魔王様が保父
魔王城は、ずっと平和だった。
近隣各国が勇者を召喚したとの情報が入ったのは、晴天の霹靂だった。
それは明らかな魔王への宣戦布告。
魔王オストリウスは自分の血肉を求めて戦いが始まると知った時、思った。
倒されても、いいかな……。
238年。魔王として充分に生きた。
魔王様には、前世の記憶がある。
伊予の国で、豪農の三男坊として生を受けた。
産まれた時から、虚弱だった。
赤ん坊の頃は三日とあけず熱をだし。
またその熱は、なかなか下がらなかった。
小さな体力を奪い、食事は喉を通らず、どんどんと弱っていく。
いつも床に伏せ、たまに外に出れば風邪をひき、腹をこわす。
季節の変わり目には一晩中咳こみ、眠れぬ夜を過ごしていた。
救いだったのは豪農の生まれだったということ。
食べるものには困らず(食べられる量は僅かであったが)病弱な三男坊でも、邪険にされることはなかった。
働き者の父と優しい母と、面倒見の良い強い二人の兄と、下働きの女中や下男、親戚の者たち、それらの子供たち。
沢山の人に囲まれて、床の上で彼は思っていた。
次に生まれてくる時は、長生きして周りの人達を助けてあげよう。
その為には、丈夫で強くないと。
彼は自分の命が残り少ない事に気がついていた。
そして……わずか8年ばかりの年月で、命の種は尽きた。
転生してみればこの世界でただ一人の魔王オストリウス。
人間には恐れられ、忌み嫌われている。
近づける手段もなく、たまに空から街並みを眺める。
気づかれて怯える姿を目の当たりにしては、城に隠っていた。
私を巡って戦いが起きるなら、運命を受け入れよう。
魔王の血肉は百薬の長と伝えられていた。
それで役にたつのなら。
引きこもり魔王に付き合ってくれている従者は五人。
城を出るようにすすめてみたが、みんな動く素振りもない。
魔王城は広大で、庭だけでも街ひとつ分はある。
その庭園に花を咲かせ、果樹園や畑を作り、野菜やハーブを育てて魔王の目も胃袋も楽しませてくれているのが、牛男・牛女のペペとトロ夫婦だ。
暇にまかせて、城の掃除を手伝おうとすると、
「私の仕事をとらないで下さい!」
とかげ娘のティーナに怒られる。
ぐわっとキバを剥いてチロッと舌をだされると、ちょっと怖い。
普段はエプロン姿の似合う可愛い子ちゃんなんだけど。
料理を作ってみようとすれば、
「魔王様は、美味しい美味しいと、沢山食べてくださるだけでいいんです。さぁ、ここは僕の仕事場ですから」
カエル男ケロックに、やんわりと追い返される。
ふーむ。やることが無いではないか。
城の実務を取り仕切っているビックベアーアリオスに相談してみると、
「魔王様は『クァッハッハッハー』と偉そうなお姿で城内外を散策して、そのお姿を見せつけるのがお仕事です。あ、沢山食べてエネルギーチャージして下さいね。この城の魔力は魔王様の力で補っているのですから」
フム。解せぬ。
それでも言われるがまま「ハッハッハー」と精一杯胸を反らせながら庭を徘徊してみる。
おっ、今年も桜が見事だ。
「魔王様どうぞ」
ペペがデコポンを差し入れてくれる。
うむ。旨い。
甘味があってこのジューシーさ。
ウマイから……まっいいか。
そんな日々を過ごしていた。
勇者を待ちなから。
勇者がくるのを待って……待って……。
待ちくたびれてしまったわい!
自ら戦に出向くのは本意ではないと。
最後を、親しんだ城でむかえたいと。
城内にこもりきってもう3年。
「魔王様~、今日のドーナツは蜂蜜たっぷりのハニードーナツですよ。いかがですか?」
うむ。うまい。
魔王討伐のために、勇者が召喚されたと聞いてから、もう3年。
気の長い私でも、さすがにもう待てぬ。
ドーナツを半分残して、すくっと立ち上がる。
「え?魔王様お口に合いませんでしたか?」
「いや、心の底からうまい」
魔王様は城を飛び立った。
その惨状に、魔王様は息をのんでいた。
何だ!このざまは!
魔力で状況をサーチしてみる。
それぞれに勇者を召喚したアステリア・ドミニク・セントリア・ホホロ四ケ国は、共闘せず。
勇者を掲げ争いあい。
魔王城にたどり着くまでに果てていた。
魔王の血肉を独り占めせんが為の争いの果てか。
何てことだ。
骸の山や屍、焼き付くされ崩壊され、瓦礫のくずと成り果てた街並みを見下ろす。
覗き見していた、人々が行き交い賑わっていたあの街並。
本当は下りたって話しかけてみたかった。
歩いてみたかった。
滅びてしまったのか?
西のはるかから煙りが立ち上る。
その煙りを呆然とした面持ちの魔王様は目指す。
形だけ残された石壁の敷地に下りたつ。
黒いかたまりがうごめいている。
「……。」
「だれ?」
「ダレ?」
薄汚れてボロをまとった子供たち。
骨ばった手でひとかたまりに抱き合っている。
「小わっぱしかいないのか」
「うぅー!何のようだーっ」
ボサボサ髪の鳶色の少年が、背後の子供たちを守るように威嚇する。
「ふむ。おまえ名前は?」
「名まえ?名まえは……オウノ。オマエこそダレだっ」
「私は魔王だ」
「まっ魔王!」
「ころされるー」
ガダガダ震えながら子供たちが座り込む。
涙目だったのがワンワンと号泣し始める。
「もうだめだ」
「おかぁさーん」
「あー」
「オ……オレたちを食べる気か!」
「イヤ、食べないし」
「……食べないのか?」
「食べないの?」
後ろのおかっぱ頭のチビが、こてんと首を傾げる。
「私の好物は、ロールキャベツとペスカトーレだ!」
魔王様は、自慢げに言い放つ。
「ロールキャベツ?」
「ぺ?ペス?」
「よくわからんけど、ウマソーナ気配がする」
子供たちがザワつき始める。
グー。
彼方此方で、お腹の鳴る音が響きわたる。
焚き火の上には、凹んだ鍋がかけられている。
「これは、何だ」
「オ、オレらの昼飯だ!」
「……葉が浮いてるだけのお湯に見えるが」
「うっ、うるさい。食べるもんなんか、もうねーんだよ。父さんも、大人たちは皆帰ってこねぇし」
う~。少年が始めて肩を震わせて泣きだした。
「戦で勇者どもが対立しあったと聞くが」
「勇者も王様もみんな死んだよ。食べるものがなくなって、残った大人たちは探してくるからって出かけたまま、帰って来ないんだ。うぅっ……父さんも母さんも……」
しゃっくり始める。
ふむ。
「今すぐ食べたいのなら、ハニードーナツがある」
「ハニードーナツ?」
「なにそれ?」
「おやつタイムを抜け出して様子を見に来たんだ。待てど暮らせど勇者が来ないからな」
「「ハニードーナツ・・・」 」
ごくりと子供たちの喉が鳴る。
「小わっぱども!ドーナツが食べたいなら私に捕まれ。体のどこでもいいから私に捕まるのだ」
両手を広げて大の字に仁王立ちする。
一瞬の静寂の後、子供たちが魔王様に飛び付く。
フラフラの体で、死に物狂いでしがみつく。
「ドーナツ!」
「くいものー!」
「小僧オマエもつかまるんだ、この童どもの行く末を見届けぬつもりか?」
一人出遅れ躊躇している鳶色の少年オウノが、ハッとして魔王様のマントを掴んだ。
「よし。魔王城へ!いざ行かん!スーパージェット!MAX !」
竜巻に吸い込まれた後、気づけば魔王城の大広間。
呆気にとられている子供たちの前に、食べ物がジャンジャン用意されていく。
「さぁ、お待ちかねのハニードーナツじゃ。たっぷり食え!」
山とつまれたドーナツは、欠食児たちの胃袋に収まっていく
「ティーナ小わっぱどもにミルクのお代わりと、野菜と肉たっぷりのスープを早く持ってきてくれ」
「了解~」
「おいしーよ」
「うめー」
ガツガツガツガツガツガツ。
広間には食い散らかす音と、子供たちの感嘆する声だけが響く。
魔王城には、散歩好きの魔王様と五人の従者が、穏やかに住んでいました。
そして今では。
魔王城は童の声でいっぱいです。
「魔王様、また子供たちを連れて来たんですか?」
「ドミニクの東の森で見つけた」
「まぁ、お城は広いからいいんですけどね。子守りは魔王様担当ですからね。私はお掃除で手一杯ですから~」
とかげ娘ティナが魔王様に釘をさす。
「わかっておる。保父は私だ。さぁ、お前たち、この城でいっぱい食べて元気に遊べ!そして……大きくなれよ」
「「はーい」」
可愛いお返事に魔王様はにっこり微笑む。
コックのケロックが揚たての唐揚げとふかし芋をテーブルに置いた。
「ほーら、一丁あがり!」
「スッゲー」
「うまそー」
「魔王様!ケロックさん!ありがとー」
魔王城は今日も賑やか。
子供たちに囲まれて今日も賑やか。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。初投稿の短編小説です。次に投稿したのが『とかげ娘ティーナの一日は忙しい』です。そちらも一読頂けると嬉しいです。