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金の陽光、銀の月華 17

結局、ときが退院を許されたのは一週間も後のことだった。

時空旅行から帰ってきた日から一夜明けると、病室には見舞い客が溢れ、口ぐちに秋をねぎらい、叱り、そして安堵していった。

しかし、その見舞い客の中に緋室ひむろの姿はなかった。

そのことに寂しさを感じる自分がいて、秋は自分の気持ちを再認識することとなった。


「・・・・・・・・」


ふてくされた思いでやっと帰ってきた自室のベッドに倒れこむ。

うっすらとたまったほこりが舞い上がり、秋の鼻やのどを刺激した。

イガイガした刺激に思わずむせて、せき込む。


「・・・・・」


掃除をするのもなんだか面倒だし、有料のクリーニングサービスで頼もうかと考えて部屋の外に出ると、なんだかクロノシアの中がざわめいていた。

ざわざわと空気自体が妙な雰囲気に揺れていた。

職員達、特に若い女性達が頬を染めながらエアポートのほうへと走っていく。

何事だと思いながら、はしゃぐ女性達に混じってエアポートを目指した。エアポート上部の吹き抜けから覗くと、そこには王族専用艦ブルーシャークが着陸していた。

その名のとおり鮫のイメージで作られた優美な曲線は美しく、青銀色に塗装された金属はLEDに反射してきらきらと輝いていた。

側面に掘り込まれた王家の紋章は金で塗装されており、眩しくひかる。

ブルーシャークの搭乗口から続く階段の下にはレッドカーペットが引かれていて、その両側には緋色の制服を来た男達が整列している。

そんな男達の中でひときわ目立つ二人が居た。

女性職員が騒いでいた理由はこれか、と納得する。


「王子近衛隊隊長のレエと副隊長のイールか。噂にたがわずイケメンねぇ」


「やっぱり、秋もそう思う」


「うわっ」


独り言に返事をされ、肩をつかまれ、二重に驚く。

振り向くと秋の背中に重なったハリヤがいた。彼女は秋ごしにエアポートを覗き込んでいる。


「ハリヤ、びっくりさせないで」


「ごめんね、秋。ねぇ、秋もレエ隊長とイール隊長をかっこいいと思う?」


「うーん」


二人に視線を落として、真剣に考える。

レエはひげが似合う屈強な男で、とても男くさい。

イールは釣り目の狐顔で冷酷さがにじみ出ている。

一般的には二人とも整った容姿だとは思う。思うが・・・。


「私の好みじゃないわね。・・・ねぇ、どうして王子近衛隊がじきじきに迎えに来ているわけ?」


「そっか、秋はずっと医務室だったから知らないのね。東雲宮 緋室が国王陛下に金陽奪還を報告したときにね、時空異邦人タイムストレンジャーの待遇改善を申し出てくれたの」


「え?」


「それで、国王陛下が時空異邦人の実情を気になさって、長官に直々の報告を命じたのよ。

もちろん第一級の賓客として長官を王宮に招くように厳命されて・・・殿下と長官の迎えに王子近衛隊を派遣したの。

あっ、それから、長官と秋に勲章が贈られるそうよ」


「勲章?そんなものいらないわよ」


「そういうと思った。だからね、長官が「勲章は断ってくる」って」


「そっか」


事情を聴いて、胸がほっこりと暖かくなった。

ざわめきにイラついていた気分引っ込んで、上機嫌でブルーシャークを見下ろす。


「ねぇ、秋」


「何?」


「秋が医務室に居る間、東雲宮 緋室、すごくがんばったのよ」


「え?」


「過去の資料や時空法、時空異邦人保護法とか・・とにかく図書室や長官の部屋に押しかけては資料を読み漁って時空異邦人の事を勉強していた」


クロノシアを走り回っている緋室の様子を思い出したのか、ハリヤはフフッと笑った。


「私もついね、「時空異邦人のことは貴方に関係ないでしょう?どうしてそこまでするの?」って聞いてしまったの。そしたら東雲宮 緋室、なんて答えたと思う?

・・・・「秋のためだから」って。

「秋は俺と金陽のためにすごく努力してくれた。気晴らしに連れてくれたり、自分を犠牲にしてまで金陽を取り戻してくれた。俺は秋に何か恩返しがしたい。俺が出来ることっていえば・・・王族である事を使って時空異邦人の環境を変えることぐらいだから」って」


「・・・・嘘・・・」


両手で口を覆う。信じられなくて声が震えた。


「嘘じゃないわよ。


「俺が秋のためにクロノシアの環境を変えたいんだ。でも、王族の力を使ってやったって聞いたら秋は怒るかな?」って複雑そうに笑っていたわよ」


「ハリヤ・・」


秋はその場に崩れ落ちた。涙が零れる。

震える背中をハリヤがそっと撫ぜた。


「なんで緋室からは・・・そんな優しい言葉が出るのよ!」


「秋」


「私・・・ひどい事をいっぱい言ったのよ。

八つ当たりして自分がいかに不幸を棚にあげて・・・王族だからって・・王族特権に守られているからって・・緋室に暴言はいたのよ」


「仕方ないわよ。秋は宵宮よいのみや 朽葉くちはに散々いたぶられたもの。十年間・・毎日ね。

宵宮 朽葉が居なくなって長官が着任して「あぁこれで平和になる」って思ったのに、次が曙宮あけぼののみや 雪白ゆきしろだもの。

能力がぱっとしない小娘のくせに、専用の執事に十人のメイドを連れて、わがままし放題で・・・・守られて愛されることになれたお姫様。

私だって春樹だって・・みんな「王族って最低」って思っていたもの」


嗚咽で言葉にならない秋をハリヤはそっと抱きしめた。


「でも、東雲宮 緋室は違うと思う・・・むしろ宵宮 朽葉と曙宮 雪白が特殊?

東雲宮 緋室はすごい人だよ。

秋、自分があんなすばらしい人を好きになったこと、誇っていいよ」


ハリヤの慰めに秋は強く頷いた。ぽろぽろ零れる涙をぬぐいながら、何度も何度も頷く。

ざわりと空気が動いたのを感じて、秋とハリヤは動きを止めた。

恐る恐るざわめきのほうをうかがうと、きょろきょろと何かを探している緋室の姿。


「秋、東雲宮 緋室が来たわよ。最後なのだから笑顔でお別れしたら?」


「そうね・・・最後だものね」


最後という言葉に胸が痛くなった。しかし、その感情を隠して涙をぬぐう。


「私、笑えている?」


「もちろんよ。とってもきれいだわ」


人差し指で両方の口角を持ち上げると、ハリヤはにっこりと頷いた。


「秋、こんなところにいたのか」


秋を見つけて駆け寄ってきた緋室は正装に身を包んでいた。

初めて会った時に見た、豪奢な服。

彼のためにあつらえたといわんばかりに似合っており、そのことが緋室と秋の立場と身分の差を浮き彫りにした。

十五の小娘は必死に仮面をかぶった。にっこりと笑って緋室を見上げる。


「あら、緋室。たいそうな迎えが着たみたいね。もう出発するの?」


「あぁ」


緋室の指が秋の目のふちをなぞった。


「・・・目が赤いぞ?・・・・泣いたのか?」


「そんなわけないじゃない。泣く理由がないわ」


とことん素直でない秋はこんな時でさえ憎まれ口をたたき、嘘の笑顔で武装する。

秋のつんとした態度に緋室は慣れっこで、苦笑して話題を変える。


「体はどうだ?」


「おかげさまで、何の問題もないわ」


両手を前に出してひらひらとふって見せると、緋室は安心したとばかりに顔を緩めた。


「秋・・本当に世話になった。ありがとう」


「別に。これが私の仕事だから。当たり前のことをしただけよ。だから、勲章なんかいらないわよ」


「あ・・・あぁ。ハリヤから聞いたのか。

俺としては最高勲章を差し上げたいぐらいの勢いで感謝しているけどな、本当に要らないのか?」


「いらないわ」


「そうか。でも、本当にありがとう。秋には本当に感謝している」


「・・どうして何度もありがとうっていうのよ?私は仕事以上のことはしていないわよ」


重ねられる感謝の言葉に秋の勢いが削られた。

照れ故の赤い顔に、揺れる視線。

無意識に、右手でずっと髪の毛をいじっていた。


「秋に言われたとおりだよ」


「え?」


視線を緋室にもどすと、真剣さと悲しさを一緒に顔に乗せた緋室がいた。


「俺は・・・自分が王になる意味がよくわからなかった。ただ待っていれば王位がやってくる、くらいの考えだった。

王になって何かをしたいとか・・何をすべきとか、そういうのを考えたことなかった。

俺の周りにいるやつは、みんな嘘ばっかり・・うわべの言葉ばっかりで、本気で怒ってくれたのは秋が初めてだよ。

俺が持っている知識と権力を国民のために使わなくて・・何が王族だよな。笑ってしまう」


緋室は秋の両手を取った。


「絶対に時空異邦人が地球に住めるようにするよ。約束する」


約束の言葉に心が震えた。

必死にひっこめた涙がまた浮かんできて、秋はうつむく。


「馬鹿ね」


うつむいたまま彼に送るのは、憎まれ口という精一杯のエールだ。


「期待しないで待っているわ」


「期待しとけって。秋が地球国に来たときは俺がガイドをしてあげるよ」


捕まれている場所に力が込められて、秋は反射的に顔を上げた。

真剣な表情をした緋室と目があい、それだけで幸せを感じる。


― でも。この手は離さなければいけない手だ。


捕まれている両手を引いた。

一歩後退すると、緋室の手が秋を追いかけてくる。

それも躱しして、彼に向き直る。


「秋」


「・・・帰るのでしょ?」


「あぁ」


それ以上、言葉は続かない。

長い沈黙の後、緋室の後ろに控えていたソウバが見かねたように声をかけた。その時―・・・。


「殿下、そろそろ」


あるじっ』


ソウバが持っていた箱から金陽と銀月が飛び出した。二人が目指したのは、秋だ。


『主、一緒に地球に帰りましょう!』


「えっ」


金陽はつたの模様が繊細なカチューシャに、銀月はクモの巣のような細工が美しいネックレスに変化して、秋の体にまとわりついた。

白を基調とした時空異邦人の制服に、金、銀、虹色という不思議な色合いの髪がかかっている。

群青色の瞳はきらきらと輝いていて最上級の宝石のようだ。

そこに、金陽と銀月が加わり、秋を彩った。

緋室の見た中で最も美しい女性がそこにいた。


「・・・ちょっと」


しかし、当の本人は困惑顔だ。

頭上と首に巻きついた秘宝を撫ぜて苦笑する。


「コレは王妃の装飾品でしょ。私には関係ないわ」


「・・・そうだな」


クイッと右端だけを引き寄せたシニカルな笑みに緋室も同意した。

彼の妃は決まっている。しかし、妃を金陽と銀月が彩ることは決してないだろう。

金陽と銀月は秋を選んだ。


「・・・取るぞ」


困惑顔の秋に一声かけて、その首筋に手を伸ばす。

白くて華奢な首筋。

触れる指が緊張で震える。

そこに唇を寄せたいと思うのは、エゴだろうか。

この美しい時空異邦人と離れる事を思うと緋室の胸は苦しくなった。

銀月を取り金陽に手を伸ばす。


「少しは王族を好きになってくれているといいのだが・・・そうすれば、これからも交流を持てる」


金陽をはずした後、懇願の意味もこめて彼女の髪を一房とって口付けた。


「ありえないわ」


だが、秋から返ってきた言葉は冷たかった。


「私は貴方が依頼者だから丁寧に接しただけ。

二度と王族の依頼は受けたくないし、受けるつもりもない」


秋はなんのためらいもなく嘘をついた。お互いのためにそう言わなければならないと心を鬼にした。

別れがつらく、寂しく、胸が痛いのは秋も同じだ。

あんなに嫌いだった王族なのに、感情表現が素直なこの王子に好感を抱いたことに自分でも驚くが、この王子だから・・・緋室だからこそ好きになった。


「少しは仲良くなれたと思ったのは俺だけか」


ほら、感情がすぐに顔に出ている。傷ついたような口調と顔に秋の心が痛んだ。

しかし、あえて拒絶の言葉を唇にのせる。


「そうね。・・・自分の立場と私の立場をよく思い出して。そうすれば、そんな考えは消えてなくなるわ」


「・・・・・・さようならか?」


「そうね。さようならよ」


秋はなけなしの虚勢をはって、嘘を叫んだ。


「さようなら。二度と会わないことを願っている」


残酷な言葉を吐きながら、しかし、秋は手を差し出した。

その手をしっかりと握り、緋室は泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。


「さようなら、秋」


「さようなら、緋室」


意地っ張りで素直じゃない時空異邦人と純粋で単純な王子はしっかりと握手を交わした。

これが二人の別れだった。








しかし、数年後、さらに美しく成長した秋を金陽と銀月が彩ることになる。

― その事実を二人はまだ知らない。








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