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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 6 〉
80/100

80.嘘かホントか?



 会社のビルを出てすぐのところで、平田と二人、颯人と恵利を待つ。ビルはガラス張りで中の様子は丸わかりだ。平田の言ったことが気にかかって、ソワソワと中のエレベータの方を見つめた。


「不安?」


 そんな杏実の様子を見て、平田は楽しそうにそう聞いてきた。

 杏実は平田を見上げて、この気持ちを何と表現すればよいのか考える。


 不安? 

 わからない。しかし今頃になって、この頃感じる寂しさと違和感はなにか理由があるのだと、思えてきたのだ。

 平田は知っているに違いない。だから……こんなに楽しそうなんだろう。

 それがどんな真実であれ、杏実は知らなくてはいけないのだ。ずっとその事から逃げてきたから、きっと真実が見えないのかもしれない。たとえ……恵利と颯人がお互いを想い合った仲だとしても、颯人から直接聞いて、杏実のこの思いを自分で断ち切るしか道はない。


「大……丈夫です。覚悟を決めました。甘えてばかりじゃ……前に進まなきゃ……いけませんから」

「ふ~ん。ご苦労なことだね」

 そう言うと、平田はバカにするように笑う。王子の仮面が一瞬剥がれた。親しくなるごとに思うが、この人はただの八方美人じゃないらしい。颯人と親友だけあって、中身はもっと違う人なのかもしれないと思う。


「平田さんって……どうしようもない人のイメージでしたけど、なんだかんだ私の話を聞いてくれて……こうやって……後押ししてくれて、結構優しいところあるんですね」

「はは……今頃わかったの? 僕は女性の味方だよ」

「それは……同意できませんけど。でも……朝倉さんの親友のわけが少しわかりました。いい人です」

「いい人ねぇ~……それって女性から一番言われたくない言葉だよね」

「そうなんですか?」

”良い”と評価さえて嫌がる人がいたとは。平田と根本的に考えが異なるのだと改めて感じる。


「……じゃあ見直しました? う~ん……でもそれって上から目線みたいですよね」

「はは……ここは惚れ直しましたっていうとこだよ」

「は?」 

「そしたら……僕にしとけば? って言えるでしょ?」

「………は?」

”俺にしとけば?”杏実はその予想だもしない言葉に唖然とし、平田を見つめる。平田はうっすらと笑みを浮かべて杏実を見ていた。正直言ってその表情からは何を考えているのか全く分からなかった。

 そしてその表情のままさらに意外な言葉を紡ぐ。 


「僕に乗り換えない? って言ってるんだよ」

「……嫌です」

「はっきり言うねぇ。僕って案外お得なのに。優しいし……仕事もできるし……顔も良いし」

「女性に八方美人な人は嫌です。浮気しそうだし……」

「浮気? ……やだなぁ。それは男の性じゃないか」

「その発想が最低です」

「はは……言うねぇ。でも僕、心の中では君だけを大切にする自信あるよ。……君ってなんだか他の女性と違うんだもん」

「……どういう意味ですか?」

「僕に真正面から食ってかかるところが面白いんだよね。飽きないし……何より君の笑顔は可愛いし……さりげない気遣いに癒される」

「……何を……」

「君は気づいてなかったみたいだけど、スクラリにいたころ君目当てに通ってた社員が何人もいたの知ってた? 一人ひとり少しずつ挽き方や蒸らし方、温度変えてたでしょ? だから僕も君のコーヒーが好きだったんだよ」


 この人は……いったい何を言ってるんだろう。

 確かにスクラリにいたころは、常連さんには好みの入れ方を心がけていた。しかしだからといって、その話が本当だとは思えない。

 先ほどから変わらず、笑みを絶やさず言ってのけるその表情からは、平田の本意が全く見えなかった。

 本心か嘘か……嘘なら、なぜ嘘をつくのか?


「信じてない……って顔」

 そう言って平田は「くっくっ」と笑うと、杏実の方へ一歩一歩と距離を縮めてきた。

 杏実は思わず危険を感じて後ろに下がる、しかしすぐに生け垣の煉瓦に足が当たってそれ以上進めなくなった。

 平田は身体が触れあう距離まで来て足を止めると、さりげない動作で杏実の腰に手を回す。


「あの……離してくだ……」

「ねえ……試してみない? 僕って上手いよ?」

「う……うまい?」 

「一瞬で陥落させてあげる。……朝倉のことなんか忘れて楽しもうよ」

 そう言うと平田は顔を傾けながら杏実の方へ近づけてきた。


 キスされる!


「やっ……」

 杏実が思いきり顔をそむけようとした時、ぐいっと腕を掴まれ身体が引き離された。身体が反転し、たちまちすっぽりと何かに包まれてしまう。

 森の中のような木の香り……そしてこの温かさ。颯人だ。



「やぁっと来た! 遅いよ……」

「平田~!! 悪ふざけも大概に……」

「やっぱ姫奪還には効果的なシチュエーションが必要かと思って、今か今かと騎士ナイトの登場を待ちわびてたんだよ~!! もう少し遅かったら僕の魅力で奪っちゃうとこだったじゃないか」

「お前な……」

「で? 恵利ちゃん連れてきた」

「ほれ。あそこ」

 杏実を腕の中に抱きかかえながら、颯人は視線で玄関の方で少しバツの悪そうな出で立ちで立っている恵利の方を指し示した。


「上等上等。よし、こっち連れてこようね~」

「平田」

「今回は僕も椅子から転げ落ちるとこだったよ~。ふっふっふ……」

 そう言って平田は楽しそうな笑い声をあげて恵利の方へ歩いて行った。

 杏実は平田が去ったことと、颯人の腕の中にいるということに安心してホッと息をつく。

 悪ふざけ?

 それにしてはあまりにリアルで、本当にキスされるかと思った。

 真剣に嘘をつく。敵を欺くにはまず味方からということだろうか? ……平田という人物の薄気味悪さを痛感する。

 そのことに気が付いたのか、颯人は身体を離して杏実の顔を見た


「大丈夫か?」

「はい。ちょっと……本当にびっくりして……」

 杏実がうつむきながらそう言うと、颯人は杏実の頬に手を添えて顔を上に向かせた。じっとその瞳で杏実の目を見つめてくる。


「他に……なんもされなかったか?」

 優しい声色。しかし表情は真剣だった。


「はい」

 杏実がそう答えても、颯人は何も言わず杏実の目を見ていた。同じように見つめ返していると……その黒い瞳に吸い込まれそうになる。

 ふとその頬に添えられた手の親指で頬を優しく撫でられた。その仕草にハッと、その瞳の呪縛から覚めるように我に返る。


「朝倉さん?」

「杏実。……お前まさか」

 颯人がそうぼそっとつぶやいた時、「おまたせ~」という平田の楽しそうな声が後ろから聞こえてきた。その声と同時に颯人は杏実がら手を離した。もう杏実の方を見ていない。杏実も振り向くと平田が恵利の手を引きすぐ近くまで来ていた。

 恵利はいつものような自信に満ち堂々とした態度とは少し違い、こちらを見たくないと言うように顔を背け視線を逸らしている。

 

「さあ、恵利。洗いざらい吐いてもらおうか」

 恵利と平田が目の前まで来ると、颯人が開口一番そう言う。恵利はその言葉に相変わらず視線をあさってに向けながら憮然と答えた。


「意味がわかんないわね。私は裕之に会いに来ただけで……」

「嘘つけ。どのみち、お前が平田に会いに来るときは何か良からんことを思いついた時か、作戦が失敗してどうしようもなくなった時か、大方そんなもんだろうが」

「チッ」

 颯人のその言葉に、恵利は舌打ちをしている


「2年前、俺はお前のためを思って見逃してやったんだ。見つけ出すなんて容易だし……フミ婆の前に引きずり出すことだってできた。……でもまあ、お前がそこまで真剣にやってんならほっといてやるかって思ったんだよ」

「そりゃまあ。どうも」

「ああ?!」

 恵利の微塵も感謝していないと感じる返答に、さらに颯人は青筋を立てている。


 “二年前”

 というと、颯人と恵利が婚約を解消した時の話だろうか? しかし……今の颯人の言葉。なんだかおかしい気がする。二人はお互いに納得し合って別れたと聞いていたが……ちょっと違うのだろうか?

 杏実が不思議に思って二人を見比べていると、それに気が付いたように平田がこそっと杏実に話しかけてきた。



「ね? 甘い雰囲気の欠片もないでしょ」

「どういうことなんですか? ……二人は納得して別れたんじゃ……」

「ふふふ……それね」

 平田が杏実にさらに耳打ちしようとすると、颯人の鋭い視線がこちらに飛んできた。


「平田! 杏実に近寄んな!」

 その声に杏実はビクッと震わす。平田はその声に「ほら来た」と楽しそうにいい、杏実に「その差は歴然でしょ?」と言う。

 杏実が目を丸くして平田を見ると颯人がそんな二人を見て、怪訝そうに言う。


「何の事だ」

「仮にも元恋人に冷たすぎるんじゃないのって話してたんだよ」

「元恋人?」

「あっ……違った。婚約までしてたんだっけ? 僕知らなかったなぁ~。恵利ちゃんと朝倉がそんな仲だったなんてさ」

「……は?」

「さっき杏実ちゃんからその話を聞いた時は驚いちゃったよ。しかも……とっくに別れてるのに、突然現れた恵利ちゃんをまた家に連れ帰ちゃうんだから、その朝倉の優しさにも頭が下がるよね。杏実ちゃんもそんな二人とどう接したらいいのか戸惑っちゃうって話なんだよね~?」

 そう言って平田は颯人に笑いかけてから、さっと恵利の方を見る。


「恵利ちゃん。しかもまだ朝倉のこと好きなんでしょ? そんな突っぱねてたらこいつには伝わらないよ?」

「ひ……裕之……」

 その平田の声に、恵利は顔を引きつらせている。平田は悪びれもなく恵利にニコッと笑うと恵利に耳打ちするように顔を近づけた。


「後ね……僕の長年の鑑賞物に手を出さないでくれるかなぁ? あともう少しだったのに……勝手にひっかきまわされると困るんだよね」

 平田の声は杏実や颯人には聞こえない。しかし恵利の顔がみるみる青ざめてくるのが分かった。

 いったい何を言われたんだろうと思う。

 平田はその表情を確認すると、ニヤッと笑い「よって……今回は協力しない。怒られてきなさい」と言い放った。


 そしてその声と同時に颯人がうなずいて「そういう事か……」とつぶやく。

 そして何を思ったのか、一瞬口元に不敵な笑みを浮かべる。それは笑顔と言えるものなのか……見てしまった杏実は背筋がぞっとする。そしてその笑顔から一変し低音の声をさらに低くした声と共に恵利の方を睨む。


「あんだけ、杏実にはなんもすんなって言ってたのに……よくもまあそんな嘘を……ね」




初こちらから失礼します。いつのまにか80話と長くなってまいりましたが、ここまで変わらずお付き合いいただきありがとうございます。。。

改めまして多くの方々に、お気に入り登録もありがとうございます。。。感想やコメントもいつも楽しく読ませていただいています!! 本当に心温かいお言葉をありがとうございます(涙)


このたび萌の番外編を更新しました。初デート編のスピンオフです。ご興味がある方は是非読んでみてくださいませ! 

また感想やコメントを楽しみにお待ちしております!!! では。。。

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