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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 5 〉
65/100

65.思わぬデートのお誘い


「まさに棚ぼたじゃん。よかったね~」

 帰ってからリビングで萌とテレビを見ていた。萌はおもむろにそう言い、嬉しそうにしている。もちろん先ほどの、フミの誕生日パーティーの“婚約”のことを指しているのは明らかだ


「棚ぼた……そうなのかな?」

 杏実は、先ほどのことが今だ信じられない

 いや。みんなの前で決まったことなのだからわかってはいるが、実感がわかないのだ


「やだなぁ~杏実ちゃん。自分のことでしょ?」

「う……うん。そうなんだけど……」

「萌はさぁ……正直、颯人お兄ちゃんがあんなことに同意するとは思わなかったんだよね。人からあれこれ指図されるの嫌いだし、どーでもいい人に対しては冷たいしさ」

 その言葉に思い当たるものを感じて、杏実もうなずく


「まあ……だからあのカフェでのこと、嘘だとは思わなかったんだよね~。ちょっと展開が急だな……とは思ったんだけど、もともと本気でもあんなこというとは思わないじゃん」

「それって……私の姉に言った時のこと? ……そう言えば、どうして萌ちゃんが知ってたの?」

 ちょっとそのことが引っかかっていた。あの時、萌は”遅れる”と言っていたはずだ


「杏実ちゃんがカフェに行った後すぐ、颯人お兄ちゃんに合流したんだ。それで杏実ちゃんの弟が来てるって聞いて……萌、どんな人なのか気になちゃって。颯人お兄ちゃんは嫌がってたんだけど、引っ張って萌たちも中入ったんだよね~。そしたらちょうど杏実ちゃんの後ろの席が空いてたから……まあこっそり……。でも運悪く携帯が鳴ちゃって、萌だけ外に出たんだよね。で、電話終わって中に入ろうとしたら、颯人お兄ちゃんが杏実ちゃん達のところに乗り込んだのが見えて……なんかおもしろそうだったからこっそり見てたの」

「なるほどね……」


 そもそも颯人があの場に急に現れた事も疑問に思っていたのだ。(盗み聞きする様には見えなかった)

 萌に連れて行かれたからだったのか……

 杏実が納得していると、萌は悪びれもなく「ごめんね?」と言って、片目をつぶって見せる。ここは怒ってもいいところなのだろうが、そんな仕草も可愛くて、杏実は苦笑する


「颯人お兄ちゃんは杏実ちゃんのことが好きなのかなぁ……」

「え?」


 急に何を言い出すのだ

 びっくりして思わず目を丸くして萌を見る。萌はそのくりっとした可愛い瞳で見つめてくる。杏実の中に答えを見つけようとするように


 二人の間にしばし沈黙が訪れた

 しかし萌が再び口を開きかけた時、リビングのドアが開いた。その物音に二人ともビクッと身体を震わす


「萌。風呂あいたぞ。さっさと入って寝ろよ」

 颯人がソファーに座る二人の方を見て、そう言いながらリビングに入ってきた。そして濡れた頭をタオルで拭きながら、ダイニングのキッチンの方へ向かう

 その様子はいつもと変わらない

 どうやら先ほどの会話は聞かれていなかったらしい

 杏実と萌は二人してホッとため息をついた


「じゃあ。入ってくるね」

 萌はそう言うと「またね」と言ってリビングから出て行ってしまう。萌があの後何を言おうとしていたのか気にかかったが、颯人が近くにいる今、聞くわけにはいかない。杏実は萌に軽く手を振って萌がいなくなったのを確認すると、再びソファーに深く腰掛けた


“杏実ちゃんのこと好きなのかなぁ”

 萌のその言葉が頭の中に駆け巡る


 そうなのだ…

 この状況にそううぬぼれてしまいそうなのだ

 これは期間限定であって……嘘で……と分かっていても、近くにいてくれると言ってくれた颯人の言葉に、その優しさに戸惑っている


 正直、両親や葵は怖い。颯人が近くにいてくれるのはどんなに心強いか

 しかし、そのすべてが丸く収まったとき、この颯人への思いがどうなってるのかを考えると怖い

―――――いつかその思いに溺れてしまいそうで……


 それにやはり迷惑はかけられない……この話は断るべきじゃないのかと思う


 杏実が鬱々と考え込んいると、やがて颯人がテレビのリモコンを持って杏実の隣に座り、テレビを見始めた

 杏実は”断ろう”と、意を決して口を開く


「朝倉さん」

「ん?」

 颯人は杏実の呼びかけにテレビから顔を上げる。ソファーの隣の席ともあって、その距離は近く、少し濡れた髪が顔にかかりなんとも色っぽい


 か……かっこいい…


 杏実はドキドキする胸を押さえて何とか言葉をつぐむ


「今日の件なんですけど……やっぱりお断りしようと思って」

 杏実がそう言うと、颯人は一瞬驚いたように目を見開いた。しかし杏実の言葉の意味を理解したのか、じっと杏実の目を見ながら「なんで?」と聞いてくる


「なんで……って……だっていいんですか? お父様が選挙に当選するまでって言っても、婚約者ですよ? つまり恋人になるってことですよ? そんなことになったら両親の目は朝倉さんに行くかもしれないし……もし巻きこむようなことになったら、迷惑がかかります。嘘とはいえ……朝倉さんの、か……彼女さんだって困るだろうし……」

 自分の言葉に胸がチクチクと痛む

 ずっとその事も気になっていたのだ。彼女はいるんだろうか? 颯人からその言葉を聞くのは怖い。しかし……聞かなくては前に進めないとも思う

 颯人は杏実の言葉をじっと聞いていた。やがて表情を変えずゆっくり口を開く


「お前は?」

「え?」

「お前こそ……好きなやつとかいないのか?」

 その意外すぎる言葉に、一瞬自分が何を言われているのかわからなかった


 好きなやつ……?

 しかしその言葉を飲み込んだとき、ハッとその意味に気が付いた

 颯人の真剣な表情でこちらを見ていた。問いかけるように。たちまち顔から火が出るように赤くなる

 ”好きなやつ”……そんなこと決まっている。今、目の前にいるのだから。しかしまさか本人からそんな質問をされると思わなかった。そんな目で見られたら……たちまち自分の気持ちを見透かされそうで、怖くなってその黒い瞳から、視線を逸らした

 颯人はその杏実の態度から何か読み取ったように口を開いた


「そうか……いるんだな? だからか……」


 何が“だから”なのか? 疑問に思った。しかし杏実の気持ちに気づいたわけではないらしい。ホッとする。また声を出せばたちまちぼろが出そうで、何も答えられなかった。しかしそれは……肯定を意味することに――――気が付かなかった


「わかった。お前がこの件に同意できないわけは、そこなんだな」

「……え?」


 同意できないわけ?

 杏実がその言葉の意味を考えるより先に、颯人はたたみ掛けるように質問をしてきた


「でも……なら聞くが、そいつとすぐに付き合える可能性はあるのか?」

「え?」

「そいつは杏実の気持ち、知ってんのか?」

 その質問にびっくりして、急いで首を振る


「……なら問題ねーだろ。それに今はお前の立場の方が危ないんだから、つべこべ言わず言うとおりにしろ。……別に本当の恋人になるってわけじゃない、しかもたかが何ヶ月の話じゃねーか。まあ、それでも嫌だって言うなら、さっさと告白でもして、そいつに協力してもらうんだな」


 その言葉に、何か……ちょっと誤解されてしまったようだと気が付く

 嫌だなどと……とんでもないのに


「違います……嫌だとか、そう言うんじゃなくて……朝倉さんに迷惑を」

「俺は良いって言ってんだろ? 今は彼女もいねーし、お前みたいに……好きなやつがいるわけじゃない」

「……そ…うなんですか?」

“彼女はいない”その言葉に胸のつっかえが取れたように軽くなった


「俺は……きっとお前がほっとけって言っても、結局心配になる。だから協力するって言ってんだ。迷惑とか考えるな」

「え? ……心配してくれたんですか?」

「はぁ? 当たり前だ。頼れって言っただろ!」


 そう言うと、颯人は不機嫌そうな顔をして杏実を睨むと横を向いて、持ってきたコップ手に取って中の水を飲みほした


 心配してくれている

 言い方はぶっきらぼうな上、睨まれた。しかし、それらもすべて颯人の優しさのようで……うれしくなって再び顔が熱くなってきた

 杏実はうれしさで自然に笑ってしまいそうな口を両手で覆うと、小さく「ありがとうございます……」とつぶやいた

 颯人はその声に、パッと振り返ると、杏実の頭を軽くごつく


「ふふふ…」

 少し痛いけれど……嬉しい。杏実の抑えきれない笑いに、颯人は不機嫌そうに立ち上がると杏実の方を見て言う


「お前、今週の日曜は休みか?」

「え? ……と、はい」

「なんか用事あんのか?」

「特には……」

「じゃあ。空けとけよ。一応……いざって時にボロが出たら困るからな。練習がてらデートする」

「……えっ!? ででででで……デート!!」

「練習って言ってんだろ。……言っとくが萌は連れて行かない。どこ行きたいか決めとけよ」

 そう言い捨てると、杏実の返事も聞かずリビングから出て行ってしまった


 デート!

 信じられない!!

 颯人と二人きりでお出かけだ!!!その奇跡的な展開にうれしくなって、ソファーに座りながら、意味もなくぴょんぴょんと飛び跳ねる


 しかし、ふと颯人の言っていた言葉について考える

 練習……て、なんのことだろう?

 デートの練習? 

 そもそも男の人と付き合ったことのない杏実には、デートとはどんなものなのか想像もつかない(もちろん、雑誌などの情報はあるが実地としてだ)

 実際のデートには、何か杏実の知らない事実があるのかもしれないし、練習が必要なのかもしれないと納得する


 次の休みが待ち遠しい


 杏実はわくわくする気持ちを抑えきれず、さっそく自分の部屋にデートの参考になる雑誌はないか、探しに部屋に向かったのだった




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