金の陽光、銀の月華 7
「・・・・」
秋が目覚めたのは昼もだいぶ過ぎたころだった。
しかし、起きる気になれずそのままベッドの上でごろごろしていた。
「・・・・」
マリー・アントワネットの一件で傷を負った右手を上に掲げる。
医務室で再生した指先はもう痛まない。傷があったのか疑いたくなるくらいきれいだ。
ただ、半分より短い爪だけが傷の名残を漂わせている。
「秋、いる?」
コンコンというノックの音ともに姿を見せたのは、ハリヤだ。
「ハリヤ」
「お邪魔していい?」
「どうぞ。ぐーたらしているけれど」
ベッドに仰向けに寝転がったままひらひらと手を振るとハリヤは「仕方ない子」と苦笑した。
「仕事は?」
「今日はもう終わり。いつもの学者さんとエジプトへ行ってきたわ」
ハリヤの常連客の姿を思い出して、息をつく。
「あの学者さんも不毛よね。時空旅行で見たものは論文の証拠として認められないのに」
「その時代の雰囲気を感じられるだけで幸せなんですって」
ハリヤがベッドの端に腰掛けたので、秋も上体を起こした。
「秋はどう?他の仕事受けないの?」
「銀月が私の首に居座っているから王子様専用だそうよ」
「これからの計画はあるの?」
「どうもこうもないわよ。銀月が金陽を見つけないことにはなんともならないわ」
すっかり首に居座っているチョーカーを撫ぜる。
いつものように金陽を呼ぶ銀月の声と金属の冷たさが指先に響いた。
「ハリヤ。仕事だとわかっているから丁寧に接しているけれど、本当に嫌よ」
「みんなわかっているわよ」
「追い出していいでしょ?」
「ダァメ。わがまま言わないの」
母親のような笑顔でハリヤは笑った。
一歳しか違わないのに、ハリヤは本当に大人っぽい。
私も年を重ねたらハリヤのようになれるのだろうか ― いやなれないな。
いつもハリヤを見ては感動し、賞賛し、羨望するが、自分にはかなわぬ現実を諦めるのだ。
「ねぇ、秋・・・あのねー」
ハリヤが何かを尋ねかけたとき、ベッドサイドの内線電話が着信を告げた。
顔の前で手を上げて謝罪を示してから電話を取る。
「はい、秋」
「秋、金陽の件で客だ。南館第二応接室」
愛想もクソもない春樹の声。しかも用件だけ言って切れた。
何よあいつ、と思いながらもベッドから降りる。
「ごめんね、ハリヤ」
「いいのよ。
また今度・・とか言って、ちょうど私もそっち方面に用事があるから途中まで一緒に行きましょう」
「あ・・・うん」
笑顔にごまかされた気がしたが、ハリヤと二人、たわいのない話をしながら連れ立って南館までの道を歩く。
第二応接室の前で、「じゃあね」といってハリヤは去った。
「お待たせいたしました」
ノックをしてから室内に入ると、それまで座っていたであろう客人は立ち上がった。
「・・・っ!」
客人の容姿を見て純粋に驚く。
幼さの目立つ丸い顔。
少女だ。色素の全くない白い肌に、対照的な鮮烈な色の髪と瞳 ― 真っ赤な髪に真っ赤な瞳。
自分とは異種の異能 ― 色を操る異能『色彩』だ。
「はじめまして」
なぜ少女が?と思いながらもそういうと、赤い髪の少女は律儀に頭を下げた。
「えーと」
「警察庁特殊部隊『紅姫』所属の柊 紅姫と申します」
名前を聞いて少女の素性を悟る。
警察庁長官の木崎 壱夜、彼の愛しの養い子だ。
「時空異邦人の礎 秋よ。金陽の捜索を担当しているわ」
軽く握手を交わしあってから、席に着く。
「犯人捜索のほうで進展がありましたので報告に来ました」
「ありがとうございます。その報告はいい報告?それとも悪い報告?」
「どちらともいえないですね」
そういう紅姫の表情はピクリとも変化しない。淡々と真顔のままだ。
「良い報告は犯人がわかりました。悪い報告は犯人が死亡しました」
「犯人死亡?」
良くないニュースに眉をひそめる。
「はい。地球国在住の呪術師の一覧から、怪しいと思われる人物をピックアップしたところ、・ヴァネッサ・ハネラという女が浮かび上がりました」
紅姫が持参したパッドコンピューターの上に、妖艶な女の写真が浮かんだ。
「この女、三ヶ月前のテロ事件の重要参考人として指名手配されていた人物で、三日月と鬼との関係性がひどく濃厚な疑いがありました。
そこで、身柄を確保するために隠れ家に突入した瞬間、自殺した彼女の遺体を発見しました」
「うわ」
「側にあったホログラムに遺書が残されていました。こちらがそれを印刷したものです」
A4の紙に印刷されたそれを受け取り、目を通す。
書かれている内容に狂信的な思いを感じて、眉を潜めた。
「『鏡湖殿下こそ唯一無二の絶対君主であり、太陽系惑星連合の宗主たる地球国王妃にふさわしい。我ら三日月と鬼の一派、三日月と子鬼は鏡湖殿下に地球国王妃たる証、金陽を送りたまいてその栄光が永遠のものであることを希う』・・・と。
それに、床には自らの血で書いた『月国王女、地球国王妃、鏡湖殿下万歳』の文字がありました」
「なんていうか・・・気持ち悪いわ」
秋の感想に紅姫は強く頷いた。
「その感想はもっともです。
・・・・こちらとしてもはっきりとしていないことなので言いにくいのですが」
「何?」
「月国の王女・百合宮 鏡湖殿下はいろいろ問題のある王女のようです。
傲慢で不遜、残虐的で召使を何人も殺しているとか。
それゆえ、緋室殿下と鏡湖殿下の婚姻は取りやめにしようという話が何度も上がっています」
そこまで聞いてピンと来た。紅姫の話の続きを秋が語る。
「しかし、月国には緋室と鏡湖王女にどうしても結婚して欲しい輩がいる。
金陽と銀月は地球国王妃の装飾品。
それを鏡湖王女が身に付けていたら?
筋書きとしては、行方不明だった金陽を鏡湖王女が身に付けて地球国に現れる。
王家は秘宝が盗まれたなんてこと公開しないだろうし、金陽が盗まれたことを知らない人々は、金陽が鏡湖王女を地球国王妃として選んだと誤解する。
どこかに保管していると盗んだことがばれる可能性があるから、呪いをかけて時空の流れに掘り込んだ。
それだけで、時が来るまで金陽は時空の中を流れ続ける」
コクリと紅姫が頷いた。
「銀月も狙われていたのかもしれません」
「両方を鏡湖王女が付けていたら効果抜群だものね」
自分の首に鎮座する王家の秘宝をなぞり、微笑む。
「鏡湖王女の関与は?」
「なんともいえません。
関与していたとしても隠蔽工作はしているでしょうし・・・王族には王族特権があるので、確実な証拠がなければ逮捕できませんから」
「そう。じゃあこの案件は犯人死亡で書類送検?」
「そうなります。金陽の発見・奪還と同時に終了案件になります」
「なんだか・・・残念ね」
「はい」
紅姫は感情の見えない顔のまま頷いて緑茶を飲んだ。
飲んで、顔を上げた。
秋をまっすぐに見つめる。
「ひとつ、気になることがあります」
「何かしら?」
「月国の呪術師の関与は間違いないと思います。
ですが、呪術師ごときに時空の穴が見つけられるでしょうか?」
「・・・・何が言いたいの?」
「時空異邦人が関与していませんか?」
「馬鹿なッ!」
はき捨て、嘲笑した。
「時空異邦人は地球では生きられない。そのことは重々承知でしょう」
「はい。
ですが、時空の穴や裂け目は常人には見つけられるものではありません。呪術師でさえ不可能でしょう」
「それはそうだけど、地球には時空異邦人はいないはずよ。
遺伝子保有者はすべてクロノシアに集められる」
「見落としは?」
「ありえないわ」
きっぱりと断言する。
「貴方も持っているでしょう、これ」
秋が胸のポケットから出したのは透明の板だ。
ガラスにもアクリルにも見えるそれには小さなボタンが三つついている。
「指紋や瞳孔、遺伝子情報まで入っているIDカード。
生まれてすぐにDNAを解析されるのよ。見落としなんてあるわけないわ」
「では、能力が開花しなかった者は?」
「地球に返されるけれど、返されてから能力が開花した人の話なんて聞かないわ。
それに、もしいたとしても、IDですぐにわかるからここに連れ戻されるはずよ」
「では、行方不明になっている時空異邦人は?」
「そ・・それは」
「いるのですね」
紅姫の瞳が獲物を見据えた虎のように光った。
「昔の人よ。もう寿命で死んでいるわ。
前氷期とは違って、人間の寿命は格段に短くなっているのよ。
その人が行方不明になったのは五十年前・・・生きているわけがないわ」
「そうですか」
淡々と話す紅姫から彼女の本音は読み取れなかった。
だが、内心疑っているのだろうなと思う。
「・・時空異邦人の関与の可能性があることは、誰にも言わないで」
「私一人の推測の域を出ませんので口外いたしません。
では、私は第一応接室の緋室殿下のところに報告に行ってきます。お茶、ご馳走様でした」
軽い会釈を残して紅姫は去っていった。
第一応接室って隣じゃない、というぼやきを片付けに来た事務職員が聞きつけて、彼女が少し首をかしげた。
「第一応接室に王子様がいるなら一緒に報告を受けたほうが時間の短縮じゃない?」。
「あぁ。それはね、秋さんの態度に側近の方が怒ってしまって、時空旅行以外は一緒に行動させないでくれ、と長官に詰め寄ったからよ」
「私、そんな危険人物じゃないわよぅ」
自分が王子にどんな態度を取ったかは理解しているので、反論する語尾がすぼむ。
事務職員は呆れたような、いたずらした子供を見るようなそんな目で秋を見てから去っていった。
室内で少し休憩してから外に出ると、第一応接室から出てくる紅姫の姿を見た。
同時にお互いの存在に気づき、軽く会釈を返す。紅姫が出てきた室内に視線をやると、ガラス越しに見えたのは眉間にしわを深く刻みいらだった様子の緋室。
きっとあの紅い少女は秋に告げたことと同じ事を緋室に告げたのだろう。
真面目で純粋な王子は物事を深刻に捉えて悩んでいるに違いない。
「・・・・」
ガラスを叩くと緋室がハッとなったように顔を上げた。
秋はちゃっかりと室内に入り、彼の目の前に立つ。
「歴史的有名人でも見に行かない?」
「毎日は来ないといったくせに」
「紅姫の報告を聞いて気が変わったのよ。可愛そうになっちゃって」
秋の言葉に緋室はあからさまにむっとした。
秋から顔をそむけて、眉間には皺。
本当にこの王子は感情がすべて顔にでる。
緋室の様子がおかしくて笑いが零れた。すると、緋室の眉間の皺はますます深くなった。
「お前、こんなときにっ」
「焦って苛立って見つかるなら、私もそうするわ」
「・・・!」
至極まじめにそういう秋に緋室の苛立ちがなえた。
ばつが悪そうに視線を下げられて、秋は苦笑する。
「焦っても仕方ないじゃない。銀月が金陽のことを感知できるようになるまでは。
それに金陽が見つからなくて一番悲しんでいるのは銀月よ」
首に居座っている銀月を撫ぜると、『金陽』という涙交じりの声が聞こえた。
「現在、金陽を探す手段はない。犯人の捜索は地球国で警察がしている。
ここにいる貴方にできることはある?」
「それは・・・」
「ないでしょ?だから、この空いた時間を自分ために有効に使えば?
時空をさかのぼって歴史を観光できる機会なんてめったにないわよー。
時空省長官の提案に乗るのも一興でしょ?」
黙る様子を了承と捉えて、秋はうきうきと話す。
「男子なら美女が見たいわよね?
大正三美人とか中国四大美女とか・・いっそのこと世界四大美女でも見に行こうか」
「それを言うなら世界三大美女だろう。大正三美人と中国四大美女って?」
一瞬の間のあと、「わかってないなぁ」とばかりに秋が呆れる。
「一般的には三大美女として、楊貴妃、クレオパトラ七世、小野小町が有名だけど、ここにエリザベートを加えて四大美女とする場合があるのよ。
小野小町の変わりにヘレネを入れたりもするわね。
大正三美人は日本の大正時代の美女三人・・・九条武子、柳原白蓮、江木欣々《えぎきんきん》のことで、中国四大美女は『沈魚落雁・閉月羞花』で有名な西施、王昭君、貂蝉、楊貴妃のことよ。
歴史の中にはいろいろな美女がいるの。もうちょっと勉強しなさいよー。
・・・それとも、世界三大悪女とか三大悪妻とかのほうがいい?」
「うっ」
「貴女の婚約者、いろいろと問題ありの方みたいね。将来は悪妻決定かしら?」
「・・・お前、容赦がないな」
「ねぇ、婚約、解消できないの?紅姫から聞いたでしょう?
今回のこと、鏡湖王女が関わっているかもしれないって」
「あいつならやりかねんが、婚約解消は出来ない。・・・・それができれば苦労しない」
緋室は顔をしかめた。
「月国の民はこの間の戦のせいで貧困のきわみにある。
戦争の前も王侯貴族は民衆から税金をたくさん取っていたし、そのうえ多額の賠償金となったら、民はますます困窮するだろう。
それはさすがに忍びない。だから、人質として鏡湖を地球国に引き取るしかない」
「鏡湖王女に人質としての価値はある?」
「それは・・」
「無いのでしょ」
疑問ではなく、それは確定。
「無いなら妃に迎えるだけ無駄よ。いいえ、妃に迎えると地球国の災いになるわ・・・鏡湖王女が噂どおりの姫ならばね。
それに、貴方は月国の民が忍びないって言ったけれど、地球国の民はどうなるの?
鏡湖王女を王妃に迎えて、鏡湖王女の子供を次代の王に懐いて・・・幸せだと思う?
それになにより貴方は?」
「・・・俺・・・・?」
「そうよ。鏡湖王女と結婚するのは貴方でしょ、緋室。貴方の気持ちが一番大事でしょ?
緋室、貴方は鏡湖王女と結婚して幸せになれるの?」
「・・・っ!」
痛烈な指摘に緋室は押し黙った。
「よくよく考えたほうがいいと思うわ。・・・で、どの美女がいい?」
切り替えの早い秋に緋室はついていけなかった。
困り気味に微笑むと、秋が焦れた。
「貴方が決めないなら、私が決めるわ!」
そういって、秋は緋室の手を掴んだ。




