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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 1 〉
8/100

8.最後の日

 3月31日となった。

―――――スクラリで働く最後の日



時刻はPM9時に差し掛かろうとしていた。

杏実は閉店のため、店の照明を落とし食器類を乾燥機から出して棚に並べる。6年という月日が流れたのに、その内容はいつも変わらないのだ。


ただ…――――

あれから……決意した杏実の気持ちを邪魔するかのように、朝倉はスクラリに姿を現さなかった。

何度か平田に朝倉の様子を聞いてみようかと思ったが、告白を意識するあまり怖くなってやめてしまった。


(意気地なし)


でも……本当に会えたとしても言えていたのか、今となってはわからない。


店長に挨拶をしてお店の正面から出る。その手には、店長が用意してくれた花束が握られていた。

そっと反対の手に持っていたカバンを見つめ、中あるきれいにラッピングされた蜂蜜を見つめた。

朝倉からもらった蜂蜜のアメは杏実のアパートに大切に置いている。大切だからたべるのがもったいなくてほとんど手をつけてないけれど……


杏実はこの蜂蜜の瓶を朝倉に渡すつもりだった。

そう決めたのには理由がある。

朝倉が蜂蜜のアメをくれたから……ということもあったけれど…朝倉は気づいていたのかもしれないと思ったからだ。

ミルクティーに、蜂蜜を入れていたこと。

お気に入りだったローズマリーの蜂蜜を、ほんの少し。

以前、朝倉がかなり疲れた様子で『スクラリ』に来たことがあり、少し甘くすれば気持ちがほぐれるかと思ったことがきっかけだった。朝倉には甘党という噂があり、ケーキ屋さんで甘そうなケーキをたくさん購入していたと、何人もの女子社員が目撃しているのだ。

(正直意外だったが…本当に紅茶に砂糖を入れるところを見たことがある)

ミルクティーに「蜂蜜を入れたのか?」と朝倉から聞かれたことはない。

しかし蜂蜜を入れた日は砂糖を足すことはないようだった。気に入ってるのだろう……となんとなく解釈していた。

紅茶に蜂蜜は砂糖より癖がなく味がまろやかになるので、朝倉が気に入ってくれていたことはまた杏実にとってうれしいことだった。


(せめてこれだけでも渡したかったなぁ…)

たとえ振られてもこの蜂蜜を使うときに、少しでも杏実のことを思い出してもらえたら……この3年間の思いが報われる気がするのに。

しかし朝倉は現れなかった。

そんな思いさえも贅沢な望みだったということなのだろうか。

杏実は静かにため息をついた。




社員の出入り口に歩いていると、ドアの前に平田が立っていた。杏実が近づくと平田も杏実に気が付いて声をかけてくる。


「アメちゃん。帰り?」

「はい。平田さんはこんな時間までお仕事ですか?」

「うん、まあね」

「遅くまで大変なんですね…」

「ふふ……う・そ!」

「は?」


平田に額を人差し指でつんっと押され、思わず後ろにつんのめってしまう。同時に近づいてきた平田のスーツの裾からほのかに芳醇なフローラルな匂いが漂ってきた。


(花?)


でも……花…というよりは少しきつい、芳香剤もしくは女性が好む香水の香りに近いように思う。

怪訝に思って再び平田を見上げると、平田は言葉を発することなく相変わらずの王子のキラキラスマイルを浮かべて杏実を見つめていた。その笑顔はいつもより少し意味ありげに歪んで見えるのは気のせいだろうか……要はなんだか胡散臭いのだ。

なにかからかっているような……もしくは謎かけ……すこし意地悪で……

思わずまじまじと平田を観察してしまう。するといつも完璧なはずの平田の髪形が少し乱れているのに気が付いた。まるで急に全速力で走らなければならなかったかの様に頬が紅潮していて、しかしその雰囲気はどこか艶っぽいというか色っぽいというか……明らかにいつもと様子が違う気がした。


(こんな遅い時間でも社内を駆け回るほど忙しいのかな……)


店を出る前から人もまばらで、今は誰一人としてここを通る人すらいないのに……

その違和感に無意識に首をかしげた時、ふと、いつもの女子社員などの噂話が頭をよぎった。

途端にその意味に気が付いて顔が赤くなる。


「あっ……」

(女の人だ! ……噂はほんとだったんだ)


"告白した女の人には手を出すが付き合わない"平田にはそんな噂があるのだ。

杏実は興味もなかったし、所詮は噂で誇張されているんだろうと思っていたが―――――


(仕事場でなんて……)

もし本当ならその不誠実な姿勢は杏実にとっては受け入れられない。


(信じられない……最低……)


思わず不信な目を向けると、平田はそんな杏実の変化を感じてか面白そうに笑みを深めてきた。

悪戯が成功した後のような、普段より子供っぽい楽しそうな笑みだ。そんな表情は初めて見る気がしたが、その表情はよく似合っていて改めてイケメンはすごいと思う。


「わかっちゃった? ……ふふふ」


(あきれた……)

思わずため息が漏れる。

まったくこの人には、毎回毎回いいようにからかわれていたような気がする。

いったい何がそんなに楽しいのかと思うぐらい、何か仕掛けてはこちらの反応を見て喜んでいる。

『光の王子様』なんてとんでもないガセだと思う。杏実から言わせてもらうと平田は"えせ王子様"だ。

とはいえ……今までこの人に勝てたと思ったことは無い。すべて計算ずくのとんでもない大物という意味ではすべてを統べる"王子"なのかもしれない。


いつものようにさっさと退散したほうが正解なのかも……杏実がそう感じ始めた時だった。

平田が杏実の手もとの荷物に気が付いた。



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