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金の陽光、銀の月華 9

琴の音が響いている。

そよ風に揺れる竹の囁きと琴の音が見事に調和し、心地よい空間を作り出していた。

平安時代の装束 ― 十二単を適度に簡略化し、着崩した女性が琴の前に座っている。

豊かな黒髪は背中に流れ、衣の端を通り越して床に流れていた。

琴を弾いている女性の顔は ・・・―。


「お世辞にも美人とは言えないのだが・・・もしかしてこれが」


「小野小町です」


訪ねる緋室の顔は引きつっていて、秋はおかしくてたまらないとばかりに笑った。


「平安時代の美人の条件って言うのが、色白の肌で小太り、顔の形が下膨れ気味の丸顔で、あご先が丸くて、目が細いことだもの。・・・ばっちりじゃない」


解説に緋室は答えない。がっくりと肩を落としている。


「この時代の人間としては、最高級に美人だったのよ。

小町もそれを自覚してこんな和歌を詠んでいるし」


「和歌?」


「そう。

『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』・・・意味は『花の色が色あせてしまった。何の理由もなくわが身をこの世において物思いにふけっている間に私の美貌も衰えたように』ってとこかな?確かじゃないけど」


「ナルシストか!」


「ははっ」


彼が力いっぱい叫んだ言葉に、思わず噴出す。


「あの伝説は?深草少将が百日通うってやつ」


「それは後期の能作者が創作した伝説です。

深草少将は実在したみたいだけど、詳細は明らかではないわ。小野小町の美貌についてはっきりと記されている書物はないの。

彼女の肖像画も後世にかかれたものばかりで、その多くが後ろ姿。

「美しい」って言うことだけが一人歩きして、小野小町は伝説の美女って言う風になったのよ」


下膨れの女性が弾いている琴の音は、それはそれは美しい音色だった。

男女が顔を合わすのが結婚式の初夜というこの時代。

和歌や楽の評判で女性の評価が決まったこの時代。

この平安時代においては、小野小町の楽の腕前は美人と評されるに十分な音色だろう。


「現実はこんなものよ。みんな美女に夢を持ちすぎよ」


言い切ると、緋室はしょんぼりと肩を落とした。


「次は楊貴妃ね」


「ものすごく見たいが・・・それと同じくらい見たくないな」


「どうする?」


そう問う秋の瞳が挑戦的に光った。


「ここまで来たら行くに決まっているだろう!」


半ばやけくそ気味に緋室は秋の手をとった。






木の上に落ちた。

少し下では緋室が同じように木の枝にかろうじて引っかかっている。


「ちょっと・・イラついた気持ちで手をとらないでよ。うまくコントロールできなかったじゃない」


「・・・すまない・・・」


「どこに飛んだかはっきりわからないから、一度、休憩所に戻るわ」


告げるのと同時に緋室の肩を掴んで、薄桃色のもやの中へと戻った。

下部の歴史から楊貴妃が写っているものを探し出して、前に広げる。

ちょうど、楊貴妃こと楊玉環ようぎょくかん寿王李瑁じゅおうりぼうの結婚式の様子がうつっていた。

だが、結婚式用の豪奢な赤い礼服のせいで楊貴妃の顔や体型はよくわからない。


「前氷期七百三十五年かぁ・・・ちょっと早かったわね」


「玄宗と楊貴妃が結婚した時って、玄宗はもっと年寄りじゃなかったか?」


怪訝な顔をした緋室の言葉にたいして内心で突っ込んだ。

もうちょっと歴史を勉強しろー。


「この男は玄宗の息子の寿王李瑁。

玄宗と玄宗の最愛の妻である武恵妃ぶけいひとの間に生まれた王子で皇太子になるわ。

でも、七百三十七年の武恵妃の死去で皇太子の地位からは落とされるのよね。

まぁ、親の権力で棚ボタで皇太子になっちゃったけど、別の優秀な弟にあっさりと取って代わられた普通の人、ってとこかしら。

この武恵妃の死っていうのがね、楊玉環にとっての大きなターニングポイントになるのよ」


「玉環というのは?名前は貴妃じゃないのか?」


「もう歴史を知らないのも限度があるわよ!確かに、楊貴妃って言う名前が有名だけど!」


憤慨して言う。


「楊貴妃の本名よ!姓が楊で名前が玉環。

貴妃っていうのは称号よ。唐の時代の後宮の女に与えられた称号で、上から二つ目の位よ。

ちなみに一番は皇后で、三番目が恵妃」


「なるほど」


「話を元に戻すわよ。

武恵妃は玄宗の最愛の妃で、彼女が死んで玄宗はものすごく落ち込んだの。

落ち込む玄宗にある側近が囁いたのよ。「武恵妃にそっくりの娘がご子息の妻におりますぞ」ってね。

それを聞いた玄宗は狂喜乱舞し、楊貴妃と会ってすぐに心を奪われるの。

可愛そうに。

夫と無理やり離縁させられて、夫の父親に嫁がされるなんて。

しかも理由が「死んだ最愛の妃に似ていたから」なんてね。

好きじゃないわ。こういう支配階級の特権による行動」


ふっと秋の顔に影が落ちた。


「夫と離縁させられて夫の父親に嫁ぐ、か。そして傾国の運命をたどるのか」


難しい顔をして緋室が唸る。

玄宗の行為に緋室も不快感を持ったようだ。


「運命って言葉は嫌いだけど、運命はあると思う。歴史を見ていると常々そう思うわ」


「じゃあ自分の運命もあると思うか?」


「そうね。あると思うわ。認めたくないけれど逆らうことを諦めている」


「どうして?」


この王子は本当に疑問に思ったことをすぐに口に出す。

なんて素直なんだろう。


「さっきも言ったけれど、時空異邦人は籠の鳥。でもそれ以上に、礎家が大きな籠なのよ」


「どういう意味だ?」


「『時空異邦人の礎家』って言われるくらい、礎家の人間には時空異邦人が生まれるわ。

私も父も祖母も、祖母の母だって、そのまた母だって時空異邦人よ。

それにくわえて、時空異邦人として生まれなくても、時空省で働くことを選ぶ人間が多い。

・・・・礎家の始祖が時空神クロノスの神殿の祭主だったから」


「それは・・・」


緋室の顔に驚愕が満ちた。


「えぇ。絶対神ノアを唯一神と定めているこの世界では邪教的行為ともいえるわね」




この世の神は二人。

絶対神ノアとノアの妹であり妻でもある時空神クロノス。

ノアはすべてを作った。星を作り、大地を作り、海を作り、森を作り、動物を作り、人を作った。だが、そんなノアにも唯一作れないものがあった。

妹で妻のクロノスが司る“時”だ。時の流れだけは彼の自由にならなかった。

ある惑星でノアは失敗作を作った。その失敗作を消したくて、ノアはクロノスに時間を巻き戻すように頼んだが、クロノスはそれを拒否した。

「兄上、時というものは前に流れているからこそ、時なのです。失敗作を消したいという兄上の欲望のためだけに時間を巻き戻すことは出来ません。兄上がそのように私と時さえも支配したいと望むのなら、私は兄上の元から去りましょう」

そういって、クロノスはノアの元から去り、今もどこかを走っている。



これが世界に伝わる神話だ。




「ノアの元を飛び出したクロノスはいろいろな惑星に立ち寄っては“落し物”をしたそうよ。それは、クロノメビウスと呼ばれる特殊な時の流れだったり、時空異邦人・・つまり時を操る能力だったり。

地球でその恩恵を受けたのが礎家の人間。

最初の時空異邦人も礎家の人間よ。

だから、礎家に生まれた時点で籠に入ることはわかっていたわ」


「礎家だけではー・・・」


「今は口を開かないで」


「っ!」


何かを言おうとした緋室の口を先に封じる。


「貴方には貴方の葛藤や理論があるでしょうけど、聞きたくないわ。

王族特権に守られた貴方の話は私にとっては自慢話にしかならないもの」


そっぽを向いた秋の髪の毛が緋室の前で揺れた。

秋の主張・言い分はもっともで落ち込んでいた緋室の気持ちが、髪の毛のきらめきを見た途端に解けていく。

淡く輝く、金にも銀にも虹色にも見える髪。


「不思議な色の髪だな」


「何よ、いきなり?」


唐突な言葉に秋が驚く。それから自の髪を持ち、視線を緋室へ向けた。


「二色毛髪っていうの。

私だけじゃないわ・・時空異邦人の特徴よ。

ハリヤだってジェニーだって万理まりだって雪白ゆきしろだって、色の組み合わせは違うけれど二色毛髪よ」


「そうなのか?気づかなかった」


「ハリヤは紫と黒だし、ジェニーは黄水晶色と薄緑、万理は朱色と茜色だし雪白は薄紫と薄青・・・私が一番わかりやすいのは確かね。

目立つから、あまり好きじゃないのよ。

切ってしまいたいけれど、許可が下りないから」


「許可?髪を切るのにも許可が要るのか?」


「時空異邦人の頭の先からつま先まで、すべては国のものよ。

私達は王宮からの許可がなかったら自分で爪を切ることもピアスをあけることも出来ないの」


「どうしてそこまで?」


緋室の疑問に秋は悲しくなった。

それはこっちが聞きたいことだ、と。


「推測だけど・・・・体の一部を切除することで時空異邦人の能力に影響が出るのではないかと心配しているみたい。

特に私は能力が強いから。

雪白なんか管理緩々よ。王族だし能力もぱっとしないから」


従妹を皮肉って見せたが、緋室は何も言わない。唇に指を当て、何かを考えているようだ。


「緋室?」


「あぁ、悪い。つい考え事を。

それにしても、爪も切れないというのは規制しすぎだな。

だが、秋の髪を切るなという点では同意する。秋の髪はものすごく綺麗だ。切るのがもったいない」


「能力を失うまでの仮初の色よ」


「能力を失うまで?」


「二色毛髪は時空異邦人の証。だから、能力を失うと色は変わるの」


「能力を失うのか?どうやって?」


畳み掛けられた質問に、秋の顔がめんどくさいと歪む。

しかも、あまり答えたい内容ではない。

たっぷりと十秒は沈黙してから、しぶしぶ答えた。


「・・・・結婚よ」


「結婚?なぜ?」


「あの・・それは・・だからぁ・・・そのっ」


歯切れが悪くなる。直接的に言わないと本当にわからないのだろうか。

腹立たしたと恥ずかしさで煮えくり返っている秋とは対照的に、緋室は本当にわからないとばかりに質問を重ねた。


「結婚しただけでなぜ能力を失う?結婚して変化するのは戸籍だが、戸籍は・・遺伝子と関係ないだろう」


まじめに質問してくる緋室が憎い。

本当にわかってないのか、こいつ?


「あーもう、はっきり言わなきゃわからないの?緋室、貴方、鈍いってよく言われるでしょう?」


「なぜいきなり怒る?それに俺は鈍くない」


鈍いわっ、と内心で怒鳴る。


「だから、結婚すると・・・っ」


「戸籍が変わるだろう。それで?」


言いよどむ秋の様子に気づきもせずに回答を求めてくる姿が本当に、本当に憎らしい。

だから、大声で・・・やけくそで叫んだ。


「だからぁ、処女じゃなくなったら能力を失うの!」


「えっ・・・・・あっ」


緋室がハッと口を押さえた。

そして見る見る赤くなっていく。

秋もつられて赤くなった。


「どうしてこんなこと言わせるのよ!この鈍感男!」


「すまない」


真っ赤になって固まった緋室に、秋はここぞとばかりに文句をたれた。


「歴史もそうだけど、それ以外もいろいろ勉強したほうがいいんじゃない、王子様!」


「すみません」


「何かを察する、って言うのが出来てないわよ!」


「ごめんなさい」


「突っ込みどころに問題があるわ。花も恥らう年頃になんて事を言わせるのよ!」


「百パーセント俺が悪かった」


可愛そうになるくらい小さくなって誤り続ける緋室の様子がおかしくて、秋の怒りの気持ちがみるみるうちに解けた。


「愁傷でよろしい」


言って、笑いをこらえきれなくなって噴出した。

最初はきょとんとしていた緋室だったが、やがて釣られて笑い出した。

ひとしきり笑いあった後、笑いの収まった緋室は秋の顔をまっすぐに見つめた。

彼の表情は柔らかく、秋は視線に途惑う。


「お前、可愛いな」


「はぁあ?」


とんでもない事を言われて、殺気がこもった視線で睨む。

しかし、それでも彼は無邪気に笑っている。

目尻に浮かんだ涙を拭いながら「よかった」と緋室が言った。


「何が良かったの?」


「いや、当代最高位の時空異邦人が王侯貴族嫌いなの有名な話で、塩をぶちまけられる、口を聞いてもらえない、人間として扱ってもらえないなど戦々恐々とした噂は聞いていた。

ちょっとでも王侯貴族であることを理由にえらぶったら、鬼のような形相でクロノシアからたたき出される、とかな」


緋室が語る自分の噂に思わず頭を抱える。

だが、事実なので何も言えない。


「今回のことも、他の四人の時空異邦人が金陽を見つけられなくて秋に頼むってなったときに側近一同はもちろん時空省の人間までが反対してさ。

どんなに恐ろしい女なんだろうって思っていたら・・・普通の女の子で拍子抜けした。

でも、いざしゃべってみたら口は悪いし、容赦はないし・・・・でも、質問にはきちんと答えてくれるし、説明もしてくれる。

話を聞いていたら、自分のこととか家のこととか時空異邦人のこととか全部いろいろ真剣に考えた上で、今の状況に納得がいかなくて・・・それで王侯貴族嫌いを公言しているってわかるし、真面目ですごいなと思う。

真面目で、可愛いよ」


「可愛くないわよっ」


反射的に叫んで、「でも」と続ける。


「そうね。話すのは好きだと思うわ。

いつもいつもしゃべりすぎて、話しているうちにヒートアップして自分の心を隠せなくて余計なことまでべらべらしゃべってしまうわ」


「それが好ましいと言っている。もっとしゃべってくれ。秋の考えが知りたい」


「やめて。話すのが好きだからといって、馴れ合うつもりはないわ。

・・・貴方は質問が好きね。疑問に思ったことはすぐ口に出るみたい」


「・・・・王子としては良くない癖だと、側近にいつも怒られている」


拗ねたような口調、羞恥のためが少し染まった頬。

三つも年上の男なのに、可愛いと感じてしまう自分がいて、秋は驚いた。


「だめね。休憩所にいるとついつい話してしまうわ。楊貴妃はどうなったかしら?」


本来の目的を思い出し画面を見ると、楊貴妃が夫から引き離されて寺院に入れられている。


「離婚させて、一回、僧にしているところね。

ま、これも実際には尼僧院に送らずに宮廷内で匿っていたって言うのだから、楊貴妃に対する玄宗の執着は恐ろしいものがあるわね。

それから四年後に正式に妃に迎えいれて貴妃の称号を与えたのよ。

ほら、後宮の庭で楊貴妃が琴を奏でるみたいね。行きましょう」


「また画面に飛び込むのか?」


「そうよ、ほらはやく!」


またしても躊躇する緋室の背中を押してから、自分も画面の中へと飛び込んだ。

牡丹の花が咲き誇る季節に、玄宗は楊貴妃を迎え入れた。

楊貴妃を称える自作の曲を贈り、それを楊貴妃が奏でる姿を大いに喜んだという。

みなの中心に居る、だらしのない顔で酒に酔っている壮年の男が玄宗だ。

楊貴妃はというと、酒に酔った赤い顔を隠しもせずに中央で舞を舞っていた。

豪華絢爛な衣をまとうその女性は、舞が似合うスレンダーな女性ではなかった。


「ふ・・・太い」


「豊満って言いなさいよ」


デリカシーがまるでない言葉についつい苦言してしまう。


「この時代・・・唐の美人の条件は豊満で学芸に通じでいること。

楊貴妃はふくよかだし、琴も笛も楽も舞も堪能だったそうだし、美人の条件に当てはまっているわね」


うんうんと頷くが、緋室は納得できないようだ。

それから、彼はヒクヒクと鼻を動かして、思いっきり顔をしかめた。


「・・・なんだ、この独特な香りは?」


「たぶん、体身香たいしんこうと楊貴妃の体臭が混ざったものよ」


「体身香?」


「食べる香料ってところかな?丁子や麝香といった香辛料数種類をハチミツで練り上げて丸めたもので、三日飲めば口から芳香が漂い、五日目には体が香り、十日たてば衣に香りがうつるってもので催淫効果もあったみたい。つまり、香料兼媚薬ね」


「媚薬ぅ?」


素っ頓狂な声。目もまん丸になっていて、彼がすごく驚いているのがわかる。

本当にわかりやすい王子だ。


「使えるものは使わなきゃ、後宮三千人のトップには立てないってことよ。

楊貴妃は中近東あたりに住んでいた胡族こぞくの出身で、中国人・・・漢民族とはちょっと違う系統だったそうよ。彫りの深い顔立ちに腋臭も強かった」


「・・・わ・・きが」


つぶやく緋室は呆然としている。


「楊貴妃は自分の香りを気にして、いつも香をたいていたの。

それに、白檀で出来た宮殿に住み、丁子や肉桂を口に含んでいた。白檀も媚薬の一種よ」


「知りたくなかった事実だ」


愕然とする緋室に秋はさらに追い討ちをかけた。


「腋臭は確かに嫌悪される対象であるけど、フェロモンの一種なのよ?「これだけ魅力的です」っていうアピールなの。

永楽帝えいらくていっていう中国明朝・・・・つまり、前氷期千四百二年ごろの皇帝が後宮の女達に厚着をさせて走り回らせた後に脇のにおいをかいでその夜の女を決めたって言う逸話もあるぐらいだし」


「変態だ」


「あら、男性は総じて変態なんじゃないの?」


「偏見だ!それは断固違う!」


「そう?私の周りにいる同年代のが変態だから、男ってみんな変態だと思っていたわ」


「それは断じて違う。・・・・・お前も、男というものを勉強したほうがいいと思うぞ」


「緋室にだけは言われたくないわ!」


つんとそっぽを向くが、笑いがこみ上げてきて声を立てて笑った。

緋室はというと困ったようにはにかんでいる。ひとしきり笑ってから目じりに浮かんだ涙をぬぐう。


「あー苦しい。笑いすぎたわ。残す美女はエリザベート皇后だけど、どうする?」


「エリザベート皇后だけでも理想のままでいて欲しい」


「じゃあ帰ろうか」


手を差し出すと、彼は素直に重ねてきた。






時空を超えるのは秋にとっては一瞬のことで、瞬きの間にクロノシアに戻っていた。

時間は夜。

七時間の旅だ。

狂女王ファナ、クレオパトラ七世フィロバトル、小野小町、楊貴妃といった美女達の意外な一面を見た緋室はショックと時空旅行による疲労からぐったりと肩を落としている。

顔色もさえない。


「・・・・・・部屋に帰る。俺はショックだ。非常にショックだ」


「美人の基準なんて時代時代で変わるのだから、そんなに落ち込まないでよ」


感受性の強い素直な彼の様子が面白くて、秋は笑いを零した。


「銀月はまだ金陽を見つけていないし、明日もまた歴史でも見に行きましょう」


「美女めぐりはもうごめんだ。悪女や悪妻めぐりももってのほかだぞ」


じろりと睨まれて、秋はからからと声を上げて笑った。


「あっはは、よっぽど懲りたようねぇ。いいわ。今度は誰にしましょうか?」


「美女はもういい。・・・・・・昔のアジア地域がいいな」


「アジアねぇ・・アジアも広いけれど」


「中国か朝鮮か日本!」


広い定義に秋が苦笑すると、緋室は具体的な国名を叫んだ。

なぜか必死な彼の様子がおかしくて、秋の顔に微笑が浮かぶ。


「わかったわ。明日を楽しみにしておいて。おやすみなさい、緋室」


言うだけ言って、秋はさっさと踵を返した。

頭頂部でひとつに結われた二色毛髪がきらきらと揺れていた。





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