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金の陽光、銀の月華 8

昨日と同じように光が二人を包み込む。

光のまぶしさに目をつぶり、明るさに慣れて目を開くと違う世界にいた。

眼下に広がる広大な草原。その中に真っ白い道が一本伸びている。


「前氷期千五百六年のカステーリャよ」


「っ」


息がかかるほど近くにあるときの顔に緋室ひむろの胸が高鳴った。

金とも銀とも虹色にも見える不思議な色合いの髪に群青色の瞳。

女性にしては高い、すらりとした肢体。長い足。彼女は美女を見に行こうといった。 


― だが・・・・。


「・・・・美女はお前だろう・・・」


思わず呟く。


「えっ何?」


「なんでもない!」


首を傾げる秋を直視できなくて、緋室は慌てて話題を変えた。


「誰を見に来た?」


「もうすぐ来るわ。ほら、馬がいなないている」


ヒヒーンと言う馬のいななきが聞こえて、二人の意識が音のほうに向かう。

道の端に馬車が見えた。

黒い喪服を着た女が場所の御者台に乗っている。

その隣には腰の曲がったこれまた陰気な老御者が座っていて、馬に鞭を入れていた。

しかし、馬車は突然止まった。

女が御者代から飛び降りて、馬車の中から何かを取り出している。


「・・・・・ちょっと待て、あの女は何をしているんだ」


女の行動に血の気が一瞬で引いた。

女が馬車から取り出したのは棺だ。

さらに棺をあけて中の死体を取り出し、蛆のわいたそれにキスを繰り返している。緋室は「うわ」と小さく呟き、体が自然と後退する。

真っ青になった緋室の隣で、秋はふざけた解説を入れた。


「カステーリャの狂女王ファナでございまーす」


「狂女王ファナ?」


「そ。美女で怖い女の代表格」


「怖いというよりは気持ちが悪い!」


「うーん、確かに。選択間違ったわね」


あっけらかんと笑う秋に緋室は脱力した。

秋がこの女を選んだ理由を知りたくて、ファナのことを考える。

興味本位から彼女のことを尋ねると、秋の瞳が輝いた。


「このファナって人はどんな人だ?」


「ファナはね、カステーリャ女王イザベル一世とアラゴン王フェルナンド二世の間に生まれた次女で、同じ年にカステーリャ・アラゴン連合王国・・後のスペイン王国が生まれているわ。

知性豊かでまじめで信心深かったみたいだけど、政略結婚の相手に一目ぼれしてから徐々におかしくなったみたいね」


「もしかして、その相手って言うのがあの死体か?」


「そう。ブルゴーニュ公フィリップ、通称フィリップ美公。

この男がすっごく浮気性で女性をとっかえひっかえ。

ファナはもともと嫉妬深くて夫の不実を許すことができなくて、人目も時と場合もはばからずに怒り狂ったらしいわよ。

そのたびに夫が甘い言葉で慰めるけれど、夫への猜疑心が募って精神が不安定になった。そしてついに夫が死んだときに箍が外れて発狂し、夫の遺体を馬車に積んで数年間国内を放浪したの」


「うわ」


緋室はドン引きだ。その気持ちはよくわかる。


「これがファナの旦那のフィリップ美公」


パッドコンピューターの上には金髪蒼瞳の肖像画が浮かんでいる。文句なしに麗しい。


「いやー、イケメンだわー」


「・・・こういう男がタイプなのか?」


「イケメンが嫌いな女の子はいないんじゃない?」


小首をかしげて当たり前のように言うと、緋室はなぜか頬を赤くして視線をそらした。

それを軽く流して、「それにしても・・」とフィリップの肖像画に向き直る。


「ハプスブルク家の人間にしては超絶美男子よね。

お父さんのマクシミリアン一世も息子のカール五世もハプスブルクの顔なのに、この人だけは全然違うわ」


「細長い頭に鷲鼻、それに突き出た下唇だっけ?」


「そうそう。見てよ、このカール五世の肖像画。見事じゃない?

カール五世についてヴェネツィアの大使が残した公式文書に「去る二月二十四日、皇帝は三十歳の誕生日をお迎えになりました。皇帝の健康状態は良好です。皇帝のお体は見事に均整が取れていますが、顔立ちを損なっている点がひとつだけあります。アゴです」って言うのがあるけど、本当に見事なあごよね」


今度はあごの見事な肖像画が浮いている。


「「アゴです」ってそれ、正式文章で残っているのか?」


「そうよ」


「ふっ・・・やるなぁ、ヴェネツィアの大使」


笑いをこらえることが出来ない。

正式な、硬い文章の中で「アゴです」という一文が明らかに浮いている。


「それにしても・・・本当に気分が悪い。何か別のものを見に行かないか?」


ファナのほうをもう一度ちらりと見た緋室は再び口を押さえ、顔を青くした。

ファナはまだ屍の夫にキスをしている。


「じゃあ、どこに行きたいか決めて」


手を差し出す。

しかし、緋室はためらい顔のまま手を伸ばさない。


「もっと歴史を勉強しておけばよかったとつくづく思うよ」


「これから勉強すればいいじゃない。それだけの話よ。何が見たい?」


「じゃあ、世界三大美女が見たい」


「世界四大美女だってば」


律儀に言い直す彼女の手を緋室は掴んだ。







目の前に広がるのは、「世界の結び目」といわれた大都市。

海の湿気を程よく含んだ風が緋室と秋の頬を撫ぜ、髪を舞い上げた。

夜の街を彩る燈台の明かりが美しい。


「前氷期紀元前四十九年のアレクサンドリアよ。

もうすぐクレオパトラ七世がエジプト入りしていたカエサルに会うわ」


二人の体が建物をすり抜けて進み、やがて大きな広間の上部で止まった。

下に広がる広間では、酒盛りが催されている。


「ほら、あそこの中央にいるのがカエサル・・・ガイウス・ユリウス・カエサルよ」


秋の指をたどると、鍛え抜かれた体躯を持っている中年の男が上座の中央に寝そべっていた。


「・・・・」


ちらりと横目で秋をうかがい、改めて思う。

彼女の知識の多さには感服する。


「詳しいな、歴史に」


「あたりまえでしょ。私は時空異邦人タイムストレンジャーよ」


時空異邦人 ― そう名乗る秋の声はいつも誇らしげだ。


「でも、歴史は好きなほうよ。見るのも勉強するのもね。

それに、少しでも時間があれば時空を飛んでいるわ。飛んでいる間は自分が籠の鳥って事を忘れられるから」


「籠の鳥?」


「貴方がそれを聞く?王族のくせに」


そういうと緋室がむっとしたのがわかったが、彼は視線で続きを訴えてきた。

その視線に秋は答えた。


「・・・・・地球が一度滅んで新しくパンドラ(唯一大陸)として生まれた後に育った人類には、寿命の減少と異能という二つの枷がはめられたわ。

全人類の五パーセントにも満たないけれど、『色彩カラード』、『天空翼人スカイフライ』、そして『時空異邦人タイムストレンジャー』・・・いろいろな異能が生まれた。

数ある異能の中でも時空異邦人は異能中の異能。

常に権力を願うものに狙われてきた。

当たり前よね。

時空異邦人は時を操る。

この能力があれば、過去を変え、歴史を変え、時代を好きなように操れるのですもの。

五代前の国王が時空異邦人を国家で保護することを決めて、巨大な宇宙艦コミュニティー・クロノシアを建造して、時空異邦人とその候補生カデット、時空省の人間達を宇宙に追いやった。

時空省の人間はまだいいわ。任期が切れたら地球に帰れるんですもの。

でも、私達は違う。

生まれてすぐのDNA解析で時空異邦人になる可能性があるとわかった瞬間に親兄弟と引き離されて、宇宙に送られるのよ。

もちろん地球との接触や連絡は時空省を通じて王宮に許可をもらってからって言う徹底振りでね。

私達は“保護”という名のものに監視と隔離を受ける国家の飼い犬よ。

私達は珍獣・・・死ぬか能力を失うまであの艦からでることはできないわ。

艦で王宮から振り分けられる仕事をこなし、高額を支払って時空旅行タイムトラベルを楽しむ輩の相手をし、一生、故郷である地球に帰ることは出来ないのよ」


そうしたのは王家でしょう?と視線で語りかける。


「・・・・・王家だって籠の鳥だ」


緋室も毒づくが、秋だって負けていない。

次々と辛らつな言葉を吐く。


「幸せな鳥の間違いじゃない?」


「俺はっ」


秋は白い人差し指を緋室の唇にそっと当てて反射的に叫ぶ彼を封じた。

視線と人差し指で緋室を制し、軽やかに話題を変える。


「ほら見て、召使がじゅうたんを運んできたわ」


緋室が促されたほうに視線を向けると、確かに屈強な体をした召使が大きなじゅうたんを運んできていた。


「この当時のエジプトでは贈り物や賄賂をじゅうたんにくるんで贈る風習があったの。

クレオパトラもその風習に倣ってカエサルに自分の体を贈ったのよ」


「自分の体って」


想像してしまったのだろう、彼の顔がみるみる赤くなる。

秋は呆れたとばかりにため息をついた。


「何想像しているのよ、エッチ」


「ち・・違うッ。断じて違う」


「焦って言い訳している辺りが怪しいのよ。・・・あ、ほら、クレオパトラが出てくるわよ」


召使がじゅうたんを縛っていた紐を解いている。それから端を持って広げた。

中から出てきたのはエジプトの衣装をまとった女性。


「・・・・あれ?」


出てきた女性を見て緋室が首をかしげた。

じゅうたんから出てきた女性は少なくとも絶世の美女ではなかった。

なんていうか、ちょっとふっくらとして鷲鼻が特徴的な、ふつうの女性。


「秋・・・まさか」


恐る恐るたずねる彼の様子がおもしろくて、秋はしっかりと頷いた。


「そ。あれがクレオパトラ七世フィロバトル」


「クレオパトラの・・・クレオパトラのイメージがぁっ」


緋室はショックのあまり頭を抱えてしゃがみこんだ。


「ちなみに『クレオパトラ』って名前の意味は『父の栄光』よ。

で、同じくプトレマイオス朝の女性の名前に多かった『ベレニケ』は『髪の毛座』って言う意味。

『アルシノエ』だけ知らないのよねー」


調べてもわからなくてさ、と秋はのんきに言う。


「ちなみにちなみにっ、クレオパトラの容姿として一般的なのがこれよね。

ハリウッド女優のE・テイラーの」


「これっ、これだよ。これがクレオパトラだろう!」


おかっぱ頭の黒髪に目のふちを彩る緑のアイシャドー。

エキゾチックな彫の深い顔立ちの美女の映像が浮かんでいる。


「残念。違うんだな、これが。これは映画の中でのフィクション。

実際、当時の歴史家であるプルタルコスが「クレオパトラの美貌そのものは比類なき美しさではなく、人をはっとさせる類のものではない」って書いてあるわ。

今に残る胸像だって、平凡でちょっと鼻が鷲鼻な女性だしね。

クレオパトラの実質的な夫だったカエサルも、彼女の頭の良さと声の良さは立てているけど容姿については何も残していないわ。

でも、エチオピア語、シリア語をはじめとした複数の言語を話し、声は楽器のように麗しかったのは事実みたいね」


「まさか、他の世界三大美女も事実と伝説は違うのか?」


「世界四大美女だってば。

エリザベート皇后は写真が残っているから、美しさは信憑性があるけれど、あとの二人はどうかしら。見に行きましょう」


緋室がショックを受けている様子を心底楽しんでいる秋の笑顔。

その笑顔と怖いもの見たさの好奇心につられて緋室は秋の手を掴んだ。





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