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金の陽光、銀の月華 16

穏やかだった水面が急に波打ち始めたのを見て、第一操舵室の面々がざわついた。

いくつもの水柱が立ち始め、天井にぶつかった水滴が室内に降り注いだ。

ときの身体データを確認すると、彼女の両肩の部分に驚異的なエネルギー反応がある。

データを見た瞬間、春樹はるきは舌打ちをした。


「秋の奴、詩編を使ったな。

ミュウアクアを最低点まで下げろ!あと、医務室から点滴とストレッチャーとって来い」


「はいっ!」


水槽の中、秋と緋室ひむろにつながれているはずの足環のコードはピンと張り、激しく左右に揺れている。


「足環のロックは解除するな!体が跳ねあがるぞ!ガラスを下げろ!早く!」


春樹の叫びが響いて、水槽前面のガラスが下へと下がっていく。

回収が間に合わなかったミュウアクアが溢れ、水槽脇の排水溝へと流れて行った。

水が完全にひいた水槽の中には、意識を失った秋と彼女を抱きしめている緋室の姿がある。


「点滴をよこせ。足環はもうはずしていいぞ。あと、医務室に連絡を」


「はい」


床より一段高くなっている水槽に飛び上がった春樹は緋室の隣に膝をついた。


「春樹。秋が!秋が!」


「秋の奴、詩編を使ったんですね。どんな詩編だったか覚えていますか?」


「あ・・えぇと・・・“私は横たわり、眠り、神(貴女)の声でまた目を覚まします”ってのと“女神クロノスは自らの味方のみ、顔を仰ぎ見ることを許すであろう”っていうの」


何とか覚えていた一節を告げると、春樹は忌々しそうに舌打ちをした。


「よりにもよって、第三編・・「英雄」と第九編・・「歓喜の歌」か。

おい、栄養剤の点滴、刺すぞ」


春樹は意識がもうろうとしている秋の頬を容赦なくたたいた。

それに猛烈に反対したのは緋室で、秋を春樹から遠ざけようと彼女の体を抱え込んだ。


「殿下、秋を貸してください。点滴しておかないと」


「調子の悪い人間の頬をたたくような奴に任せられるか!」


「・・・うるさいわね」


「秋!」


意識を取り戻した秋が眉間にしわを盛大に寄せた。


「秋。大丈夫か?」


「詩編を使うとね、さすがの私でも疲れるのよ」


「使う詩編によるだろう」


秋の腕を無理やりとって、点滴を刺した春樹が呆れ半分怒り半分で言う。


「お前の詩編暗唱に惹かれたクロノスが顔を出しただろう。

肩。エネルギー反応がすごかったぞ」


「あら。私、クロノスに愛されているわね」


「ふざけるのも大概にしろ、秋!」


怒鳴る春樹の顔からは、いつもの怪しさは消えていた。

真剣に従妹を叱っている。


「どうせお前のことだから、殿下が両手をつぶすことに良い顔をしなかったから詩編で片をつけようとしたのだろう。両手を再生することのほうがよっぽど簡単なのに」


「そんな・・秋、俺のせいで。ごめん!・・ごめん・・秋・・ごめー・・


「春樹が言ったのは嘘よ!」


緋室の謝罪を秋は大きな声で遮った。

それから、自己嫌悪に染まる彼の頬をそっと撫ぜる。


「私が金陽に触りたくなかっただけよ。私が好きでやったんだ・・・から・・・」


遠くなる意識の中で、緋室が自分を呼ぶ声を聞いた気がした。






「・・・・・」


ぱちりといきなり目が覚めた。

体のどこにも疲労はなく、やけにすっきりとしている。

時計を見上げると深夜の三時。

十二時間ぐらい意識を失っていたことになる。


「・・まいったなぁ・・」


今日の記憶を思い出して、ときは一人、赤面した。

自分の失敗が恥ずかしい。

三十時間を超える渡航だけならまったくもって問題ない。

だけど、詩編の第三編「英雄」と第九編「歓喜の歌」の詠唱はやりすぎた。

特に、第九編「歓喜の歌」は。

これを歌うとクロノスがやってくるのは分かっていたはずだ。

第九編「歓喜の歌」と同じく浄化作用をもつが、効力が少し劣る第六編「田園」でよかったはずだ。


「・・・・」


理由を考えて、やはり緋室ひむろに行きついた。

彼が秋を“道具”として使うことに拒否を示したから。

緋室につらい顔をさせたくなくて、完全に浄化ができる第九編「歓喜の歌」を詠唱したのだ。


「・・・らしくなーい」


暗闇に慣れた目で見回すと、薄暗い医務室の様子がはっきりと見えた。

自分の腕につながっている何本もの点滴に、掌に感じる温かさ。

そのぬくもりの正体を知って、秋の頬にますます朱が走る。


「お。秋、起きたのか?」


シュッという音とともにドアが開いて、宗司そうじが入ってきた。

彼から苦労の影が消えていることに秋はほっとする。

自分は金陽を取り戻したのだ。

その事実は素直に誇らしい。


「さっき起きた。お父さん・・・これどういう状況?」


自分の手を握ったままベッドに突っ伏して寝ている緋室をちら見すると、宗司は苦笑した。


「王子がどうしてもついていると言われてな」


「そうだとしても、年頃の娘を持つ親の対応としてはどうかと思うわ」


文句に返事はない。宗司は優しい笑顔のまま、付き添い用の椅子に座る。


「秋。よくやってくれた。ありがとう」


「仕事だからよ」


「うん」


秋のそっけない声にも宗司は何も言わない。優しく頭を撫ぜるだけだ。

その行為はいつも秋の涙腺を決壊させる。撫ぜられた瞬間に、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれた。


「王族なんて・・嫌いよ」


「うん。怖かったな」


「お母さんを殺して、私をここに閉じ込めた・・王族よ」


「つらい思いをさせた」


秋の目からとめどなく涙がこぼれ、叫びが漏れた。

その声に反応して緋室の瞼が動いたが、秋は気がつかない。


「あいつらは私達を便利な道具としか思っていないのよ」


生まれた瞬間から時空を操った秋の能力は驚異的なものだった。

産布に包まったまま、時を操って部屋を移動し、庭に行ったかと思えば深夜のベッドに現れた。

宗司もリュシエンヌも「これは危険だ」と判断した。

知り合いの錬金術師に遺伝子の上書きを頼み、力が落ち着くまで普通の子として育てようとしたのだ。

だが、それを逃してくれる王家ではなかった。

秋を抱いて逃げる母を殺し、秋をクロノシアに強制送還し、遺伝子を解放するように拷問された。

黒く染められていた髪は元の色に戻された。

鎖で足を繋がれてミュウアクアに沈められた日もあった。

電流を流される日もあった。

それを指揮していたのは、王族 ― 宵宮よいのみや 朽葉くちば

事態を知った父が必死に異動届を出しクロノシアに来てくれるまでの十年間、ここは秋にとって地獄だった。


「私の中の恨みと傷はどうしても消えてくれないのよ」


「わかっているよ。だから言った。ありがとうと。怖かったな。よくがんばった。

王子と一緒にいる時、必死に虚勢をはっていたのはわかっている。

それゆえにしゃべりすぎていたことも」


大丈夫だ、と父親は娘を慰めた。


「緋室が」


嗚咽で声が震えた。


「緋室があいつと違うことはわかっているわ。むしろ好ましいくらいに純粋でいい王子よ」


秋の言葉に宗司はただただ頷く。


「・・・大仕事のあとだ。疲れているだろう。ゆっくりお休み」


宗司は秋の両目の上にそっと手のひらをかぶせた。


「お父さん」


「大丈夫だ。お前は金陽を取り戻した。これで仕事は終わりだ」


「あぁ・・・・そうね、そうよね」


「秋、ゆっくりお休み」


父の声に促されてすぅと眠りに落ちる秋。

秋が完全に眠りに落ちたのを見とどけてから、宗司は立ち上がった。

そして、ベッドに突っ伏している緋室をちらりと見る。


「これは独り言です」


宗司の声に、緋室の肩がピクリと揺れた。


「時空省長官としては貴方の指示に従いました。

ですが、父親としてはこれ以上の負担を秋に背負わしたくはありません。意味はお分かりですよね?

・・・・失礼します」


言葉の奥に秘められた、もう秋に関わるなという言葉。

それを感じ取った緋室の体が反応する。

しかし、宗司はそれに気づかないふりをして医務室を後にした。


「・・・・・・あ~あ、くぎを刺されたな」


むくりと起き上った緋室は頬杖をついて眠る秋を見つめた。

夜の闇の中に浮かび上がる白い肌にきゃしゃな体のつくり。

呼吸とともに上下する薄い胸。

何より、金にも銀にも虹色にも見える不思議な髪。

気の強いところや何事もはっきり言う性格も、話が好きなところも。

彼女の全てが好ましくて、これからも関わりたいと感じている。


 ― それに・・・。


いまだ彼女に居座っている銀月を撫ぜる。

すると、小さな少女が顔を見せた。


男主あるじのつがい


「銀月、よかったな。金陽が見つかって」


『うん!ねぇ、金陽は?金陽はどこ?』


「俺の部屋にいる。会いに行くか?」


『・・・あるじから離れなきゃいけないの?』


シュンと顔を曇らせた銀月に緋室は柔らかい笑みを向けた。


「そうか。秋がお前の・・・お前たちのあるじか。

・・・・銀月、お前はこの人が好きか?」


『うん!』


無邪気な妖精は満面の笑みで頷いた。


あるじはすごく優しいよ。魂全てがやさしい。

きっと男主あるじのつがいにはあるじが必要だよ』


「そうだよな。・・・・・俺も、この人が大好きだよ・・」


眠る秋の頬に指を滑らせると、くすぐったかったのか秋が身をよじらせた。

行動一つだけで秋は緋室を幸せにする。

銀月。お前は秋が俺に必要だといった。自分でもそう思う。


 ― だけど。


緋室は自分の定めを悲しく思った。

彼の妃は決まっている。しかも、それは残虐非道と有名な百合宮ゆりのみや 鏡湖きょうこだ。


 ― だけど、せめて・・・。


秋のために何かをしたい。


「・・・・・・・」


男主あるじのつがい?』


自分の現実を再認識してつらくなり、顔を曇らせた緋室を銀月が覗き込む。


「いや。だいじょうぶだ。・・・金陽のところに行こうか?」


『・・うん・・』


秋から離れることに未練たっぷりの銀月に苦笑しながらも、緋室は彼女を秋の首から取り外した。

そして、決意を込めた瞳と共に立ち上がったのだった。






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