並んで美術室をでると、彼女は僕の教室の前までついてきた。

 彼女とはクラスが違うから、別れなければならない。


「また放課後。」

「うん、また後でね」


 手を振って別れる。

 放課後の部活も美術室で行うから、再びあの場所で再会するはずだ。


 授業中、特に何があったわけでもなく、教師の声を右から左へ流して時々板書を写した。

 ノートの隅の落書きは、どことなくはーちゃんに似ている気がした。

……気のせいか。


 * * *


 帰りのHRが終わり、他にすることもないため美術室へ向かう。

 誰もいない美術室。


「失礼しまーす」


 誰かが見ていたら、不審に思うかもしれない。

 誰かが来るまで特にやることもないから、何か描いていようかと小さなクロッキー帳を鞄から出す。


「こんにちわー」


 が、何も描き始めないうちにはーちゃんがきた。

 今日は少し早い気がする。


「こんにちわー」


 定位置である僕の斜め前の席に荷物をおいて僕の手元をのぞき込もうとする。


「何描いてるの?」

「まだ何もー。」

「何描こうとしてたの?」

「考え中。」


「そっか。

 部長さんまだ来ないねー。」


 部活で使う道具はすべて隣の鍵のかかった美術準備室にあり、鍵はいつも部長があけてくれる。


「うん。」


 時計をみると、いつも部長が来る時間まであと10分ほどあった。


「突然ですが」


 ふと、訊いてみたいことが浮かんできた。


「なにー?」


「好きな人っている?」


 女子特有(?)の恋バナってやつだ。


「ほんとに突然だね。」


「突然ですがって言ったでしょ」


「それもそうだね──」


 彼女は続いて、僕の名前を言った。

 僕は反応に困って少し固まる。

 普段は呼ばれない本名の方だったから。

 友人としてだろうか。それとも──?


「あ、ごめんね、引かないでっ」


 彼女は慌てる。

 なんだか僕がいじめてるみたいだ。


「……引いてないよ。

 ただなんて反応していいのかわかんなかったから──。

 あ、ついでにいい?」


「なに?」


「恋愛対象の性別とかって気にする人?」


「……。」


 彼女は俯いた。


 窓の向こうから、運動部の快活な掛け声が聞こえる。


 そこで、パチンと音がして、美術室の照明がついた。


「電気くらいつけなよー」


 部長が来たのだ。

 美術準備室の鍵を開けてくれて、今日の部活開始。

 僕はちょっと今し方の反応が引っかかりながらも、話を中断して活動の準備をした。

 総部員3名なので、全員で教師の悪口やクラスメイトの噂やらを話しながら手を動かし、時間を消化した。


「じゃ、今日の部活はここまでー。


 ありがとうございましたー」


「「ありがとうございました~!」」


 今日は昼前まで雨が降っていた。

 荷物をまとめながら水滴の残る窓の外に目をやると、昇降口前のアスファルトは湿り、色が濃かった。


「じゃ、お先」


 部長は今朝、車で送ってもらっていた。

 だから帰りも迎えにくるらしく、先に帰ってしまった。


「ねぇ、」


 部長がでていった出入り口の扉に顔を向けていると、声がかかった。


「何?」


 他にいるはずもないが、僕と部長以外で唯一のこの部の部員、はーちゃんだ。

 帰る支度は既に済ませている。


「さっきの質問なんだけどさ」


「どれ?」


 何となくわかってはいたけど、聞き返す。

 別のかもしれないし。

 僕の帰り支度も終わって、「失礼しましたー。」と後には誰もいないのに言ってから、二人で美術室を後にした。


「性別は気にするのかってやつ」


 階段を下りながら彼女が言う。


「あぁ、うん。」


「どうしてそんなこと訊いたの?」


「ん~……。この国の法律変われーって思ってるからかな?」


 彼女は僕の方を見て、首を傾げた。


「たまさんは気にしないの?」


「基本受動的だから、相手が本気なら、僕は性別が理由で断ったりはしないと思うけど?」


「……そ。」


 なぜかその表情は満足げに微笑んでいる。


 クラスが違うから少し離れているげた箱で靴をはきかえ、再び合流。

 その話はもう終了したと思ったから、駐輪場へ向かう道中は今日あったことを話し、僕は電車通学者だから駅の前で別れた。


 * * *


 帰りの電車内で、そういえばはーちゃんの意見は聞いてなかった。と気付いた。


 * * *


 翌朝も、学校の前で会った。


「たーまさ~ん! おはよー!」

「おはよーはーちゃん。

 今日は部活無いねー」


 はーちゃんは今日も自転車を降りて僕の横に並んだ。


「うん。やりたいなー……」

「ねー。」


 特に話のネタもなく、並んで歩く。

 自転車を所定の位置にとめて、昇降口へ向かう。


「昨日の話だけどさ。」


 思い出すのに少し、時間を要した。


「あ。性別を気にするかどうかの?」


「うん、それ。」


 別れてげた箱で靴をはきかえて合流し、階段を上る。


「……気持ち悪いって思われるかもしれないけれどね、」


 彼女はそこで言葉を切った。

 僕の教室の前で足を止め、僕の方を振り向いて。


「私、相手は可愛ければいいかなって思ってる」


 そう言った。


「……性別は気にしないってこと?」


 彼女は頷いた。


「ばいばい、またお昼ね。」


 そう言って、さっさと彼女の教室へ入っていってしまった。


 う~ん……。


 “かわいければ”か。


 僕は可愛くないから、違うよね。

 うん、違うはずだ。


ここで僕はぞわりとします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が丁寧でした。 女子同士の付き合いのリアルが伝わって来ました。 [一言] 九藤は、ちょっとドキドキしました。 ドキドキ。
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