Episode-9 おやすみなさい
『Episode-9 おやすみなさい』お待たせ致しました!
前回の唐突な変更、申し訳ありませんでした。この場を借りて(?)改めて謝罪させて頂きます。
では、本編をどうぞ!
東の地平線から、太陽が完全に姿を現す。
柔らかな日の光が、魔法の森全体を優しく、美しく照らしていた。
魔法の森にある代表的な建物の一つ『霧雨魔法店』。そこから幾分か離れた場所に、八角塔屋付きの洋風造りの家が建っていた。
その家の主は、アリス・マーガトロイド。魔法使いとしてこの森に住んでいる彼女は、外の世界からやって来た一之瀬光を自身の家に泊めてやっていた。
光の起きる時間は非常に早い。あちらの世界では日の出と共に目を覚まし、自宅で生活している誰よりも早く、朝の支度を始めるのだ。
光は今回の朝も同じ様に、日の出と共に目を覚ましていた。しかし、光の身に、大きなイレギュラーが発生。寝ていたベットから1㎜も動けない状態に陥ってしまった。
「………せ、折角、慣れ始めてた所、だったのに………」
何度も何度もこの言葉を呟くが、一向に状況は変わらない、一体どうすれば良いのだろうか。『考えるのを止めて全力で逃げ出してしまえ』、と訴え始める本能をなんとか静め、隣で寝ている全ての元凶を、横目で恨めしげに見詰めた。
光の隣に居たのは、美しい金髪に薄い肌の色を持つ、部屋に置いてある人形以上に人形らしい容姿の少女。
そう、他ならぬこの家の主、アリス・マーガトロイド本人だった。
彼女は光と同じベッドで幸せそうに熟睡しており、光の左腕を抱き締める様にして掴んでいる。
一体いつのまに入り込んだのか、光には皆目検討も付かなかった。
「………いや、それよりも………」
もし、この光景を第三者に見られてしまうようなことがあれば、大きなな誤解を生んでしまうだろう。先ずはこの状況を打開するための策を、早急に手配しなければいけない。
光は模索するが、どう考えても『直接起こす』という結論に至ってしまう。しかし、彼にはそう出来ない理由があった。
光は女性恐怖症なのである。女性とは適度な距離を取らなくてはいけないという、重度な症状を抱えていた。
幸いなことに、彼の恐怖症には『慣れ』が存在していた。
最初の一日目はアリスの半径5m内でさえも、まともに居られなかった光。彼の多大な努力が項を奏したのか、以前の彼ならば信じられない行動、『アリスと同じソファーに座る』という偉業を成し遂げることができた。
確実に慣れ始め、類を見ない達成感を感じていた光を突如として襲った『添い寝』という名のイレギュラー。彼の体を自由に動けなくさせるには充分過ぎた。
しかも、アリスはとても幸せそうな表情で寝てしまっている。
睡眠の楽しさを良く理解している光には、こんな表情で寝ている人物を起こすことなど、到底出来ない。
光は他の方法を探すため更に考え進めるが、良い案は出てこない。こうなったら仕方がないと、彼は考えるよりも行動に出ることにした。
アリスに掴まれ自由に動かない左腕を、彼女を起こさないようにゆっくりと引き抜こうとする。するとアリスは、
「………ん………んぅ………」
と数回唸った後、光の腕を更に強く掴んだ。更に、今まで若干空いていた体と体の隙間を埋め、完全に密着させてきた。
………ぎゃ、逆効果だったぁっ!!
光は脳内で叫び、戦慄した。
まさか事態が悪化するとは思ってもみなかった彼は、しばらくの間動けずにいた。
もう完全に手遅れである。こうなってしまっては、光には何も出来ない………が、
光は思わず頬を赤らめる。何も抵抗できない状態に陥ったことにより、この状況を改めて理解することができた。
まるで人形の様な美少女が、自分の腕を掴みながら同じベッドで眠っている。抜け出すのに必死で意識していなかったが、相当なシチュエーションだ。
女性恐怖症を持つ光だが、本当に女性が嫌いという訳では無い。『過去にあった体験』が、彼の本能をそうさせているだけ。
普通の男性と同じ様に、女性を好きになったこともある。しかし、その時は恐怖に打ち勝てず、自分の想いから逃げてしまっていた。
そんな自分に嫌気が差していた光は、この世界での懸ける想いは人一倍強かった。
「………オレはこの世界でなら、変われる気がする………」
そう呟いた光は、大きな期待に身を委ね瞳を閉じた。
………刹那。
「………ふぇ?」
隣から間の抜けた声が上がる。その声にハッと反応した光は、古びた機械のようにぎこちなく隣を見た。
そこには、今まで閉じていた筈の目を開いている、アリスがいた。青色の綺麗な瞳が光を真っ直ぐ見詰めている。
数秒ほど見詰めあった二人は、かあっと効果音が出そうな程、互いに顔を真っ赤にした。
「ふえええぇぇっ!!!?」
「う、うわあぁっ!!」
アリスが恥じらいと驚きが混ざった叫び声をあげる。その声に驚いてしまった光はベットから転げ落ちた。
「な、なななな、なん、な、なんでぇ!?」
アリスが状況が理解できないといった様に、しどろもどろと驚きの声をあげる。
「お、オレにも分かんないよ………朝起きたら、アリスが何故か隣にいたんだ………」
「え、え!? う、嘘でしょ………」
アリスは頬を両手で押さえながら、その場にしゃがみこんだ。
「………ちょっとのつもりが、腕まで掴んで朝まで寝ちゃうなんて………は、恥ずかしい………」
ぶつぶつと恥ずかしげに呟くアリスを、首を傾げながら見詰める光。
その時アリスは、昨日の出来事を思い返していた。
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遡ること8時間前。
光を寝かせた客用寝室に魔導書を忘れてしまったアリスは、緊張しながらも取りにいく為に足を踏み入れた。
「………んぅ、うぅ………」
魔導書も回収し、アリスが部屋から出ようとしていたその時、衣が擦れる音と共に、唸り声が聞こえてきた。
その途端、アリスの歩みが止まる。突如聞こえてきた音により、抱いていた気持ちが膨れ上がった。
自分が恋している『かもしれない』男性が、自分の家で寝ている。
今までこんな体験が無かった分、余計に意識してしまう。果たして、このまま部屋を後にしてしまって良いのだろうか。
否、ここで逃げてしまってはいけない。
あくまで『かもしれない』であり、まだ確実に決まった訳ではない。
ここはじっくり見極めよう。
アリスは今だかつてない程の決意を胸に、光が寝ているベットの前に立った。
寝付きが悪かったのか、掛けた筈の毛布は寝返りによって乱れ、左側に人一人分のスペースができる程、光は動いていた。
普通ならば見ることがない光の寝顔を前に、胸の鼓動が大きくなるアリスだったが、ふと頭に疑問が過った。
「………これから、どうすれば良いの?」
『見極める』と張り切って行動に出た所までは良かった。しかし、ここから何をしてら良いか、という一番大事な答えが出ずにいた。
アリスは目を閉じ、深く思案しようとするが、焦りと恥じらいが影響し上手く頭が回らない。
「うぅ………早くしないと起きちゃうかも………けど、どうすれば良いの………」
焦りが溢れそうになった時、光が寝顔が改めて目に入る。
幸せそうに眠っているその顔は、今まで見たどの表情よりも可愛く見えた。
クールな見た目の光に、天然な性格と可愛い寝顔のギャップ。色々な光を知れて、嬉しさと満足感に満たされるアリスの頭に、ひどく単純な確かめ方が浮かんできた。それは………
光の隣に寝てみれば良いだけだ。
対象の男性と一緒のベットに寝る、これをすることにより、相手との距離が物理的に縮まる。その時抱いた感情によって、自分が本当に恋しているのかが分かる、という作戦だ。
アリスは自分の思考が、大胆な方向へ傾いていくことに気づかないまま、行動に移していく。
光が起きないよう、隣にゆっくりと寝そべることに成功したアリスは、光の寝顔をより近くで眺めることができた。
近くで見る彼は、見る者の視線を惹き付ける、何とも言えない不思議な物がある。寝ている時にしか見せないだろう、無防備で魅力的なその表情と相まり、アリスのときめきは最高潮に達していた。
そのときめきの中、彼女は光のことをもっと知りたい、もっと知ってもらいたい、という感情が生まれていた
これらの結果により、アリスは確信する。彼女が抱いていた感情は………
「………やっぱり、恋………だったんだ………」
途端、甘くとろけそうな心地好さと、この恋がどんな結果になるか分からない事への恐怖が、彼女の心に巣食いだす。
だが、アリスはその二つの感情よりも上をいく、夜特有の『眠気』に襲われ、瞼は閉じかけていた。
段々と暗くなる視界の中、アリスは目の前で眠る愛しき者に、やんわりと告げた。
「………おやすみなさい、光………」
その言葉と同時に、アリスは眠りについた。勿論、『彼女が光の腕を掴んだのは、寝ている間だった』ということは、言うまでもないことだろう。
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時は戻る。
完全に目が覚めた光とアリスは、リビングにてトーストとコンソメスープ、スクランブルエッグに紅茶というお洒落な朝食を取っていた。
しかし、二人は先程のイレギュラーが響いているのか、互いの顔を紅潮させながら会話もしていないので、リビングには重い沈黙が流れてしまっている。
『『………何か会話しないとなぁ』』
図らずも考えがシンクロする二人は、この由々しき問題の解決策を探すが、どちらも全くと言っても差し支え無い程、思い付かなった。
空気が悪くなっていくのは止められないことなのかと思われた、その時。
「………なんでこんなに重々しい空気なのかしら?」
死角から突然聞こえてきた声に、体が飛び上がる程驚いた盛大に驚いた光とアリス。
目を見開きながら振り返ったその先には、紅白色の巫女服を着たセミロングの女性、博麗霊夢が立っていた。
「………喧嘩でもしたの?」
その場に漂う悪い空気を感じ取った霊夢が、眉をひそめる。
「い、いや、喧嘩なんてしてないよ。………ただ、ちょっと………ね?」
慌てて言った光は、アリスの方を向きウインクをする。彼の『合わせろ』というサインに気付いたアリスは、焦りながらもさりげなく確実に、フォローを入れた。
「え、ええ、本当にちょっとしたことだから、気にしないで。………それより、勝手に人ん家に入ってくるぐらいだから、それなりの用件があるんじゃないの?」
はぐらかすような光とアリスの態度に、首を捻りますます不思議がる霊夢。しかし、深く追求するつもりは無いらしく、溜め息を付きながらも話を転換させた。
「………まぁいいわ、それより………光、あんた達『星陵』に試合の申し込みがきてるの。日程は今日の午後からで、相手は人里の最強チーム………どう? やってみる?」
久し振りの試合に、興奮し舞い上がりそうになる光だったが、ここでは不味いとグッと我慢する。
「………オレがそんな話を断るとでも?」
余裕の笑みでいい放った光を見て、霊夢は優しく微笑んだ。
「ええ、思ってないわ、どうせそう言うと思って受けちゃったしね。集合場所は人里のストリートコート、行き方はアリスが知ってるから。じゃ、またね、二人とも」
背中越しに手を振りながら、霊夢はアリス邸を後にした。
切り抜けたことの安心感にホッとする光とアリスは、部屋の空気が良い感じに和らいでいることに気付く。
霊夢の突然の訪問は、功を奏したらしい。二人は顔を見合せ、ふふっと笑みを溢した。
「霊夢、ファインプレーだったね。やっぱり博麗の巫女は侮れないよ」
「でしょう?やるときはやるのよ、あの巫女は」
今までの空気が嘘だったかの様に、会話が弾む二人。お互いの緊張感はすっかり抜けて、普通に話せていた。
その時アリスは、大きな手応えを感じていた。最初は怖がってばかりだった光が、自分に心を開きつつある。
これからもっと頑張って、彼を恐怖から救おう。彼女は人知れず決意を固めていた。
しかし、彼女はまだ知らなかった。
光を閉じ込める、鎖の存在。逃れられない恐怖の重さを………
いかがでしたでしょうか。今回で第三Qも終了です。
話の数も10を突破し、着々と充実してきています。どんな作品になっていくのか、自分で言うのも何ですが、非常に楽しみです。
準備期間最後の三日目ですが、この三日間の中で一番、否、当作品の中で一番恋愛をしていた回でした。こういう回をガンガン増やしていきたいです。
さて、今回で三回目の『三人称視点』での執筆でしたが、自分的にはとても手応えを感じています。まだまだ未熟な面も沢山ありますが、どうか完結までお付き合い下さい。
次回予告コーナー!!
お待たせ致しました!とうとう本格的にタイトル回収が始まります!!
秀達『チーム星陵』の初試合が幕を開ける。人里最強チームとの試合、一体どうなるのか!?
次回も閲覧お願い致します!