金の陽光、銀の月華 11
真っ暗な寝室、ベッドの上で秋はなんども寝返りを打った。
浅い眠りで目がさえてしまい、それ以降睡魔は訪れてくれない。
眠らなきゃと思うたびに浮かぶのは緋室の笑顔で、余計に睡眠が遠ざかった。
「あぁ、もぅ!」
起き上がり、カーテンを開ける。
窓の外には漆黒の宇宙。
青く輝く地球に、白く光る月。
奥のほうには太陽が見える。
クロノシアの周りでは、地球国が打ち上げた宇宙基地や宇宙船が何機も飛び交っており、騒がしいことこの上ない。
寝るときには楽な下着しか身に着けない秋の体が外からの光で浮かび上がった。
首の銀月も光を反射してきらきらと光っている。
「あーあ」
銀月を撫ぜながら思うのはやはり緋室のことだ。
秋は辛らつな言葉を吐いた。
その自覚は十分すぎるほどある。
だけど、彼は笑った。
本当に嬉しくてたまらないとばかりに笑ったのだ。
「・・・・」
出窓に座って、こつんと窓に頭をもたれさせる。
緋室の気持ちが分からないから、胸がもやもやする。
なにより彼の顔が頭から離れない。
「あーもう、なんなのよ!」
唸るが、もやもやは消えない。
むしろひどくなる。
― どうして緋室の顔が心から離れないの?
こんなの初めてだ。
別に、きつい言葉を吐いたことを後悔していない。
王族が嫌いなのも変わっていない。
― だけど。
無意識に首の銀月を撫ぜた。
金属の冷たい感触を楽しみ、意識を金陽に向けた。
マリー・アントワネットの時代で金陽に触れた。
もう彼の“時(感覚)”は覚えた。悠久の時空の流れに意識をはせ、金陽を探る。
だが、見つけられなくて落胆の溜息を吐いた。
しかし、次の瞬間、首の銀月が輝きはじめた。
「え?何?」
『見つけた。金陽見つけた』
首の本体からスルリと精霊がぬけ出した。
『金陽』『金陽』と名前を呼びながら、秋の周りをくるくる回っている。
「え・・・嘘・・・どこ?どの時代・・・・あっ!」
はしゃぐ銀月に問いかけると、秋の目の前に鮮やかな風景が浮かんだ。
露出の高い服を着て豊かな肢体を投げ出している多数の女たち。
彼女たちの中心にいる獅子のように雄々しい男。
その男の一番近くに侍っている金髪の女の腕には赤子が抱かれている。
一人の男に侍る後宮の一コマだ。
「これは・・・」
意識を集中して映像の時代を探る。
豪華絢爛なモスクにモザイクが美しい宮殿。男たちの頭を飾るターバンに女の顔を覆うベール。
「前氷期千五百四十三年・・・トプカプ宮殿・・・・イスタンブールね」
最盛期には地球の三分の一を支配したといわれた大帝国。
西洋と東洋が入り混じった独特の芸術が発達した街。
「・・・・」
これで仕事が終わる。
そう感激したのと同じくらい、緋室のことを思った。
彼の顔が次々と浮かんではきえ、秋はフルフルと頭を振った。
「いったいなんだっていうのよ」
いつまでたっても消えない緋室の顔に、困惑を通り越えて怒りさえわいてきた。
その時、室内時計が六時を告げ、同じく目覚ましが鳴った。
お気に入りのポップを鳴らす目覚まし時計を止めてから、秋は頭の中から緋室の残像を追い払うためにシャワーに向かった。
「・・・・・・・・」
時間は朝の八時半。
シャワーを浴びて、身支度をして、眠気覚ましにコーヒーを飲んでから緋室の部屋に向かった秋を迎えたのは、顔に怒りを浮かべているソウバだった。
いったい何に怒っているんだ、と思いながら、
「緋室は?」
「寝室です。疲労の所為か一向に目を覚まされません。殿下に何か御用ですか?」
「あのさー・・・・」
金陽が見つかった ― そう告げようと口を開いた時、クロノシア中にサイレンが響いた。
「!」
緊急事態を知らせるサイレンの音色に秋の表情が引き締まる。
「何事ですか?」
事情を知らないソウバはぎょっと目を見開いて、わけがわからないと視線をさまよわせた。
秋の携帯が鳴った。着信名はもちろん春樹だ。
「もしもし」
「秋、緊急事態だ。すぐに第一渡航室にこい。万里、ジェニーとのトリオだ」
「ラジャー。制服に着替えてすぐ行くから・・・・十分頂戴」
「わかった」
電話を切り即座に自室に引き返そうとした秋をソウバが引きとめた。
「何事ですか?」
「時空異邦人に召集がかかっただけよ。クロノシアの異常じゃないから安心していいわ。
私は帰るから、緋室にお大事にって伝えて」
「え?殿下に用事があったのでは?」
「また来るからいいわ」
話す時間ももったいないとばかりに自室へ急ぎ、駆け込んですぐに来ていた服を脱ぎ捨てた。
純白のワンピースをまといジャケットを羽織る。
左胸には時空省の紋章とIDカード。
ベルトにパッドコンピューターを入れて、反対側の腰にはポシェットを下げた。
着替え時間、わずか三分。
鏡に映る自分の頬をたたいて気合を入れてから、第一渡航室へと急いだ。
廊下にはサイレンがまだ鳴り響いていて、すれ違う人々皆の顔には緊張が走っている。
「お待たせ」
グローブをはめながら第一渡航室に駆け込む。
すでに並んでいた万里とジェニーの横に並び、春樹に軽く会釈する。
「よし。全員そろったな」
書類を持った春樹が時空異邦人全員を見回してから、頷いた。
「今回の緊急事態は過去に起きた問題だ。
前氷期二千二十六年年七月二十日、日本地域京都地区にてガス爆発が発生。
そのガス爆発によって時空に裂け目ができてしまい、中学生の少女三名・・・少女N、少女K、少女Sが時空移動した。秋は避けた時空の修正と少女たちの回収、万里とジェニーは少女たちとともに時空を渡った不適切物の回収と破棄を担当してくれ。
それでは、健闘を祈る」
春樹の言葉が終わったのと同時に、秋たちの下の移動板がフォンと浮き上がった。
水槽の中へと運ばれて、いつものように足環を持つ。
「・・・・」
秋は首の銀月をそっと触った。
彼女はまだ熱を持っていて、『どうして金陽のところに行かないの?』と無邪気に語りかけてきた。
「少し待ってね」と銀月なだめて、秋は足環を繋いだ。
ミュウアクアが水槽に注がれて体が浮き上がり、水に浸っていく感覚に秋はそっと目を閉じた。
第一操舵室には緊迫した空気が満ちていた。
時空異邦人が修復に向かってすでに一日以上たつ。
水槽の横の時計は、三十八時間を記録していた。
第一操舵室の職員は不眠不休でモニターや水槽を観察していた。
緊迫が室内に満ちている。
ゴボリと大きな泡が突如現れた。
水槽の中、真ん中あたりの三か所から次々と新しい泡が生まれている。
ほっとしたと春樹が息をついた。
「お姫様達のお帰りだ。渡航時間三十八時間二十四分五十一秒。
ミュウアクアの回収開始。足環のロックを外して移動板を上げろ。
第二班は時空に穴がないかもう一度きちんと確認しろ」
第一操舵室主任である春樹の声で、現場は一気に忙しくなった。
フォンと空気が揺れて、移動板が三つ、水槽の中へと移動した。
そして、水槽内に帰ってきた時空異邦人の体を救い上げる。
同時に、春樹もプールサイドに上がった。
移動板から降りて立っているのは秋だけだ。
後の二人はぐったりと床に突っ伏している。
「お疲れ様」
「お疲れ様じゃないわよ!春樹。情報局は能無しの集まりなの?」
秋の不機嫌は最高潮だ。
群青色の瞳がカッと見開かれ、体中から怒りを発している。
情報収集の不備。
足手まといになった後輩たち。
すべてのうっ憤を春樹に向かってぶちまけた。
「丸一日以上かかって修復したのに「少女Kと少女Nに関しては歴史の必要事項だったので修復前に戻してくれ」だぁ?ふざけているわ!二度手間取らすんじゃないわよ!」
「悪かったよ。
情報局には迅速かつ正確な情報の収集により一層精進するようにと通達しておく。結果と今後の対策としてはどうだ?」
「少女Kについては現状維持で問題なさそうね。
家系図も残っているし、未来に支障は出ないわ。
少女Nは・・・ちょっと危ないわね。あの様子だと歴史上の事実以外のイレギュラーもあり得るわ。
時々様子を見に行くことにする。で、問題が出たらすぐに修復。
まぁ、歴史の修正力もある程度働くから、最低限の補助で行けると思う。
残念ながら少女Sは生きた時代でも渡った時代でも死亡よ」
「了解。少女Nについては引き続き監視対象で登録しておくよ」
「そうしてちょうだい!後始末は任せたわよ!」
体に張り付く髪がうっとうしくて、ついイライラした口調になる。
しかし春樹も慣れたもので、彼の笑顔は崩れない。
髪の水気を絞りながら歩き出した秋の背中にむけてひらひらと手を振る余裕ぶりだ。
「おー、怖。・・・兄さん、これを見てくれ。今回のデータだ」
後ろに立っていた秋保- 二番目の弟から渡された書類を見て、春樹は苦笑した。
「秋の能力が圧倒的に高すぎるな。ダブルやトリオはもう無理だ。
他の時空異邦人への負担が大きすぎる。かといって、一人でやらして秋の負担を増やすわけにもいかないし」
手の中の書類と床に突っ伏しているジェニーと万里、颯爽と去っていた秋の三つを比べて、春樹はため息をついた。
「下手に組ますと秋にストレスがかかって、イライラするからなぁ・・あいつ」
「今日もすごかったなぁ。せめてハリヤと組ませられたらよかったんだけど」
「ハリヤは予約渡航があったから・・・仕方がない」
「でもさー、秋と対等にやりあえるの、兄さんかハリヤぐらいだぜ」
俺は無理―、と秋保がちゃらけて笑う。
「・・・候補生はどうだ?」
「うまく育ってもハリヤレベルだ。秋には到底かなわない」
「ハリヤレベルなら上々だ。
時空異邦人としては万里やジェニーが平均だぞ。ハリヤはもちろん、秋は特上すぎる」
“歴代最高の時空異邦人”というおくり名は伊達ではない。
秋は何もかもが規格違いだ。
その能力の高さゆえに、彼女はいつも孤高だ。
細い体に時空の可能性の全てを秘めている。
「時空異邦人と候補生の強化か・・・あるいは秋の引退が早まるかもしれないな」
高すぎる能力ゆえに孤独な従妹を、春樹は素直に憐れんだ。




