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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 4 〉
36/100

36.大家さんの話


 その日は、ポカポカと陽気な日曜日だった

 

 杏実は、今日は休み

 朝から部屋の掃除を済ませて、祖母たちの部屋へ行こうと部屋を出る。昨日祖母たちから買い物を頼まれそれを届けに行くところだった

 門を出た時、背後から呼び止められた


「千歳さん。ちょっと……いい?」


 大家さんだ


 大家さんは恰幅のいい体型の気さくな奥さんだ。歳はおそらく50歳ぐらいだろう

 普段は二駅離れたところに住んでいるので、あまり見かけないのだが、このアパートに女性が杏実だけということもあって、とても良くしてくれる

 会うときはいつも笑顔の絶やさない大家さんだが、今日は神妙な顔をしていた


「大家さん。おはようございます。どうかされたんですか?」

 杏実がそういうと、大家さんはあまり大きな声で話したくないといった風に、手招きをしながら近づいてきた


「千歳さん。最近変わったことはない?」

「え?」


 どういう意味だろう


 質問が抽象的で、意図がいまいちつかめない

 杏実の近況……を大家さんが気にするはずはないし、やはりアパートのことだろうと推測する。とはいえこのおんぼろなアパートの部屋の不具合は、いつものことだし、杏実には思い当たることがなかった


「特には…。なにかあったんですか?」


 杏実がそういうと、言おうかどうしようかと迷っているように、しぶしぶ大家さんが口を開いた



―――――


「そんな……大丈夫なのかい?」


 圭から買い物リストの紙を受け取りながら、杏実は心配そうに顔をゆがめるフミを見た

 大家さんの話で、祖母たちの部屋に来るのが遅くなった杏実は、フミたちに遅くなったわけ聞かれ、先ほどの話をした

 杏実も動揺していたし、誰かに聞いてほしかったのもあったのだ

 しかしやっぱり言わなければよかったと思う

 祖母たちに必要以上に心配をかけてしまったようだ


 大家さんの話はこうだった


 4月に入り珍しく2組の若い女性の入居者が入ってきたらしい(それほどに女性には人気のないアパートなのだ)

 しかし、相次いで今月解約して出て行ったらしい

 その理由(わけ)は空き巣被害。しっかり鍵をかけていたのにかかわらず

 しかしその取られたものというのが、微妙に気持ちのいいものでなく、下着や服のみ。割と高価なアクセサリーなども置いていたようなのだがそれには手を付けられていなかったらしい

 そして実はその周辺のアパートでも、何軒か女性の部屋に同じ被害があったそうなのだ


 正直言って杏実の住むアパートの周囲は、治安があまり良くない

 少し歩けば、人通りも多い繁華街なのだが、しかしそれが女性に人気のない理由だったりもする

 杏実はこの土地にきた当時、一文無しだった。圭は快くお金を出してくれていたが、敷金・礼金などの負担はあまりかけたくなくて、敷金・礼金・家賃が激安だったこのアパートに決めた

 不動産の人からは、治安があまり良くないということは聞いていたが、祖母たちには言っていない

 言えば間違いなく反対されていたと思う

 しかし……まあこの8年間(一応気を付けていたおかげか)特に何もなく過ごせているのだから、特に気にもならなかったのが現状だった


 とはいえ……今回の事件は杏実もさすがに不安を覚える

 治安が悪いということだけでなく……女性限定で被害を受けているということなのだ

 幸いその空き巣と遭遇した人はいないらしい。警察も動いているということだった

 

 しかし……だから杏実が被害に合わないとは限らないし、安全とは言い難いのだ

 

「杏実の部屋は何階だったかしらね?」

 圭も心配そうにそうたずねてきた


「2階だよ」


 本当は1階だ

 でもこれも入居当時から、心配かけまいと嘘をついていた


「そう……まあ一階じゃないのね。でも安全とは言えないもの……杏実も引っ越しを考えてみたらどう?」

「引っ越し?」


 考えたことはなかった


 確かに働き始めて2年。少しは蓄えはある

 しかしこの辺りは割と地価が高く、引っ越しとなるとお金がかかるし、ぎりぎりの選択だ

 杏実が少し考え込むように顔をしかめると、フミもさらに畳み掛けるように圭の意見に賛同する


「そうじゃよ! 引っ越ししなさい。実は前から言おうと…」

「もう。大丈夫だってば。今までもなんともなかったんだし、ちゃんと気を付けるから大丈夫だよ。警察も頑張ってるみたいだし、すぐ捕まるよ」


 杏実が心配かけまいと、笑顔でそういう

 そしてまだ何か言いたそうな二人を残してパッと立ち上がりカバンを取る


「そろそろ行ってくるね。フミさんのケーキの予約の時間に間に合わなくなちゃうよ」

「杏実…」

 圭が口を開こうとするのを遮って玄関に向かう

 そしてもう一度振り返って笑顔で右手でグーを作り、祖母たちに振り出す


「大丈夫だから………ね?」


 精一杯の嘘をついた




 追加の日用品の買い物を済ませ、ケーキ屋についたときは予約時間を5分過ぎていた

 ケーキを時間予約するという、フミの行動はよくわからない。別に杏実が行くのだから、その場で選べばいいし、取り置きするにしても何時でもいいと思う

 しかし時間ピッタリに行くようにと強く念押しするのだ

 面倒だな……と思う反面、後で、そのおこぼれをいただく身。素直に指示に従うのみだ

 息を切らせて店内に足を踏み入れる

 中はスポンジケーキやクリームの甘い香りが漂っており、色とりどりのショーケースを見ると、ちょっと幸せな気分になる

 杏実が店員さんに話しかけようとレジに近づいたとき、背後から杏実を呼ぶ声が聞こえた


「杏実?」

 低いテノールの声

 聞き間違えるはずがない…この声は

 ドキドキする胸を押さえつつ、振り返る

 

 やはり颯人がそこにいた


 ロゴが入った黒っぽい長袖TシャツにGパンとラフな私服だが、難なく着こなす姿はモデルのようで、ケーキ屋という不似合いな環境ながらも周囲の視線を集めている 

 

 脚……長いなぁ…

 

 そんなことを思いながら見とれていると、颯人は杏実の近くにやってきた


「朝倉さん。こんにちは。」

 杏実が挨拶をすると、颯人の背後から店員さんの声が聞こえてくる


「お待たせしました。こちらになります。」


 その声で颯人は、振り返ると一言二言店員さんと言葉を交わしてから再び杏実のほうへ向きなおった。その手にはケーキの箱の入った袋が握られている

 割と大きめの箱だった


「朝倉さんもケーキ買いに来たんですか?」

 杏実がそういうと、颯人はあきれたような顔で杏実を見る


「ほんとおめでたいな……お前は。」

「え?」

「時間指定された時点でなんかおかしいと思わねーのか? ……あのばばあ…性懲りもせず…」

 そういって片手で顔を覆う


 その仕草はこの2か月何度も見かけた。そう何度も…

 そしてその動作でハッとする


また(・・)フミさんですか!?」

 杏実がそういうと、颯人は返事をせず杏実の手を取って店の出口へと連れて行った


 

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