37.背中越しに……
祖母たちと旅行してから2ヶ月経った
偶然にも杏実と颯人は親友の孫同士であった。しかし本当なら接点のない二人
しかしフミは黙っていなかった
あの手この手を使って二人を出会わせた
フミから外で食事をと誘われると、颯人が現れた(その時は怒って帰ってしまった)
珍しく映画を見ようと誘われ、行くと隣には颯人がいた(おばあちゃん達はこなかった)
オーナーの権限を使って杏実を呼び出したこともある(あの時は何の用かあせった)
颯人は最初こそ怒って帰ってしまったのだが、2回目からは杏実に言っても仕方ないと思ったのか、付き合って食事をしたりしてくれていた
颯人は勘がいいので、杏実のようにすんなり騙されないようだが、その手腕はさりげないうえに、割と強引らしい。もともと日ごろから無理難題を押し付けられているらしく、どうやらその区別がつきにくいようなのだ
詳しくは知らないけれど…
「それじゃ……それがフミさんのケーキですか?」
「まあな」
「じゃあ……私少し遅れてきたので、朝倉さんが帰る前でよかったです」
「よかった……って…」
杏実の楽天的な発想に颯人はあきれて苦笑する
「品物受け取るまでしばらく待たされたからな。大方二人揃うまで、渡さないでほしいとかあらかじめ言ってたんだろうな」
おお……なるほど
すごく用意周到だ
「フミさん徹底してますね…」
「感心してんな……あほ」
颯人はそういうと、杏実の頭をコツンッと叩いた
あほって…
そう思うが、颯人が杏実に言葉を返してくれる
そんな当たり前のことがうれしくて思わず笑ってしまった
突然笑い始めた杏実にさらに颯人は怪訝そうにしている
店の外に出て、颯人は杏実のつかんでいた手を離した
今は初夏。冬でもないのに颯人から伝わるぬくもりがなくなると、急に手が冷たくなったような気がした
もっと繋いでいたかったな
杏実はこっそりとそう思う。贅沢な望みだとわかっている。でも思うのは自由だ。杏実のそんな思いには気づくはずもなく颯人は平然としたものだ
「用事はこれだけだったのか?」
「いえ。おばあちゃん達から頼まれた物もあったんですけど……もう終わりました。このケーキを受け取ったら、おばあちゃんのとこに帰るつもりだったんです」
杏実がそういうと、颯人は何か言いたげに杏実を見たが、何も言わずそのまま「そうか…」とつぶやいた。
その表情に疑問も感じたが……ハッと思い立つ
「もしかしてなにか用事があったんですか? 私、今からおばあちゃん達に会いに行くだけなのでケーキは渡しておきますよ」
そういって、ニコッと笑う
そして颯人が持っていたケーキの袋を取ろうと、手を伸ばす。しかしさっと杏実の伸ばした手から袋が離れた
「違う」
「え?」
頭上から不機嫌そうな声色が響く。戸惑って頭上をみあげると、それと同時に杏実の持っていた紙袋が颯人に奪われた
「こんな休みの日に、ばばあどもの用事しか予定がないことに気の毒に思っただけだ。いくぞ」
そういって、さっさと歩き始めてしまう
颯人は杏実よりも足が速い
遅れないように早足でついていく
どうやら荷物を持ってくれるらしい
言葉や態度は冷たいが、颯人の不器用な優しさが伝わる
うれしかった
何気ない会話を交わしていると、突然颯人が立ち止った
少し後方を歩いていた杏実は、思わず颯人の背中にぶつかってしまう
「…った」
鼻孔にふんわりと颯人の木のような深い優しい香りがした
ぶつかったときに少し赤くなった鼻の頭をさすっていると、背中越しに颯人の声が聞こえた
誰かと話をしているようだ
「よお」
「朝倉と休みの日に会うなんてめずらしいね。なにしてんの?」
「あ? ……これだよ」
そういうと持っていたケーキの袋を少し持ち上げる
「あはは………フミさんも相変わらずだね~。毎回なんだかんだ付き合ってる朝倉にも感心しちゃうよ~」
「逆らうと後でえらい目に合う」
「あはははは……!!それで海外飛ばされたんだもんね~」
「あれは恵利が…」
「彼女にもいつも振り回されてるもんね~? まあ……今回は結果的に出世できたんだしよかったんじゃないの?」
「バカ言え。あっちで俺がどんだけ仕事してきたと思ってんだ」
「ふ~ん……まあ朝倉の事情なんて興味ないけどね」
海外?
よくわからない言葉も飛び交っている
颯人のくだけた様子やフミのことを知っていることから、かなり親しい間柄らしい。しかし―――
この声…なんか聞き覚えがあるような…
そっと背中越しに覗いてみる
そして後悔した
「あれ?」
気が付かないように、そっと覗いたにかかわらず、杏実にその話し相手が気が付いた
その人物を確認すると、杏実はびっくりして言葉を失う
いや…
もっと早く気が付くべきだった……あの声………口調……軽さ…
――――――平田がそこにいた