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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 1 〉
5/100

5.意外な結果

「俺はこんなもの頼んでないはずだが?」


 丁寧な言葉づかいだが、低いテノールの声色は怒気を含んで一層低くなっていた。杏実は何かにすがるようにエプロンに手を伸ばしたが、震えてうまく掴めなかった。


 どうすれば朝倉の怒りを抑えられるのか、答えを求めぐるぐると頭の中で考えを巡らせても何一つとして思いつく言葉は浮かばない。

 間違えて運んだのなら言い訳もできた。しかしこのようなメニューは『スクラリ』には存在しないのだ。そのことを朝倉が知らないわけはない。

 良かれと思ってしたこと……

 しかし結局は杏実の自己判断でしかなく、朝倉が責めるのは当然の行為なのだから。

 

 答えない杏実に、一層イライラを募らせたのか再び朝倉が口を開きかける。とっさに早く答えなくてはと、杏実は口を開いた。

 頭の中は真っ白だった。


「……ス…ストレートでは……よ…余計に悪く……す…」

「…………なに?」

「……い…胃が…」

「い?」

 朝倉が一層怪訝そうに眉を顰めるのがわかる。

 人の怒りに対して過剰に反応してしまう自分がいる……これは幼少期からのトラウマだ。怒りを向けられただけで、体だけでなく唇も震えてうまく話せないのだ。もちろん言葉も出ない。そんな自分がなにより情けなかった。


(なんで……私)

恐怖で顔を上げられずうつむく視界の端に、杏実が運んできたカップたちが飛び込んできた。湯気が消えかけたミルクティーが白いソーサーの上で寂しそうにポツンとこちらを見つめている。もう飲まれることがないことを悲しむように……。

ずきっと、胸が痛む。

このミルクティーは飲まれるために生まれてきたのに……浅はかな行動の結果だが、これはまごころの結晶だったのだ。

頭頂部に注がれる怒りのオーラを意識するたび体がすくむ。"黒の王子"と呼ばれている朝倉を目の当たりにして、こんなに怖いとは思っていなかったのだ。

しかし寂しそうに置かれたミルクティーを見ていると、不思議と勇気が湧いてくるような気がした。

 怖くて立ち向かうことのできない自分がいる。しかし大人になった今、そんな自分と闘うすべも身に着けてきたはずだ。


(だめ……冷静に……冷静になって…… )

必死で自分を励ます。

深く息を吸い込んで………ゆっくりと言葉をつないでいけばいいのだと言い聞かせる。

向き合うのだ、人と自分と……


「わ……私は……お客様が胃が痛いのではないかと思ったんです……ですからミルクを入れれば少し痛みが和らぐんじゃないかと思って、ミルクティーにしました。私が……勝手に……勝手にしたことです。本当に申し訳ございませんでした。言われてもないのに……勝手なことをして……本当に……本当に申し訳ございません…」

 何とか必死で言い直し、何度も頭を下げる。


「…………」

 そんな杏実を、朝倉はじっと見つめていた。

 何も言わない。


「いっ、今から入れなおしますので、本当にすみませ…」

 再び頭を下げた。そして机に置かれたカップをトレーに下げようと手を伸ばしたとき……その手は朝倉の手によって遮られた。


「……もういい」


(え?……"もういい"って……それって……?)

 杏実がその言葉を理解出来ずに、とっさに顔を上げた時、同時に信じられない光景が目に飛び込んできた。


 え?

 朝倉の手にはミルクティーが注がれたカップが握られ……それは朝倉の顔に近づいて……一口目を飲み終えていたのだ。そして何か思いついたように目を見開いて、再び杏実に視線を戻してきた。

 呆然と事態の変化を見ていた杏実だが、視線が戻されることで再び恐怖がよみがえってくる。


「ひっ…」


 また怒られる!


 思わず顔をひきつらせて、その視線から逃れるようにきつく目を閉じる。しかし、待てども怒声は聞こえてこなかった。


 恐る恐る目を開けると、平然と紅茶を飲んでいる朝倉の姿があった。もうこちらを見ていない。


「?」


 怒られ……ない?


 その時

「すみませーん」と、後方から店員を呼ぶ声が聞こえた。どうやら新しいお客さんが来たらしい。


「は……はい。すぐ参ります」

 杏実は、平常心を装って返事をする。


 どうしよう……


「あの……やっぱり交換を…」

「必要ない」


 朝倉はきっぱり否定してきた。有無を言わさぬ口調と、それ以上何も言えない雰囲気が漂っていた。

 杏実は仕方なくその場を離れ、ほかのお客さんのもとに向かったのだった。



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