55.既視感
「お前も大概あほだな」
「朝倉さんも同罪です」
ダイニングテーブルに皿などを並べていると、颯人が新聞から顔を上げて一言言う。杏実も負けずに言い返すと、颯人は「言うな? お前も」と笑い、再び新聞に視線を戻した
杏実が萌のお願いを断れなかったことがそもそもの根源とはいえ、もともとは颯人が平田の同行を許したことが発端だ
今、二人はリビングのソファーで楽しそうに談笑している
杏実は平田の反応が怖いので、ひたすら玉ねぎを1時間近く炒める羽目になった
颯人は帰ってきてから、平田と交流することなくダイニングに座り、テレビを見たり新聞を見たりしている
フミの家はカウンターキッチンなので、料理をしていると颯人の姿がよく見える
よく考えてみると、同居し始めてから颯人の姿をこんな風に見たのは初めてだ。夜は出会うことはないし、一緒に食べたことなど一度もないのだ
颯人がどんなふうに杏実の料理を食べるのか……すこしドキドキする。萌にリクエストされたとはいえ、こんなことなら、もう少し凝ったメニューにすればよかったと思う
と言っても……そんなにレパートリーはないのだけれども
杏実は料理を並べ終えると、ダイニングからリビングを見る。二人は杏実や颯人のことなどそっちのけで、楽しそうにしている
「朝倉さん」
「ああ?」
「萌ちゃんのこと……良いんですか?」
「はぁ?」
颯人は杏実の質問に顔を上げ、杏実の真剣な表情に一瞬その黒い瞳を大きく見開き、やがて杏実とリビングにいる二人を交互に見た
そして杏実の言った意図を理解したのか、一度うなずく
「心配するこたねーだろ」
「どうしてですか? 平田さんですよ!?」
「平田は基本年上が好みなんだ。なんだかんだ、萌のことは小さいころから知ってる。妹みたいなもんで、今も女とも映ってねーよ」
「でも……今まではそうだったかもしれませんけど……萌ちゃんも高校生ですよ? ……あの平田さんだし、ちょっとつまんでみようとか……」
「ははは……お前すげーな」
杏実の言葉に颯人は楽しそうに笑う
「なんで笑うんですか……」
「そこまで平田を理解してるやつも珍しから……感心してんだ」
「感心? なんですか、それ。……うれしくないです」
「あははは……」
颯人はお腹を抱えている
その様子を見ながら、ふと一つの疑問が湧いてくる
「そう言えば……朝倉さん、平田さんとは会社の同期なんですよね? もしかして……それ以前から知り合いだったんですか?」
『スクラリ』にいたころは、同期と言うことで気が合うのだと思っていた
しかし再会した時にチラッと聞いた会話。仕事の同期……にしては少し颯人の家庭の事情にも詳しい気がするのだ
萌も「ママがいたころは、よく食べに来ていた」とも言っていた
颯人は一通り笑い終えると、杏実の方を穏やかな表情で見る
「あ~……平田とは中高一緒だったんだよ。実際親しくなったのは高校からだけど……大学の時も交流あったし、まあ就職先まで、まさか一緒になるとはなって感じだったけど。要は腐れ縁だよ」
なるほど……
納得がいった
「で?」
「え?」
杏実が颯人の答えに納得していると、颯人が間髪を入れず質問してきた
どういう意味か分からず首を傾げる
「お前は平田とはどういう知り合いなんだ?」
どういう知り合い
そう聞かれてドキッと心臓が鳴る。どういう知り合いか―――――答えは一つしかない
今、言う? 言える? ……今更?
そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡った
颯人はそんな杏実の様子をじっと見つめている
「それは……」
何も答えが出ないまま口を開いたとき、杏実の後ろから声がした
「やだなぁ~見つめ合っちゃって……」
その声にびっくりしてビクッと身体が揺れた
杏実のすぐ後ろに平田がニヤニヤした笑顔を浮かべて立っていた
「杏実ちゃんお腹空いたぁ~」
萌の声も聞こえる。匂いにつられ、リビングからこちらにきたようだ
颯人は二人が来ると、杏実から視線を逸らしてしまった
その様子にホッとする
「いつもこんななの? ラブラブじゃん」
「くだらないこと言うな」
「ねえ、萌ちゃんもそう思わない?」
「う~ん。……萌もそうなればいいんですけどね」
「萌!」
「はぁい~」
颯人から鋭い視線を向けられると、萌は口を両手で押さえて口をつぐむ。そしてその様子を見ていた杏実を見て、ペロッと舌を出した
「わぁ! 美味しそう~食べよ!」
萌はダイニングテーブルの料理を見ると、先ほどのやり取りも忘れて、椅子のところに歩いていく。さすが、颯人のいとこ。肝が据わっている
「お茶入れてきますね……」
杏実がキッチンへ行こうと足を踏み出した時、背後から颯人に話しかける平田の声が聞こえてきた
「朝倉。杏実ちゃんと僕の関係が気になるの?」
その会話にびっくりして思わず振り向く。颯人は平田の面白そうな様子に、怪訝そうに顔を上げた
「は?」
「聞こえちゃったんだよね。さっきの会話」
「別に。俺との関係を聞いてきたから、反対に聞き返しただけだろ」
「ふ~ん……」
平田はそういうとその会話を聞いて、止めようか止めまいか迷っている杏実の方をちらっと見る
「教えてあげようか?」
「はぁ?」
「ダメです!」
颯人の声と杏実の声が同時に重なる。颯人は目を丸くして、突然会話に入ってきた杏実の方を見た
「え……と……大したことじゃないので…」
杏実は颯人を視線が合うとしどろもどろになりながら、さりげなく平田を止めようと平田の方へ寄っていく。平田はその様子に満足そうにニヤリと笑顔を浮かべた
「実はね……僕と杏実ちゃんはほう…」
「キャー……やめて!!!!」
萌の時のようにごまかしのきかない状況に、杏実は必死で平田を止めにかかる
面白そうな平田の口をふさぐため、急いで両手を平田の口元めがけて突進させる。しかし平田は予想外の反撃に驚いたのか、そのままバランスを崩して、二人ともダイニングの床に倒れこんだ
「うゎ!」
「……っ」
倒れた衝撃で思わず目をつぶる。ドサッと音がしたのち、しばし沈黙が訪れた
恐る恐る目を開けると、平田は杏実の下敷きになるようにして仰向けに倒れていた。平田の正面から突進した杏実は、平田がクッションとなったおかげで倒れた衝撃はあるものの特に痛みはない
「痛っ……てぇ…」
平田はそう言いながらパッと目を開ける。その瞬間バチッと、上にいた杏実と目があった
「あっ……すみま……」
杏実は急いで起き上がろうした。しかしその行動よりも早く、平田の両手が杏実の腰に添えられた
「ひゃん…!」
その動作と、腰を触られた感触にびっくりして、今までに出たことのない声が杏実の口から飛び出した
「やっぱり……結構見た目より細いんだね」
そう言いながら平田は、杏実の腰を上から下まで何度も辿る。こそばがゆい様なざわざわする感触に、杏実は顔を真っ赤に染める
「やっ……やめ……」
「出るとこ出てるし、この腰のラインは結構触り心地好…」
ゴツッ
「って!!!」
その声と同時に、杏実の腰から平田の手が離れた。そしてその瞬間、身体がひらりと持ち上げられる
え?
そう思った瞬間にも杏実の身体は平田から離れ、あっという間に颯人の手によって颯人の隣まで降ろされた
杏実が自分の足でしっかりと立ったのを確認すると、颯人の手がパッと離される。目の前に颯人の怒ったような不機嫌そうな顔があった
――――――こんなこと……前にもあった気がする
助けてくれたんだ……そう思った
「あ……ありがとうございます」
杏実は不機嫌な様子の颯人に、何と言ったらよいかわからず、とりあえずお礼の言葉を口にする
呆れてるんだろうと思うと、恥ずかしい……
颯人は杏実の言葉には答えず、殴られた頭を痛そうにさすっている平田の方へ視線を移した。平田も颯人がこちらの方を向いたのが分かったのか、悪びれもなく颯人に話しかけている
「朝倉。手加減しろよな……痛って~」
「自業自得だ」
「そんなに睨むなよ~。……ちょっと独占欲強いんじゃないの?」
「そんな問題じゃないだろーが」
「ちょっと柔らかそうだったから、触ってみただけだろ~」
「お前は~……また性懲りもな………」
颯人はそこまで言うと、ぴたりと動きを止めた。そして不機嫌そうな顔をさらに険しくしかめ、平田を無視しそのまま下を向いて黙ってしまう
「なんだよ~……」
平田はそんな様子の颯人を不思議そうに見ながら、頭をさすっている。相当強く殴られたらしい
しかし平田のその言葉にも、颯人が反応することはなかった
萌が事態が収まったと思ったのか、平田のそばに駆け寄り、起き上がるのに手を貸しはじめた。平田は起き上がると、颯人にチラッと視線を向け、そのまま萌と料理の並ぶテーブルの椅子に腰かけた
「さあ、食べようか!」
そう言い相変わらずのマイペースに戻っている
「朝倉さん?」
先ほどから動かなくなった颯人に、恐る恐る呼びかけてみる。すると、ハッとその声に気が付いたように颯人は杏実の方を振り向いた
「大丈夫ですか?」
なにか気になることでもあるんだろうか
杏実がそう言うと、颯人は何か言いたげに一瞬杏実を見つめた。しかしすぐに視線を逸らす
「なんでもない」
颯人はそう言うと、そのまま平田たちの方へ歩いて行った




