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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 6 〉
82/100

82.颯人のシナリオ~恵利side~

――――― 



「気が変わった。フミ婆には言わない」

「え?」


 スクラリで裕之と待ってた恵利は、しばらくして颯人から電話があり、裕之にそのまま社内の応接室に連れて行かれた。やがて颯人が来ると、裕之は「後で聞かせてね」と言って社内へ戻っていった。よって今は二人きりだ。

 烈火のごとく怒ってた颯人のことだ、今から電話でフミを呼び出しかねないと警戒していた恵利はその言葉に耳を疑った。


「フミ婆には言わないって言ってる。さっき杏実にも言うなって言われたしな」

「は? 杏実さんに? 私が騙してたこと言ったんでしょ?」

「言った。でも……黙ってほしくて嘘ついたのに、そのせいでフミ婆にばらしたらかわいそうなんだってよ」

「何よそれ……バカじゃないの」

「バカだけど……お前が言うな。お前が一番バカだ」

「ふん。……とんでもないお人よしね。しかも……杏実さんから言われたからってその通りにしちゃうんだ? あんたもバカじゃないの」

「気が変わったって言ってんだろ。 タダじゃねーよ。条件がある」

「条件?」

「お前にとっちゃ……悪くない条件だと思うぜ」

「何よ」

 颯人はそう言うと、ニヤッと笑って恵利の方を見る。自分のことをいつも策士だ、性悪だなんだと言うが、昔から颯人も似たようなもんだと思う。その顔……ロクなこと言わないときの顔だ。


「お前。今回の舞台……確か大した役じゃないって言ってたよな?」

「はぁ?」

「俺がお前にぴったりのお役目与えてやるよ。だから今回は舞台は断って、やってほしいことがあるんだ」

 そう言うと颯人はバサッと一枚のA4サイズの封筒を投げてくる。怪訝に思って中身を見ると、どこぞの店の広告と地図。何枚かの写真とその人物のプロフィールらしきものが事細かに書かれている用紙が入っていた。とりあえずはじめに見た店の広告らしきものを見てみる。


「“グランデ”……キャバクラ? と……“璃音”……老舗料亭? 何よこれ」

「ここで、しばらく……まあ1ヶ月ぐらいでいい。働いてきてほしい」

「はぁ~? なんなのよ、それ。しかも……ここって新幹線で2時間ぐらいかかるじゃない!」

「だから今回は舞台は断れって言ってんだろ。日当は出す。一日1万、それに働いた分給料がプラスされるんだから今回の舞台のギャラよりいいだろ?」

「そう言う問題じゃないのよ。嫌! 絶対しない」

「あっそ……。でももう一つお前に好条件をつけてやるよ。お前がフミ婆から盗んだ金、あとどれぐらいあんだよ」

「はぁ? ないわよ。使った」

「嘘つけ。 ちょっとあてがあるから帰ってきたんだろ」

「……あてなんかないわよ……でも100万ちょっと残ってるから、これだけでも返そうと思ってるのよ」

「ふ~ん……なるほどね。よし。じゃあ、とりあえず200万、俺が貸してやる」

「え?」

「それで300万きっちり返してフミ婆の件、許してもらえ。俺から借りたことは言わなくていい。俺も言わねーから。この金は当てができたら返せ。別に期限はなくていいよ」

「何言って……」

 恵利の戸惑いをわかってか、さらに颯人は畳み掛けるように言う。


「どうする? 俺から借りりゃフミ婆に会いに行けるぜ? しかもちょっと1ヶ月知らないとこで働いてくるだけで、まあ占めて50万ぐらいは溜まんじゃねーの? ……前回の舞台は主役まで務めたくせに、今回はこっちで端役。で、わざわざ戻ってきて俺たちの近くでフミ婆の様子を探ってる。もともと舞台なんて帰ってくる口実だったんだろ? 様はなんか別にフミ婆や親と仲直りしたい理由でもあんだろーが。そのチャンス、みすみす逃していいのか?」

 その言葉を聞いてたちまち頭に血が上る。


 この男~!!!

 時々むかつくぐらい勘が良い。自分がその提案に乗ることは初めからわかっているというような言いぐさ。そして断れないようにあらかじめ手回ししての、あまりに見事な用意周到さ。

 これでは……このむかつく男の提案に乗らざるを得ないではないか。


「どうだ? やるか?」

「ふん! ほんとむかつく奴ね」

「お前に言われたくないね」

「その条件……まあ、飲んでやらなくもないけど、その前に……なんでそんなとこで働く必要があるのか聞かせてもらいましょうか」

 恵利がそう言うと、颯人は恵利の持っている封筒を指差す。


「そこに何枚か写真とその人物の名前とか書いてある紙が入ってるだろ? その人物を探ってきてほしい。もともと、そのキャバクラと料亭はそいつらの行きつけの店なんだ。結構な頻度で訪れるそうだが……まあ本人に会わなくても従業員からなんか情報が入ってくることもあんだろ」

「千歳 英明……? 誰なの……これ」

「それは杏実の父親。後の人物は、杏実の母親、姉2人と今度杏実とお見合い話が上がってる相手方の”清水”の親とその長男。その資料は、夏美に杏実の地元の記者を通じて調べてもらったものを適当にまとめたものだ。名前以外は嘘かホントかはわからんけど、近づく際参考になるだろ」

「夏美? あの子にそんなこと頼んだの?」

「ちょうどあっち方面に取材行ってたからな。夏美なら政治関連にも強いし頼んだんだよ」

「政治? そもそも……なんで杏実さんの身内を調べるわけ?」

 初めて聞くフレーズに疑問だらけでそう言うと、颯人は「ああそうだったな」と言い、杏実さんの事情について説明し始めた。

 その説明を聞き終えると、やっと颯人の意図がわかった気がする。





「なるほどね……」

「やるだろ?」

「そうね……ちょっと面白そうじゃない」

「……そう言うと思った」

「いいわ。乗った。条件も気に入ったし……まあそんな事情なら、やってみる価値あるもの」

「よし。じゃあ、交渉成立だな。ちなみにこの事、杏実には言うつもりないから黙ってろよ? あいつが知ったらまたなんか遠慮して“やっぱり帰る”とか下手なことなりかねねーからな」

「そうなの? ふ~ん……そんだけ金と労力使ってんのに本人には黙っとくんだ……へんなの」

「金なんていつでも溜まる。でも大切なもんは……いつなくなるかわかんねーからな。欲しいと思った時に全力でやる」


 颯人が一瞬みせた寂しそうな表情にふと、昔颯人が飼っていた柴犬のことを思い出した。

 名前は確か……“ミルク”?だっただろうか。ミルクは颯人が前の家で飼ってた犬で、颯人の両親が亡くなって颯人と共に恵利の家にやってきた。顔は可愛いのだが、恵利には一向に懐かずいつも吠えられて憎たらしい犬だったが、颯人には従順で当時ふさぎがちだった颯人もミルクにだけは心を許しているようだった。何度か夜中に、颯人が犬小屋の前で何か話をしているところを見たこともある。ミルクはいわば残された唯一の家族だったんだろう。眠れない夜もミルクがいることで癒されていたに違いない。

 やがて颯人も本来の快活な性格に戻ったが、昔と違いどこか人と距離を置いて冷めているような、生意気で無愛想な男に成長していったように思う。しかしフミや身内やしょっぱなからずかずかと遠慮のない裕之には心を許しているようだったし、何よりミルクと接している時は昔のような柔らかい笑顔を見せていた。

 就職して颯人は一人暮らしを始めた。ミルクは当然のように自分のマンションにつれていった。もうその頃はミルクはかなりのおじいちゃん犬になっていて目もあまり見えていないようだったが、颯人は関係ないようだった

 それから二年してミルクは亡くなった。あの時の颯人は……言葉では言い表せない。「もうわかってたことだから、大丈夫」と口では言っていたが、辛そうで……ふと、ふさぎがちだった昔を思い出させた。

 そのころは女性もとっかえひっかえしていた。恵利がそのことを指摘すると冷めた目で「お前に関係ない」と言うだけだったし、恵利自身もそこまでは介入すべきではないと思って放置することにしていた。以前よりも人と距離を置くようになった颯人だが、それから1年ぐらいすると、やっと落ち着いたのか時折恵利たちの前で笑顔をみせるようになった。無愛想は相変わらずだったが、なにより……ぱったり彼女を作らなくなった。理由を聞くと「面倒になった」と言っていた。代わりに裕之や男友達と楽しそうにしているようだったし、少し落ち着いた様子の颯人に身内はホッとしていたのだ。

 でも恵利はそんな颯人の変化に……颯人はもしかしてこれから大切なものは作らないつもりなんじゃないかと思った。いつもいつの間にかいなくなってしまう存在に……あきらめてしまったんじゃないか、と。

 しかし―――――どうやらそれは杞憂だったらしいと思う。

 こうして颯人は大切な存在を見つけ、それを必死て手に入れよう、守ろうとしているのだから。

 まあ先の未来がどうなるかなんて誰にもわからない。

 しかし……やるだけやってせいぜいあがけばいいのだ。

 


「まあ颯人が黙っとけって言うなら黙っとくわ。どのみち私には大差ないし」 

 恵利の言葉に颯人は一度うなずく。

 

 バカなやつ。

 愛情表現も不器用と言うのか、ひねくれているというのか……普通の女性なら好きな相手にここまでやってもらえれば泣いて喜ぶところじゃないのかと思うけど……

 しかし心の中でそう思う恵利に颯人はさらに意外な言葉を投げかけてきた。


「じゃあ、恵利。さっそく明日から働きに行ってこい」

「……は?」

「なんだ? 明日は急か? なら明後日から……」

「ちっ……違うわよ! 何言ってんのよ。ここで働くんでしょ? その店に行って採用のための面接とかあるでしょうが! それに受かってから……」

 恵利があまりに早急な颯人の発言に戸惑ってそう言うと、颯人はケロッとした表情をみせ、飄々と言い放った。


「ああ。それは心配ない。履歴書とか適当に送っといたからいつでも来てくれて構わないとのことだ」

「は?」

 ますますわけのわからぬ状況に目を丸くする。

 心配ない? ……履歴書?


「フミ婆に会ってくなら、今日中に200万振り込んでてやるし、向こうで生活できるように一応マンスリーマンションも借りといてやったから心配すんな。まあ特に、杏実の父親は愛人とかとっかえひっかえいるみたいだし、お前がしっかり情報掴んでくれりゃ1ヶ月もかかんねーよ」

「……ちょっと待ちなさいよ。なんで……履歴書とか……」

 そう言ってハッと思いつく。


「まさか……あんたあらかじめ知ってたの? 知ってて私がボロ出すまで待ってたんじゃ……要は初めっからそのつもりだったのね!!」

 恵利の怒りを含んだ言葉を受け、颯人がチラッと恵利に視線を向けた。そして特に表情を変えることなく言い放つ。


「なんだ、人聞き悪りーな。全部知ってたわけじゃねーよ? ただ初めから杏実にはなんかするかもしれねーとは思ってたよ。お前がわざわざフミ婆の話を信用も置けない他人にするわけねーし、絶対ばらされたくないだろうからな。でも俺は杏実になんもしてなければそれでよかったんだよ。後は萌のことでもフミ婆のことでもネタは上がってんだから、お前を動かすのに何とでもいいようはある。でも……お前が帰ってきてから杏実はだんだん元気が無くなっていくし、これはやっぱりなんかあるなと思うだろ? まあすぐに問いただしてもよかったんだが……お前今後もまた杏実になんかしたら困るからな。ちょっと痛い目合わせてやらなきゃなんねーなと思ったから、しばらく泳がして恵利自身が追い詰められてから、問い詰めてそれを理由にこの条件のましてやろうと考えてた……まあそれだけだよ」

「あ~ん~た~ね!!!」


 こんのくそ男!!!

 恵利がそのバカにしたような言動を聞いて怒りをあらわにすると、颯人はその顔を一瞥し鼻で笑う。


「しっかりその通りになっただろ? 今更俺を出し抜こうなんて100年早えーんだよ。ばかめ」

「む……むかつく!!!」

「あっそ」

 恵利の言葉など痛くもかゆくもないような返事を返す颯人にますます怒りが湧いてくる。

 信じられない! 杏実さんの話を聞いた時は面白そうな話だし、条件もまずまず揃っていたから快くやろうと決めたのだ。

 しかしこの人を馬鹿にしたような態度……これが人にものを頼む言い方だろうか。

 普通に恵利にこの話を出せば“借り”となるのが嫌でこんな手段を取ったのだろうが(もちろん、そうしていただろう)それにしてもいいように動かされた様で勘に障った。


 そもそもこの嘘。初めは颯人のためにもなると思ってついたのだ

 もちろん圭さんの孫だと知った時点で、これはなんらか口止めが必要だと思った。電話口から聞こえる会話で颯人のことをどうやら知っているようだったし、それに対する杏実さんの応対で“これは颯人に惚れてんな”と思った。そして以前フミお祖母ちゃんが「颯人と圭ちゃんの孫を結婚させようと思ってる」と話していたのを思い出して、どうやらそれを実行しているんだろう……と推測したのだ。颯人は2年前、全くその気はなかったようだし、女にはとことんドライなやつだからきっといつものように迷惑しているんだろうと思った。だからとっさにあんな嘘を思いついた。

 その後、一緒に住んでいることを知ってかなりこれはボロが出る可能性があると思った。しかし……まあ恋人同士じゃないなら大丈夫か。とも思った。それに恵利と颯人が一緒にいるのを見ることで、ちょっとあきらめてくれるかもしれないし、杏実さんからすれば颯人の元婚約者の話を口にするのも嫌だろう。だからフミお祖母ちゃんにわざわざ言わないだろうと思ったのだ。

 もちろん嫌がらせで告げ口する人もいるだろうが、ちょっとそんな風には見えなかったのだ。


 しっかり信じきっていた杏実さんは、やはり恵利がいるときは颯人と距離を置いていたし、順調だと思った。

 しかし……あの夜。颯人の行動を見て、大きな間違いをしていることに気が付いたのだ。

“それは全く逆で……颯人が杏実さんを好きなんだと”

 やばいと思った。しかもあの顔、べた惚れ。なんで気が付かなかったんだろう。と。

 そう言えば萌を平田の件で脅してフミお祖母ちゃんへの口止めをした時、「杏実ちゃんには何もしないでね。杏実ちゃんはそんなことしなくても素直に頼めば言わないでくれるから。……もしそんなことしたら萌許さないから! 颯人お兄ちゃんも黙ってないんだからね!!」と珍しく反抗の色を見せていた。まあそんな言葉は蚊が飛んでるようなもんで、痛くもかゆくもなかったが……そういう事だったんだ。と思った。

 しかし……今更後には引けない。どうしようと迷った挙句、まあとりあえず裕之に相談してみるか……と、ちょうど颯人に用事があると言った杏実さんについていくことにした。

 しかしそこで聞いたまた驚愕の事実。杏実さんはあのホワイトデーのお返しをしていたカフェ店員“アメ”だったのだ。

 きっと颯人は裕之にもあらかじめ私からなんらかのコンタクトがあるかもしれないとは伝えてあったのかもしれない。

 そうとも知らず、もう絶体絶命と急いで裕之に会いに行った……行ったところでもう逃げ道はない気がしたけれど……現にこんな展開だ。くそぉ!!!

 こんな奴を少しでも助けてやろうと思ったことが間違いだった。

 今思えば……こんな奴の婚約者に一瞬でもなったことが(杏実さんの中だけだが)汚名であり悔やまれてならない。

 こんな腹黒く俺中心な奴に惚れる人の気がしれない。いたとしても相当のドM体質か変態か……いずれにせよ絶対ごめんだ!


 しかし……こんな奴の腹黒い一面をはたして杏実さんは知ってるのだろうか?

 いやあの裏のなさそうな性格……全く知らないだろう。知っていたら手におえる相手じゃないと思うはず。きっと颯人も分かっててきっちり隠してるに違いない。

 いまさらだが同情すら覚える。

 しかし……そこまで考えて……ふと疑問が湧いてきた。


 なんでこの二人……付き合ってないんだろう?


 今しがた、便宜上婚約者のフリをすることになっている。とは聞いたのだが……

 そもそも両想いでそんなまどろっこしい事する必要もない。意味が分からない。


「ねえ」

「んぁ?」

「あんた……さっき杏実さんの事情で婚約者のフリをすることになったって言ってたわよね?」

「ああ」

「……あんた……杏実さんに惚れてんでしょ?」

「まあな」

「じゃあ……なんで両思いなのに付き合わないわけ?」

 恵利がそう言うと、颯人は一瞬目を丸くする。恵利の言葉に驚いているらしい。

 ますます疑問が湧いてきた……まさか―――――――気づいてなかった?


 やがて颯人は戸惑ったように目を動かすと、ぼそっと「やっぱり……そう思うか?」とつぶやく。

 やっぱり?

 その曖昧な答え。やっぱりこいつ気が付いてなかったんだなと思う。


「それ以外何があるのよ。見てりゃわかるでしょうが……。呆れた。気づいてなかったの?」

「好きな人がいるってことはわかってたけど俺だとは思わなかった。でもまあこっちに惚れさせれば関係ないかと思ってたんだ。でも……さっき……もしかしてと思った」

「さっき?」

「平田が杏実に迫ってたろ? そん時杏実嫌がってて、その時あれ? とな」

「何よそれ……」

「俺が手を出しても杏実は嫌がったことが無い。隙があるから流されてんのかと思ってたが……平田にはきっちり抵抗してたからな。これはもしかしてと思ったんだ」

「好きな人いるってわかってて、手出してたの………最低」

「いちいち杏実が可愛いことするから……仕方ないだろ。まあそれに恵利の嘘にへこむってのも……要はやきもちだろ? ってことは決まりじゃねーか……いや……思いもよらなかった……」

「…………ちょっとどうでもいいけど……やめなさいよ、そのにやけ顔。気持ち悪いのよ」

「うるさい、ほっとけ」

 颯人は見るからにうれしそうに顔がにやけきっている。しまった……憎たらしい相手を喜ばせてどうするんだ。

 しかし……全くあほらしい。

 杏実さんは全く颯人の気持ちに気づいてないらしい。颯人は今の今まで誤解していた。裕之はそれを面白い題材として鑑賞していた……まあそういうことだったのだ。

 勝手にやってろ!


「あほらしいわ……帰る」

「あ……ちょっと待て待て」

「なによ、まだ何かあんの? 準備もあるんだから、あとは両者勝手にやんなさいよ。とりあえず杏実さんの件は協力してあげるから」

「いや、そうじゃなくて……良い事教えてくれたお前に、俺も一ついい事教えてやるよ」

「は?」

「さっき俺、お前の前回の舞台、主役やってたって言ったろ? なんで知ってるか分かるか?」

 そう言われて、そう言えばなぜそんなこと知っているのだろうと思う。この二年、音信不通だったのだから。


「……なんで?」

「フミ婆だよ。フミ婆はお前の居場所も知ってたし、いつも舞台にこっそり見に行ってたんだ」

「……え?」

「俺は何度かチケット買いに行かされたりもしてた」

「嘘……」

「もう怒ってねーよ? まあ建前上、なんか言われるとしてもフミ婆はお前の舞台何度も見に行って今はすごく応援してる。だから……まあ心配ないってことだ」

 その言葉に胸が熱くなる。

 あんなことをして出て行ったのに、フミお祖母ちゃんは自分を見守ってくれていたのだ。

 うれしかった……ずっと引っかかっていた心の中のしこりが軽くなったように感じた。

 恵利がうれしそうな様子に、颯人も少しうれしそうにしている。


「ありがとう……そうだったのね……」

「まあ、そんなわけで気にせず会いに行けよな。じゃあな。俺そろそろ社に戻るわ」

「わかっ……」

 そう返事しようと思って、はたっと気が付いた。

 

 ちょっと……まって。……フミお祖母ちゃんがとっくに私のことを怒ってない?……じゃあ、あのお金の条件の件は……!?


「ちょっと待ちなさいよ! フミお祖母ちゃんが怒ってないってことはお金全額返さなくても会えるってことじゃない! あんたそれ知ってて……わざと私をはめたのね!!」

「なんだよ。結果オーライだろ? 嘘はついてねーし、200万も振り込んでてやるし返せば丸く収まるってもんだ」

「……なんか……ことごとく癪に障るわ!!」

「あっそ。俺は杏実さえ手にはいればなんでもいいんでね。お前が怒ろうと痛くもかゆくもない。ってわけで、じゃあな。お前の日頃鍛えてたペテン……じゃねーや、女優魂の働き楽しみにしてるぜ」

「ちょ……」

 恵利が反論するのも聞かずに颯人はさっさと部屋を出ていく。


 あいつ~!!!

 絶対2年前の件を根に持ってたんだ。この機に仕返ししてやろうと思っていたに違いない。(裕之から颯人が海外に飛ばされた件は聞いていた)

 しかも最後のセリフ……


「ペテン……ですって~!!」

 上等だ。こうなったら徹底的に私の持ってした崇高な頭脳と女優魂であんたが欲しいとしている情報を掴んでやろじゃないの。 

 そんできっちりと金もあいつからぶんどってやる。


「金は返すつもりないわよ。……覚えときなさいよ」

 あんたは杏実さんさえいればいいんでしょうからね!

 颯人から渡された封筒をつかむと恵利は、後ろを振り向くことなく颯爽と部屋を後にしたのだった。







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