金の陽光、銀の月華 10
翌朝の緋室の目覚めはものすごく速かった。
六時にはベッドから降りて、シャワーを浴びて完全に目を覚ます。
ひげを当たり、歯を磨いて、身だしなみを整えてから、ソウバが用意してくれていた朝食を二人でとった。
コーヒーを楽しみながらチラチラと時計をうかがっていると、目の前のソウバが大きくため息をついた。
「殿下。時間は早送りできませんよ」
「そっ・・・そんなことわかっている」
「まったく。私には理解できません。あんな傲慢不遜な女に会うのが楽しみですか?」
傲慢不遜という言葉にむっとしたが、緋室は秋を思い出して笑顔を浮かべた。
「確かにきついときもあるけど・・・・何でもはっきり言うからいい。
それに、きちんと説明してくれるし、なんだかんだ言って面倒見がいいし・・笑顔が可愛いし」
「・・・・・・・・・殿下、Mですか?」
「ソウバっ」
予想外の指摘に緋室の頬に朱が走る。
そんな緋室を見てソウバの顔にはますます憐憫の情が浮かんだ。
「だって、あんなに全面的に“私は王族が嫌いです”って態度の女なのに。
どうしてそういう風に思うんですか?」
「態度は悪いかもしれないけれど、根は悪い子じゃないよ・・・きっと」
「殿下」
ソウバが緋室を見る目が可愛そうな子を見る目に変わった。
「殿下・・・殿下のその純粋さというか人を疑わないところっていうのは美徳だとは思いますけど、もう少し人を疑うことを覚えてください」
「そういわれても・・・」
別に秋のきつさはきらいではない。
ぽんぽんと飛び出してくる言葉は聞いていて心地よいし、何より秋は緋室を“殿下”としてみない。
それが何よりうれしい。
秋を思い出す ― それだけで顔が笑顔になる。
「顔がにやけていますよ」
「えっ嘘」
ソウバは頬を抑える緋室に呆れ、しかし次の瞬間には真剣な顔になった。
「それにしても恐ろしいほど能力が高い時空異邦人ですね」
「え?」
「殿下が一昨日おっしゃっていたじゃないですか。
あの時空異邦人はミュウアクア無しで時空を越えることができるって」
「あぁ。そのとおりだが・・・すごいことなのか?」
「あり得ないことです」
自分でいれたコーヒーを楽しみながら、ソウバは断言した。
「万年水晶の雫であるミュウアクアは非常に高価で量も少ないですからね、ミュウアクア無しに時空旅行をしようと実験を繰り返した時期があったそうです。
ですが、結果は最悪でした。時空異邦人はもちろん、候補生や彼女たちととんだ人物まで体があり得ない方向にねじまがって断絶し、死亡したそうですよ」
「うわ」
悲惨な話に、パンに伸びた手が引っ込んだ。
「過去に・・秋と同じようなことができる時空異邦人はいなかったのか?」
「一人だけ・・・初代の礎仄だけですね。
仄は時空神クロノスに使える巫女だったそうで、クロノスに直接会って力をもらったといわれています。
それゆえ、礎 仄は別格視されています。
彼女以来の快挙ということですから・・・素晴らしいことですよ」
ソウバの話に感心し、秋を思う。
自分のことではないのになんだか誇らしくて、笑みがこぼれた。
その時、ピンポーンとチャイムが鳴り、秋のことを思っていた緋室は慌てた。
コーヒーカップを落としそうな緋室にソウバはため息をつく。
「食器の片づけをしますので、殿下は早く出てください」
「あ・・あぁ」
促されて入口に向かう。深呼吸してからドアを開けると、二日前と同じく完璧な身だしなみの秋がいた。
「おはよう、秋」
「おはよう。今日は早く起きているのね。朝食もとっているみたいだし」
「まぁね」
秋と時空旅行するのが楽しくて、早く起きてしまったなんて言えない。まるで遠足が楽しみで眠れなかった子供のようだ。
「金陽は?」
「変化なし。銀月はおとなしいわ」
秋の首には相変わらず銀色のチョーカーが鎮座している。王妃を(・)選ぶ(・・)装飾具は(・)彼女から(・・)離れて(・・・)いない(・・・)。彼女が王妃にふさわしい風格を持つという証だ。
それに何より、緋室の心が彼女を好ましく思っている。
― なぜ、彼女を信じてはいけない?信じたいだろう。
唇が自然にひきあがる。
「今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
「説明は飛んでからするわ。行きましょう」
彼女の髪がふわりと浮き上がり、きらきらと発光し始めた。差し出された手をしっかりと握ってから緋室は眼を閉じた。
光が彼の瞼の中に満ち、そして引いていく。
ドーンと大きな音が響いて、緋室は眼を開いた。
目の前に現れたのは風になびく大量の旗。
雲を割いて駆け上る龍のように国旗や祝祭旗が空へと伸びていた。
再び、ドーンと重い音が空気を震わした。
音の正体は太鼓で、その大太鼓が鳴るたびに、人々の歓声がわき起こっている。
「ちょうど即位式だわ」
風に翻る旗に描かれているのは三本足の烏。
太陽を意味するその鳥は、広場に集まっている人々の冠や衣、装飾品などいたるところに刻まれていた。
朱色の瓦の、野性味のある宮殿の入口。
少女神官が控えるその前に威風堂々と立つ男女の姿があった。
特に男性の風格、威厳はすさまじく、周りの人間すべてを圧倒している。
もちろん緋室も惹かれた。男性に視線が釘付けになる。
緋室が男性に夢中なのを見て、秋はにんまりと笑った。
「今日あなたにご紹介するのは、偉大なる大王・高句麗の初代国王 朱蒙でございます」
道化師のようにおどけた一礼。
常より少し高い、芝居がかった声音。
秋の鼻に赤い飾りがついている絵が浮かんで、緋室は噴き出した。
「なんだ、それ」
「あら、これ結構好評なのよ。ピエロガイド」
「おもしろいけれど・・・俺は好きじゃないなぁ。
秋はなんだろうもっと愛想がないっていうか・・・とがっているほうが秋らしいぞ」
「とがっているって失礼しちゃうわ。私がいつも澄ましているみたいじゃない」
水を得た魚とばかりに緋室は相槌を打った。
「そう!まさにそれだよ。秋はあれなんだよ・・・・なんていうんだっけ?ツンデレ?」
「ツン・・・っ」
緋室の口から飛び出した言葉の破壊力はものすごかった。秋は言葉を失う。
ツンデレ ― 普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつくこと(by ウィキペディア)。
秋の顔がたちまち怒りと羞恥で赤くなる。
ツンデレになった覚えはない。ましてやー・・・。
「あ・・・あああ貴方にデレた覚えはないわよ!」
「あぁ、じゃぁツンツンだ」
またしても、秋は絶句に追い込まれた。
ツンツン ― 旧地域日本の東京地方の方言で、無愛想なさま。挨拶をしても返事をしない様子。しかし、ツンデレと対比させていつもツンと澄ました様子しか見せない様のことも言う。
あんぐりと開いた口を閉じる気力もない。
地球国最高の家柄に生まれて地球国最高の教育を受けてきたはずの人間の言葉か?と信じられない思いで緋室を見る。
しかし、同時にオタクが使うような言葉も知っている普通の人なんだなとも思う。
― だけど・・・・。
緋室の口からは聞きたい言葉ではない。
なんだかこの王子が可愛そうになってきた。
無邪気・天然もここまで来ると、痛い。
ポンと彼の肩をそっと叩く。
「緋室・・・・貴方、口を開かないほうがいいと思うわ。いろいろ残念よ」
「へ?」
わかってないようできょとんとしている彼に「いいの、いいのよ」と手を振る。
首を傾げた緋室だったが、興味は眼下の朱蒙へと戻る。
戻って朱蒙を見ていたかと思えば、ハッと顔を上げて「秋」と呼んだ。
「何よ?」
「質問があるのだが」
「何?」
「どうして時空異邦人なんだ?時空旅行をするなら時空旅行者のほうが妥当じゃないか?」
「時空旅行だけが私たちの役目じゃないわよ」
秋がおかしくてたまらないとばかりに声を立てて笑った。
「おっかし。緋室って本当に何も知らないのね。王宮では何を教えるの?」
「・・・・わるかったな・・・」
ケラケラと笑い続ける秋の声は明るく、緋室を馬鹿にした様子はなかった。
単純におかしくてたまらないとばかりに笑っている。
「別に悪いとは言ってはいないわ。
そうねぇ。例えば・・歴史に不備が現れた時にそれを修復する時空修復や時空に乱れや問題はないか監視する時空監視。
時を止める権限もあるし、巻き戻しだって・・・・未来だって見られるわ。
不文律は『歴史を変えないこと』・・ただその一点。
それさえ守れば時間のすべては私達の支配下よ」
「時空異邦人ってすごいんだな」
「時空異邦人を舐めないでちょうだい」
胸を張る秋の様子は本当に誇らしげだ。
「時空異邦人っていう名前はね、クロノシアを作った国王が命名したの」
「ってことは、五代前の国王・・・第二代国王の東雲宮 黒龍様か」
「そうよ、貴方のご先祖様。私たちをクロノシアに閉じ込めた張本人様よ。
「時空を自由自在に操れるなんて変だ」っておっしゃって・・・・・・変と異邦をかけたみたい。
ま、もともと異邦人には旅人って意味もあるしね」
「親父ギャグ?」
「貴女の祖先よ」
「祖先って言われてもなぁ・・・興味がないんだよなぁ」
引いたようにいう緋室を秋はねめつけるが、緋室の反応は乏しい。
本当に興味がないようで、すでに朱蒙の動きを追っている。
「緋室」
「何?」
「地球国初代国王か現国王までの名前と主な業績を言ってみて」
「どうして?なんでいきなりそんなことを?」
「いいから。早く」
強く促されて、緋室は困惑気味に口を開いた。
「初代国王、東雲宮 緑仁。五人の異能を従えて戦国時代を終わらせて、地球国を築いた偉大なる大王。
二代目、黒龍。百都市制度と衆議院制度を並立させて、民主主義化を促進。王家を権威の象徴に押し上げた。
三代目、実赤。通称、科学王。前氷期の失われた科学技術を発掘し、そこにエコロジー精神を加えて発達させた。
四代目、紫苑。父の実赤と同じく、科学技術に没頭。国立科学アカデミーを作り、IT技術で政府事業を統一。また、教育事業も制定した。
五代目、常盤。税金制度を新しく定め、医療や福祉に貢献。
六代目、蘭茶。太陽系同盟の前身である銀河系連盟を締結。
七代目が現国王。俺の親父の黄季。太陽系同盟とミルキィーウェイ・エンペラーの同盟を締結。大幅な貴族粛清を行い中央集権化と民主主義を強化。
ってとこかな」
「見事なテスト用の解答ね」
教科書に書いてある模範的な解答を聞いて秋が納得とばかりにため息をついた。
「緋室。貴方って知識が豊富で理解力・機転力・応用力に富んでいるタイプの“頭のいい人”じゃなくて、学校の成績だけは器用に点数が取れるタイプの“頭のいい子”なのね」
「容赦ないなーおい」
「貴方に容赦する必要性がどこにあるの?」
「・・・・やっぱり秋はツンツンだ」
「やめてよしてその言葉は二度と言わないで」
拗ねたように言う緋室に畳み掛ける秋。
秋の必死の静止がおかしかったようで、彼はプッと小さく噴き出した。
「くくっ・・・確かにな。学校の成績は良かったけどね」
「やっぱりね。朱蒙を選んでよかった」
「え?」
「朱蒙の過去に戻りましょう。貴方に彼の人生すべてを見せたい」
有無を言わさず緋室の腕をつかんで、秋は時空を超えた。
一瞬の薄桃色の靄の後、目の前に現れたのは先ほどとは違う宮殿だった。
いたるところに掲げられている旗には玄武が刻まれている。
「東扶余の王宮よ。朱蒙はここで育ったの。
朱蒙は別名を雛牟と言って、東扶余二代目国王の金蛙王の八男として生まれたの。
一人だけ母親違いで・・・母親は河伯族の柳花。
でもね、朱蒙の出生には面白い伝説があるのよ」
「伝説?」
「ええ。河の神の娘である柳花が天帝の息子である解慕漱に騙されて閉じ込められていたのを金蛙王が助け出した。
日がたつと柳花は大きな金色の卵を産み、その卵から生まれたのが朱蒙である、ってね」
「なんだそれは?卵?」
「そ。卵。朝鮮には偉大な王が卵から生まれるっていう神話が多いわね。
朱蒙しかり、金官伽羅の首露王しかり、新羅の朴赫居世や昔脱解しかり。
卵が神聖だったっていうのもあるけれど、普通ではない生まれをしたから偉大な王になったと考えられていたみたい。
とにかく、朱蒙は子供のころから天才だったの。
七歳で弓矢を作り、獲物を狩る腕は百発百中。
頭脳も明晰で、金蛙王も自分の跡継ぎに考えていたわ。
でも、それを面白くないと思っていたのが王妃の一派と王子たち・・・特に長男の帯素ね」
下を見ると、まだ幼年と言っていい年頃の朱蒙が年長の男と弓の勝負をしている。
接戦を制したのは朱蒙で、金蛙王や柳花が満足そうに笑っている中、対戦相手の男は今にも朱蒙を射殺しそうな勢いだ。
「帯素も文武両道を誇った王子だったわ。欠点としては短気なとこかしら?
彼はね自分や母親の王妃が冷遇されているのは朱蒙と柳花の所為だと恨んで、ことあるごとに朱蒙を殺そうとするの。
刺客を送るのは日常茶飯事だし、山に置き去りにしたり・・・王子の身分をはく奪したり。
兄の猛攻撃を何とかかわしながら朱蒙は何とか生き延びていたわ。
でも、結局、朱蒙は扶余を脱出するの」
秋の説明と同時に、眼下の歴史が動いていく。
まるでビデオを早送りしているように時代が流れた。
「兄たちに命を狙われて、母親と妻を人質にとられて、国を追われて・・・それでも朱蒙は新しい国を建てる夢をあきらめなかった。
信頼できる仲間・・鳥伊、摩離、陜父とともに、豪商・召西奴の協力を得て、卒本に落ち着くの。
それからたくさんの仲間を手に入れて、流民を開放し、漢国の軍を打ち破り、高句麗を建国するのよ。
どうして朱蒙がここまで頑張れたか、その理由はわかる?」
秋の問いかけに緋室は首を振った。
「彼にはね目的があったからよ。
古の大国・古朝鮮の領土を取り戻し、漢国を追い出すっている大望がね。
古朝鮮が漢国に滅ぼされてから、古朝鮮の民は漢国の奴隷だった。
人権なんかなかった。広大な領土も人としての誇りも国家権力すら・・・すべて奪われていたの。
扶余の王族として生きていた間、朱蒙は何度も何度も扶余が漢国に踏みにじられたのをみたわ。
朝鮮民族の誇りをずたずたに引き裂かれ、無理な要求を強いられて苦悩する父をずっと見ていた。
そして、思うの。漢を追い払って古朝鮮の誇りを取り戻そうってね」
平坦な道ではなかったはずだ。
それでも、朱蒙は仲間とともに漢国に抵抗し続けた。
強大な漢国に逆らい、立ち向かい、やがて打ち負かすまでに成長する。
その裏には、朱蒙と仲間たちの血の滲むような努力があった。
「大きな目的があったから、数多い苦難を乗り越えて、大国・高句麗の基礎を築けたのよ。
・・・・・ねぇ、緋室、貴方はどうして王になるの?貴方が王になる目的は何?
私は貴方がツタンカーメンを見た時に言った言葉・・「王族は平民よりも豊かな暮らしをさせてもらえる。それは王族が平民に対しての責任を負っているからだ」って言葉に素直に感心したわ」
秋は一度言葉を切って、「でも」と続ける。
「歴史を知らない、自己主張もあまりない、自分の祖先にも興味がないという・・・・なんだかあなたを見ていると、王家に生まれたから仕方なく王になる、っていう投げやりな態度が感じられてむかつくのよ。
純粋で、好奇心旺盛なところは貴方の美徳だとは思うわ。
でも、物事に流されて唯々諾々と生きているのはどうかと思う。
貴方、自分の意志で何かを決めたことや成し遂げたこと、ある?」
秋の辛辣な言葉に緋室は答えない。
「もったいないわ」
黙る緋室にぶつけられたのは、秋の素直な本音だ。
「貴方は王族よ。地球国民のトップよ。誰よりも豊かな生活が約束されているわ。
最高の教育を受け、最高の生活をして・・・王になるのよ。
王はね、誰よりも選択肢が広いのよ。誰よりも責任は重いけれど、誰よりも自由よ。
なぜその才能と知識と権力を無駄にしているの?」
やる気になれば貴方は何でもできるのよ、と秋は叫んだ。
「私がどんなに望んでも手に入らない自由を貴方は持っているわ。うらやましいわ。もったいないわ」
「・・・秋・・・」
「本当にむかつくわ。何でも選べるのに!
何もかも自由なのに、なのに、与えられるものを唯々諾々と受け取るだけなんて」
悔しさを顔いっぱいににじませた秋が唇をかんだ。
「・・・秋・・」
名前を呼ぶと、彼女は自己嫌悪に顔を染めてそっぽを向いた。
「ごめんなさい・・・・言い過ぎたわ。でも、・・・本音・・・キャッ!」
秋の言葉が終わらないうちに、緋室は秋を抱き込んでいた。
腕の中に抱き込んだ、小さな存在。
彼女の言葉は的確で、緋室の胸を突き刺した。
緋室の胸の奥、ずっと隠していた秘密を容赦なく暴いた。
孤独に泣いていた自分の心の扉を容赦なくこじ開けて、中に閉じこもっていた緋室をつかんで新しい世界へと引っ張り出した。
そのことが、嬉しくてたまらない。
ギュウと彼女を抱きしめる腕に力を込めると、反対に秋はますますもがいた。
「ちょっと!離して!」
必死にもがいて、やっとのことで緋室と距離を取った。
文句を言おうと彼の顔を見上げた瞬間、秋は言葉を失った。思わず「・・・うそ」とつぶやく。
「・・・どうしてそんなに嬉しそうに笑うの?」
緋室の笑顔が不思議で、秋は彼の頬に手を伸ばした。
緋室の意外な反応に秋の中で罪悪感が頭をもたげる。
「・・・・私、きついこと言ったわよ。その自覚はあるわよ。普通は怒るんじゃないの?
そんな・・・嬉しそうに笑うなんて、気味が悪いわ」
「そうかな?」
満面の笑みとともにそう言って、緋室は秋の首に居座っている銀月を見た。
銀月が秋から離れない理由がわかる。
秋はきつい。
その上、王族が嫌いだとはっきり言う。
だからこそ、緋室を“地球国王子”としてみない。
緋室を“緋室”としてみて、その上できついのだ。
そのことが緋室にとってどんなに嬉しいことなのか、秋は知らない。
だからこそ困惑しきった表情で緋室を見上げている。
だけど、そんな彼女の困り顔すら緋室には愛しいものでしかない。
嬉しくて嬉しくて笑顔が零れた。
しかし、そんな緋室とは対照的に秋は微妙な顔をしている。
「こいつ大丈夫か?」とうかがうような顔だ。
「ちょっと、緋室?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
感謝の言葉に、秋は顔をひきつらせた。
「ためになった。連れてきてくれてありがとう。朱蒙に会わせてくれてありがとう」
― 何より、秋に会わせてくれてありがとう。
緋室は心の底からクロノス《時の神》に感謝を述べた。
クロノシアについた瞬間、緋室は足から崩れ落ちた。そのまま床に倒れこむ。
「体が重い。死ぬっ」
「軽口叩けるなら十分元気よ」
秋は優雅に立っている。
緋室は錘が体全体に乗っているようで、指先ひとつ動かせない。
「本当だったら三十時間ぐらいたっているけど、八時間まで戻したから付加も十倍以上だと思うわ」
時計は午後五時。
秋に会ったのが九時ぐらいだったから、きっかり八時間だ。
「秋はどうして平気なんだ?」
「訓練の賜物よ。毎日、何時間も訓練していたもの。
・・・しばらく動けないと思うから側近さんを呼んできてあげるわ。じゃあね、緋室」
それだけ言って、秋はその場を後にした。
緋室はまたしても半狂乱のソウバがその場に来るまで放置されたのだった。




