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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 7 〉
84/100

84.墓参り



「萌ちゃん、起きませんね……」

「まあな」

 どうしたもんかと、杏実は助手席から後部座席を振り向いた。萌は2時間前と変わらぬ体制で、クッションに横になっていた。


 今日は土曜日。朝から颯人の車に乗り、杏実の地元、もとい祖父のお墓参りに来たのだ。

 颯人が一緒に行ってくれると言ってくれた次の日、その情報をどこからともなく仕入れてきた萌も一緒に行きたいと言うので、今回は3人で行くこととなった。

 実をいうと颯人と2人きりだと思っていたので、二人きりで6時間近く何を話そうとか、泊りなのでホテルは別の部屋を取った方が良いのだろうか……とかいろいろと考えて、うれしい反面少し緊張していたのだ。

 萌が行くと聞いた時は少しホッとした。残念な気持ちが無いわけではない。しかし……要は一緒にいられたらなんでもいい。


「もうかれこれ2時間も寝てますよね。調子……悪いんでしょうか?」

「毎回こうなんだ。……ガキみたいに車に乗った途端、寝やがる」

「そうなんですか?」

「まあな。まあ……また夜中になんかしてたんじゃねーか。萌は夜型だからな」

「なるほど」

 確かに夜中に起きた時など、時々萌の部屋から物音が聞こえてくることがある。やはり学生さんだし、勉強や趣味やいろいろとやることがあるんだろう。


「起こすか」

 その声に杏実は急いで颯人を止めにかかる。


「あ……待ってください。もう少し寝かせてあげましょう」

 こんなに気持ちよさそうなのだ、無理やり起こすなんてかわいそうだと思う。

 しかも思いのほか颯人の運転は速く、予定より早く着いた。今からお墓参りをするだけなので、急ぐ必要はない。


「はぁ? もう十分だろ」

「でも……。あっ……そうです。私いつも住職さんにご挨拶してからお祖父ちゃんのお墓に参るので、今から先に挨拶してきます」

「挨拶?」

「その間だけでも……ね?」

 杏実がそう言ってもう一度萌を起こさないよう頼むと、颯人は呆れたようにため息をついた。


「わかった。その間だけだぞ」

「はい! では……行ってきます」

「どのぐらいかかる?」

「そうですね……住職さんが何も用事が無ければ長くても20分ぐらいです。もし忙しそうなら一度戻ってきますね」

「わかった」

 颯人の返事を聞き、萌が寝ているのをもう一度確認してから車を降りる。山の中の駐車場だけあって、風がひやりと素肌を通り抜けた。

 地元では名の知れた墓地だけあって、今日はちらほらと車が止まっていた。ほとんど地元のナンバープレート。 チラッと今年こそ両親が来てるのではないかと思ったが、見知った車は見当たらなかった。そう思ってバカなことを考えてしまったと思う……もうあれから8年も経っているのだ。たとえ来ていたとしても車なんてとっくに買い換えているだろうし、今の杏実に分かるはずもない。

 気を取り直して圭から持たされたお土産の袋を持って、事務所兼寺の本殿の方へ向かった。その間にも同じく挨拶に来た人だろう人と数人すれ違う。

――――――すれ違うたびになぜか緊張してしまう。

 毎年感じている緊張感。その理由は嫌になるほどわかっている。


 杏実は本殿のドアを開け、中を覗いて住職がいるか呼びかけた。


「すみません!」

 しばらくすると袈裟を着た恰幅のいい住職が顔を出した。


「やあ! 千歳さん。今年も来たんだね」

「はい。ご無沙汰しています。今年も祖母の代わりに参りに来ました」

 そう言うと住職は穏やかな表情で何度かうなずく。お土産を渡すと「毎年、すまないね」と言いながら受け取ってくれた。


「今年も君のご両親から結構な供物と花が送られてきたよ」

「……そうですか」

「今日はご実家に帰るのかい?」

「いえ……」

「そう。電話口でお母様が君のことを心配されていたよ。また時間があるときは帰ってあげなさい」

「……はい」

 住職は杏実が家を出ているわけを知らないのだ。毎年同じような言葉を掛けられ、苦笑するしかない。

 母が杏実を心配しているなど、ただの体裁にすぎない。


「そうだ。今年は君に渡しておいてほしいと頼まれたものがあったんだった……ちょっと待ってなさい」

「はい」


 渡してほしいもの?

 こんなことは初めてだった。なんだろうと思う。

 杏実の怪訝そうな表情をよそに、住職はそう言って部屋から出て行ってしまった。



「はぁ……」

 いつもながら気疲れしてしまう。毎年そうだったのだ。新幹線に乗ってここにきて帰るまで、ふとした瞬間に昔を思い出して気分が晴れない。しかし今年はここに着くまではこんな気持ちを忘れていた。萌が何気ない話で楽しませてくれたことと、きっと颯人が近くにいてくれたからだと思う。そばにいてくれるだけで心強い。こんなことならもう少し待って、颯人や萌についてきてもらえばよかったなと思う。

 一緒に暮らし始めて数か月、まして自分は身内でもない。しかし萌や颯人の中には自分の居場所があるような気がするのだ。だから心地いい。少しうぬぼれているのかもしれないけれど。




 その時ドアが開く音がした。住職が戻ってきたのかと思い顔を上げる。

 しかしそこには知らない男の人が二人立っていた。

 一人は60代前後の白髪の男性。もう一人は30代後半から40歳くらいの背の高い男性だった。いずれもスーツを着ている。杏実が振り向いたと同時に、その二人の視線も杏実に向けられた。

 礼儀かと思い軽く会釈する。

 しかしふとこの人たちも住職に用があるんだろうと思って杏実から話しかけることにした。


「今、住職さんは席を外されてるんです。すぐ戻ってこられますよ」

 杏実がそう言うと、白髪の男性が杏実にニコッと笑いかけてきた。


「?」

 良くわからないが、杏実も愛想笑いを返す。するとその男性二人は杏実の座っていた椅子に近づいてきた。

 そして杏実の目の前に立ち、白髪の男性が「こんにちは。御嬢さん」と言う。よく見ればこの二人目元が良く似ている。親子だろうか。


「あ……の?」

「今日はどのようなご用件でこちらにこられたのかな?」

 そんな言い方をするという事はこの寺の関係者だろうか?

 白髪の男性は笑みを絶やさずにそうたずねてきた。もう一人の男性はなにも言わずじっと杏実を見ている。

 なんだか座っている杏実の前に立たれていることもあるが、居心地が悪かった。


「……祖父の墓参りです」

「ほう! 若いもんが感心ですね。なあ……博己(ひろみ)や?」

「そうですね……」

 その白髪の男性の言葉に抑揚のない声色で“博己”と呼ばれた男性は小さくうなずく。そうしている間もその男性は杏実に視線を外さない。なんだかその視線はねっとりと杏実を値踏みをしているようで気持ちが悪くなってきた。


「私は用が済んだので……そろそろ」

 そう言ってその場から立ち去ろうと腰を上げる。住職には待っていてくれと言われたが、また後で訪ねればいい。なぜか早くここから立ち去った方がいいと思った。

 しかし会釈してドアの方へ向かおうとした時、パッとその腕を掴まれた。

 驚いてとっさに振り向く。“博己”と呼ばれた男の人の手が、杏実の腕を掴んでいた。その手はじっとりと汗ばんでおり、掴まれたところから不快感が這い上がってきた。何よりもその視線は、杏実のつま先から徐々にゆっくりと上に上がってきて、やがて杏実の視線と交差する。その表情は何か意味ありげで、うっすらと笑みを浮かべていた。


 なぜかゾッとして、とっさに手を振り払ってしまう。しかしすぐに失礼なことをしてしまったのではとハッとして視線を合わせないように言葉を紡いだ。


「何か御用ですか?」

「私は……」

 その男性が口を開いた時、ガチャっと音がしてドアから住職が顔を出した。

 たちまちホッとする。


「お待たせしました。千歳さん。……おや? 清水さんどうしてこちらへ?」

「先日見に来ました土地をもう一度拝見しようかと思いましてね」

 住職の声に白髪の男性がにこやかに返事を返している。


「そうでしたか。では後程案内いたしましょう」

「いえいえ。もう先ほど手前どもだけで見させていただいたんですよ。一応はご挨拶して帰ろうかと思いましてね。こちらに寄ってみましたらこの女性がおりまして、もう少ししたら戻ると……」

「そうでしたか。……おや? そう言えば清水さんは千歳さんの紹介でこちらに来られたのでは? この女性は千歳さんの三番目の娘さんですよ」

「……そうでしたか。それはそれは……」


 千歳さんの紹介?

 その言葉にギクッと身体を揺らす。この人物は両親を知っているらしい。と言うことは自分のことも噂できっと知っているのだろう。誰にも知られずにここを訪れるつもりだったのに、こんなところから両親に伝わるかもしれないと思うと嫌な予感がした。


「じゅ……住職さん。私そろそろ祖父のお墓に参って帰ります」

「そうですか。ではこれを……」

 住職さんはそう言うと一枚の白い封筒を杏実に渡す。―――――ずっしりと重い。なんだろう?


「ありがとうございます。では失礼します」

 そう言って顔も上げずに部屋を出ようと足早にドアに向かった。両親の知り合いに挨拶もせずに失礼だとは思ったが、あの視線をもう一度見ようとは思えなかった。


「千歳 杏実さん」

 突然名前を呼ばれ、驚いてとっさに振り返ってしまう。


「また……のちほど」

 そう言って博己と呼ばれた男性はニコッと笑いかけてきた。杏実はその言葉を振り払うかのように返事をせず部屋を後にした。




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