38.平田現る
平田は杏実を見ると、王子様スマイルを顔に浮かべた
初対面の人に向けるような裏のない笑顔だった
「その人は…?」
平田がそういうと、颯人が気が付いたように杏実に振り向く
ちょっと忘れられていたらしい
「ああ……こいつは…」
自分から質問したくせにと思うが、颯人が説明しようとしているのを無視して、平田は杏実をジーと見つめてくる
観察するように……
いや―――――――記憶を探るような…
まずい……気づかれる?!
杏実の背中から冷や汗が流れる
なにかごまかさなくては、と思うが声を出せばますます状況が悪化する気がするのだ
しかし……そこは、やはり平田だった
「あれ? なんだぁ~……あ―――」
やめてぇ~!!!
“アメちゃん”今そう平田から呼ばれたらまずい。たちまち颯人に『スクラリ』の“アメ”だと気づかれてしまう……と思った
いや………正確には、別に颯人にばれたところでどうなるわけでもない
でも……しかし…
今更知られてしまうのは……なにかまずい気がした
「あ――――― みちゃん。だったよね?」
平田は記憶を探るかのように、たっぷりと名前を伸ばしながら言った
そしてニコッと笑う
さっきとは違ってよく見かけていた笑顔。たくらみが成功したような…意地の悪そうな…
とりあえず、杏実は“アメ”と呼ばれなかったことに、ホッと胸を撫で下ろした
しかし……平田は油断してはならないのだ
「あれ~? なんかむちゃくちゃ可愛くなってない? びっくりしたよ。でも………なぁんだ~。そういうことか~…。朝倉、何にも言わないから、失敗しちゃったと思ってたよ」
そう言って颯人の肩をポンポンと叩く
失敗? どういう意味だろう?
警戒しながらも平田を怪訝そうに見上げる
しかしそれ以上に、颯人が少し納得いかなさそうに平田に話しかける
「何のことだ、平田。おまえ、杏実と知り合いだったのか?」
「へ?」
上機嫌だった平田は、颯人の言葉に目を丸くした
そしてちょっと混乱したのか、颯人と杏実を見比べる
どうしよう…
このままでは平田が洗いざらい説明してしまう
それだけはだめ!!!
杏実は颯人の後ろで、必死で手でバツマークを作った
バカみたいだが………それしか思いつかなかったのだ
平田は“杏実のそれ”(つまりバカみたいなバツマーク)と、必死に何か訴えている(正確には言わないでくれと言っていた)顔を見た
しばらく無言…………何か考えているようだ
そして……怪訝そうに颯人に尋ねた
「何のことって……―――――“彼女”だろ?」
その“彼女”は明らかに杏実には“スクラリの彼女”と聞こえた
平田がなぜ、きちんと言わなかったのか――――――この状況…杏実の言っている意味をこの短時間にとらえていたらしい
そして、この平田のどちらとも取れる表現は、半信半疑の平田に確実に真実を伝えることとなる
颯人は狙い通り、別の意味にとらえたのだ
「彼女じゃねーよ。こいつはフミ婆の親友の孫。何かとフミ婆がこいつとくっつけようとしてて…」
「あはははは…………!!!」
最後まで言わないうちに、平田の笑い声が響く
あまりに大きな声だったので、周囲の通行人が驚いて杏実たちを見ながら通り過ぎた
注目を浴びて恥ずかしい(……と言っても周囲は背の高い美形二人しか見ていないが)
颯人はあまりの平田の大爆笑に、唖然としている
杏実は……平田の笑いの意味が分かるので、うんざりだ
たぶんもう、平田は”杏実のこと”を颯人には言わない
しかし……この奇妙な状況を説明しなくてはいけなくなるし(あの合コンでの変装やら…)確実に、からかわれるに違いないのだ
平田はひとしきり笑い終わると、杏実に意地悪そうな笑みをよこしてきた
杏実が嫌そうな顔をすると、さらに「くくっ…」と笑う
そして颯人に向きなおる
「ごめんごめん。フミさんにまたやられてるのかと思うと……おっかしくってさ……くっくっくっ…」
颯人は笑われていることにまだ納得いかない様子だったが、ある意味平田が失礼なのはいつものことだ
平田はやっと笑い終わると、ゆるりと腕の時計を見た
「あ~面白かった。あ……ごめん~。もう約束の時間だった……悪いけど朝倉。またな~」
そういって颯人の肩をポンッと叩く
颯人は呆れた顔で軽く手を上げた
「もう早く行け!」
「ふふふ…」
平田はそういうとそっと杏実に近づいてきた
そして内緒話をするかのように、そっと耳元でささやく
『アメちゃん……よくわかんないけど、よかったね~。二年も待たせちゃったけど、僕からの“退職のプレゼント”もなかなか良かったでしょ?』
プレゼント?
何のことだろう
この二年、平田と接触を持ったことなどない
杏実が不思議そうにしていると、さらにこそっと告げられる
『山村氏との合コンでの再会…だよ?』
はあ!!!???
何ぃ―!!!
あれが平田の企画だとは知っていたけれど――――――まさかそんな魂胆があったとは
そういえばあの時山川が「御曹司の指名で杏実が選ばれた」と言っていた。あれは平田が杏実をあの合コンに絶対引っ張り出すための嘘だったのだ
あの合コンのせいで……私は朝倉さんに嫌われて…今だって言えなくて!!!!
杏実が思わず平田を睨むと、それがわかっていたのか、平田はさっと体制を戻し「じゃあね。またその詳細聞かせてもらうからね~」そういって、ひらひらっと後ろ手に手を振って歩いて行った
ひ~ら~た~め!!!
杏実は平田への怒りを抑えきれず、平田が去って行った方向を睨む。すると颯人がその様子を見て話しかけてきた
「なんか言われたのか?」
「え?」
ハッと颯人の存在を思い出す
平田のことは全くに許せない。しかし颯人の少し不思議そうな顔をみて、どう説明すべきか迷った。説明しようがない……というかするわけにいかないのだ
仕方なくここは怒りを抑え、受け流すことにする
「いえ…」
その杏実の様子をみて、さらに不思議そうにしている
「しかし……平田と知り合いとはな。―――――ああひょっとして……それであの合コンに来てたのか?」
そういわれドキッとする
今しがた真実を知った杏実は、どう言えばおかしくないのか考える……しかしここは素直に答えることにした。私の行動にヒラタは関係ない
「違います。……あれは先輩にその月、休みを変わってもらってて……その条件に連れて行かれただけです」
今しがた……どうやらそうだったこと(平田と知り合いだから連れて行かれた)に、気づいたことはとりあえず伏せることにした
颯人は杏実の答えに納得したようだ
「そうか…。あそこにいた連中はみんな平田の知り合いみたいだったし、結構狙ってるって話だったぞ」
「そうみたいですね……」
「まあ……あいつは外面はいいからな~」
外面…
「同感です。………あれは王子様の皮をかぶった悪魔です!」
杏実がきっぱりと言い放つと、一瞬颯人は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑い出す
「あははははは……わかってんな?」
「みんな騙されてるんですよ」
「はははは…!」
颯人の笑い声が響く
杏実もつられて笑い出した
再び通行人の注目を浴びていた
でも今度は構わない
被害者二人がここで分かり合っているのだから




