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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 5 〉
66/100

66.初デート~1



「いいなぁ~」

「……ごめんね? お土産買ってくるから……」

「萌も……水族館行きた~い」

「う……」

「ばかばかしい。お前は杏実ばっかに甘えてないで、友達と行け! もしくは学生の本分でも果たして、勉強でもしてろ。行くぞ」


 颯人はそう言うとさっさと玄関から出て行ってしまう

 今日は日曜日。先日颯人とデートすることになった日だ。結局いろいろと考えた結果、水族館に行くことにした。いろいろな雑誌を検証したが颯人の好みもわからず、今は気温が熱いので、少しでも涼しくなるような場所を選ぶことにしたのだ

 前日颯人にそのことを伝えると、快くOKしてくれた。……ただ、萌がその話を聞き昨日から「行きたい~」というのである


「萌ちゃん……」

「……わかったよぉ。待ってる。……せっかく杏実ちゃんが颯人お兄ちゃんとお出かけできるんだもんね~……今日は邪魔しない。でも次の休みは萌とお出かけしてね!」

「うん。わかった」

「……今日の杏実ちゃん可愛いね。その黄緑色のふわふわシフォン似合ってる。頑張って、お兄ちゃんメロメロにしてきてね」

「めっ!? ……メロメロ? それは……無理だと思う」

「できるよぉ~」

 そう言って萌は楽しそうに笑う。萌が笑顔になったことにホッとして杏実は靴を履くと、お土産を買ってくることを約束して、颯人の待つ車へ向かったのだった



「うわぁ~。大きい……」

 水族館の入り口までの長いエスカレータを目の前にして、上を見上げ思わず杏実はそうつぶやく

ビルで言えば何階建てにあたるのだろう。はるか高い巨大な建物は、白と青のタイルでさまざまな模様が描かれており、建物の形自体が巨大なキャンパスのようにも見える。その壮大さに思わず圧倒されたのだ

 それもそのはず。杏実は水族館は小学生の遠足以来、行ったことが無い。しかも地元の小さな水族館だった。颯人が連れて来てくれた水族館は日本のトップ3に入るほどの、大型水族館。記憶が薄いこともあるが、その差は明らかだった


「おい。邪魔」

 エスカレーター手前で、上を見上げて立ち尽くす杏実を見て、颯人がそう言って杏実の手を引く。その声にハッと我に返った。今日は日曜日と言う事と、世間の学生は夏休みに入っており、学生や家族連れで水族館のエントランスは人でごった返していた。エスカレーターの前でぼんやりしていたので相当邪魔になっていただろう

 颯人に手を引かれながらその人の群れから抜け出すと、杏実は申し訳なくなって口を開く


「すみません……」

「ここに来たのは初めてか?」

「は……はい」

 その声色からは、特に怒っているわけではないようだ。ホッとする


「そうか……。しかし今日は人が多いな。中は通路とか結構広いけど、これじゃあ人で、ごちゃごちゃしてるかもな」

「そうなんですか?」

「個々の水槽が並んでるブースと、真ん中にでっかい水槽があってそれを見ながら降りるブースとある。これじゃ、個々の水槽は見れねーだろうな……」

「わぁ……楽しみ……!」

「はぁ? だから見れねーって……」

「だって大きな水槽とかあるんですね? 私すごく小さな水族館しか行ったことが無いので楽しみですよ~」

 杏実がそう言うと、颯人は呆れ顔で苦笑する


「……まあ杏実がそう言うなら良いか。じゃ、行くか」

 そう言って颯人は杏実の手を握る。杏実の小さな手が、すっぽりと颯人の手の中に納まった


「あ……」

「はぐれんなよ?」

「……はい」

 

 ほんとのデートみたい

 浮足立つ気持ちと共に、杏実は再びエスカレーターの人の群れの中に足を踏み入れたのだった





 一通り水族館の中を見てまわって、出口付近のベンチにしばらく二人で座っていた。そこの場所からは颯人の言っていた巨大な水槽が目の前に見える。水の音はしないが、上から水槽の中に太陽の光がキラキラと差し込み、澄んだ青の中に優雅な魚たちが泳いでいる。その様子を見ていると、杏実の気持ちまでも澄んでくるような気がする。特に二人の会話はないが、その空間を颯人と共有できるだけで幸せだ

 しばらくすると颯人は「腹減ってきたな……」とつぶやいた。時刻は12時を過ぎたころだった


「何か食べに行きますか?」

「う~ん。まあな……」

「?」


 歯切れの悪い返事に杏実が不思議に思って颯人を見つめていると、颯人は前の水槽を見ながらぼんやりとつぶやく


「杏実は……十分見れたのか?」

「え?」

「せっかく来たしな……まあ飯は逃げねーから、お前が気が済んだら行くか」


 そう言って眠そうに大きく欠伸をする。昨日も接待があるということで、帰りが遅かったのだ。疲れているのかもしれない。しかも朝からこの人ごみだ、余計に疲れるだろう


「もう十分です。行きましょうか」

 正直言うと……もう少しこうしていたかった気もした。しかし疲れているうえに、お腹も空かせてしまうのは申し訳ない

 杏実がそう言うと、颯人は杏実の方を向き、じっと杏実の表情を見た。そしてふっと優しく笑う


「また、嘘ついたな? いいよ。どうせこの人ごみじゃ、今食事の店はどこも混んでるだろ。……こうやってのんびり見てんのも悪くないしな。もう少し休んでくか」

 すっかり見透かされてしまった。恥ずかしかったが、その優しさがうれしい


「ただ……ちょっと眠い。……しばらく肩貸せ」

 颯人はそう言うと、杏実の方に体重をかけて目をつぶってしまう。“肩を貸せ”と言われたが、颯人の方がはるかに背が高いので、杏実の頭の上に颯人の頭が乗せられているような恰好となった

 しばらくその体制で固まっていると、颯人の定期的な息遣いが聞こえてきた。すでに眠ってしまったことを知る

 

「ふふふ……」

 なんだか楽しくなって、自然に笑ってしまう。実は朝から緊張しっぱなしだったのだ。颯人と二人きりと言う事実と、生まれて初めてのデート。失敗したら……不快に思われたら……いろいろと不安でいっぱいだった。しかし、人が多くてごちゃごちゃしているものの、水槽はどれも新鮮できれいで……何より颯人の雰囲気も穏やかで、時々見せる言動は優しい。しかも、寝てしまうぐらいに杏実の隣でリラックスしてくれているらしい


 颯人の息遣いを感じながら、杏実はその静かにたたずむ水槽をのんびりと楽しむのだった





 颯人が目を覚ましたのはそれから、一時間近く経っていた。颯人はそんなに寝ていたことに驚いて、もっと早く起こせばよかったのにと言ったが、杏実はその時間ものんびり楽しんでいたので全然苦痛でもなんでもなかった

 杏実がそのことを伝えると、颯人は苦笑していた


 食事は外食することにしていたので、水族館を一度出て、隣のお土産や食事のお店が並ぶ商業施設の方へ足を運ぶ

 後でイルカのショーを見ることに決めて、それに合わせて戻ってくることにしていた


「どんなもの、食べたいですか?」

 いろいろなお店が立ち並ぶ中、入り口付近のサンドイッチなどが売っているカフェの前に立って颯人に意見を聞く

 少し食事時間から外れたためか、案外待たずに入れそうだ


「そうだな……腹減ったし、ちょっとガッツリいきてーな」

「ガッツリ……ですか」

 あいまいな表現ではあったが、そばなどの和食と言うよりは洋食のステーキ、のような感じだろうか?


「杏実は?」

「私は……和洋なんでもいいんですけど、せっかくなのでお昼のおすすめのランチが食べたいです」

「そうか」

 

 杏実と颯人はぐるりとお店を見渡す

 ふと二軒向こうに鉄板のお店の看板が見えた。ランチもあるようだ。さっそく杏実はその店の前に行く。店の前には看板が立てかけられており、そこに本日のランチメニューが手書きで記載されていた


本日のおすすめ……と


「鯛の……」

 その時ふと、”鯛”…と言えば、さっき水族館で目の前を優雅に泳いでいたことを思い出す


 関係ない……とは思ったが、あんなに杏実を癒してくれた魚たちだ。なんだかすぐに食すのは水族館の魚たちに申し訳なく思ってきた

 せめて今日ぐらいは、魚を労わろう

 そう心の中で決めて、同じく看板を覗きこんでいた颯人に「やっぱり違う店にしましょう」と言う


 すると3軒向こうに、少しカントリー風の内装のレストランが見えた


 レストランならハンバーグとか?

 さっそく颯人を連れだち、店の前に足を運ぶ。そして入り口に置いてあるメニューを取る際、ふと店の名前を見る


「し……シーフード(・・・・・)レストラン……」

 何たる冒涜……水族館併設の施設なのに、堂々と魚たちの前で看板を上げるとは……


「やっぱり……パスタにしましょう……」

 そう思って向かいのパスタのお店を振り向く


“本日のおすすめ――――イカと夏野菜の冷製パスタ・たらことしその和風パスタ・サーモンとイクラのクリームソース・シーフードリゾット”

「イカ……たらこ……サーモン……シーフード…」


 ううぅ……

 どうなってるのだ。ここは……

 なんだか無性に悲しくなって、ふと顔を上げれば、たこ焼き屋さんが目に入った。杏実は心の中でがっくりと肩を落とした

 


「やっぱ……あそこにするか」

 頭上から颯人の声が聞こえた 

 途方に暮れる杏実をよそに、颯人は楽しそうに先ほどのシーフードレストランの隣に杏実を連れて行く


“天丼・どんぶり”

 和食の店。系統の違う店に少し希望が湧いてきた。しかし……


「海鮮かき揚げ……うな重……」

 看板に掲げるランチメニューはどれも海の物ばかりだ


 うぅ~またぁ……?


 しかし……颯人が決めたのなら仕方がないと思う。きっとランチは食べられなくても、中には別の当たり障りのないメニューがあるだろう

 杏実は短くため息をついてから、意を決してお店に入ろうとした。すると―――――颯人が後ろで噴きだした


「ぶっ……あははははは……!!!!」


 ……え?

 突然、後ろから颯人の笑い声が聞こえて来て、驚いて後ろを振り返る

 颯人は店のショーケースに手をついて、お腹を抱えながら笑っていた


「ど……どうしたんですか?」

「くっくっくっ……可笑しすぎる……あ…杏実の……反応が……あはははは…」

「え?……わ……私?」


 なにか可笑しいところがあるのだろうか?

 そう思って、自分の恰好などを見まわす。しかし特に変わりがないようだ

 颯人は戸惑う杏実をよそに楽しそうに笑っている。そしてひとしきり笑い終わると、杏実の頭をポンポンと叩いた


「あ~面白かった……」

「……いったいなんなんですか?」

「杏実の思考があまりにもばかばかしい上に、反応が面白くてな」

「思考?」

 杏実が怪訝に思って颯人を見上げると、颯人は再び思い出したのか「くっく」と肩を震わし笑いながら答える


「あれだ……水族館で魚見た後だから、魚を食べると罪悪感するんだろ?」

「あ……気づいてたんですか……」


“思考がばかばかしい”

 改めてそう言われると、全くにその通りなので、意地を張っていたことがとたんに恥ずかしくなった


「あれだけ変な行動とってればわかるよ」

「……そうですよね。すみません……気にする方がおかしいですよね」


 杏実がそう言うと、颯人は恥ずかしさに少しうつむく杏実の手を取って、先ほどの入り口の方へ進んでいく


「朝倉さん?」

「やっぱり外で食べよう。すぐそこが港公園だから、潮風にあたってランチも悪くないぞ。サンドイッチなら杏実も気にせず食べれるだろ?」


“港公園”

 確かにそれは楽しそうだと思う。少し日差しはきついが、晴れていてきっと気持ちがいいだろう

 思いきり笑われてしまった上に、サンドイッチでは“ガッツリ食べたい”と言っていた颯人の希望と少し違う気がする。しかし……カフェの前について、楽しそうにメニューを見上げている颯人に、特別な不満は見受けられない気がした


 うれしくなって先ほどから繋がれた手に少し力を入れると、颯人がギュッと握り返してくれた







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