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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 4 〉
44/100

44.繋がり


帰り道


颯人がアパートまで送ってくれるというので、最寄の駅を降りゆっくり歩く(と言っても颯人は相変わらず速い)

 喫茶店では和やかに(ほとんど杏実が一人で話していた)話をしていた颯人だが、杏実のアパートに近づくにつれて次第に無口になってきた。なにか考え事をしているのか、話しかけずらい雰囲気だ

 あまり変な話をしても怒られそうなので、黙っていようと思っていたが、昼間の会話の際の気になることを思い出し、思い切って口を開く


「朝倉さん」

「ん?」

 杏実の呼びかけに穏やかに返答してきた。とりあえず、杏実が話しかけることに不機嫌な様子をみせることが無いことに、ホッとする


「海外に行ってたんですか?」

 杏実の突然の質問に一瞬面食らったように動きを止める。しかし、颯人も昼間の会話に思い至ったのか、返答を返してきた


「ああ……平田が言ってたやつか。まあな。2年ほどアメリカの本社に行ってた」


 二年?

 もしかして…


「いつごろの話なんですか?」

「今年の春に戻ってきた。3年の約束だったけど……飛ばされた理由があまりにくだらないから、腹立って向こうであほみたいに仕事して、成果上げて栄転して戻ってきた」

「そうだったんですか…」


 やはりそういう事だったのか……これで合点がいった

 この二年間『スクラリ』に行っても、颯人に会えなかった理由。フミが「孫の嫁」と言いながら、その孫に会ったことのなかった理由

 颯人は日本にいなかったのだから、当然だ

(平田の“プレゼント”が二年遅れた理由もわかったが、それはあえて考えないことにする)


「朝倉さんの年齢で主任から課長さんって……すごい出世ですね…」

 きっと慣れない土地にも関わらず、かなり頑張ったんだろう。もともと仕事ができると噂だったが、それは日本も超えるのかと思うと恐れ入る

 颯人は圧倒的な存在感と共に、人を引き付ける魅力があるのだ


「俺が主任だったって、よく知ってたな」

 颯人が不思議そうに杏実を見た


 あ…しまった


 またやってしまった…。『スクラリ』の時の話はタブーなのだ。どうしてこんなに自分は間抜けなのだと情けなくなる


「あ……えっと……それは世間の噂で…」

「世間? ……なんだそれは」

 杏実のしどろもどろの返答に怪訝そうに顔をしかめる。しかしすぐにあきれた顔で口を開いた


「フミ婆だろ…。変な言い訳しなくてもわかる」


 あ…その手が!

 杏実は颯人の言葉に思わず何度もうなずいた。颯人の頭の回転の速さに救われ、ホッとする


 しかし……気をつけなくてはと思う。そもそも杏実が“スクラリのアメ”であることは、大した事ではない。颯人にとってはどちらでもいいことかもしれない。しかしもう……今更言うのもおかしい気がするのだ

 始めは合コンで嫌われたこともあり、言えなかった。今は、普通に接してくれているし、嫌われてはいないと思う

 言ってみようか? ……と思わないでもない

 しかし……もし覚えていなかったら? そう思うと怖いのだ

 杏実にとってあの三年間は淡い恋心の大切な思い出だ。その気持ちを否定されてしまうのではないかと思うと―――――言えなかった


「ついたぞ」

 颯人の言葉にハッと我に返る。杏実のアパートの前だった。門の前に立ち、頭を下げる


「ありがとうございました。もう暗いですし、気を付けて帰ってくださいね」


 笑顔でそう言って颯人の顔を見る

 あれから何度か送ってもらったことはある。合コンの時の二の舞にはなりたくないので、あれ以来”部屋でお茶”などということは、考えないことにしている。よく考えればこのおんぼろアパートの部屋に、人を招こうと思うことすら間違っている

 颯人はしばらく杏実の顔を見ていた。表情からは何を考えているのかわからない

 やがて「じゃあな」というと踵を返し帰って行った


 しばらくその後ろ姿に手を振っていた杏実だが、颯人が角を曲がって見えなくなると、自分も部屋の方へ歩き出す

 ふと昼間の大家さんの会話を思い出した

 颯人と過ごすことが楽しくて忘れていた。……部屋に帰ることが少し怖い


 その時――――――――後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた


「杏実!」

 低いテノールの声…颯人だ


 びっくりして振り向く

 なにかあったのだろうか?


 杏実がもう一度門の方へ行くよりも早く、颯人が杏実の前まで来た。走ってきたのか、息が上がっている


「どうしたんですか?」

「おまえ、携帯だせ」

「は?」


 携帯?

 よくわからないが、今は少し話を聞いてくれる雰囲気ではなかったので、首を傾げつつ、カバンから携帯を取り出す


 「赤外線、受信モードにしろ」

 杏実が言われたとおりに、受信モードにすると颯人はポケットから自身の携帯を取り出し杏実の方へ携帯を近づけた

“受信しました”

 携帯の画面にその文字が浮かぶ。戸惑いながら携帯を見つめる杏実に、頭上から颯人の声が響く


「俺の番号とアドレス。………このことはフミ婆には絶対言うな。圭さんにもだ。でも―――――なんかあったら遠慮しなくていいから、連絡しろ」

 

 簡潔明瞭な説明


 杏実は戸惑いながらも、携帯の電話帳を見る。ア行に間違いなく“朝倉 颯人”とある


 ななな………


「杏実? 聞いてんのか?」

 颯人は杏実のぼんやりした様子に、眉を寄せる。杏実はハッとして、急いで返答する


「は……はい! わかりました!! 何かあったら連絡しまうです!」

 

 杏実がそういうと、杏実の言動のおかしさから颯人は少し疑うようなまなざしを向ける。しかし杏実が慌てて「大丈夫です」と言うと、「じゃあな」と再び来た道を戻っていった

 今度もアッと言う間に姿が見えなくなる


 杏実は颯人が見えなくなったのを確認すると、すぐに部屋に帰る。ドアの鍵を後ろ手に閉めて……再び携帯を見た

 携帯画面は、やはり先ほどと同じように“朝倉 颯人”の文字を映している


 ………朝倉さんのアドレス。教えてもらっちゃった!!!


 今日はなんて……なんてラッキーな一日なんだろう。頭の中でダンスどころじゃない。空を飛んだっておかしくない

 完全に途切れていた糸が、一つまた一つと繋がっているように思える。しかもそれは以前とは比べられないような、強い繋がりで


 ……メールしても良いってことだよね?朝倉さんがメール……少し想像できないけど、教えてもらった以上何も連絡しないのも反対に失礼かな? ていうか……教えてもらったけど私の番号送ってない…


 そう思い立って、自分の番号とアドレスをメールに書いて送ることにする


その日の夜は携帯と格闘だった。たかが一文入れるのに「押し付けがましいかな?」「これじゃ……そっけないよね」「なんで……こんな繋がりになるわけ?」「もう!……こんな時間じゃ寝てるんじゃ…」

 この調子だ


 そうやって送ったメールは、きちんとその日のうちに颯人から返信をもらい、大喜びしたことは言うまでもない

 内容は「わかった。登録しとく」というそっけない文だったが、杏実には関係ないのだ


 そしてそんな一日は杏実のうきうきした気分のまま幕を閉じた

 しかし颯人がアドレスを教えてくれた意味………大変な事実を――――――杏実はすっかり忘れていたのだった



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